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エルフとわらびもち

ちょうしにのってもういっぱつ。


「ようこそ、《甘夢工房スウィートドリームファクトリー》へ」


 よう来なすったねェ、と妙な訛りをもったその老人は、にこにこと笑いながら話しかけてきた。


「……」


 ヒトであるくせに変に馴れ馴れしいのが少し気に障ったが、この際どうでもよかった。どんなところでも、あそこよりかはマシだ。それに、見方を変えれば親身になって接していると思えなくもない。


「じいじ、お客さんですかぁ?」


「おう、それもエルフのべっぴんさんさね」


 男だか女だかわからないような老人だったが、男だったらしい。


 その老人が奥へと声をかけると、どたばたとした音がこちらへ近づいてくる。


 出てきたのはフリルの給仕服を着た女の子だ。子供らしい、好奇心に満ちた瞳で見つめてくる。ぽかんと開けた口から、喉の奥まで丸見えだった。


「……」


 うむ、ヒトとはいえ、子供は可愛らしくていい。同じ視線でも、腐ったブタのようなゴミクズ共が放つねったりしたものとは大違いだ。


「じいじ! エルフさんですよ、エルフさん!」


「エルフさんだねェ」


「なんでそんな落ちついているんですか!」


「なんでっていわれても……」


 信じられないとばかりにその女の子が口を膨らませている。やはり、その表情は最高だ。思わず指でほっぺを突きたくなる。


「エルフさんなんて、そうそう見られるもんじゃありませんよ!」





 私はエルフの集落から古都ジシャンマに訪れていた。年に一度だけある交流会のためだ。


 エルフは元来外界との関わりを断って生活をするのだが、今の時代はそうもいかない。古都とは技術や能力を提供し合って、相互に助け合う形で交流していた。


 私としては技術提供だけでも良いと思っている。ところが、何を思ったかヒト共は交流会を持ちたいなどと抜かしたらしい。これから仲良く助け合って生きていくためには仕事の繋がりだけではなく、文化や私生活の面でも交流するべきだといいだしたのだ。


 数年前から行われたこの交流会には集落の若いのが赴くことになっている。最初の交流会に出たやつは、一度は集落に帰ったものの外の世界にあこがれ、交流会で知り合った冒険者と共に世界を巡る旅に出た。


 次の交流会に出たものもやはり、都会の毒に侵されたのか、ある日集落を出て行った。今は古都で何かを教えているらしい。


 もちろん交流会に出た全員がそうなったわけではない。最初の時のやつにも、普通に集落で暮らしている奴はいる。


 そんな話を聞いていた私はこの交流会とやらに興味を持った。ヒトからみれば排他的ともいえる私たち(エルフ)を、こうも変えてしまうものは何なのかと。


 もし私が変わってしまってもいいように、冒険者の資格を取った。腕にはそれなりに自身はあるし、冒険者なら仕事には困らない。なにがあってもしばらくは生きていくことが出来る。


 もし私が変わらなくても、他のエルフが変わってしまった原因を探りたいと思っていたから集落にはしばらく戻らないと伝えた。準備は完璧だった。


 しかし、現実は最悪だった。


 交流会に出席したのはいいものの、そこにいたのはねったりとした視線を絡みつかせてくる醜悪な豚鬼オークのようなクズ共。エルフは種族的にヒト好みの顔つきをしていると聞いたが、あそこまで露骨なものだとは思わなかった。上っ面だけの美辞麗句を並べたて、やたらとべたべた体に触ろうとしてきたのだ。


 気の毒に思ったのだろう、一人の冒険者がそいつから私を引き離そうとしてくれたが、どうやらそのカスは偉い立場の者らしく、その冒険者が退場する羽目になってしまった。


 さて、それを見て失望した私が近場の森に飛び出してしまっても、誰も文句は言わないだろう。


 醜悪でカスで最低で低俗で劣悪なゴミクズと違って、森はいい。この健やかな空気、和やかな木の匂い、吹き抜けるさわやかな風。柔らかな土の質感が、滴る水の冷たさが、私を包んでくれる。


 やはり森は偉大だ。


 そんな偉大な森の中にポツンと建っていた家に入ってしまったのは、私が相当にキていたからか、それとも成り立てとはいえ、冒険者の未知を探求する心のせいか。それは私にはわからなかった。






 カランカランと涼やかなベルの音に続いて入った家は、家じゃなかった。


 暖炉があり、机やいすがあるのは、まぁ、普通の家だ。その机やいすは妙に艶がよく、木目も美しい。先ほどは気付かなかったが、なんだか見たことのないきれいな、色の付いた透明の板が壁にはまっている。


