冒険者前話
ギリギリ間に合った……!
例によって例のごとく、園芸部を一緒に見ておくと楽しめるかと思います。
(投降後にまとめてみたほうがわかりやすいかも?)
「よう、随分早い到着じゃねえか」
「レイクさんこそ」
いつもの森の、喫茶店の前。
依頼に出かけるにしては遅く、かといってお昼休憩には早い、そんな微妙な時間。
そんな普段は絶対にありえない時間帯に私はレイクさんと出会いました。
彼はいつも通り──いえ、少しだけラフな格好をしています。
武具はしっかりしているけれど、手荷物は少なめです。
その顔はこれから勇ましく冒険に出かけるというよりかは、
むしろ楽しみにしていた収穫祭にでも赴くかのような感じでした。
まぁ、私自身も似たようなものなんですけど。
「昼前って言ってなかったか?
休日ならようやく寝坊助が起きだすかってくらいの時間だぜ?」
「いいじゃないですか。ちょっとでも早くマスターに会いたかったんですもん」
「……隠さなくなったなぁ」
「隠す必要、感じなくなっちゃったんですよね」
カランカラン
ウキウキとした様子を隠そうともせず、レイクさんはそのステキな扉を開けます。
涼やかな音色が森に響き渡り、どこか甘い香りが私の顔をくすぐりました。
この、扉を開ける瞬間が、私はたまらなく好きです。
音で、香りで、そして空気で──夢の世界への入場を告げてくれるのですから。
「いらっしゃいませ! おにーさん、おねーさん!」
「ようこそ、《スウィートドリームファクトリー》へ……って、
シャリィ、今日はお客さんじゃないからね?」
「いっけない、あたしってばついうっかり!」
赤毛の店員と茶髪の店主のやりとりに、思わず笑みが漏れてしまいます。
彼らのその姿を見るだけでどうしようもなく心が跳ね上がり、
そしてまた、未知なる甘味への期待に胸が膨らみます。
しかしながら、今日ここに来たのはそのためではありません。
もっと、もっと素晴らしいことのためです。
「なんだかんだで、けっこー早かったですね」
「まぁ、みんな考えることは同じだろ?」
ぐるりと店内を見渡します。
いつぞやと同じように、すでに店内は常連の皆さんの姿でいっぱいでした。
各々がゆったりとくつろぎ、おしゃべりを楽しんでいます。
どうやら、私たちが最後だったみたい。
一番乗りの自信、あったんだけどなぁ……。
「すいません、てっきりもうちょっと遅く来るものだと思っていまして。
ドタバタしちゃってるんですよ」
「いえ、早く来たのは私たちのせいですから」
マスター、今日はエプロン姿じゃなくて作業着姿です。
長ズボンなのは暑そうだけれど、上は半袖で、かすかに汗をかいています。
喫茶店内でエプロン姿じゃないのは結構珍しいですね。
「なぁに、早いに越したことはないさね。
準備の時間があるってことは、それだけ選択の余地も増えるってもんだ」
ひょこっと裏手からおじいさんが顔を出しました。
相変わらず気配は希薄だし、つかみどころがありません。
今日も濃紺のひらひらを着て、まるで影が実体化したかのよう。
凄腕らしいのに、いっつもニコニコ笑っていて、
そして今日、私たちを彼らのガッコウのお祭りへと誘ってくれる人でもあります。
「みんなそろったことだし、説明を始めるよ!」
ぱん、とおじいさんが手を叩くと、とたんに喫茶店内が静まり返り、
みんなの視線が彼に集中しました。
彼の一言一句を聞き漏らすまいと、表情が真剣です。
それもそのはず、彼らの故郷は奇妙な決まり事があり、
それを破ってしまったらせっかくのお楽しみが台無しになりかねないのですから。
「まず、一番大事なことからだ。
武器や防具は全部ここに置いて行ってくれ。冒険に関わる道具もすべてだ」
「しかしじいさん、それでは身を守れないじゃないか。
暴漢やスリに会ったらどうするんだ?」
エリィが尤もなことを言います。
一般人でさえ、外出するときは必ず懐にナイフを忍ばせるものです。
そうでないといざというとき困りますし、ましてや私たちは冒険者。
武器をおいてけなんて、裸で大通りを歩けと言っているようなものです。
「大丈夫。ほら、あっちは魔物や魔法の類がないといっただろう?
一般人そのものが刃物に慣れていないし、そういう暴漢もこっちほどはいない。
刀傷沙汰なんて滅多に起きないし、そもそも学校の敷地内だからね」
そういえば、ガッコウって子供たちが勉強する場所でしたっけ。
お祭りを開くと言えど、その辺の警備はしっかりしているのでしょう。
ちょっと落ち着きはありませんが、おじいさんが言うのならきっと大丈夫のはず。
「次に、魔法や魔物、それに関連したことをむやみに吹聴しないこと。
あっちにはそういったものがないからね。変に波風立てる必要はないのさ」
「なに、好き好んでそんなことを言うやつなんていないだろうよ。
私たちみんな、これを楽しみにしているのだから」
「……ちっ」
「おい、アル?」
セインさんの目がちょっと怖いです。
おじいさんはその様子を見ておかしそうにくすくすと笑っていました。
「アル、科学の事なら聞いてもいいさ」
「まぁ、もとよりそのつもりだった。
この僕が、そんな根本的なヘマをするはずがないだろう?」
「……ヘマじゃなくて、能動的に問いかけるつもりだったとか言うなよ?」
「……」
セインさん、ずっとユキさんに会いたがってましたから、
そのためにならアルさん一人くらいは犠牲にするでしょう。
本当に珍しく、アルさんがガクガクと震えながら首を横に振っています。
……いったいどんな顔してるんだろ?
