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魔法使いとミルクせんべい

Are you ready?


「えっほ、えっほ」


「マスター、後ろに気を付けてくれよ?」


 いつもの森のいつもの喫茶店。


 花瓶にけられた大輪のひまわりが輝き、どこからかお菓子の甘い香りが漂ってきます。色のついたガラスがはめ込まれた窓からは淡い光が差し込んでおり、気分をどこか幻想的なものにしてくれました。


「ふぅ……。すいませんね、お手伝いしてもらっちゃって」


「なぁに、同じクランの仲間じゃないか。それに、騎士は困っている人間を助けてしまう生き物なんだ」


 しかしながら、今日はいつも通りじゃありません。からんからん、とベルを鳴らして入ったというのに、マスターたちはこちらに気付きもしませんでした。


 どうやら模様替えか何かをしているようで、妙に店内がバタバタしています。いつものステキなテーブルセットは半分近くがどこかにしまわれており、そこには広々としたスペースができています。


 なにやら大きくてみょうちきりんなカラクリ……おそらくはおじいさんが作ったのであろう魔道具を、マスターたちはその空きスペースにどん、と置きます。窓のガラスと同じように透明な、オレンジ色の筒……というか、ドームみたいです。正直、どういう風に使うのかさっぱりわかりませんでした。


「おじーちゃん、これ、このくらいの大きさでいいの?」


「一応、全部切り終わりましたけど……」


「ああ、ありがとうねェ。ばっちりだ」


 その反対ではハンナちゃんとエリオくん、そしてシャリィちゃんがおじいさんと一緒になにやら手作業をしています。オシャレなデザインの鋏を使って何かを切っているようです。細々としたそれらを次々と処理していく様子を見ると、主婦の方々が家事の合間にやるような内職に近いものなんでしょう。冬の間、お母さんがお小遣い稼ぎに商品の梱包をやっていたのを覚えています。


「あっ、魔法使いのおねーさん! 《スウィートドリームファクトリー》へようこそ!」


「えっ、アミルさん!? すいません、ドタバタしちゃってて……!」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 と、ここでようやくシャリィちゃんが気づいてくれました。作業の邪魔になっても悪いので、私は隣の席に座り、ひょい、とシャリィちゃんの肩口からそこを覗き込みました。


「何をやっているんですか?」


「明日、学校のほうでちょっとしたイベントがありまして。その仕込みなんですよ!」


「あたしたちも、そのお手伝いをしてるんです!」


 ちょきちょきちょき、と切ったそれをハンナちゃんが見せてくれました。十円、十円、十円……と達筆な字が延々と綴られた紙です。『有効期限:本日限り』と書かれていますが、はてさて、何なのでしょうか?


「近所の子供たちにお金の使い方を教えるイベントを開くそうですよ。このおもちゃのお金を使ってお買い物させて、金銭感覚を学ばせるとか」


「まぁ! 素晴らしい取り組みじゃないですか!」


「だからボク、ハンナも参加したらって勧めたら怒られました」


「当たり前よ! 人を何だと思っているのかしら!」


「でもハンナ、お金のやりくり全然できないじゃん……」


「それとこれとは話が別!」


 ハンナちゃんとエリオくんのほほえましいやり取りに、思わず笑みがこぼれます。


 普通、よほど仲のいい人でもない限り、そんなことを教えたりはしません。子供たちはほんのちょびっとのお金を握りしめ、後悔しながら金銭感覚を学んでいくのが普通です。


 私も駆け出しのころ、騙されて相場の倍近い値段で解毒薬を買ったことがあります。そうでなくとも、装備にお金を回しすぎて備品をそろえられなかったことが何度もありました。


 しかも、そういう時に限って毒を喰らったり麻痺をくらったりするのです。本当に、あのときは死ぬかと思いました。


「まぁ、ボランティアみたいなもんだから儲けはないんだけどねェ」


「おまけに、準備するのをすっかり忘れちゃっていまして。こうしておねーさんたちに最後の処理を手伝ってもらっているのですよ!」


 どういう仕組かはわかりませんが、マスターたちのところには紙を素早く正確に複写する技術があるようです。それを用いて出来た大量のコピーを切り取り、ハンナちゃんたちはおもちゃのお金の綴りを作っているとのことでした。


「手伝いますよ」


「じゃあ、こっちの包装をお願いします!」


 渡されたのは小さな透明の袋。そういったもの自体がかなりの貴重品だと思うのですが、もう気にしません。


 机に用意されているのは綺麗なお星さまのような”こんぺいとう”というお菓子。それを大きなスプーンで三掬い。零さないようにそうっと入れ、色紐でキュッと閉じます。


 これでワンセットの完成です。なんと、これでお値段たったの五十円!