 交流会の無駄にきらびやかなものに辟易としていたところだったので、この木の温かみのある家具や、落ちついた雰囲気の内装を見ていると穏やかになる。おそらくここは、古都で言う食事処や酒場に類するものなのだろう。


「ご注文は何にするかね?」


 ほうら、やっぱりそうだ。


 古都でも、集落でも見ない奇妙な衣服を着た老人が尋ねてくる。この老人は交流会で見たクズと同じヒトのはずだが、不思議と嫌悪感を抱くことはない。そばにいるだけで落ち着くような、不思議な雰囲気を持った人だった。


「じいじ、おにいちゃ……じゃなかった、マスターまだ来てないですよ!」


「なぁに、心配するこたぁないさね。私がやるよ、今回は」


 ふむ、どうやらここの店主はこの老人ではないらしい。とはいえ、私はここで特に何かを食べたいというわけでもないし、別に店主がいなくとも問題はない。


「…じい、任せる」


「あいよ、任された」


 どんなお店かもわからないので適当に頼む。


 実に嬉しそうに目を細めた老人はそのまま奥へと引っ込む……前に、棚からなにやら四角い箱を取り出してキリキリと動かした。


~♪


「…おぉ」


 なんだかわからないが、優しい音楽が流れ出した。聞いていて落ち着く、どこか木琴を思わせるような音色だ。これは古都の品だろうか。集落では見たことがない。


 長い耳がぴくぴくと動くのが自分でわかる。聞かされるのではなく、聞く音楽。

交流会にあったやたら大きく甲高い音色の楽器とは大違いだ。


~♪


「あの、お客さん」


「…どうした?」


 給仕の女の子が、上目づかいでもじもじしながら私の様子をうかがってくる。その瞳は私の耳に釘つけになっていた。


「ちょっとだけ……そう、ちょっとだけ、お耳に触っても……いいですか?」


「…いいぞ」


 そういうと、その女の子の顔がぱぁっと明るくなる。うむ、いい顔だ。子供の笑顔はなによりもいい。


 女の子の身長に合わせ、そっと肩を傾ける。数少ない自慢の、自分で言うのもなんだが銀髪のつややかな長い髪が流れるように滑り落ち、女の子の顔をくすぐる。


「……わぁ♪」


 そんなことは気にもせず、女の子は私の耳をそっと、確かめるように触った。幼子が母の手の感触を確かめるような、優しい、けどしっかりとした手つき。ブタ共とは違い、嫌悪感などまるでない。


「はぁ……!」


~♪


 つんつん、にぎにぎと心地よさそうに触ってくる。満足してもらえるのは嬉しいのだが、だんだん首が痛くなってきた。この子は飽きないのだろうか?


~♪~♪~♪♪~──......



「はいよ、おまちどうさん。《わらびもち》だ。……シャリィ、その辺にしなさい。お客さんも、すまないねェ」


「…構わない」


 メロディが途切れたのと同時に爺が何かを持ってやってきた。


 女の子──シャリィちゃんがそそくさと離れる。私としては特別構わないことではあったが、それが普通の反応だろう。


 それよりだ。


「…爺、こいつは、なんだ?」


「《わらびもち》さね。まぁ、食べてごらんなさいな」


 爺が面白そうに、見方によってはやや挑戦的に笑ってくる。


 明るい色の木の平皿に、なにやら黄色い粉がまぶされたものが乗っている。ちらりと見えたそれは半透明な何かだった。スライムにも見えなくはない。


 平皿には指の長さくらいの、先が二つに分かれた木の棒(スティック)が添えられている。どうやらこれで刺して食べるらしい。やはり、集落では見たことのないものだった。


「…頂こう」


 スティックでそいつを突き刺す。


 もっちりとした塊がスティックにまとわりつき、黄色い粉をはらはらと落とした。食べ物でこんなにふにゃりとしているとは驚きだ。刺し心地は本当にスライムそっくり……まさか本当にスライムではないよな?