「最後に、何を見ても驚かないというのを約束してくれ」
「また無茶なことを言うじゃねえか。どうせ、見たことないものばかりなんだろ?
あっちにゃ黒髪ばかりらしいし、お上りさんってことでごまかせるんじゃねえか?」
「それで通用しなくもないが……。
あっちで知ってなきゃいけないはずのものまで知らないとなると、
聊か不審に思われてしまうんだよねェ」
「……」
「祭りはゆっくり楽しみたいだろう?
ああ、出身を聞かれたら、『ヨーロッパの田舎のほう』とでも答えておくれ」
「おじーちゃん、それで納得してくれなかったら?」
「笑ってごまかすさね。言いづらそうにすれば、それ以上は聞いてこないさ」
さて、話したいことを一通り話し終わったおじいさんは、
さっそく私たちの道具を回収し、喫茶店の隅にまとめてしまいました。
盗賊であるレイクさんなんかは念入りに身体チェックが施され、
隠しナイフもすべて机の上にごちゃっと置かれています。
「マスター、ガッコウってどうやっていくんですか?
武器をここで回収しちゃったら、外には行けませんよ?」
「……くれぐれも、今から起こることを口外しないでくださいよ?」
ついてきてください、と言ってマスターは店の奥へと進みます。
私たち全員、無言でそれについていきました。
長くもない通路の先にあるのは例の扉の間。
なぜだか扉がたくさんある、不思議な場所です。
「ここは……」
「初めての方もいらっしゃいましたっけ?
あっちの扉がバルダスさんがよく使う武道場で、
この二つがお手洗いです。自由に使っていいですよ」
「まて、自由にって……武道場に繋がっているとでもいうのか?」
「それがその通りなんだよなぁ。オレも初めて来たときはビビったもんだ」
「おいおいおい……」
「なぁ、しゃわーがあるのは?」
「こっちの扉……エリィさん、なんで知っているんです?」
「アミルに聞いたからな。今度、浴びさせてもらおうかなと」
……言わなきゃよかった。
エリィには悪いけど、あそこは私だけが独占していたい。
「……そっちは僕の住居なので、自由には扱えません」
「なんだ、残念」
……ちょっと悲しそうな顔をする親友を見て、
少しくらいは譲ってあげようかと思いました。
「…あそこの扉も使うときは一声かけて」
「リュリュ、なんで君の許可がいるんだい?」
「…エルフの集落に繋がっているから」
「「はぁ!?」」
あまり広くない部屋にたくさん人がいるのに、
みんなが声を出すものだから、頭にガンガン音が響きました。
「ちょっとまて!?
この扉はマジック・ポーチと同じ原理で空間を作っているんじゃないのか!?
なぜこの扉がエルフの集落に繋がっている!?
そんなもの、魔法陣を刻んだって簡単にはできないぞ!?」
「…爺がつなげてくれた」
「……もうわけわかんねえな、これ」
どのみち、おいそれと出来る事ではありません。
空間をつなげる魔法なんて、アーティファクトでもそうそう見られません。
それこそ国宝級……下手したら戦術兵器として扱われるものです。
……本当に、おじいさんって何者なんでしょうね?
「あれ? でも、エルフの集落に繋がっているってことは、
もしかしてガッコウにもこの扉から?」
「そのとおりさね」
アオン!
説明になかった扉をおじいさんが気持ちよく開けました。
ふわりと木とお香のような香りがその先から漂い、煩い虫の鳴き声が聞こえてきます。
ラズちゃんが何かを感じたのか、短く吠えました。
「ようこそ、園島西高校へ。ここからは僕たちの故郷ですよ。
土足厳禁なんで、ここで履物を脱いでくださいね」
「なんか割とあっさり来ちゃったな。
俺、もっとすっげぇのを期待してたんだけど」
「十分すごいと思いますよ? おにーさんたち、麻痺してきてるだけです」
その先は、どうやら古い住居のようでした。
木造の家屋のようで、変な言い方ですが、高級感のある山小屋のようです。
見慣れぬ建築様式が異国情緒を醸し出し、内装の一つ一つが興味深いですね。
靴を脱ぐのも珍しい習慣だと思います。
「おっ、ここにも畳があるじゃねえか」
「…結構、落ち着く」
当たり前のようにみんなが靴を手に取ってこちらへと入ってきます。
全員がその未知なる現象を驚きながらも受け入れてました。
……ううん、もう驚くことに慣れたってだけかも。
「うわぁ……! 全然知らない風景! ここ、もう絶対ジシャンマじゃないよね!」
「変な虫がみんみん鳴いている……? こんな虫、図鑑でも見たことないような?」
それほど大きな家屋ではないのか、少し歩けばすぐに外が見えました。
壁のない廊下があって、家の中から外が丸見えなのです。
外には豊かな自然が広がっており、どこか森の中を連想させますが、
変わった屋根がついたベンチや物干しみたいなものが並んでおり、
生活感だけは十二分にあります。
端っこのほうにはこないだ喫茶店内に運び込まれていたカラクリの数々が
ごちゃっと纏めておいておいてあり、異様な迫力を醸し出していました。
なんていうか、この空間とはミスマッチなんですよね。
たぶん、私たちが来るよりも前にマスターたちが運び出したのでしょう。
「ここはすでにあっちとはかけ離れた場所だ。生態も植生も、文化も違う。
隠れ里……みたいなもんだと思っていい。」
