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剣士と弓士とフルーツポンチ

れっつくっきんぐ!

カランカランと透明感のあるベルの音。

きぃぃ、とステキなドアが開いて、そしてガツッて鈍い音。


もう何度も何度もここにきているのに、

相変わらずおまぬけエリオは角をぶつけて痛そうにさすっている。


「ようこそ、《スウィートドリームファクトリー》へ」


「シカのおにーさん……。そろそろ覚えましょうよ」


「うう……」


店内にはいつもと同じようにお菓子の甘ぁい香りが漂っている。

前まで飾ってあった紫色のいい匂いのするお花はなくなっていたけれど、

かわりに大きなひまわりと色とりどりのハイビスカスが飾られていた。


やっぱりあれもきれいね……。

飾りつけのセンスはきっとシャリィちゃんのものだと思う。

料理の腕はいいマスターだけれど、美的センスは壊滅的なんだもん。


いつもならここらでエリオに軽口の一つや二つ叩いて席に着くけれど、

今日のあたしはそんなことをしない。

ううん、正直に言えばそんなことをする余裕がないのよ。


「…ハンナに、エリオか。

 ……ハンナ、なにかあったのか? 表情がいつもと違う」


声をかけてきたのはエルフのリュリュさん。

長い睫とさらさらした銀髪がすっごく印象的なきれいな狩人の冒険者。

冒険者としての経歴はあたしたちとあまり変わらないけれど、

実力はあたしたちよりもはるかに上っていう、すごい人だ。


最近はエリオの弓の師匠にもなってくれるし、

正直あたしはこの人に頭が上がらない。


「……ちょっと、気合を入れなきゃいけなんですよ」


「…気合? これから冒険なの?」


「えっ? そんな予定だったっけ」


「……ばか」


とぼけた顔をして……というか、本当にエリオは何もわかっていないみたい。

あたしがどうしてここに来たのか、こないだ報酬に何を頼んだのか、

どういう理由でそれを頼んだのか……何にもわかってないんだから。


じとっと半眼になってエリオをにらんでいたら、

奥のほうからおじーちゃんが出てきた。

今日もヘンなひらひらの服を着ているし、穏やかにニコニコ笑っている。

あたしにもおじーちゃんみたいな落ち着きと貫録があったらなぁ……。


「じゃなくて、女の子の修行さね。

 ……こちらの準備はできとる。装備を解いたら厨房まで来なさい」


「うんっ!」










「さて、今日は約束通り、お菓子作りを教えようと思う」


「とはいえ、最初ですから簡単なものですね」


「素材の味を生かしたシンプルなお菓子ですよ!」


厨房にてマスターたちのレクチャーが始まった。

セイトたちの護衛の報酬として、あたしは料理のお稽古をつけてもらうことに

なっていたからだ。


これから時間があるときに少しずつ見てもらうことになっている。

おじーちゃんは太っ腹で、材料費も受講料もなしでいいっていってくれたの。

そのかわり、自分で作ったものは自分できちんと食べることって言われたわ。


あたしとしては願ったりかなったりだけれど、

なんでもこないだの護衛依頼の時、自分でも食べられない”かれーらいす”を

作ったセイトがいたらしい。ひどいものなら処理は自分で……ってことなんでしょう。

ま、おじーちゃんたちが教えてくれるならそんな心配いらないけどね!


「よろしくおねがいします!」


「はいな。まぁ力を抜いて焦らずにやるさね」


マスターはいつも通りエプロンをつけバンダナを頭に巻いている。

シャリィちゃんも給仕服の上から色違いのエプロンをつけていてとってもかわいい。

おじーちゃんは……あの枯葉色のエプロン、下半身しか覆えてないけどいいのかしら?


もちろん、あたしもエプロンとバンダナはしっかり装備しているわよ?

