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盗賊とトロピカルジュース

「ちーっす、邪魔するぜ」


真夏の日差しがぎらぎらと照り付ける中、

いつもの森のいつもの場所にあるいつものドアをくぐる。

カランカランと涼しげなベルの音が森に木霊し、

そして甘い香りがその先から漂ってきた。


「いらっしゃい、レイクさん」


「こんにちは。なんだか最近一緒になることが多いですね」


「おまえがそんだけ入り浸ってるってことだろ?」


オシャレでシックなその空間にいたのは二人。

にこにこ笑顔と漆黒の瞳が特徴的な色男のマスター。

ベージュのローブとロッドを持った金髪の魔法使いのアミル。

何をしてたかはよくわからなかったけど、

とりあえず二人で仲よさそうに話をしていたのだけは間違いない。


あのキャンプの日以来、やたらこの二人で話すことが多くなってんだよな。

小癪なことに決定的なアレなところはぜってぇ俺たちには見せないんだが。


「おっ、ひまわりか?」


「ええ。いっぱい咲かせることができたからってもらったんですよ。

 バラもラベンダーもいいですけど、やっぱりずっと飾ってると飽きますし」


ふと飛び込んできた鮮やかな黄色。

前までは赤だのオレンジだののバラや紫色のいい香りの花が飾ってあったところに

黄色い大輪のひまわりが飾られている。


花の種類が変わっただけだってのにこうも店の中の印象が変わるから不思議なもんだ。

なんだろうな、うまく言えないけどどことなく無邪気な感じがするんだよ。


「おや、その白黒のは……例の報酬のヤツですか?」


「ああ、サッカーボールってんだ」


アミルが俺の小脇に抱えたそれを不思議そうに見つめてきた。

サッカーボールはわけわからん素材でできてるから冒険者ならそうしてしまうだろう。

事実、昨日一日中こいつの素材について調べてみたけれど、

どうもこの辺に生息する魔物じゃないのか、何もわからなかった。


マスターのとこには魔物がいないとはいってたが、

自然の素材とも思えないんだよなぁ……。


「私、鑑定とかはできないんですけど……でも、相当な価値がありそうですよね」


「まぁな。まさしくお値段不明ってやつだ」


これを遊び道具にしているっていうからマスターたちの故郷はすごい。

これ、好事家に吹っかけりゃ金貨の数枚は落としてくれそうなんだよな。

継ぎ目もきれいだし、素材不明だし、なにより完璧な球体だ。


ま、こんなお宝誰にも売るつもりはねぇけどな!


「ところでよ、シャリィはどうした?

 俺、あいつとこれで遊びに来たんだけど」


だがしかし、このお宝は一人ではあまり楽しめない。

いや、練習するだけなら問題ないけど、ちょっとつまらない。


だから練習相手に最適なやつを訪ねてきたっていうのにそのシャリィがいない。

あいつ、いっつもここにいるはずなのにな。

誰であろうとドアを開けたら声をかけるはずだし、今日は風邪でも引いてんのか?


「ああ、それなら……」


「びっくりしますよぉ……!」


俺の言葉にマスターとアミルが顔を見合わせて笑う。

先ほどまでとは違う、なにやら含むところのある笑みだ。

普段控えめなやつがこういう風に笑う時、

大抵ろくなことが起こるのを俺は長年の盗賊生活で学んでいる。


「あら、お兄様……!