「……五十円って、この金券の半分ほどですよね。銅貨に直すとどれくらいなんですか?」


「そうだねェ……一枚もないさね。銅貨半分くらいだよ」


「や、安すぎませんか!?」


「それが駄菓子ってやつなのさ」


 安いにしても、銅貨一枚以下なんて考えられません。こういうのって普通、銅貨一枚分になるように量が調整されるものですよね? お店の皆さんがそういう風に工夫をするから、流通するお金が三種類で済むということを偉い人が言ってたような気がします。


 ちなみにこの”こんぺいとう”はお持ち帰り用なのだそうです。その場で食べるものはおじいさんが量り売りするのだとか。


 がさりと入れて、キュッと結んで。

 がさりと入れて、キュッと結んで。


 この程度なら、数分もしないうちに終わらせることができます。


「包装、できましたよ」


「あたしも金券、全部切り終わったよ!」


「ボクのほうも値札、書き終えました。一応確認お願いします」


 どしん、と後ろのほうで大きな音がしたので振り返ると、セインさんとマスターが空きスペースの荷物を運び終えたようで、二人してぐぅっと背伸びをしていました。


「ヤギョウさん、こちらも終了だ」


「向こうへの搬入は当日でいいですよね?」


「ああ、もちろん。みんな、おつかれさん」


 おじいさんがニコッと笑い、ちょいちょいと手招きします。寄せてあった駄菓子を無造作に一掴み取り、こっそり、内緒話をするかのようにして打ち明けました。


「手間賃といっちゃなんだが、今日はこいつをやろう。《ミルクせんべい》とその他諸々の駄菓子だ」


「すみません、ちょっと準備が立て込んでいるので、こんなものしかお出しできませんが……」


「なに、いつもだいたいオススメを頼んでいるからな。これだって初めて食べるものだし、お金を払わないことに罪悪感を覚えるくらいだ」


「そうだよ! それに、準備だけさせておいてお預けのほうがひどいもん!」


 机の上がパパッと片づけられ、そこにそれらは広げられました。透明の包装に包まれた、薄くて丸い何枚もの……なんでしょうね、これ? 紙のようにみえなくもないですが、これは食べ物のはずです。


 大きさはシャリィちゃんの手の平くらいでしょうか。表面はすこしざらざらしていて、乾燥しているようです。どちらかと言えば”くっきー”の類に近いのでしょうが、それにしては甘くて香ばしい香りもしませんし、薄すぎます。


 あ、でも、薄いクリーム色なところはなんか優しい印象があっていい感じかも。


「あれ、これは……”じゃむ”?」


「この《ミルクせんべい》に好きなようにつけて食べるんですよ! 梅ジャム、あんずジャム、ソース、あとはちょっと贅沢に練乳でも!」


 どどん、とシャリィちゃんが真っ白い”くりーむ”みたいなものがたっぷりと入ったポッドを取り出しました。うっとりするような甘い香りがふわりと広がり、頭がくらくらしてきちゃいそうです。


「いやいや、通は水あめだろう?」


 シャリィちゃんに対抗するようにおじいさんが出したのは、なにやら水色のきらきらと光る液体がはいったビンでした。


「わぁっ! 宝石みたい!」


「すっごくきれい……!」


 それがもう、すっごくステキなんですよ! 宝石をドロドロに溶かしたら、きっとあんな風になるんだろうなぁ……!


「ふむ……透明度も高く、この美しさ……。”みずあめ”ということは、これも”あめだま”の一種ということか? いや、”あめ”が派生して”みずあめ”や”あめだま”になるのか」