こないだの”ふれんちとーすと”の時に使ったやつ、

マスターたちはちゃんと取っておいてくれたみたい。


「では、さっそく始めましょうか。

 今日つかうのはこちらです」


ばっとマスターが少しわざとらしくテーブルの上にかかっていた布を取り外した。


メロン、スイカ、桃、イチゴ、マンゴー、バナナ、さくらんぼ……。

ここらにはないびわって果物もあれば、パイナップルまである。

そのどれもこれもが立派な一級品みたいで、

たぶんそのまま丸かじりするだけでも十分なご馳走になると思う。


用意しにくいものもあるとはいえ、一応全部古都の市場で手に入れられるものね。

本当にこれでステキなお菓子を作れるのかしら?


「ハンナさん、スイカとメロン、どっちが好きですか?」


「うーん、どちらかというとメロンかな?

 スイカって種が多くてちょっと面倒くさいのよね」


「おねーさん、そんな感じしますもんねぇ……。

 おにーさんはどうなんですか?」


「エリオ? あいつはどっちも好きよ。

 でもあたしにあわせてメロンを食べることが多いかしら」


じゃあメロンにしましょうか、といってマスターはメロンを手に取った。

本当はエリオはスイカのほうが好きなんだけど、

いっつも私の顔色を窺ってメロンを選ぶのよね。

たまの気まぐれでスイカを食べるときも私の分の種は取ってくれるし。

……変なところで気遣いができるのになぁ。


「メロンのこの……三分の一くらいのところを横に切ってください。

 あと、安定させるために底のほうもちょっとだけ切って平らに。

 こちらは転がらないようにするだけなので、果肉までいかないように」


「はーい」


まだまだ料理の腕前は低いけれど、斬るくらいなら簡単。

片手で軽く押さえて、すってナイフを走らせるだけ。

実の締りがいいのか少し手ごたえが重かったけど、これはなんなくこなせた。


「うわぁ……!」


断面から漂うメロンのいい匂いと言ったら!

緑色がすっごくきれいだし、まるで宝石みたいなの!


「それじゃあ次はメロンの中身をくり抜くよ。

 種は取り除いて、果肉はこっちのボウルに入れる」


おじーちゃんはそういってなんかヘンなのを渡してきた。

なんだろう……スプーンにしては丸っこい気がするし、

お玉にしてはまっすぐすぎるっていうか……。

しかも柄の反対にはナイフの刃みたいのがついている。

食器じゃないだろうけど、こんな調理器具みたことがないわ。


「フルーツデコレーターという調理器具さね。

 この手の細かい作業に用いられるものだ」


おっかなびっくり使ってみると……すっごく便利ってことがわかったわ!

スプーンを使うのとほとんど同じ感覚で果肉をまぁるくくり抜けるし、

ぐちゃぐちゃってなっている種も簡単に取り除けるの!


「おじーちゃん、これすっごい便利だね……!」


「まぁ、こっちじゃあんまり役に立たないだろうけどねェ」


メロンをくり抜き終える。

用意してもらったボウルはおいしそうなメロンでいっぱいになった。

できればこのままちょっとつまみ食いしちゃいたいけど、ここは我慢。

これはあくまで材料なんだもの。


メロンでいっぱいになったボウルとは対照的に、

くり抜いたメロンはまるで大きなお椀かのようにすっかすかになっている。

これもまた後で使うらしく、果肉はちょこっとだけ残してあるのよ。

どうせなら全部きれいにとっちゃったほうがいいと思うんだけどな……。


「次はどうするの?」


「適当に好きな果物を一口サイズに切ります。

 ハンナさん、嫌いな果物はありますか?」


「だいじょぶ」


「料理の基礎はナイフ捌きだ。こいつがダメだと成長も遅くなるからねェ。

 練習だと思ってできるだけ処理してごらんよ」


そんなわけでみんなで手分けして果物を斬ることになった。

パイナップルとかちょっと難しめのやつはマスターとおじーちゃんの担当。

あたしとシャリィちゃんは桃とか簡単なやつを。


すととん、すととんってナイフの音が厨房に響いている。

そのたんびに甘酸っぱい香りがふわっと漂ってきて、

正直練習どころじゃなかったわ!