 《スウィートドリームファクトリー》へようこそ……!」


──ほうら、やっぱりそうだ。


妙に落ち着いたお淑やかな声音。

小さく可愛らしい息遣いはおそらく演技だろう。

ついでに、いつもの元気の良さがない。口調もおかしい。


声のほうを見る。

店舗の奥からだ。


変なのがいる。


「……」


「お兄様……あなたに会える日を、一日千秋の思いでお待ちしておりました……!」


しずしず、とでも形容すべき様子でシャリィがこちらへとやってくる。

いつもの給仕服ではなく、そこらの仕立て屋じゃ滅多にお目にかかれない、

上等の反物を用いたひらひらした服だ。


淡い黄色ときれいなピンク──こういうのを桜色というらしい──がそれの

裾から上のほうへとグラデーションになっていて、どことなく風流ではある。

スカート……じゃねえんだろうけど、足元がひらひらで、袖もひらひらで、

胸元も思いっきり引っ張ればはだけそうだ。


どうやら一枚の大きな布を基本としてそれを纏っているらしく、

胸だか腰だか微妙な位置で大きな帯を巻いている。


ああ、何かに似てると思ったらいつもじいさんが着てるのと似てるんだ。

あれがズボンじゃなくてスカートになっているタイプだな。

しかもよく見たら、裾のほうにうっすらと花の模様がある。

細かいところも丁寧に仕上げているらしい。


「……!」


「そ、そんなに見つめられますと、私、どうしたらいいのか……!」


じっと上から下まで穴が開くほど見つめる。

シャリィがポッとほおを染めてうつむく。


仕立ての良さ。

布そのものの質の良さ。

そしてなにより、ここらでも十分に通用しそうな瀟洒なデザイン。


「これ、は……!」


その美しさに目がくらくらする。

心臓がどきどきとして、なんだか顔が熱くなった。

興奮……してるのか? ああ、するに決まっている!




汚れも見当たらないから、引っぺがして質屋にもってけば金貨十枚はかたい!




「お兄様?」


「……お、おお。似合っているぞ」


──いや、そんなこと考えちゃいけねぇな。

盗賊やってるとつい値段を考えちまうから駄目だ。

なんか今、素のシャリィの顔でにらまれた気がするのは気のせいか?

すっげぇ背筋がゾクッてしたんだけど。


「もう、もっと褒めてくださってもいいのに」


いつものにへらっとした笑みではなく、上品に口元を押さえてシャリィは笑う。

首を少し傾け、眼を細め、くすくすって感じで声を漏らす。


「いま、そちらに行きますね」


いつものずかずかした感じじゃなく、小さな歩幅でゆっくりとこちらへ来た。

そのまま俺の前に立ち、椅子に座ろうともせずにちらちらと視線を動かす。


甘い香りの店内に落ちる沈黙。

マスターとアミルのわくわくした視線。

そして、シャリィのどこかいじらしい表情。


「お兄様……!」


「……」


こいつ、まさか俺に椅子を引けって言ってるのか?

こいつ、まさか俺にエスコートしろって言ってるのか?


「なぁマスター、こいつ、なんか変なものでも食べたのか?

 それとも、この暑さで調子を悪くしたのか?」


「まさかぁ」


「レイクさん、女の子になんてこと言うんですか!」


マスターがにやにやと笑い、アミルも笑いながら怒ってくる。

どうやらこの二人もグルらしい。

最近はそうでもないと思っていたが、やっぱりこいつは魔女だ。

マスターも鬼畜だ。魔女の吐息に誑かされちまったらしい。


くそっ! ここに俺の味方はいないのか!