「あの、本当にボクたち、これ食べていいんですか? そもそも、これ、どうやって食べるのか……」


「ああ、初めてのやつにはちょいとわかりづらいか。ほれ、これはこうやってつけて……」


 おじいさんは”みるくせんべい”を一枚とり、木の棒をとぷんと青い宝石の水につけます。するとゆるりとそれは姿を変え、誘惑のドリアードの様に棒に絡みつきました。


 棒を引き上げるとゆっくりと透明のアーチができます。絡みきれなかったそれが宝石の水に還っていくさまは幻想的とすら言えるでしょう。


「好きなように塗りたくって……」


 宝石の水は”みるくせんべい”というキャンパスに海を描きました。おじいさんはそこに、宝箱の蓋をするようにもう一枚の”みるくせんべい”を押し付けました。


「で、はさんで食べる。中に何を塗るかはそいつ次第だ」


 手早く作られた五枚のそれ。私たちは一人一つずつそれをもち、見計らったかのように同時に口を付けました。








 ふわりと感じるおぼろげな香り。


 どこか懐かしいのどかな甘さ。


 村の一番あったかいところでお昼寝するような、そんな気分。


「──おいしい……!」


「そいつぁよかった」


 なんだか無性に、懐かしい気分になりました。







 それは、一言でいえば味気のない”くっきー”のようでした。表面は舌にぺたぺたと張り付くように乾燥しており、ごくごくわずかに薄い風味がする以外にはこれといって際立った特徴がありません。ぱりぱりとしたその食感を楽しむためだけのものの様にも思えてしまうくらい、いっそ不思議なくらいに何も味が感じられないものでした。


 ですが、ぱりっとそれを砕き、中の”みずあめ”がとろりと溶けだすと、無色の世界に彩が広がります。


 どこか懐かしさを感じる甘さがゆるりと広がったかと思うと、砕けたそれらにまとわりつき、とろとろ、ぱりぱりとした不思議な食感を創ります。舌を優しくなでるようにうねり、そのまま喉へと向かっていくのです。


 何も感じなかったはずの”みるくせんべい”は、この時すでに味を持っています。名前の通り、優しくておぼろげなミルクの味が確かに感じられ、”みずあめ”のどこか郷愁を誘う甘さと溶け合っていくのです。


 ふわっと心地よい香りが鼻に抜けていくときの感動と言ったら! どうしてこれだけのものに、ここまで心が動かされるのでしょう?


 それらがゆったりとお腹へと落ちていくこの感じを、どのように表現するべきか……そんなことなど、どうでもよくなっちゃうくらいです。


「ぺたぺたするけど、なんかおいしい!」


「おやつにはぴったりかも」


 はっきり言ってしまえば、それほど豪華なものでもありませんし、味も安っぽい感じがします。まさしく子供のためのおやつでしょう。本腰を入れて食べるのではなく、何かをしながら食べるような、気軽に食べるものだということがなんとなくわかります。


 この喫茶店の中で出されたどのお菓子よりもお手軽です。それでいて子供のころに忘れてきた何かを思い出しそうな、そんな儚い宝物のような何かを感じられずにはいられません。


 この切ないようなあったかいような気持ちを、どうやって伝えればいいのでしょう?


「おねーさんたち、次は練乳ですよ! 絶対こっちのほうがおいしいんですから!」


 シャリィちゃんが”みるくせんべい”を取り、丁寧に”れんにゅう”を塗っていきます。ぺたぺた、ぺたぺたと、まるでおままごとみたいです。こうやって一から自分たちで作るというのも、子供には受けそうな気がします。


「さぁどうぞ!」


 ……あ、もうちょっと贅沢に塗ってくれるといいのになぁ。


「ほわぁ……!」


「おお、こっちは甘味が強くていいな! ミルクをうんと濃くしたような、この豊かな風味がたまらない!」


「あたし、こっちのほうが好きかも! こんな甘いの初めて!」


「そうでしょう、そうでしょう!」


 ”れんにゅう”はとっても甘いです。もう、本当にそれしか言えないくらい甘いんです! この世の中の甘いもの全部をぎゅぅ~ってしたくらいに甘いんですよ!


 ぱりっ、とろっとしたその食感もさることながら、その強烈な甘味をくどくさせずに優しく受け止める”みるくせんべい”の包容力の高さがステキです。


 たぶん、直接”れんにゅう”だけを舐めるのは相当難しいことでしょう。いくら甘いものが好きな女の子でも、すぐにむねやけしちゃいます。


 でも”みるくせんべい”があるからこそ、いつまでも楽しむことができるのです。もしかしてこれ、地味に見えて世紀の大発見じゃないでしょうか?


「ほらじいじ、練乳のほうが人気あるじゃないですか!」


「いーや、後から食べたせいで印象が強かったってだけさね。ミルクせんべいには水あめって昔っから決まっているのさ。……まぁ、おこちゃまなシャリィにはちょっと早かったかねェ?」


「むきぃーっ! なんですとぉ!?」


「二人ともしょーもないことで意地張らないでよ……」


「……あたしもおこちゃま?」


「私もお子様だな……彼から見れば確かにそうなのかもしれないが……」


「ボクはセーフだよね?」


 ちょっぴり子供っぽく、おじいさんはシャリィちゃんをからかいます。やっぱりこれ、お子様のためのおやつみたいですね。あは、なんかすっごく楽しい気分になってきます!