通りで、野営訓練の時の彼らを足跡をたどれなかったわけです。
きっと、おじいさんがこの技術を使って旨い具合に隠ぺいしたんでしょう。
「ここは古家と呼ばれてまして、僕たちの文化研究部の活動場所なんです。
学校の敷地内ですので、ちょっと歩けばすぐそこに建物が見えます」
「お家にもお店にもいないときは、だいたいここで活動しているんですよ!」
さて、意外とあっさりでしたが、ともかくこれでようやく舞台への移動は
済んだということらしいです。件のお祭りは夕方からここからすぐ近くの
グラウンドと呼ばれる大広場で行われるそうで、今頃セイトの方々と
近くの商店街の方々が必死に屋台の準備をしているとのこと。
「一応、文化研究部も委員会に属した上で屋台を出すという体だから、
委員会の仕事にもいくらか人手を回さにゃならん。
男連中は手を貸してもらいたいんだが、いいよねェ?」
「断るって選択肢はないんだろ?」
「もちろん。どのみち、セインあたりは松川教頭に挨拶にいかなくちゃいけない。
あの人がわざわざ招待してくれたんだからね」
そういえば、そうでした。
野営訓練のお礼にってマツカワさんが招待してくれたんでしたっけ。
「そんなわけで、セインは私と一緒に松川教頭のところだ。
バルダスは大舞台の設置のほうに回ってもらう。
レイク、エリオ、アルは夢一と一緒に屋台の準備だ。
そこにまとめてある道具を運んで向こうで支度をしておくれ」
「僕は力仕事はあまり得意じゃないぞ?」
「大丈夫ですよ。冒険者の皆さんから見れば軽いものですし、
それ以外の仕事もありますから」
電源使用許可、飲食物販売許可、島祭参加許可の本申請および登録証の受け取り。
それに責任者会議と言った細々とした業務をマスターはしなくてはならないそうで、
その間に明かりの設置や持ち回りの清掃を頼みたいとのことでした。
なんだか屋台一つ出すのにすっごく面倒くさいとは思いましたが、
ここではそれが普通なんだそうです。
「おじーちゃん、あたしたちはどうするの?」
「そりゃあ、お祭りなんだからおめかしするに決まっているだろう?」
おじいさんが面白そうににこにこと笑います。
おめかしって言っても、私たちは誰一人としてお化粧道具なんて持ってきていません。
聞く限りでは結構自由なスタイルのお祭りだと思っていたんですけど、
もしかして、ちゃんとした正装が必要なタイプのお祭りだったんでしょうか?
「いいかね、この夏祭りってのは恋人たちにとっては重要なイベントなんだ。
いつもと違う空気におめかしした女の子。幻想的な光景に高揚する心。
胸が高鳴って、心の底から楽しめて、夏一番の思い出になるもんだ」
故に、女の子は衣装選びに気合を入れるそうです。
男の子たちも女の子たちが着飾る姿を楽しみにしているそうで、
お祭りの後に恋人として巡り会う姿も多くみられるとか。
このへんはあっちこっちも変わらないんですね。
「…私たち、衣装なんてないけど」
「もちろん、こっちで用意してあるさ」
さすがおじいさん、ぬかりありません。
なんで女ものの衣装を揃えてあるのかはちょっとアレですけど、
シャリィちゃんにせがまれて大量に用意したのだということにしておきます。
「こっちの衣装は着飾るのに少々時間がかかる。
衣装を選ぶ時間も欲しいし、化粧だってしっかりしたいだろう?」
「一応あたしがじいじから着付けの方法教わったんですけど、完璧じゃないんです」
だから、とシャリィちゃんが続けようとしたとき、アオンとラズちゃんが吠えました。
なにやらドタバタと入り口のほうで音がして、誰かがこっちに向かってきます。
気配からして、多分二人。一般人です。
「じっちゃ、いるかい──ってええ!?」
「まぁ、お久しぶりです。いつぞやはお世話になりました……」
奇妙な扉を横にスライドして部屋に入ってきたのは二人の少女。
一人はどこか故郷のお母さんを彷彿とさせる元気な裁縫の名手、ツバキハラちゃん。
もう一人は嫋やかで、お淑やかで、長い黒髪がすっごく綺麗な……ええと、
たしか、シラカバちゃん。シャリィちゃんにお淑やかの秘儀を教えた人ですね。
「うっひゃあ、来るって聞いてたけど、いつの間に?
そんな目立つ格好で、どうやって来たんだい?
職質とか、大丈夫だったのかい?」
「えと、それは……じいさんが全部なんとかしたんですよ。
ほら、あそこは秘密の場所だったでしょう? 方向が分かったらまずいからって」
やっぱり、あの方法は普通の方法じゃなかったみたいですね。
ほとんどの人はガッコウの正門から訪れるそうです。
ここに至るまでには人がいっぱいいるため、私たちみたいに目立つ人間が
誰にも気づかれずにここまで来るのは不可能とのことでした。
「まぁ、アタシは別にいいけどさ。
んで、いったい何の用だい? アミルさんたちを案内しろとか?」
「いや、例年通りさ。そっちはいくらか手が空いてるだろう?」
ツバキハラちゃんとシラカバちゃんは、
その一言だけでおじいさんのお願いを察したようでした。
これぞ以心伝心ってやつですね。
「……浴衣の着付け、ですか?」
「まぁ、後輩たちには完璧に仕込んだけどさ。
準備終ったやつらの着付けもしてやんなきゃだし、そう長い時間は取れないよ?