「はいはい、その辺にしとくさね」


なんて思っていたらやっぱり店の奥からじーさんがでてきた。

その表情は非常に穏やかでありながらもどこか面白そうにしており、

シャリィにあの衣服を着せたことはまず疑いようがない。


「じーさんの差し金なのか?」


「まさか。私は少し手伝ってあげただけさ」


なんでも、マスターのとこの伝統芸能の一つに茶華道ってのがあるらしい。

こんなひらひらの衣服を着て自然の美しさを愛でるとかなんとか。

シャリィはここ数日でその茶華道のトップ──シラカバってやつから

その極意と真髄、そして男を落とすための秘儀を学んだそうだ。


「シラカバちゃんって言うと長い黒髪の子でしたっけ。

 あの年でトップってすごいなぁ……!」


「まぁ、あの学校の中ではって頭につきますけどね」


「レイク、シャリィはお前に振り向いてほしいがために弟子入りして学んだんだ。

 どうだ、いじらしいじゃあないか」


じーさんはシャリィの頭をポンポンと叩く。

いじらしいもなにも、俺にはそんな趣味はない。

あと十年は待たなきゃいろいろとアウトだと思う。

さすがに十年もたつ頃にゃ、俺も恋人と巡り合えているはずだ。

むしろ、そうでなきゃ困る。


「じいじ、私けっこーうまくできたと思うんですけど、

 まだちょっとダメでしたかね?」


「なぁに、そんなことはないさ。いつもとちょっと違って面くらってただけだよ。

 ……それより、注文は取ったのかい?」


「忘れてました!」


さっきまでの雰囲気はどこへやら、シャリィはぺかっと笑う。

やっぱりこいつは変に大人っぽくするよりかは

こうして無邪気に笑っているほうがいい。


「おにーさん、今日はとっておきのがあるんですけど、どうします?」


「言わなくてもわかってんだろ?」


「ですよね!」


以心伝心。

注文ってのはこういうのがいいんだよ。


カウンターの中へ入っていくシャリィの背中を見送りながら、

こっそり椅子を引いといてあげた。










「お待たせしました! 《トロピカルジュース》です!」


さて、動きにくそうな服に似合わず軽快な動きでシャリィはそれをもってきた。

いい意味で甘ったるい香りがとろりとこの空間に溶け込み、

今度こそ本当に頭がくらくらしてきそうな感じさえした。


シャリィはことりとそれを俺の目の前に置く。


オレンジと黄色がごっちゃになったようなドリンクだ。

どことなくとろみがついていて、特有の芳香を放っている。


グラスはいつもよりもかなり飲み口が広く、

でっぷりと太っているものを使っている。

当然のことながら、その分内容量もすさまじい。

いつもの”くりーむそーだ”の1.5倍くらいはありそうだ。


しかも贅沢に、グラスの縁ギリギリまでなみなみと注がれている。


だが、特筆すべきはそんなことじゃない。


「お、おおお……!?」


「すごいでしょう? ちなみに、これも楠のおにーちゃんが咲かせたそうですよ」


見た目が派手だ。すっごい派手だ。


グラスのふちに鮮やかな紫色の花が添えられている。

前に見たことがあるけど、たぶんハイビスカスだ。

割と大ぶりの花なうえ、おしべがぴゅっと飛び出ているもんだから迫力がすごい。


グラスのふちにはさらにさくらんぼまで添えられている。

さくらんぼにしては色が薄めだが、妙にてかてかしているところを見ると

きっとなにかしらの調理をしたあとなんだろう。


南国を彷彿とせずにはいられない。

そんな黄色と紫と赤。

透明なガラスにそれらが反射し、

また窓ガラスから差し込む熱い日差しを取り込んで輝いている。


そして、なによりも。


「今日は特別に、ストローを奮発しちゃいました!」


ハイビスカスすら霞ませるそれ。

星とハートを模した形の青く透明なストローが美しく聳えている。

針金細工みたいに、まっすぐなストローを曲げたものらしい。

らしい、ってのも、少なくとも普通の針金細工じゃこんな形を作るのは

不可能に近いからだ。


いいや、そもそもこれは本当にストローなのだろうか。

単色、縞々、ストレート、蛇腹で折れるもの……と、

今までいろんなストローを見てきたが、これほどまでに芸術的なものは初めてだ。

今まで見てきたものはあくまで実用的な機能を優先し、

飾りはおまけ程度でしかなかったが、このストローは飾りを本命としている。


ジュース、ハイビスカス、ストロー。