「さてさて、ふざけている二人は置いとくとしまして。これ、本来は自分たちでつけるものを買って、好きなようにつけて楽しむものなんですよ」


 ででん、とマスターが取り出したのは三種類のポッドでした。中に入っていたのは濃い赤の”じゃむ”と、濃いオレンジの”じゃむ”と、黒くとろりとした、食欲を刺激する芳しい香りのする何かです。おそらく、これも”みるくせんべい”につけて食べるのでしょう。


 ……というか、机の端にある小さな袋に詰められたそれと一緒です。


「そこにもありますけど、梅ジャム、あんずジャム、ソースです。どうぞ、由緒正しく好きなようにつけて食べてみて下さい。小さな袋を破くより、こっちのほうが景気いいでしょう?」


 にこにこと差し出されたそれに、あっというまに四つの手が伸びました。


「ふふん♪」


 ハンナちゃんはあんずの”じゃむ”をぺたぺたと縫っています。とろりと格子を描くように手を上下左右に動かし、全体に万遍なく、豪快に垂らしていきます。


「結構上手にできたかも!」


 仕上げに一枚。これでぺたっとサンドすれば……。


 ぶにゅぅ……


「あ゛っ……」


 いっぱい塗りすぎたためか、サンドした途端に”じゃむ”がもれて机に落ちました。ハンナちゃんは慌てて指でそれをすくい、もったいないとばかりにぺろりと舐めます。


 もちろん、漏れ出たそれのため指先はぺとぺとです。


「ハンナ……欲張りすぎるからだよ……」


「う、うるさいわね! そういうエリオはどうなのよ!?」


「はい、どうぞ」


「出来てる……」


 エリオくん、いっつも入り口に角をぶつけるのに、意外と手先が器用です。ハンナちゃんが一枚作ってる間には自分の分も含めて二枚作り、しかもどちらもきれいにできています。


「あ、おいしい。甘酸っぱさがいいですね!」


「こっちのソースはしょっぱくてまた一味違うぞ。酒屋で出しても受ける人には受けるかもしれないな」


 ぱりぱり、むしゃむしゃとセインさんが口を動かしていました。おいしそうな香りと音が、耳から、鼻からお腹を刺激してきます。


 そろそろ、私も本気を出さないといけませんね。


「~♪」


「あ、アミルさん、まさか……!」


「その手があったか……! たしかに、自由に使っていいといってたしな……!」


 私が取ったのは梅の”じゃむ”。これだけならまぁ、ハンナちゃんもセインさんも驚くことはなかったでしょう。


 重要なのは、私の傍にはもう一つ、”れんにゅう”のポッドもあることです。


「半分梅で、半分”れんにゅう”……考えもしなかったや」


「あはは、割とメジャーですよ? 子供たちの間では色んなジャムやソースをいっぱい乗せた『贅沢食い』ってのもありましてね。ちょっとしか使わないくせに色んなジャムが必要だから、他のお菓子を我慢しないとできない栄光の証みたいなものなんです。ま、乗せればいいってもんじゃありませんし、二つくらいに絞るのがベストですけれども」


「常連ですし、これくらいはすぐにピンときましたよ♪」


 勝者の栄光に浸り、慎重にそれらを伸ばしていきます。おじいさんたちが作るときは塗る量が少なめだな、なんて思ってましたが、これは贅沢にたっぷり塗るよりかはケチって薄く延ばしたほうが遥かに食感も味もよくなりようです。あんまり塗りすぎると、せっかくの”みるくせんべい”の意味がなくなっちゃいます。


「……♪」


「え、エリオ! あたしにもあれ作って! あんずのやつで!」


「はいはい……アミルさん、そっちのとってくれます?」


「むぅ……ソースじゃさすがに合わせられないか……」


 溺れるような白い甘さと胸がきゅんってなる甘酸っぱさが最高です! 半分ずつに塗りましたが、薄く重ねてもおいしいかもしれませんね!