去年の悲劇、忘れたのかい?」
「……ここに、何十種類もの浴衣を用意した。
こいつらに似合うのを見繕ってほしいんだが、
彩香ちゃんも佳恵ちゃんも好きなのを着ていいといったら?」
「よっしゃ」
「任せてください!」
「見事な手の平返しだなぁ……」
「おにーさん、余計なことは口にしちゃ駄目ですよ?」
おじいさんが奇妙な扉を横に引くと、そこにあったのはいくつもの衣装箱でした。
中を開けさせてもらうと、そこにはきれいなピンク色の上等な布が入っています。
どうやらおじいさんがいつも来ているようなタイプの衣装のようで、
長い布のようなこれを身に纏うスタイルみたいです。
「うわ、これすっごい上等な生地じゃん。おねえさん、ちょっとドキドキしてきた」
「あたし、こんなにいい衣装来たことないけど、大丈夫かなぁ?」
「大丈夫ですよ。私も高校に入るまであまり着たことはありませんでしたから。
ハンナちゃんにぴったり似合う浴衣は必ずありますし、
髪飾りもお化粧も、心得ていますので……」
たぶんこれ、古都の質屋にもっていけばどれも金貨二枚は固いでしょう。
それがざっと確認しただけで数十種類。しかも、髪飾りまであるときます。
おそらくはおじいさんの手作りでしょうが、決してこんな家に適当に
置いておくものではありません。下手したら数か月は遊んで暮らせるくらいの
価値があるのですから。
「あう、なんか緊張してきた……」
「じっちゃ、いつの間にこんなにため込んでいたんだか……!
あとで渚たちも呼んでやろうかな……」
しかし、こちらの方々にとってはそうでもないようで、
ツバキハラちゃんもシラカバちゃんも次々に箱を開けては
あれがいい、これもいいと真剣に吟味しています。
落ち着いた雰囲気であったその部屋の中は、あっという間に上品な色合いの
布で埋め尽くされ、華やかな雰囲気に満たされてしまいました。
「これだけあれば……」
そんな中、ちらりとツバキハラちゃんが浴衣と呼ばれる衣装と私たちを見ます。
そして、にぃっとミスティさんのように笑いました。
「いひひ……。着せ替え人形にできるぞう……!
外国人の別嬪さんたちを着付ける機会なんて、そうないもんねぇ……!」
……ぞわりと背筋が凍ったのは気のせいでしょうか?
「髪飾りはこっちの棚に、化粧道具はそこの引き出しに入っているさね。
もちろん、用事があるんだったら持ち場に戻ってもらって構わんが、
着付けだけはやってほしい」
「まぁ、おじいさまでは女性の着付けはちょっと問題ありますしね……。
……さて! 申し訳ありませんが、殿方はご退室をお願いしますね?」
「そーだそーだ! 助平根性見せんじゃないよ! 夢一は特に!」
「ええ!? なんで僕!?」
「とある人物からムッツリスケベだってリークがあった」
「……あああああッ!? あの時のかッ!? 誰ですッ!?
今すぐとっちめるんで教えてください!」
「アンタの足じゃどう頑張っても捕まらないと思うけどねぇ……」
「杉下かっ! 覚えてろよ……!!」
マスターが怒った姿、久しぶりに見ました。
……むっつりなんですね、マスター。
シラカバちゃんとリュリュさんがほんの少しだけ身を引いたのを私は見逃しません。
「なぁじーさん、俺たちは着替えなくていいのか?」
「作業が終わってからで十分さ。男の着替えなんて五分もかからないさね」
「世知辛ぇなぁ、おい……。
マスター、いつまでもそこいるとオープンスケベになっちまうぞ」
アオン!
バルダスさんがマスターを引っ張り、そして男性陣は外へと行ってしまいました。
ついでにお着替えの必要のないラズちゃんも彼らについていきます。
えいさ、ほいさと聞こえることから、あの大きなカラクリや道具の数々を
みんなで運んでいるのでしょう。
「さて、こっからが正念場ってわけだね」
冒険者五人にツバキハラちゃんとシラカバちゃん、そしてシャリィちゃん。
スパンと扉をしめ切ったそこに、数多の衣装とともに女の子が集結しました。
どことなく姦しい気がするのは決して気のせいじゃないでしょう。
ツバキハラちゃんの言う通り、まさにこれからが正念場です。
お祭りは、衣装選びから始まっていると言っても過言ではないのですから。
ここで気合を入れなきゃ、いったい女の子はいつ気合を入れるというのでしょう?
「皆様方、一応説明させてもらいます……。
本日お召しになってもらうのは、浴衣と呼ばれる伝統衣装です。
……リュリュさんのお洋服を少し変えたようなデザインのやつですね」
「…だね。なんとなく、見覚えがある」
シラカバちゃんがぴらりと広げたそれは、とにかく大きな布でした。
織目や切れ込み、結び紐がなければとても衣服には見えません。
「アタシたちが見繕ってもいいけど、どうする?」
「あたし、せっかくだから選びたい!」
「私も。こういう機会、滅多にないし」
ハンナちゃんはともかく、意外にもエリィまでもが賛同したことで、
早速浴衣選びの時間になりました。
綺麗な夜明けのような紺の地に朝焼けのような色の花が描かれたもの。
淡いピンクの地にこれまた淡い水色の幾何学模様が描かれたもの。
手触りもよくて、仄かにお香のような香りがします。
「うう……あたしに似合うかなぁ?」
「おねえさん、派手なのが好きかも」
どれも見たことのないデザインばかりで、どことなくミステリアスな感じがします。
神秘的と言うか、言葉にしがたい不思議な雰囲気を放っているのです。
可愛くてきれいなんですけど、アブナイ魅力に包まれてるみたい?