その三つすべてが一体となって言葉にできないお宝を作り上げていた。


「おにーさん、ストロー好きですもんね」


「ああ……。まさかこんなストローがあるなんてな……!」


自慢じゃないが、俺はストローには目がない。

ここに来た時に頼む飲み物にはすべてストローをつけてもらってる。

飲み終わった後もストローだけは持ち帰って、

屋台の飲物を飲むときにこっそり使っていたりもする。

ストローの先がぺっちゃんこになり、ギザギザになるまで使いつぶす。


おそらく、この界隈で俺以上にストローを愛する人間はいないだろう。

俺は、ストローが大好きだ。


「とってもきれいですね! でも、やっぱり貴重なものなんですか?」


「まぁ、いつものよりかは割高ですね。

 でも、《トロピカルジュース》にはやっぱりこれじゃないと」


マスターのほうもアミルに同じものを出している。

ただ、あっちのハイビスカスは目にいたくなるようなピンクだし、

ストローのほうは羽とハートを模した透明な赤だ。

どうやらこの飾りストローは何種類かあるらしい。

ここに出していないだけで、きっともっと複雑な形状のものもあるんだろう。


「それじゃ、ぐっと一息でどうぞ!」


おそるおそるその先に口をつける。

いつもよりもちょっとだけ硬質な感覚。

噛み潰してしまったのはもはやしょうがないことだ。







とろりと甘い何かがのどに流れ込む。


むせ返るような甘い香りが鼻へと抜ける。


舌をなでる果実の恵みがどこまでも気持ちがいい。


「──最高だ。でかした、シャリィ!」


「やったぁ! さすがあたし!」


目の前の赤毛をぐしぐしと撫でてやった。

なんだか無性にそうしたくなったんだ。







トロピカルっつーと、やっぱりこのジュースは南国の果物を使っているのだろう。

古都ジシャンマでも魔法陣のおかげでいくらかは栽培できるって話だけど、

値段も張るし大量に用意するってことも難しい。

ついでに言えばそんな高い果物をわざわざジュースにするもの好きもいない。


ところが、この《トロピカルジュース》はそんな常識をあざ笑うかのように

さまざまな果物を使っているのが俺でもわかる。


ベースになっているのは……たぶんマンゴーだろう。

甘くてとろりとしていて、のどにゆるりと絡みついてくる。

その独特の芳香がすっごく癖になり、あとひとくち、もうひとくちと

魅惑の手招きをやめようともしない。


ストローでちぅっといく。

くるりとオレンジの液体が吸い上げられ、

星を縁取りハートを飾る。


後にわずかに残る酸味はパイナップルだな。

甘さの中に隠し味のように仕込まれたそれは味に飽きを来させない。

やっぱこういうのは酸味がなきゃだめだ。

ただ甘いだけではむせちまうし、女子供はともかく俺たちだとちょっときつい。

パイナップルがあるからこそ、誰にでも好まれる味になるんだろう。


ふ、と息をつく。

星が色を失い、ハートは空白になった。


もう一回吸い込む。

ぱっと星が輝きハートが色づいた、


マンゴーでもパイナップルでもないこの甘味は……桃だろうか。

さっきの話と矛盾するようだけど、この甘味がまた格別だ。

とろとろの甘さというべきか、とにかく桃のいいとこ全部がぎゅっと詰まっている。

やわらかなその感じが口当たりもよくしているかもしれない。


ストローをかむ。

いつもよりも噛み応えがいい。

なめらかな舌触り(?)も今までに感じたことのないものだ。


俺が分かったのは三種類だけだけど、

もっとたくさんの果物が入っていることは疑いようがない。

たった三種類では決してるくれない味の深みと繊細さがある。

この絶妙な感じを作るのに、どれだけの努力を必要としたのだろうか。


「あまぁ~い……っ!」


「いい素材を使っていますから」


「あいつにゃ感謝しないとねェ。

 古都で仕入れたら値段もバカにできなくなっちまう」


「おにーちゃんからもらえば材料費タダですもんね」


ちょっと口が慣れてきたところでさくらんぼだ。

これまた別種の刺激をもたらしてくれた。

生……じゃないと思っていたら舌触りもやわらかく、

果肉もどことなくとろっとしている。

それに、しゃぶっているだけで種が出てきた。こいつはすごい。


その直後の《トロピカルジュース》に不思議な変化まで与えてくれるから恐れ入る。

うまく言えないけど、さくらんぼの直後は何かが違うんだ。

ちょっと味がまろやかになった……っていうのが一番近いか?