 梅の酸味も”みるくせんべい”のおかげでマイルドになっていますし、これに合わせたら何でも食べられるような気さえしてくるから不思議なものです。


 でも、そうですねぇ……。合わせるなら”れんにゅう”よりも”みずあめ”のほうがいいような気がします。あっちのほうが甘さの主張自体は控えめですし、それぞれの味がしっかり感じられると思うんですよ。


 ええと、”みずあめ”のポッドってどこでしたっけ。ああ、ありました。あそこに──


「わひゃぁっ!?」


「うひゃっ!」


 ぐっと伸ばした私の手が、誰かの手に掴まれました。いえ、正確に言えばその誰かもポッドを取ろうとしていたのでしょう。見た目の割には意外とたくましく、ぽかぽかとあったかい……マスターの手です。


「すす、すみません! なんか欲しそうにしていたから!」


「い、いえいえ! こちらこそ、気を遣わせてしまいまして!」


 一瞬時が止まり、互いに顔を見合わせ、うなじまで真っ赤にしてから慌てて二人で手を引きます。


 あれ、なんだろ? キャンプの時とかにもっとすごいことしたのに、ドキドキが止まりません。


 え、ちょっとまってちょっとまって。なんでぜんぜんどうきがとまらないの?


「……うわぁ」


「……いいなぁ」


「そうか……こういうのはマスターのとこでも鉄板なのか……。なんとかして、ユキ殿とこれを食べる機会に恵まれるといいのだが……」


 使い古されて二流の演劇でも見なくなった展開のはずなのに!


 手と手が合わさったってだけの、子供の恋愛みたいなイベントなのに!


 どうしてこんなにも恥ずかしくなってくるの!?


「どっちも未だにウブなんですねぇ……」


「でもでも、手慣れてるマスターはなんかイヤじゃない?」


「うーん、想像つかないね。そもそも、ボクたちの周りに手馴れてる人がいないし。……あ、でもセインさんはカッコイイですよね。実は経験豊富だったりするんですか?」


恋人(しごと)の経験なら豊富だよ……ははっ。そりゃもう、生身の恋人とは巡り会えなかったくらいにモテモテだったさ」


「ご、ごめんなさい……」


 ちらっとマスターを見ます。


 目があいました。真っ赤です。


 ……ああああ、もう!


「マ、マスター! 私のために一枚おすすめなのを作ってください!」


「は、はい!」


 梅、あんず、”れんにゅう”。少し手を震わせながらマスターはそれらをバランスよく塗り、至高の逸品を創り上げました。


 たぶん、とびっきり甘いことでしょう。食べなくても、いや、想像しなくてもそれがわかります。だって、マスターが作ってくれたのですから。


 そして、私が食べるのですから!


「ど、どうぞ!」


「はい、いただきます──あむっ」


 ぱりぱり、むしゃむしゃ、ごっくん。


 受け取らずに、そのまま食べてやりました。俗にいう、あーんってやつです。ちょっと無理矢理気味ですけど、誰がどう見てもあーんってやつなのです。


 ……これくらい、いいよね?


「「きゃっ!」」


「やるねェ」


 もちろん、味は最っ高に甘いです。甘すぎて目の前がくらくらしてしまうほどです。頭がぼーっとして、何も考えることができなくなってしまいそう。


「マスター、何か言うこととかないのか? アミルのほうからこれだけやったというのに」


「おおお、おいしかったですかっ!?」


 ……ちょっと期待していたのと違いますけど、勘弁してあげましょう。今の私、すっごく気分がいいんですから。


「そりゃもう」


 ぺろりと、ミスティさんの様に唇を舐めます。あれですね、こうやってセクシーさを醸し出して誘惑するんですよね。ミスティさん、教えてくれてありがとうございます、本当に。


「マスター、今度は私があーんしてあげますよ?」


「え、あ、その……」


 ドキッと、明らかに表情が変わります。視線が泳いでいますし、どことなくそわそわしています。私も顔は真っ赤でしょうけど、今のマスターほど挙動不審じゃありません。


 ……あは、ちょっとこれ、癖になっちゃうかも。


「ふふ、冗談ですよ」


「おねーさん、なんか吹っ切れて魔性の花になってしまいましたねぇ……」


「まさしく魔女だな。マスターが魔女の吐息にやられるのも、そう遠くはないぞ、これは」 


「……エリオ、あたしもあれやってほしい」


「いつも似たようなことやっているじゃないか」


「もう! ロマンの欠片もないんだから!」 


 みんなで仲良く──子供の様にはしゃぎながら、そのステキな時間は過ぎていきます。何度も何度も”みるくせんべい”を作った手は、やがてぺとぺとになっていまします。


「……ん」


 ぺろりと舐めると、それはすっごく甘い味がします。今の私には、そこから”じゃむ”以外の甘さを感じることができました。









「ふぅ、ごちそうさまでした」


「はいな、お粗末さまでした」


 夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、机の上はとうとう空っぽになります。ぱらぱらと崩れた粉屑だけが先ほどまでの甘い夢の名残です。