お腹がペコペコだったら、たぶん迷いなくつまみ食いしちゃってたと思う。


マスターもおじーちゃんもその手の動きがすっごく早くて、

まるで手だけが別の生き物みたいだった。

瞬きを三回もするころにはきれいに一口大になったパイナップルとかが

ボールにいっぱいになっているんだもの。


いつもニコニコしているのに、二人ともすっごく真剣な表情で

ちょっと怖いって思ったくらい。これが職人の目なのかしら?


「なんか……すごいね……」


「二人とも、集中するといっつもああですよ。

 あたしも長いとこナイフを握ってますけど、いまだにあの二人には敵いません」


そんなことを言っても、シャリィちゃんだってあたしの倍以上の速さがある。

桃なんて皮むきも楽な部類に入るし、柔らかいから斬るのも簡単だとはいえ、

シャリィちゃんはあたしのみたいに皮の小さな剥き残しはないし、

それに斬り方だって全部同じ大きさにそろえていてすっごくきれい。


「……」


あたしのは皮の剥き残しがほんのちょっとだけある。

もう、爪の先よりもちっちゃいけれど、確かにあるのよ。

それに強く握りすぎているのか形はちょっとぐちゃってしているし、

斬ったそれも不揃いで大きさが違うしどことなくいびつ。


斬るだけなら楽勝って思ったけど、こうして並べてみると雲泥の差があった。

最初こそマシだけど、そのうち手がべとべとになって滑ってくるし、

集中力が途切れて一つ一つの扱いが雑になっちゃってたみたい。

勝てるとは思っていなかったけど、

ここまで差がはっきり出ていると正直ヘコむよわね……。


「おねーさん、こういうナイフの使い方は初めてでしょう?

 練習すればこれくらいすぐいけますよ!」


「ありがと!」


シャリィちゃんは気遣いがうまい。天使だと思う。

こんな妹がほしかったなぁ……。


そんなこんなとしているうちには果物も斬り終える。

あたしが担当したのなんて桃のほかにはイチゴのヘタを取るくらいだったけど、

いっぱいやったからなんかナイフの扱いがうまくなった気がする。

ちょっとずつうまくなればいいわよね。基礎も大事っていうし。


「マスター、この後は?」


「さっきくり抜いて空になったメロンがありますよね?

 それに今切った果物を好きなように詰め込んで、

 それでこの《サイダー》……しゅわしゅわの水を入れておしまいです」


「ちょっと物足りないから杏仁豆腐もいれようかね。

 シャリィ、冷蔵庫のヤツをとってきておくれ」


「がってんです!」


「……そ、それだけ?」


「それだけです。最初ですし、簡単なものにしてみました」


ちょっとあっけにとられたけれど、言われたとおりに果物をメロンに詰めていく。

薄々察してはいたけれど、まさか本当にメロンを容器として使うなんて

思わなかったわ。マスターたちのこういう発想、どこで身に着けたんだろ?


「……よし!」


「はい、完成です。おつかれさまでした」


”さいだー”を入れて、出来上がったそれをじっと見る。

さぁ、エリオをぎゃふんと言わせてやるんだから!









「おまたせしました。《フルーツポンチ》です」


「…すごいね」


「うわぁ……! これ、ハンナが作ったの!?」


器の中のそれをこぼさないように、そうっとエリオの前までもっていく。

今までこういう風にしたことなんて一回もなかったけど、

これはこれで新鮮な感じがして悪くない。


どうやらエリオはリュリュさんと弓について語っていたようで、

こないだ貰ったきれいな弓とアルからもらった小手を二人でしげしげと眺めていた。

こちらに気づいて慌てて片付けていたけど、あまりに慌ててたものだから

立てかけた弓が今にも倒れそうになっている。


「メロンの器なんて、ボク初めて見たよ!」


”ふるーつぽんち”は見た目がすっごく華やかだ。

きれいなきれいな緑色のメロンの器の中に、

赤、黄色、オレンジ、紫……といろいろな色の果実が浮いている。


調理過程を見ていたからこそあたしはそんなに驚かないけれど、

初めて見た人にはすっごいインパクトがあるんじゃないかしら?