ストローを口に近づけるたびにハイビスカスの彩が目に飛び込む。

ほんのわずかに花の香りが漂い、本当に南国に来たかのような気分だ。

たぶん、こいつは室内で飲むよりもどこかギラギラのお日様の下で

飲むべきものなのだろう。俺の盗賊の直感がそう告げている。

そしておそらく、それが一番 《トロピカルジュース》を楽しむ方法だ。


ストローをくりくりと動かし、ちぅっと息を吸う。

星が瞬きハートがときめき、いつもよりいくらか遅れて冷たい恵みが

体中に染み渡る。


この、フルーツをミックスした独特の味が好きだ。

互いに長所をつぶさず、短所を補いあって調和した素晴らしい結果だけを残している。

それぞれのフルーツのいいところだけが前面に出てきている。


この特別な味は、とても言葉で言い表せるものじゃない。

この味を嫌うやつなんていなうだろう。

子どもだったら誰でも虜になるに決まっている。


しかも、俺が飲んだことのあるジュースよりも格段に味が濃い。

濃厚という言葉はまさにこれのために作られた言葉だ。

ストローの先についた一滴だけで口中にその味が広がっていく。


これだけ濃厚に作るには果物を大量に用意しないとならないだろうな。

でもって、きちんと全体を丁寧に絞るなりしないとここまでの味は作れない。


ジュースを作るのって簡単なようで奥が深いんだ。

ヘタクソがやっている屋台だとえぐみが出てたり水っぽかったりする。

その点、ここのは味は濃厚で絶妙なとろみがある。


個人的な考えだが、ジュースってのはこのとろみが重要だ。

喉にねったりと絡みついてくるくらいに濃厚で甘いものが最高だ。


「そういえば、これには氷が入ってないんですね」


「入れると味が薄くなっちゃいますから。お入れしましょうか?」


「いえ、大丈夫ですよ。

 私、氷をかき混ぜるときのカランカランって音が好きなんですよね」


「ああ、僕もそれ好きですよ。

 実は入口のベルもそれに近い音のやつをわざわざ探したんですよ」


言われてみれば《トロピカルジュース》には氷が入っていない。

いや、そもそも氷なんて入っていないことのほうが普通でこの店が

普通じゃないだけだけど、ストローでからからできないのはちょっと寂しい。


すぅすぅ、ごくごくと喉を動かす。

喉仏がしっかり動いていくのが最高だ。

嵩が減っていく様子が悲しくもあり面白くもある。

酒や水では味わえない、ジュースだけがくれる楽しみだ。


飾りストローを持ち、半分ほどになってしまった中身を意味もなくかき混ぜる。

ストローで飲むと直接飲んだ時よりも長持ちするから不思議だ。

いっぱい飲んだつもりでも、思いのほか減ってないんだよな。


しかもこのストローの場合、

飲むときにくるくるとジュースが動いていくのが見えてすごく面白い。

戻っていくのも自在に動かせるからちょっとした魔法使い気分を味わえる。

ジュースのあるところとないところで色がガラッと変わるのも発見の一つだ。


これ、ちょうど星の真ん中で色を分けるように止められると気持ちいい。

簡単そうで難しく、精密なテクニックが要求される。

もちろん、盗賊の器用さなら楽勝だけど。


「……ふむ、そろそろ頃合いかねェ?」


さて、そんなこんなでジュースを楽しみながら雑談していると、

にこにこと笑いながらこちらを見ていたじーさんがぽつりとつぶやいた。

この狭い店内でそれを聞きのがした人間がいるはずもなく、

マスターとアミルも不思議そうに振り返る。


「じいさん? どうしたの?」


「いや、シャリィから頼まれごとをされていてね」


じーさんは鼻歌を歌いながらカウンターの中に入り、しゃがみ込んで

なにかをがさごそと漁る。何度か入ったから知ってるけど、

あそこにはいろんな備品を入れる引き出しがあったはずだ。


「──ほら、こいつだ」


「おお!?」


「うわぁ!」


感嘆の声。

今使っているのよりもはるかに綺麗で豪華なストローを取り出したからだ。


水色と赤の透明なストローを二つくっつけた感じだろうか。

螺旋でねじるように二色の筒が絡むようになっており、

やっぱりハートマークや星形の軌跡を形作っている。


渦巻き型や羽も追加されて無駄にくるくるとダイナミックなコースになっており、

先ほどまでとは文字通り迫力が違う。見た目で考えれば二回りは大きい。

こいつは使い応えがありそうだ。


ただ、ちょっとわかんねえとこがあるんだよな。


「なぁじーさん、なんで飲み口が二つ付いてるんだ?」


双頭の魔物のように飲み口が二つ。

互いに逆方向を向いているから、一緒に咥えるってわけじゃなさそうだ。


あれか、どっちからでも飲めるってやつなのか?

それともどちらで飲むかで軌跡が違ったりするのか?


「なんでって、そりゃあ……」


じーさんが俺のストローを抜き取り、その豪華なストローを差し込む。

くるりと回ったそれは、片方は俺のほうへ、もう片方は俺の対面の……


「二人で一緒に飲むために決まってるさね」


──シャリィの前へと向いた。


「えへ」


「おい」


「ちなみにこのストローを特にアベックストロー……またはラブラブストローという。

 その名の通り、恋人たちの仲の良さを確認する道具の一つさね」


「え……じ、じいさん?」


マスターがわなわなと震えだしている。

震えたいのはむしろこっちだ。


「シャ、シャリィにはまだ早いんじゃないかな!」


「なにいってるさね。着物姿のこの子をけしかけたのはどこの誰だったかねェ?」


「き、着物姿にトロピカルジュースは似合わないよ!」


「あら、そうですか? とってもかわいいと思いますけど……」


つまり、あれだ。

マスターは俺をからかうつもりでこの姿のシャリィをけしかけ、

そして今となっては妹を男に取られる兄の気持ちを味わっているというわけだ。


しかも、周りにはシャリィに甘いじいさんと、

シャリィをかわいがっているアミル、そしていたずらを仕掛けた俺しかいない。

簡潔に言えば味方がいない。


「きれいな飲物ですし、エリィに写真を撮ってもらえたらいいのになぁ……。

 マスターもそう思いませんか?」


「うう……」


にっこりと笑うアミル。

この件に関してはシャリィの味方のようだ。


「おにーさん、あたし、のどが乾きすぎて死んじゃいそうなんですよ。

 お着物って見た目に反して結構ムレて暑いんですよね」


そんな女子の裏事情、割とどうでもいい。

というか、そういう話って男の前でするもんなのか?


