戦士とかき氷
古都ジシャンマには大広場がある。
串焼きや飲み物の屋台などが乱立しており、立ち寄った冒険者や
休憩中の職人、買い物中の主婦などをターゲットとして
様々な人間が商売をしているのだ。
午前中はともかく、昼や午後になると活気もすさまじいものとなり、
まるでお祭りでも開いているのではないかと思えるほどの熱気を持つ。
古都の中で最もお金の動きが激しい場所といっても過言ではない。
さて、そんな大広場だが、今日はいつにもまして人のざわめきが大きく、
そして皆が顔を輝かせてある方向へと向かっていた。
汗だくの作業員が目を輝かせながら歩いている。
小銭をしっかり握った子供がきゃあきゃあ言いながら走っている。
うわさ好きなおばさん連中が買い物かごを揺らしながら移動している。
そんな光景を見ながら、私は背負った大剣の位置をずらして
ベストポジションへと収めた。
人ごみの中に入ると結構邪魔なんだよな、これ。
「うまいようまいよ! ラッキーバードの串焼きだ!」
「ちょっと傷があるけど魔石を買うやつはいないか!
お値段は勉強しておくぜ!」
「巷で有名な恋のミサンガ! 大特価で売り出しちゃうよっ!」
商魂たくましい人間たちが必死に客を呼び込んでいる。
しかし、普段なら行列ができそうなラインナップでも
それらは見向きもされていなかった。
ラッキーバードなんてそうそう食べられるものでもないし、
その値段だって赤字覚悟……というかほぼ赤字だろう。
あの魔石だって傷こそあるものの、かなりの大物だ。
こんなところで売らずとも、ちゃんとした道具屋かなんかにもっていけば
傷があることを差し引いても相当な値段で売れるはずだ。
恋のミサンガについては……そろそろ流行も過ぎると思う。
いや、だからこそ今ここで売り切っておきたいのだろうか。
この炎天下の中、汗だくになって呼び込んでいても売り上げは芳しくい。
ちょっと可哀想だがしかたない。商売なんてそんなもんだ。
「ねぇねぇ聞いた? こないだの人、また来てるんですって!」
「聞いた聞いた! ずっと見かけなかったんだもん、今日こそ……!」
若い娘たちがぽっと頬を染めながら私を追い越していく。
足取りは軽く、ともすればスキップしているようにも見えた。
姦しいとはちょっと違うだろうが、私にはイマイチ彼女らの考えが分からない。
なんだろうな、ああいう『人気のある憧れの対象』というものに
振り回される気持ちがわからないんだ。
「前回はクズのせいでうやむやになったけど、
女の子一人しかいなかったし、終わったころを見計らえば……!」
「あの盗賊っぽいのが気を利かせればなんとかなる、はず!」
残念ながら、彼女らの恋心は打ち砕かれることだろう。
見えてきた行列の先にあるものを見て、私はふっと微笑んだ。
いつも通り、奇妙な緑の柄のバンダナをつけ、蒼いエプロンを身にまとったマスター。
ちょろっと飛び出た明るい茶髪がお日様を反射し、きらきらと優しく輝いている。
その漆黒の瞳は深く神秘的で、
そしてにこにこの笑顔は誰かれ構わず魅了するほどやさしいものだ。
傍らにはオレンジのバンダナをしたシャリィちゃんに
黒いバンダナをしてひいこら言いながら釣銭を数えるレイクがいる。
二人とも息がぴったりあっており、仲の良い兄妹のように見えた。
彼らはカラフルなパラソルの近く、奇妙な屋台でせわしなく動いている。
屋台には青地に白い文字で『甘』、『夢』、『工』、『房』と書かれたのれんが
ゆらゆらと垂れており、そのすぐ近くに青白の荒々しい背景に赤く『氷』と
書かれた垂れ幕が揺れている。
前は読めなかったが、あの四つのマークは文字であり、
甘い夢の工房──という意味を持つようだ。
そして、前回いなかったのが一人。
前を歩く少女たちが驚きの声を上げる。
「うそっ!? 誰あれっ!?」
「しかもなんか……なんなのっ!?」
マスターたちと色違いの、水色の奇妙な柄のバンダナ。
シャリィちゃんがいつも来ている奴と同じくらい上等の白いブラウスに、
かわいらしさとシンプルさを両立させた上品な蒼いエプロン。
あまり見かけないデザインのエプロンだが動きやすそうでもある。
胸元にはキラリとクランの証である飾りが光っており、その存在を主張していた。
覗く金髪だけはいつもどおりだが、その様はどこぞのお姫様に勝るとも劣らない。
「ねーちゃん、どこに勤めてんだ?