よくよく考えてみると、あたしもこんなふうに飾り付けられた果物は見たことがない。


そんな果実の間からはしゅわしゅわと絶え間なく小さな泡が湧き上がっている。

なんだかとっても軽やかでわくわくするような感じ。

あたしたち獣人やリュリュさんみたいにエルフなら、

ぱちぱちって泡がはじける音が聞こえると思うわ。


果物のいい匂いもステキよね。

イチゴの匂いもパイナップルの匂いも、もちろんメロンの匂いもする。

そしてこのしゅわしゅわの不思議な甘いにおいがたまらない。

いろんなもののいいとこ全部、詰め込みましたーっ! って感じかしら?


「…私のだけ、ちょっと違う?」


「おじーちゃんが作った奴なんですよ」


エプロンを外し、エリオの隣に座る。

当然のようにシャリィちゃんがリュリュさんの隣に座って、

その前にも”ふるーつぽんち”が置かれた。


今回作ったのは四つ。

あたしのと、エリオのと、リュリュさんのとシャリィちゃんのだ。

あたしが作ったのはエリオに食べてもらうことになって、

あたしのぶんはシャリィちゃんが、シャリィちゃんの分はマスターが、

リュリュさんのぶんはおじーちゃんが作ったの。


まぁ、斬って入れただけだから違いなんてほとんどないんだけどね。


「…縁が、飾り切りになってる」


「すごいなぁ……!」


でも、おじーちゃんが作ったのだけはちょっと違う。

そりゃ、中身はいっしょなんだけど、器のふち……メロンの切り口のところが

ギザギザに飾り切りされているの!


よくよくみると例のフルーツデコレーターの刃の部分で

きれいな模様も彫り込んであって、本当にシャレた宝石箱みたい!

こういう直接関係ない部分でも手を抜かないぞってところに、

おじーちゃんの職人としての信念が見え隠れしていると思う。


「さ、食べてみなさいって! びっくりしちゃうんだから!」


「うん!」


スプーンを手に取ったエリオがうれしそうにイチゴをすくう。

あたしも同じように──こっそりエリオの顔を窺いながら、

何か適当に果物をすくって口に入れた。





しゅわっとはじける何か。


ふわりと漂う果実の恵み。


本当に自分が作ったとは思えない──厳密には自分が作ったわけじゃないけど、

ともかく信じられなくて、目の前がくらくらする。


まちがいなく、これは──


「「──おいしいっ!」」


「それはよかった」


うれしそうに笑うエリオを見て、

一瞬味が何のかわからなくなっちゃった。







作り終えた今だからこそ言えるけど、

厳密に言えばこれは──”ふるーつぽんち”はお菓子じゃないと思う。


やったことといえば果物を一口大に切って、器に詰めて”さいだー”を入れただけ。

見た目から簡単に作り方は想像できるし、材料さえ揃えれば子供だって

作ることができる。それこそ、失敗するほうが難しいくらいだと思う。


「すっごぉい……! ただの果物なのに、どうしてこんなに……!?」


「…うん、おいしい」


なのに、こんなにおいしい。

エリオもリュリュさんも目をまぁるくして驚いている。

なんだかそれがとってもうれしくて、恥ずかしさをごまかすように

イチゴを一つ口に入れた。


甘い。

いい感じに冷えているし、イチゴの甘さがぎゅって詰まっていて、

ちょっとかじっただけでふわっと体中にイチゴの恵みが駆け巡っていく。


それだけじゃないわ。

一緒に口に入った”さいだー”のしゅわしゅわがイチゴの甘さを

すっごくすっごくいいものにしてくれるの!


この独特の甘さとしゅわしゅわ、そしてイチゴの甘さを合わせたこのかんじ、

いったいなんて表現すればいいのかしら?


すっごくさわやかで、すっごく爽快で、すっごく気持ちがいいの!


もにゅもにゅと口を動かしてごくんと飲み込む。

しゅわっとしたなにかが喉をくすぐっていくのがたまらなく気持ちいい。


「…いっぱい果物があって、目移りしちゃう」


「わかりますよぉ……! あたしも毎回、どれを食べようか悩んじゃいます!」


イチゴ、メロン、パイナップル、もも、マンゴー、バナナ、さくらんぼ、ベリー……。

いろんなものが気持ちよさそうにぷかぷか浮いていて、

まるで日向ぼっこをしている猫ちゃんみたいだ。


大きめのスプーンで、”さいだー”と一緒に桃をすくう。

とろっとした舌触りと優しいとろけるような甘さが最っ高!