「自分の分があるだ……」


「あたし、今日はありませんよ? こんな女の子を放っておくんですか?」


にまっと笑いやがった。

言われてみりゃ、今日に限ってあいつは普通に給仕をしていた。

いつもは自分も一緒になってお菓子を食っているのに。


ジュースだからか……とも思ったが違う。

こいつは最初からあえて自分のは用意しなかったんだ。


俺がそんな大きな違和感に気づかなかったのはこいつの出だしのインパクトに

当てられていたためだ。それのせいで普通が普通じゃなくなって、

気づけるはずのことに気付けなかった。

後に突っ込まれる不自然なことを、シャリィはそれ以上の不自然で塗りつぶした。


──こいつ、盗賊を手玉に取りやがった!


「なぁ、言ったとおりだろう?」


「さすがじいじ! 年の功ってやつですね!」


あいつが登場した瞬間から、この瞬間を想定してたってのか!?

そのためだけにあんな衣装をわざわざ用意してたってのか!?


「……」


「いやん、照れちゃいます!」


シャリィは机に身を乗り出した。

当然だ。やつの身長じゃ乗り出さなきゃストローを咥えることができない。

もちろん身を乗り出した分、顔がぐっと近づき、

その長めのまつ毛の一本一本がしっかりはっきりきれいに見えた。


ええい、そこでほおを染めるな!


「さ、ぐっといくさね。ぐっと」


「なんだか初めて会った時を思い出しますねぇ……」


「苦薬の瓶を口に突っ込まれたな」


「そっちじゃないですよぅ、ばかぁ」


後ろから感じる重圧。

アミルの笑ってない笑顔とじーさんの有無を言わせない表情を幻視した。

どうあがいても逃げ場はないらしい。


「ん! ん!」


「わかって……いるよねェ……?」


「きゃっ、とってもロマンチック!」


準備万端でストローを咥え、こちらに突き出してくるシャリィ。


──最初に言っておく。

これは仕方のないことであり、俺にロリコンの気はない。

諦めてストローを咥えた。


「んー!」


ああちくしょう! いい顔で笑いやがって!

子供のくせになんて笑顔だ!


ふっと唇につけたそれは感触は普通のストローであり、

息の吸い込みが若干増えたことを除けば特別変わったことはない。

濃い黄色の螺旋がぐるぐると回りながら星だのハートだのの軌跡を描き、

ほとんど同じタイミングで俺たちの口の中へ流れ込む。


見ているだけならすっげぇ楽しいな。見ているだけなら。


味はいっしょだ。いや、ちょっと甘くてちょっとしょっぱい。


「んー?」


「ん?」


と、思っていたらなんか急に吸えなくなった。すかすかする。


「ああ、二人一緒に吸わないとうまくできないさね。

 まさに愛の共同作業ってわけだ」


「わぁ、なんかすっごくステキ!」


「あたし、これほどまでにドキドキしたことありませんよ!」


俺もこれほどまでに珍妙な気分になったのは初めてだ。

なにが悲しくて乳臭い子供とこんなことをしなきゃならないっていうんだ。


もっとこう、ぼんっきゅっぼんっ! なお姉さんとかさ!

色気あふれる妖艶なおねえさまとかさ!

お淑やかで守ってあげたくなるようなかわいい娘とかさ!


選択肢ってのはもっとたくさんあって然るべきだろ!?