「…!」


口に入れた瞬間の衝撃。


温かみのある、甘さ。


もっちりぷるんとしたそれの、食感。


噛めば噛むほど味が、うまみがにじみ出てくる。


醸し出すといってもいい。こいつは──


「…おいしい」


「そいつぁよかった」


 爺がにこにこと笑いながらこちらを見ていたが、正直そんなのどうでもよかった。


 まず、この黄色い粉だ。最初こそお世辞にもおいしそうには見えなかったが、口に含んだ途端にその温かみのある甘さが私のなにか冷えていたところを癒してくれた。


 例えるなら、土の恵み。果物ではない、砂糖でもない、土の恵みを濃縮したようなそれは、味わったものにしかわからないものだろう。


 森に通ずる、わずかだがはっきりとした香りがそれをよりいっそうと引き立てる。舌に乗るとまるで雪のようにほろほろと溶け、後には心地よい儚さが残る。


 次にこの、半透明の塊だ。こいつは、すばらしい舌触りと歯触りだ。


 くにゅくにゅとした、もっちりとした、ぷるんとした、なんとも言えない独特の感覚で、私はこれを何かに例えようとしても最適なものを出すことはできない。


 黄色い粉にまぶされ、その甘味をひきたてるかのように、ほんのわずか、母を思い起こすような深みのある、全てを受け止めてくれるような甘味が存在してる。


 一番おもしろいのはこの塊は噛めば噛むほど、味わおうとすればするほど応えてくれるところだろう。もにゅもにゅと口を上下に動かすたびに、少しずつその味わいが深くなっていくのが分かる。


 決して自分からは主張はしないが、求められれば応える。そんなつつましやかな、謙虚なところが実にいい。黄色い粉との相性は抜群だ。


 スティックを使い、刺し、口に入れる。

 味わい、噛みしめ、飲み込む。


 最後の瞬間、ふわっとした香りが喉の奥から鼻へと抜ける。もっちりとした、けれどもおもすぎないそれは、心地よく喉の奥を通って腹の中へと舞い降りる。


指が、止まらない。


周りが、見えない。


何も、聞こえない。


 今はただこの反復作業を、いつまでも、できることなら永遠に続けたい。


 だが、悲しいかな、それでも永遠というものは存在しないわけだ。


「……」


 木の平皿の上にはもう何も残ってなどいない。いや、正確にはスティックでは掬えなかった黄色い粉が残っている。


 スプーンで、いやいっそのことこの皿を獣のごとく舐めまわしたいとすら思ったが流石に人の前でそんなことはできない。


 ──いや、まて私。


 例え人前でなかろうとそんなはしたない真似が出来るか! 私は一体、何を考えているんだ?


「どうしたね、お客さん?」


「…お客さんじゃない、私はリュリュだ」


 何が何だか分からないが、私をここまで変えたことに敬意を表し名を名乗る。エルフが自分から名を名乗ることなどそうそうない。そうしてもいいだけの感動が、これにはあった。


「そうかね。おいしかったかい、リュリュ?」


「…ああ」


 なぜだかわからないが、名前を呼び捨てで呼ばれたというのにとてもうれしかった。今は必死に耐えているが、口の端がどうにも釣り上がってしまってしょうがない。


「…ふふ」


 こんなに心の底から笑いたくなったことなどいつ以来だろうか。少なくとも、あの“わらびもち”がなければこんな気分にはならなかっただろう。


 ふと、幼いころ祖母が内緒で木の実をくれたことを思い出した。そういえば、あのときもこんな風に優しく名前を呼ばれたっけ。爺の目も、口調もそのときの祖母そっくりだ。


「すごい、じいじもマスターと同じなんですね!」


「…マスターと同じ?」


 聞けば、ここの店主マスターも、この爺と同じように甘い物を提供しているらしい。いや、マスターなのだから当然か。


 ……よくみれば、シャリィちゃんもカウンターのなかで“わらびもち”を食べていた。


「違いますよ、リュリュさん。そういうことじゃなくって、マスターと同じように、甘ぁい夢をみさせてくれるってことです!」


 黄色い粉を口の端につけながらシャリィちゃんが笑う。


 甘い夢、か。思えば、私はそういったものを求めていたのかもしれない。


「…そうだな」


 交流会はうんざりだが、もう少しだけここにいるのも悪くない。まだまだここでおいしい物も食べたいし、そのマスターとやらにもあってみたい。


「…あ」


「どうしました?」


 今気付いた。


 仲間は、交流会で変わったのではない。交流会で、ヒトと関わって変わったんだ。


 シャリィや爺のように、ヒトであってもいいやつはいる。それに、交流会にも助けてくれようとした冒険者はいたではないか。


「…ははっ!」


 乾いた笑みがこぼれる。ひょっとしたら、変わったやつも交流会で助けてもらったりしたのかもしれない。


 ああ、なんだかわかってしまうと考えるのもめんどくさい。


 ええい、とりあえず、もうすこしここに残るということで決定だ。なんだか無性に、叫びたくなって、理由もわからず机に突っ伏す。自慢の髪が、さっと流れた。


 爺が目を細めてにこにこしながらこちらを眺めているのがわかる。シャリィちゃんが不思議そうな顔をして眺めているのが分かる。


 そんな中、私の長い耳は、すいません遅れました、と言いながらこちらへ向かってくる若い男の声を聞いた。



20150411 文法、形式を含めた改稿。

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