そこにしゅわっときりっと引き締めた感じが入って、

さらに桃の味が別の甘さと混ざり合って……もう、なんて言っていいかわからない。

”さいだー”の甘さって何にでも合うんじゃないかなって思うわ。


「…森の恵みをここまで活かせるなんて」


「まぁ、斬っただけっちゃ斬っただけだからねェ」


本当に、どうして切っただけでこんなにおいしくなるのかがわからない。

”さいだー”と一緒に食べているからかしら?


食感も舌触りも全然違うのよ。

パイナップルの甘酸っぱさはより強くなってる感じがするし、

でも舌に残るぴりぴりしたかんじは柔らかくなっているし、

しゅわしゅわのおかげで全部の果物の舌触りが変わってきているし、

しゅわしゅわの甘い香りと果物の香りが混じり合ってもう……!


一口ごとに全然違う味が楽しめるって、すごいことだと思う。

普通だったらどんなにおいしいものでもずっと同じ味が続けばいずれ

飽きてしまうもの。これなら色んなフルーツを好きなように楽しむことができる。


単純そうに見えて、いいえ、単純なつくりでここまで

緩急をつけるなんてとてもできることじゃない。

食べる側のことを考えるってやさしさが少しわかった気がする。


器を持ち上げ、縁に口をつけて”さいだー”を飲んでみる。

最初は独特な甘味があるだけだったけれど、

今はいろんな果物の果汁がしみだしてすっごく複雑な味になっていた。

本当に、果物の甘みがぎゅくって詰まっているんだから!


「……ん!」


甘いような、酸っぱいような……。

いろんな果物のいいところだけが溶け込んだ魅惑の味だ。

こんなにも複雑でこんなにも繊細なジュースなんて

いくら古都でも売っていない。

この鼻に抜けていくかんじがたまらなく好きだ。


魅惑の器の中には輝く宝石がごろっと贅沢にいっぱいいっぱい入っている。

こんなにもたくさんの種類を一つの器に盛り付けてしまうなんて、

ちょっとしたお嬢様気分を味わえる逸品よね。

食べ応えもばっちりで文句のつけようもない。

なんだか頬のゆるゆるを止められる気がしないわ。


そうそう、ゆるゆるといえばもう一つ。

この……えーと”あんにんどうふ”ってやつもすごい。

果物じゃなくて、たぶん”ぜりー”の類だと思うんだけど、

すっごいぷにぷにで、くにゅんって口の中に滑り込んでいくの!


どこか優しい花のような香りとほのかに甘い味が、

果物に慣れてきたころになってすっごくおいしく感じるのよね。

少し懐かしいような感じがするんだけど、どうしてかなぁ?