いや、たしかに間近で見たらこいつの顔も整ってるんだけどさぁ……。

素材もいいし、パーツの配置もいいし、磨けば光るってところだろう。

お世辞抜きに、十年後は結構優良になっているってのはわかる。


でも、それは今じゃないし、なにより絶壁だ。

こればっかりはたぶんどうしようもねぇと思う。


「おにーさん……あたし、こんなに顔が近くってすっごくドキドキしてるんですけど、

 邪な何かを感じてしまったのは気のせいですか?」


「さぁな。それよかさっさと飲んじまうぞ」


「……ばか」


顔を突き合わせてジュースを飲む。

なにがそんなにうれしいのか、シャリィはずっとにこにこ笑いながら

こっちを見ていて、目が合うとポッと赤くなって少し視線を伏せる。

飲んでる間はずっとそれの繰り返しだ。

あいかわらずこいつの考えていることはよくわからん。


「いいなぁ……ステキだなぁ……」


「こ、子供のやることだし……。そう、子供のやることなんだよ……。

 シャリィはまだ大丈夫のはずなんだよ……」


眼を輝かせる魔法使いとぶつぶつ呟く店主。

老人はいつも通りにこにこ笑って表情に変化はなく、

シャリィはその赤毛と同じくらいに真っ赤になってやがる。

子供のくせに、いっちょ前に照れやがってよぅ……。


「……」


このぶつけようのない恨み辛みを果たさでおくべきか。

じーさんは無理でも、傍観を決め込んだ金髪と、

悪戯を嗾けておいてダメージ喰らってる優男に復讐するべきじゃないのか。


ストローからいったん口を離し、愛しのシャリィに問いかける。


「シャリィ、見てみたくないか?」


「そりゃ、もちろん!」


いつもの悪巧みの笑顔。

やっぱりこいつは最高だ。

そして、こいつを味方につけられたのならあとは容易い。


「じいさん、あるよな?」


「ああ、あるとも」


以心伝心。

注文ってのはこういうのがいいんだよ。


──陰謀の連絡手段も、これくらいシンプルなのが用いられる。

盗賊はそのへんのプロだってことをしっかりたたきつけてやらなきゃならない。


「ほら、おまえさんたちも」


「「……えっ」」


じいさんが別のアベックストローを取り出し、

アミルの《トロピカルジュース》のストローと入れ替えた。

くりんくりんと回ったそれは、まるで図ったかのように二人のほうへと向く。


顔を見合わせた二人。

互いにストローを見て、もういちど顔を合わせる。

全く同じタイミングでわなわなとこちらを向いた。


さっきのあいつらと同じ笑みを返してやった。

おまけにサムズアップもつけておいた。


言わんとしていることを理解した二人は再び顔を見合わせ、

イチゴのように赤くなった。


「もともと恋人同士でやるものなんだろ?

 俺とシャリィがやるよりかはよっぽど様になる」


「あたしも、後学のためにぜひ見ておきたいです!」


「え、や、でも……! 僕は店主ですし!」


「あたしも店員ですよ?」


「わ、私、ここ、心の準備がまだです!」


「俺だってそうだった」


言い訳がましい。往生際が悪い。

俺だってそうだったんだからマスターたちだってそうするべきだ。

だいたい、アミルのほうはやりたがってたじゃねえか。

むしろ、チャンスをくれてやった俺たちに感謝してほしいもんだ。


いつまでたってもわたわたしておっぱじめない二人にしびれを切らしたのか、

じーさんがぽつりとつぶやいた。


「なぁんだ、二人とも、相手に不満があるのか……」


「「そんなわけありません!」」


「じゃあ問題ないさね」


言ってから二人して赤くなった。

バカだ。こいつらバカだ。大馬鹿だ。無性に殴りたくなってくる。


ああ、なんでこんなにイライラするんだろうな?


「いいからさっさとやれよ!」


「で、でも! せめて人の見ていないところで!」


「それじゃ、あたしの勉強にならないじゃないですかー」


「条件はいっしょさね。……私は公平が好きなんだ」


「じいさんはやってないじゃないか!

 じいさんがやらない限り僕もやらないからね!」


次の瞬間、じーさんとシャリィが悪魔のようににやって笑った。

俺の《トロピカルジュース》をとったかと思えば

二人で見せつけるようにして口にし、星とハートの軌跡を点滅させる。


じーさんはご丁寧にシャリィのほおをなで、

シャリィはうっとりと目を細めて気持ちよさそうにする。

仕草だけなら完璧に恋人のそれだ。


「なっ……!」


「まぁ……!」


さらに調子に乗ったシャリィがじーさんの頬にちゅって口づけし、

じーさんもそれに応えてシャリィのほっぺに口づけする。


シャリィの眼のにやにやが止まらない。

見せつけるようにっていうか、確実に見せつけている。


「さぁ、私もやったよ。それもオプション付きの出血大サービスだ。

 お手本だって見せてやったし、これでもう不満はないだろう?

 いやぁ、恥ずかしくて恥ずかしくて、顔から火が噴き出そうだった」


「あたしも、胸がキュンキュンで周りが見えませんでした!