 ようやく冷静になったマスターは各種ポッドを片付け、シャリィちゃんが台拭きで机の上をきれいに拭います。


 きゅきゅっと音が立つと、その下からピカピカの机が現れました。


「ところでセインさん、あたし、ずっと気になってたんですけど」


「ふむ、なんだね?」


 思い出したかのようにハンナちゃんが声をあげました。そして、机をどかした例の空きスペースに鎮座する、妙な道具の数々を指さします。


「あれ、結局なんなんですか?」


「実のところ、私もわからないんだ。まぁ、彼らが必要だというからには必要なものなんだろう」


 お手上げのポーズをして、セインさんは困ったように笑いました。理由も知らされずに手伝ったあたり、セインさんって優しい人だと私は思います。ユキさんとうまくいってくれることを、願わずにはいられません。


「ボク、てっきりそのガッコウのイベントで使うものだと思ってたんですけど」


「いんや、学校のイベントってのは間違ってないねェ」


「間違っていない? じゃあ、ここじゃなくてガッコウに運ばないとダメなんじゃないか? 例のボランティア、開くのは明日なんだろう?」


「学校のイベントだが、そいつとは別口さ。そう……ようやく、本当にようやく時が回ってきたのさ……!」


 おじいさんはにこにこと、少しおかしそうに笑います。心の底から楽しくってしょうがないことを、なんとか堪えている感じです。


 ……ん? ちょっと待ってください。耐えているって言うか、今にも止まらない感じに──!


「あはは、はは、あはははは!」


「ヤ、ヤギョウさん? ど、どうしました?」


 ひぃひぃと声を荒げ、眼の端っこには涙が浮かんでいます。きっと楽しくって楽しくって仕方ないのでしょう。おじいさんにしては珍しく、声を出して、お腹を抱えて笑っているのです。


 ……正直、ちょっと怖いかも。


「……あぁ!」


「その笑い方、あの時と同じ……?」


 エリオくんとハンナちゃんは何か心当たりがあるようです。


「野営訓練の時も、おじーちゃん、あんな風に笑ってた……!」


「つまり、きっと……!」


「ま、まさか! 待て、確かにもう夏の中盤だよな!? また、ユキ殿に会えるのか!?」


 ここまでくれば嫌でもその意味が分かります。ほんの二週間くらい前の、その言葉が頭にフラッシュバックしました。





──お前さんたち全員、学校に招待されているよ


──松川教頭がね、世話になったからぜひ学校の祭りに来てくれないかと

  誘ってくれてね


──最初の祭りは夏の中ごろ




「アミル、セイン、エリオ、ハンナ! 他の常連の連中に三日後の正午までに集まるように伝えておくれ! 向こうに行く前にやらなきゃいけない準備や教えておくことがたんとある! もちろん、みぃんな楽しめるようにきれいなおべべも用意してあるさ!」


「きっと、とーっても楽しいですよ! おいしいものも、たのしいものも、きれいなものもいっぱいです!」


「マスター、これってもしかしなくても……!」


「ええ、そうです。アミルさんたちを招待するんです。僕たちの学校──園島西高校に。そこで開催される、お祭りに」


 マスターがにこにこと笑いながら告げます。どこか遠くのほうで、勝利のファンファーレが聞こえたような気がしました。それは、私をこの夏最大と言っても過言ではないイベントへと誘うものだったのです。








「──園島西高校夏祭り、通称『島祭しままつり』。……みんなでひと夏の思い出、作っちゃいましょうか!」








 『島祭』開催まであと三日。うれしい悲鳴を、必死になって噛み殺しました。








20160424 文法、形式を含めた改稿。


ようやく、本当にようやく時が回ってきた(メタ)


ミルクせんべいにつけるなら水あめが一番好きです。次に梅ジャムかなー。ホントね、みずあめ単体とミルクせんべいにつけた水あめはまるで味が違うのよ。食べたことがない人はぜひ食べてもらいたいですな。


みなさんは何をつけるのが好きですか?


時系列と登場人物とフラグの整理が大変なので、お祭り編は向こうとの兼ね合いを見てある程度まとめて投稿しようと思っています。

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