「帯で締めますから、そっちの色合いも考えないとダメですよー?」
「むー……結構頭を使うなぁ」
「エリィ、普段あんまりオシャレしませんもんね」
「…好きな色を選べばいいんじゃないの?」
やっぱり、こうやってお洋服を選ぶ時間はとっても楽しいです。
許されるのなら、一日中だってこうしていたいくらい。
冒険者やっていると、オシャレなんて全然できないもんなぁ……。
お金はあっても、時間がないんですよね……。
「あっ! エリィさん、これなんてどうですか?」
「うん? でも、私にはちょっと派手かもなぁ……」
「でもでも、おねーさんの髪と合いますよ!」
「それに、帯の色でも結構印象変わってくるからねぇ」
これ、なかなかに悩みどころです。
この浴衣は基本的にマスターたちの人種に合わせてデザインされています。
つまり、みんな黒髪だという前提で色合いも決まっているみたいなんですよ。
だから、良い色合いだと思っても私たちの髪色と合わなかったり、
柄が大人しすぎて首から上が浮いちゃったりするんですよね。
「うー……ツバキハラちゃん、やっぱり見繕ってもらえますか?」
「あいあい。夢一の好みに合いそうなのでいいかい?」
「………………はい」
いひひ、と笑いながらツバキハラちゃんは一つの衣装箱を開けました。
中に入っていたのは紺色の地に、
黄色と水色のグラデーションの流星を模した模様が施されているものです。
「金髪だから紺色が似合うと思うんだよね。
あと、あいつはこっち系統が好きだとアタシは睨んでいる」
とりあえず、着るものが決まったので実際に着ることになりました。
「んじゃ、脱いでくださいな」
やっぱりというか、これ、ほぼ肌の上から直接着るようなものみたいです。
しゅるしゅるとローブや上着を脱ぎ、肌着一枚になりました。
女の子同士とはいえ、やっぱりちょっと恥ずかしいですね。
「……まぁた、随分奇妙な肌着だこと」
「そうなんですか?」
「ええ……失礼ですが、随分と前時代的と言うか……。
まさか、みなさんこんな感じなんでしょうか」
「おねえさん、もうちょっと刺激的な感じだよ?」
いつの間にかみんな浴衣を選び終えたようで、いそいそと服を脱ぎ始めていました。
元から民族衣装であるリュリュさんはともかく、みんな似たり寄ったりの肌着です。
色気よりも丈夫さを意識した、女冒険者御用達のやつですね。
……ミスティさんだけ、結構ドキッとするレベルでデザインがアブナイですけど。
「佳恵、Tシャツかなんか一枚着せたほうがよくない?」
「ですね……万が一もありますし。
シャリィちゃん、たしかどこかにTシャツの予備はありませんでしたっけ?」
「あー、そういえば、じいじがいざってときのためにこの辺に……」
別の衣装箱から真っ白な変わった肌着が出てきました。
ホント、ここって何でもあるから不思議なものです。
「和装用の下着……おじいさま、なんでこんなものを……」
「いちおー釈明しますと、文化祭の女装用だそうですよ?」
「まぁ、じっちゃに限って邪念はないだろ? ただの凝り性だって。
……そぉいっ!」
「きゃあっ!?」
ぺいっとツバキハラちゃんに下着をひっぺがされました。
この手際の良さ、シャリィちゃんに匹敵します。
「ほら、こっちに袖通して……」
「ううう……ひどいですよぉ……」
「女の子同士だから、気にしない気にしない」
なんやかんやと下着を身に着け、浴衣を身に纏います。
すーすーして落ち着かないし動きにくいですが、雰囲気がガラッと変わったのが
自分でもわかりました。
「なんか……異国の娘って感じになってきたぞ?」
「可愛いですよ、アミルさん!」
そういうエリィもハンナちゃんも、浴衣を身に纏っています。
服が変わっただけだというのに、まるで別人のようでした。
「…………」
「…………」
「なぁ、じっと見られると恥ずかしいんだが……」
ここで、唐突にツバキハラちゃんとシラカバちゃんは動きを止め、
エリィの胸をじっと見つめます。男の人のようないやらしい目つきではありませんが、
何かを観察するかのような、気恥ずかしくなるような視線です。
「……一枚、でしょうか?」
「……薄めの二枚、じゃないかい?」
「こちらに!」
問答無用で、彼女たちはエリィのお腹にタオルを巻きました。
薄目のを二枚まいた後、頭を振って厚めのタオルに変更します。
私とハンナちゃんには、眼もくれません。
「…どうしたの?」
「二枚」
「二枚」
「がってん!」
リュリュさんのお腹にもタオルが巻かれました。
厚めのタオルが二枚です。リュリュさんがちょっと苦しそうに息を漏らします。
私とハンナちゃんには、眼もくれません。
「ねぇ、おねえさんは?」
「……三枚でいける、かねぇ?」
「や、やるしかありませんよ……」
「やーん♪」
ミスティさんにはギッチギチに何重にもタオルが巻かれました。
二人がかりでぎゅうぎゅうと、歯を食いしばって巻いています。
なんとかかんとか結び目を作ろうとしたところで……ぱらりと弾けました。
私とハンナちゃんは、なんだか居た堪れない気分になりました。
「椿原おねーちゃん、あたしは!?」
「シャリィちゃんにはまだまだ早い」
「うふふ、これから、ですよ?」
私とハンナちゃん、シャリィちゃんと大して変わらないと言外に言われました。
なんでもこの浴衣、その、体の凹凸が激しいと崩れやすくなるそうで、
それを防ぐために凹凸が激しい人はタオルを巻いて平坦にするのが定石だそうです。
……ええ、凹凸が控えめな人は巻かなくても問題ないんですって!