「ねぇハンナ! これ、メロンの底や側面も食べられるみたい!」


「ちょっとだけ残してあるのよ。すごいでしょう?」


「うん! なんだかちょっと、お得な感じがするよね。

 それに、器を食べるってすごく不思議な感じがするよ!」


「計算通り、ってやつよ!」


「ハンナはすごいなぁ……!」


ホントはマスターたちに言われるままにナイフを動かしていただけだけど、

無邪気に目を輝かせるエリオを見るとついつい見栄を張りたくなる。

シャリィちゃんがくすくすと笑っているのが視界の端に見えたけど、

みなかったことにした。


「…メロンを削ると、メロンの風味が全体に行っておいしいね」


リュリュさんはにっこりと顔を崩して──あんまり見かけられない笑顔だ──忙しく

スプーンを動かし、何度も何度も口と器を往復させている。

一つ一つの動作が様になっていて、女のあたしでも見てて惚れ惚れしちゃう。

美人って何をしても美人だからずるいわよねぇ……。


「他の果物だけでも少しずつ味は変わっているのですが、

 やはりメロンを直接削いだほうがその変化は大きくなるんですよ。

 メロンとサイダーの相性もいいですし、味に飽きもこないし、

 いいとこずくめなんですよね。見た目も華やかになりますし」


マスターがにこにこと解説を加えた。

あれだけシンプルな調理だったのに、いろいろと計算された裏があったみたい。

やっぱりプロは考えることが違うのね。


「基本的には何を入れてもいいお菓子だからねェ。

 アレンジの幅もそこそこ広いし、失敗もしにくい」


「っていうことは、もしかしてハンナに頼めば

 ここに来なくても食べられるってこと!?」


「や、それは無理よ……。果物はともかく、このしゅわしゅわがないもの」


残念なことが一つあるのだとすれば、この”さいだー”を用意できないことかしら。

宝石の少なくなった宝石箱を見て少し悲しくなる。

料理の腕があがっても、材料を用意できなければ意味がない。


「いちおうあるさね。

 遊都マーパフォーは知ってるかね?

 あそこの近くのフラリッシュ湖の付近で天然の炭酸水が湧き出るところがある」


「たんさんすい?」


「このしゅわしゅわのことさ。

 そいつに砂糖やらなんやらで味付けすれば、似たようなものが作れるよ」


「ホント!?」


「…今度行ってみるかな」


あたしたちの実力じゃまだ気軽に行ける場所じゃないけれど、

あるってわかっただけでももうけもの。

新しい冒険の目標が増えたんだもの、喜ばないほうがおかしいわ。


「北の都だから行くとしても寒さ対策はしっかりするさね。

 あそこは寒くてまともに作物も作れず、

 生きるために芸を磨いた村が元になって作られた都なんだ。

 女の子は体を冷やしちゃいかんからねェ」


「……なんでそんな遠い場所のことを詳しく知っているの?

 じいさんだって行ったことないでしょ?」


「大人はなんでも知ってるのさ」


からからとおじーちゃんが笑う。

マスターはじとっといぶかしげに見ていたけど、やがてため息をついて

肩をすくめた。付き合いは長いって思ってたんだけど、

おじーちゃんの経歴はマスターも教えてもらってないみたい。


きっと凄腕冒険者だったから教えるのが恥ずかしいんだと思う。


「そこまでいかなくても、鬼の市ってとこならあるかもしれませんよ?

 王都にある大きな素材市だそうで、あらゆるものを取り扱っているそうです!」


「……シャリィもなんでそんなこと知ってるの?

 この辺から出たことないって言ってなかった?」


「じいじに教えてもらいました!」


王都くらいなら割と手軽に行けるかしら?

それでも何日かかかっちゃうと思うけど、遊都にいくよりかは早いわよね。

エリィさんもこないだ近くまで行って甘夢茸を狩ったっていうし、

当面の目標はそれでいいかしら?


エリオの弓も強くなってるし、いいわよね!


なんだか一人で勝手に盛り上がって、

気分よくスプーンをくぐらせる。


「……あっ」


全く気付いていなかったけれど、いつのまにか宝石箱の中身は空になっていた。







「…ふぅ、ごちそうさま」


「はいな、お粗末さまでした」


メロンの器をおじーちゃんが片付ける。

本当は片付けもあたしがやったほうがいいのかもしれないけれど、

おじーちゃんはあくまでお客さんだからってそこは譲らなかった。


「エリオ、おいしかった?」


「もちろん!」


にこってエリオは笑った。

なんだか胸がどきどきしてくる。顔もたぶん……赤い。

こういうのが食べてもらう喜びってやつなのかしら?

この調子で胃袋をつかめればいいんだけどなぁ……。


「…そういえば、遠出で思い出したんだけど」


ハンカチできれいに口をふきながらリュリュさんがつぶやいた。

普段無口なリュリュさんが自分から話題を振るのも結構珍しい。


「…私の報酬はどうなっているの?