 恥ずかしすぎて、しばらくはじいじの顔を直視できませんよ!」


「おのれぇ……! 心にもないことをよくもまぁつらつらと……!」


「さ、もう何も言い残すことはないかね?

 あんまり嫌がるとアミルが可哀想さね」


「ぐっ……!」







追い詰められたマスターとアミルはとうとう観念し、

二人で神妙な顔つきになって向かい合う。

その間には新たになみなみと注がれた《トロピカルジュース》があり、

その瞬間をまだか、まだかと待ち構えていた。


「い、行きますよ……」


「は、はい……」


真っ赤になった二人の顔がゆっくりと近づいていく。

互いに相手の顔から視線をそらし、うつむき加減だ。


ストローに唇がふれる直前になってアミルが髪を右手で押さえる。

ふわりとその金髪がたなびき、がたっとマスターが席を立った。


「あっ、す、すみません!」


「いや、ちがくて! なんかすっごいいい匂いがして!」


「初々しいですねぇ……」


再び真っ赤になった二人の顔がゆっくり近づいてく。

今度はアミルは最初から髪を押さえ、準備は万端だ。


ストローに唇がふれる直前になって二人の視線が絡み合う。

ぱちぱち、とまばたきし、がたっとアミルが席を立った。


「えっ、ど、どうしました?」


「だめ! か、かおがち、近すぎて! は、恥ずかしすぎて!」


「いや、さっさとやれよ」


三度二人の顔がゆっくりと近づいていく。

今度はストローが唇に触れる距離になっても、

互いに視線はそらしていないし立ち上がったりもしていない。

ひたすらにもじもじそわそわしているだけだ。


「ん? ん、ん?」


「んぅ……!」


示し合わせて息を吸う。

甘ぁいジュースがぐるぐると螺旋を描き、二股に分かれていった。

ハートを描き、星を描き、そして翼を描いていく。

こくりと、同じタイミングで二人の喉が動いた。


「……!」


「……!」


「……あ、こりゃいけない」


真っ赤になった二人はもはや互いのことしか見えていない。

アミルは目がとろんとしているし、マスターも気の抜けた顔をしている。

こいつら、他人の目があるって完全に忘れているな。


「ほれ、お子様はここまでだ。レイク、目隠しを頼むよ。

 ……まさか本当にオプションまでやるつもりだとは」


「え? ちょっと、じいじ?」


「耳も塞いでおこうか?」


「そうしてもらえると助かるねェ」


なにおっぱじめるのかわかったもんじゃない。

煽っておいてあれだけど、なんかすっげぇ後悔してきた。

なにが悲しくて友人がガチでイチャついていると見ねばならないのか。


「ちょっと! おにーさん!? 今どうなってるんです!?」


「口も塞いでおくぜ。ムード壊したら大変だ」


「むー!」









シャリィの目を隠し、耳も口も塞いで椅子へ座る。

できることなら俺の目と耳もじいさんに塞いでもらいたい。

盗賊として鍛えてきた無駄にいい耳をこの時だけは恨めしく思った。



空になったグラスのストローがくるりと傾き、

きっちりと噛み潰されたストローが俺のほうへと向く。


拘束を逃れようとしたシャリィが俺の指へと噛みついた。




──噛みついたら黙ったのでそのままにしておいた。

俺がストローを噛む気分をわかってもらえたのかもしれない。







飾りストローって好きなんだけど出してくれるところってほとんどないんだよね。

今までに一回しか使ったことがないっていう。


そしてアベックストロー。

あれ、二人じゃないと構造的に絶対に扱えないって知った時、なにか大切なものに裏切られたような気がした。一人でも使えるようにしてよ! あっちのほうが飾りも仕掛けも豪華なんだよ!


でも、アベックストローをリアルで使っている人見たことがない。


ジュースに氷を入れるのは好き。

正確に言えばカラカラするのが好き。

でも、トロピカルジュースは氷を入れずにキンキンに冷やしたすっごい濃いのを飲むほうがいいかなぁ……。氷入りも好きだけどね!


本日のハイライト?

× おにーさん・シャリィ

△ マスター・おねーさん

◎ おじーちゃん・シャリィ


おじいちゃんとならどれだけいちゃついても大丈夫って不思議!



そして時間が足りない。

二十時回ってるじゃん。 

園芸部、あともう少し待ってて。今日中に何とかする。

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