「いやね、アタシたちも巻ける人なんて全然いないからさ。ね?」
「ええ……恥ずかしながら、私もそこまでではありませんし……。
むしろ、巻かない人のほうが綺麗に着られるんですよ……?」
「なんだろ、慰めてもらったのに悲しい気分」
「ハンナちゃんはまだ将来性があるじゃないですかぁ……」
ともあれ、下準備も済んだところでいよいよ実際に身に纏っていきます。
「ちょっと苦しいかもだけど、動かないでくださいよ」
ひらひらの前を合わせて、くるりと回って、襟を合わせてまたまわって。
正直どうやっているのかさっぱり見当もつきませんし、だんだん目が回ってきます。
幾度かそんな工程を繰り返し、やがて細い腰紐が巻かれました。
「おはしょりもおっけー、と。
やっぱこれがちゃんと出来てないとみっともないからねぇ」
「ハンナちゃん、エリィさんも苦しくないですか?」
「う、うん。大丈夫」
「くすぐったいくらいだ」
「二人とも、鮮やかなお手並みですよねぇ……。
あたし、おはしょりの処理がまだ甘いってじいじに言われたんですよ」
そしてメインディッシュの浴衣帯。
幅の広い帯を、これまたツバキハラちゃんはぐるぐる、ぐるぐると巻きつけてきます。
どうやら巻き方は何種類かあるようで、私の目の前で巻かれている二人は
どちらも微妙に異なる巻き方が為されていました。
「あいよ、いっちょあがり!」
「…きれい。背中にちょうちょが飛んでいるみたい」
くいっと首を動かしてみると、背中にちょうちょのような結び目ができています。
意外とボリュームもあって、とっても可愛いです。
エリィはリボンのような結び、ハンナちゃんはアシンメトリーなデザインの、
フェアリーキャットの尾っぽのように揺れる結びでした。
「…わたし、アミルと同じのがいい」
「あいあい」
リュリュさんもあっという間にくるくると巻かれていきます。
こういうのに着慣れているのか、私たちよりもずっとそれっぽく見えました。
凛々しいというか、大人っぽいというか、色気があるというか……。
そう、様になっているといえば一番しっくりきますね!
「やー、華やか華やか。いいもん見せてもらったや」
「では、髪を整えましょうか……。
本当は、着付けの前にやならくちゃいけなかったんですけどね……」
さてさて、衣装の次は髪飾りです。
やっぱりこちらには伝統のものがあるそうで、
ツバキハラちゃんたちはそれを私たちの前に広げます。
「これ、簪……の豪華なやつですね」
「ありゃ、知ってたのかい」
綺麗な艶のある飾り付いた棒。
いつぞやのお子様ランチのおまけについていたやつです。
「アミルさんもリュリュさんも髪は長いし、
長めの簪で無難に巻いて、すっきりとアップにすればいいか」
「ハンナちゃんとエリィさんは……ゴムとヘアピンも使って自然に仕上げましょう」
まるで芸術作品が生み出されるかのように、髪がセットされていきます。
王城に長年勤めた侍女でも、これほどの素晴らしい腕前はないでしょう。
派手すぎず、地味すぎず。
不思議な、されど落ち着きが合って華やかな髪型にいつの間にかなっていました。
首回りがすっきりしていて、後ろのほうでお団子みたいにして纏めているようです。
いつもは長い髪だったからか、かなり印象が異なって見えました。
ちらりと見える簪の飾りがワンポイントとなって、全体をしっかりと纏めています。
「な、なんか気恥ずかしいな……!」
「うわぁ……うなじの色気が段違い……」
「…ハンナも、すっごく綺麗だよ?」
「うふふ、うなじは男性が注目するポイントらしいですし、
その点はみなさん素晴らしいですよ?」
こっそりシャリィちゃんが教えてくれました。
身長が低めのほうが、うなじをしっかり見せつけられるらしいです。
こう、ぎゅっと腕の中に入るような小動物感もポイント高いとか。
……これ、もしかして私のためにあるような衣装じゃないでしょうか?
「うっし、完成っと。あとは小道具そろえて化粧するだけだ!」
これでようやく、完成です!
うれしくなってくるりと回ると、ひらりと浴衣が揺れました。
ちょっと動きづらいけど涼しげで、なんか新鮮な気分がします。
……誰よりも早く、この姿をマスターに見てもらいたい。
「着付け、わざわざありがとうございました!