 こっちはもう準備ができてるぞ」


「……あ」


マスターが今思い出したとばかりに声を上げた。


たしか、リュリュさんの報酬はマスターたちを集落に呼ぶことだったっけ。

おばあちゃんにお菓子を食べさせたいって言ってた気がする。


「…忘れてた、の?」


悲しそうな瞳でリュリュさんがマスターを見つめた。

美人がそれをやるのはすっごく卑怯だ。

ギャップもすごいし、あたし、リュリュさんがときどき悪魔のように思えるの。


「いやぁ……僕は学校のほうもありますし、時間が……」


「…うそつき。なんでもするっていったのに」


「いえ、行きたいのはやまやまなんですけど、歩いて結構かかるんですよね?

 シャリィとじいさんだけならなんとかなりますので……」


つーん、と口を尖らせたままリュリュさんはそっぽを向いて黙る。

たぶん、こうなるともう、ちょっとやそっとじゃ動かない。

あたしも同じことされたらこうなると思う。


「うわぁ……機嫌損ねたときのハンナとそっくり……」


「……ふんっ!」


「いったぁ!?」


本当にエリオは学習能力がない。

せめてあたしの聞こえないところで言えばいいものを……!


「…爺、マスターがいぢめる」


「おお、よしよし、かわいそうにねェ……」


「マスター、約束守れない男はサイテーって言いますよ!」


「…サイテー」


普段絶対聞けない一言にマスターの心は打ち砕かれちゃったみたい。

がくりと肩を落としちゃった。

なんか、こういうところはマスターとエリオって似ている。

男の子ってみんなこうなのかしら?


「ま、あいつの言っていることも事実だ。

 さすがに往復で八日もかかるのはちょっと難しい」


「…………だめ、なの?」


リュリュさんが泣きそうになった。

女の人の涙ってすっごくずるい。

子供のものよりも何倍も効果があるんだもん。


レイクさんもバルダスさんも、泣きつかれたらほっとけないってこないだ言っていた。

──それを自由に使えるようになることこそ、

いい女への第一歩だってこないだの護衛依頼の夜に教えてもらった。


「誰がそんなこといったかね?

 ……なぁリュリュ、たしかおまえの出身は古都の東のほうにある集落だよねェ?」


「…うん。このへんで交流会をしているのは私のところしかない」


「たしか、集落の北に誰も使っていない小さな空き家がなかったかね?

 ほら、日当たりも悪くて虫食いもあって、結局住むやつが現れなかったやつだ」


「…空き家じゃなくて、物置だと思う。集落のみんなで使う物置。

 そこまで大事じゃない備品の共用置場になってるところでしょ?」


「ありゃ、物置になっちまってたか……。

 まぁ、まだ使っているってことでいいかね?」


「…ボロボロになっているからここ十年間、開いたところを見てないけど」


「形があるなら問題ないさね」


なんかよくわからないけど、おじーちゃんは一人で納得しちゃった。

あたしやエリオはもちろんのこと、リュリュさんもシャリィちゃんも

首をかしげている。物置のことなんて聞いてどーすんだろ?


「……ねぇ、本当になんでじいさんがそんなことを知っているの?」


「…物置なんて、私でも忘れていたのに。

 …それに空き家だったなんて話、初めて聞いた」


「なぁに、気にするこたぁない」


それだけいっておじーちゃんは笑った。

なんか、いたずらに成功したレイクさんみたいな笑い方だった。







「じゃあ、明後日に行くとするかね。

 集合はここだ。一瞬で向こうまで連れてってやるよ」






メロンの器のフルーツポンチを小学校の低学年の頃のキャンプで作ったことがある。あれ、初めて見たときそのアイデアに幼心にびっくりしたね。


果汁の入り混じったサイダーを飲み干すのがジャスティス。

なんだろうね、あれね、すっごくおいしいの!


個人的にフルーツポンチにバナナってうーんってかんじなんだけど、世間的にはどうなんだろう? フルーツポンチを出す店ってのもけっこー少ない気がする。こう、こじゃれた感じじゃなくてシンプルなやつね。


ホントはね、このフルーツポンチにキウイも入れたかったの。園芸部でステキなキウイの写真をもらったのよ。だから絶対入れたかったの。

でもキウイの収穫時期は秋なのよぉ……。まだ夏なのよぉ……。


フルーツデコレーターを見ると破壊の衝動に駆られる。

ナンデモ イイカラ アレデ クリヌキタイ……!

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