でも、ツバキハラちゃんたちの着る時間は大丈夫ですか?」
「アタシらは慣れてるから大丈夫だよ。
あとはシャリィちゃんやって……」
「目下の最重要課題をどうにかしませんと……」
「それ、おねえさんのことだよね?」
そうでした。
タオルを巻くことすらできないキョウイの暴力の化身がいたのでした。
最悪、植物魔法を忍ばせてでも巻きつけないとならないでしょう。
いくらなんでも、一人だけおめかしできないのは悲しすぎます。
「それに、けっこー時間経ってません?」
「うあっ!? 浴衣だけでこんな時間使っちまってたのかい?」
ちらりと外を見れば、ほんのすこしだけ日が傾き始めています。
黄昏ってほどではありませんが、もうしばらくすれば夕暮れになるでしょう。
……私たち、何時間衣装選びに時間を取っていたのでしょうか?
──おおい、そっちの準備は終わったのかい?
──俺らも着替えたいんだけど、どうなってんだぁ?
──女の着換えが長いのは知ってたが、まさかここまでとはな。
この僕ですら予想できなかったぞ。
アオン!
……嫌な事って重なるものです。外から人の声が聞こえてきました。
おじいさんたち、もう準備を終えて戻ってきちゃったようです。
しかも、気配の数が多めです。明らかに出て行った時よりも人が増えています。
「じっちゃ、ミスティさんが、その……」
ツバキハラちゃんは、おじいさんだけを部屋の前へと呼び寄せました。
扉の間から首だけを出し、もにょもにょと相談事の体勢です。
他の男子は家の外です。シラカバちゃんがにらみを利かせています。
「……ダメ、だったのかね?」
「……あれに合わせて巻いたらいくらなんでもバランスが悪すぎる。
そもそもでっぱりが大きすぎるから、タオルの長さが足りないよ」
「……やっぱり、あのタオルじゃ短すぎたか」
「…………わかってたの?」
「…………可能性はあると思っていたよねェ」
「…………どうすんの?」
「…………最終手段」
ぴろっと何かが投げ入れられました。
白い──包帯?
「ミスティ。浴衣じゃないが、派手で、豪快で、色気の強い衣装もある」
「もう、最初っからそれを言ってよ。おねえさん、そういうの大好き♪」
青い上着。捩じった鉢巻。そして、意味深なとても長い包帯。
なるほど、ものすごいエネルギッシュな何かを感じます。
でも、それってまさか……。
「法被……ですか。たしかに、ミスティさんには一番似合うかもしれませんが……」
「ちょ、ちょいと刺激が強すぎやしないかい?」
「いいから手伝ってよぅ。いくらおねえさんでも、裸で外には出たくないよ?」
ミスティさんに用意されたのは法被と呼ばれる衣装でした。
水色を基本とした上着のようで、後ろには赤い字で大きく『祭』と描かれています。
浴衣に比べてはるかに動きやすそうで、さらには涼しげではあるのですが、
その、前を合わせても全然その下は隠れません。
「くっ……このっ……!」
「えい……っ……やぁ……っ……!」
「あっ……ちょっ……けっこうキッツい……!」
下着をぽーんと投げ出したミスティさんの胸に、シラカバちゃんたちが
何重にも包帯──さらしを撒いていきます。
抵抗が大きいのか、顔を真っ赤にして力を込めていました。
縛られるミスティさんもかなり苦しそうな顔です。
「……よいしょぁぁっ!」
「ふう……! てこずりました……!」
「どう? 似合う?」
「「……」」
法被とは、もはや普通の衣装ではありません。
肌に直接さらしを巻き付け、その上に上着として青いのを羽織るだけです。
悔しいくらいにプロポーションの良いミスティさんだからこそと言うべきか、
上着の下からはさらしの巻かれた肢体がちらつき、
すこし汗ばんだおへそと私にはない立派な谷間がコンニチハしています。
……なんだろう、ミスティさんのウィンクにすっごくイラッてするんですけど。
「うん、おねえさんこれ気に入っちゃった!」
「法被をこうも着こなせる人なんてそうそういませんもんねぇ……。
あたしが着ると、どうしてもほほえましくなっちゃいますし」
──なぁ、なんか法被とかさらしとか聞こえなかった?
これ、期待しちゃっていいかんじ?
──…いや、まさか、そんなはずはないでしょう?
──アキヤマ、期待って?
──超色っぽい衣装っすよ! ……おいムッツリ、鼻の下伸びてるぞ?
──ご、誤解です! ……あああッ! あんたが言いふらしたのか!
「わぉ。おねえさん期待されちゃってる? 見せに行かなきゃ!」
「ちょ、まだですって!」
扉を開けて出て行こうとするミスティさんを慌ててツバキハラちゃんが止めました。
ツバキハラちゃんが止めてなくても、私がきっと止めていたことでしょう。
なんか、すっごく止めたい気分だったのです。
あと、いろんな意味でものっすごく機嫌が悪くなったんですよね。
……そう簡単には、許さないんですから。男の人ってどうしてこうなのか……!
「化粧! 化粧がまだです! 佳恵、一発頼むよ!」
「みなさん、動いちゃ駄目ですよ……!」
ぱっと黒い何かがひらめきました。
ふわりと空気が動き、浴衣がひらひらと揺れます。
女の子の髪の、いい香りが鼻をくすぐりました。
「「……」」
みんな、ぴくりとも動きませんでした。
いえ、動けなかったといったほうが正しいでしょう。
「……こんなものでしょうか?」
いつの間にか、シラカバちゃんの手に化粧道具が握られていました。
そして、一瞬だけそれがぶれたかと思うと、各々の顔に化粧が施されていたのです。
「…頬紅?」
ほっぺに薄く、柔らかく赤みがさしています。
照れてかぁっとなったかのように、優しくてほほえましい色合いです。
目の前にいるリュリュさんが、ちょっと子供っぽく可愛い感じになっていました。
「く、口紅?」
ハンナちゃんの唇に紅が引かれています。
ずっと見つめていると吸い寄せられてしまいそうになる、不思議な魅力。
つるん、ぷるんとしていて、思わず触ってみたくなってしまう。
「あ、眼がくっきりした」
エリィの目じりにも、赤くラインが引かれています。
こっちの独特のやり方でしょうか、どこか怪しげにも見える挑発的な化粧です。
それでいて可愛いっていうのは、ちょっと卑怯だと思います。
「お化粧、すっごく久しぶりだったっけ」
ミスティさんは……凛々しくなってます、ええ。
法被姿にとても似合っていて、ミスティさんの存在感がぐっと上がっています。
にぃっと唇をゆがめて笑う姿に、不覚にも憧れを感じてしまうくらいに。
「なんだ、みんな可愛くなったじゃないか。
正直、こうも変わるなんて思わなかったぞ」
「…エリィも、可愛くなってるよ?」
「……お化粧ってこんなすぐに終わるものだっけ?」
「……いくら薄いお化粧でも、普通はもっと時間がかかります。
シラカバちゃん、いったい今のは何ですか?」
たしかに、わからない人ならすっぴんと捉えてしまうほどに
自然で薄いナチュラルメイクですが、それにしたって早すぎます。
納得がいかない私に向かって、シラカバちゃんにっこりと笑いました。
「うふふ、私、これでも茶華道部の部長ですので……。
お化粧にはいくらかの自信があるんですよ……?」
「……」
あきらかにありえないことのはずなのに、それを不思議とも思っていないようです。
お化粧を一瞬で、しかも完璧に仕上げるなんて、すべての女の子の憧れだというのに!
ツバキハラちゃんの裁縫といい、クスノキくんの栽培といい、
ガッコウの人っていろいろとおかしすぎます!
「じいじ、みんな準備終わりましたよ!」
「はいな。……よし、男どももこっちに来なさい!」
そしてとうとう、ツバキハラちゃんたちも含めた全員の準備が終わりました。
お昼前からはや数時間、あまりにも長すぎたお着替えタイムです。
しかし、そのかいもあって誰もが綺麗に着飾ることに成功していました。
自分が自分だと信じられないくらい、雰囲気がガラッと変わっています。
この状態で古都の大通りを歩いたら、
すれ違った男性の全員が振り返るであろうことは疑いようがありません。
ううん、きっとみんながナンパしてきてまともに歩くことすらできないでしょう。
──マスター、妙に早足じゃねえか?
──そんだけ愛しの彼女に会いたいってことだろ?
──いやいや、我々に彼女の着飾った姿を見せたくないのかもしれないぞ?
──そそそ、そんなことないですヨ?
──…嘘のヘタなやつだ。
ドキドキしながら待っていると、どたどたとした音が大きくなって、
がらりと扉が開けられました。
飛び込んできた王子様に、先制攻撃を仕掛けます。
「どうです、か……?」
「……あ」
顔を見るのがとっても恥ずかしい。
それでも、私を見てほしい。
腕を広げ、くるりと回る。
浴衣がひらりとゆれる。
世界がしん、と静まり返って。
まるで、一瞬が永遠になったかのようで。
かぁっと熱を持った頬は、周りの暑さすら忘れさせ。
燃えるかのような耳は、紡がれる言の葉を待ちわび。
「マスター……?」
「……」
されど、マスターはぴしりと固まったまま、まるで動きませんでした。
石化を喰らった冒険者でも、もうちょっと反応がありそうなものなのに。
「…こいつ」
「わーぉ、効果がありすぎたんですね!」
しばらく見ていると、変化が訪れました。
ゆっくり、じわじわとマスターの首筋が赤くなり、
耳の先までイチゴのようになっていきました。
「ど、どうしたんです!?」
「き、き……!」
「き?」
下から顔を覗き込みます。
ぎぎぎ、とマスターの首が動き、私と目があいました。
何を言っているのか、よくわからなかったので顔を近づけました。
ぱちぱち。
ぱちぱち。
瞬き四回。
──…見惚れて意識がトんだんだな。
──さぁさ、私らもさっさと着替えてしまおう。一足先に祭りに行くのも悪くない。
──うん、アミルのほうも時間かかりそうだしなぁ。
「き、きれいです……!」
何よりもステキなその言葉に、私の意識が飛びそうになりました。
遠くのほうで、管弦の音色と歓声が聞こえてきたのを、ぼんやりと覚えています。
それがお祭り開始の合図だと知ったのは、もうしばらく経った後でした。
20150314 誤字修正
次回からお祭りお菓子シリーズに入ります。
着替えただけなのにめちゃくちゃ長いっていうね。
話がそれまくる癖をどうにかしないとなぁ……。
すっきりと余分なことを書かずに伝える技術がほしい。
あと、昨今の浴衣の乱れはどうにかしたほうがいいと思う。
浴衣の良さを思いっきりぶち壊しているじゃないか!
お祭り準備ってすっごい盛り上がる。
お祭りそのものよりもわくわくすることもしばしば。
一応、大まかな流れと時系列はできた。キャンプの時の倍以上は面倒だった。