おじさん通い詰めちゃうよ!」
「あのっ、そのっ、お名前と、空いてる時間を教えてくれませんかっ!」
「ええと、その……ごめんなさい!」
あ、なにかが砕けた音がした。
「にしてもまぁ……」
友人だということを差し引いても、なかなかに見目麗しい。
前回はマスター目当ての女性客がかなりの割合を占めていたが、
今回は若い男どももそれに負けないくらいに集まっており、
皆一様に鼻の下を伸ばしていた。
「よっ、アミル。うまくやっているようだな」
「エリィ! 来てくれたんですね!」
いつもと全然違う服装をした金髪の魔法使い──アミルに声をかけた。
遠目からではまさか本当にこいつかと疑ったものだが、
こうして近くで見ると間違いなくいつものアミルだ。
マスターの近くで働けているからか、いつも以上に笑顔がまぶしい。
というか、バイトとして雇ってもらえたんだな。いつの間に話をつけたんだか。
「よっ、繁盛しているようだな」
「おねーさん! あたしに会いに来てくれたんですね!」
「やぁ、こんにちは。……シャリィ、追加の氷を!」
「がってん!」
「おっす。わりぃがちょっと立て込んでるから、またあとでな。
……はい、釣銭確かに。お帰りはあちらなんで」
前回の二の舞にならないよう、今度は行列の邪魔にならない位置から
屋台で忙しく働く四人に声をかける。
マスターとレイクはこちらを見て会釈し、そしてすぐに応対に戻った。
「きれいなの着てるじゃないか。例の報酬か?」
「ええ。なんでも、ツバキハラちゃんの協力の元、
よなべしてちくちく作り上げたとか」
アミルがその場てくるっと回る。
エプロンのひらひらがふわってなってなかなか可愛らしい。
ツバキハラのセンスもさることながら、じいさんの裁縫の腕前も素晴らしいものだ。
「じいじ、一晩よなべすればなんでも作ってくれるんですよ!
……あたしも新しいのがいいっていったんですけど、
子供にはまだ早いって言われちゃいました!」
ああ、たぶん変な虫が付くと困るからだろうな。
「おい、そこのねーちゃん横入りすんなよな!」
「そうよ! 友達だからってズルはなしよ!」
「残念、関係者だ」
裏手でちょっとしゃべってただけなのに文句を言われたので
クランの証である飾りを見せつける。なんだかちょっと気分がいい。
「おいアミル、エリィと喋ってるヒマあるなら手伝ってくれ!
俺は整列に行ってくる! 会計の手が足りねえんだ!」
「はーい……じゃ、エリィ。またあとでね」
のれんのかかった屋台の前にはかなり長い行列ができており、
とても悠長にしゃべっていられるような状態ではない。
前評判もさることながら、
前回クズのせいでこれなかった人たちが押し寄せているのだろう。
大人も子供も、一般人も冒険者も関係なく周りの屋台をスルーして
行列に加わっている。
「ぬかすんじゃねえぞコラァ! ルールを守って並ばねえ奴には売らねえぞコラァ!」
レイクががなり立てながら列を整えていく。
あいつもあんなことがあったからか、少々ピリピリしているな。
まぁ、厳ついおっさんや冒険者だけにしか怒鳴ってないあたり、
あいつのやさしさがうかがえる。
女子供には丁寧に声をかけているようだ。
「いいか! 買ったらすぐにはけろ!
マスターも売り子も見世物じゃねぇんだ!」
「なによ、ロマンのわからない男ね! ちょっとお話しするくらいいいじゃない!」
「にーちゃん、見るくらいはタダなんだからいーじゃねーか。
おっさんたちにはこれくらいしか楽しみがないのよ」
「問答無用! 次が閊えているからな!」
と、思っていたら買い終わった客には容赦がない。
小銭を受け取りつつ、そのまま留まろうとする客たちの背中を押し出していた。
「なぁ、あれはちょっとやり過ぎじゃないのか?」
「それが、今回はマスターのほかに、アミルさん目当てのお客さんも集まっちゃって。
並ばない人もいるし、ずっと残る人もいるし、
いきなり手を握ってくる人もいるしで大変だったんですよー」
まぁ、あんまり品のいい場所ではないからなぁ。
だからこそ騎士団の管轄にもなっているし、
レイクもあんなに張り切っているというわけだ。
「でも、あたしに見向きする人、なぜか一人もいないんですよねぇ……」
「いや、いたら問題だよ」
小首を傾げるシャリィちゃん。
できればこのまままっすぐ育ってほしい。
ちなみにアミルの手を無理やり握った奴は、
マスターが合気道で手首をひねりあげたそうだ。
黄色い悲鳴と残念そうな悲鳴が同時に上がったらしい。
……見せつけてやれば少しはマシになると思うんだがなぁ。
「さてさて、お待たせしました、エリィさん。
出張版へようこそ!」
「ようこそ、《スウィートドリームファクトリー》へ!
……えへへ、結構さまになってきてるでしょう?」
長い長い行列に辛抱強く並び、そしてとうとう私の番が来た。
汗ばみ多少疲れた顔をしたマスターがそれでもにこにこと笑い、
その隣に立つエプロン姿のアミルがいつも以上に緩みきった顔で微笑んでいる。
狭い屋台だからか、二人の距離も肩が触れ合いそうなほどだ。
「よぅ。二人ともおつかれさん。朝から働きづめか?」
「そんな早い時間からやるつもりはなかったんですけどね……。
じいさんと一緒に準備してたら人だかりができちゃって」
「ちなみにおじいさん、今は切れた材料を補給しに行ってます」
まぁ、うわさの色男が屋台の準備をしていたらそうなるだろう。
ましてや完全に真っ白の白髪で民族衣装を纏うじいさんもいるんだから。
しかし、またじいさんはいないのか。
なーんか、前と同じシチュエーションなのは気のせいか?
「さて、エリィ。今日取り扱っているのは《かき氷》です。
前の〝あいすきゃんでー”と同じ氷菓子に入るお菓子ですね。
とっても冷たくて、とってもおいしくって、びっくりしちゃいますよ!」
びっとアミルが『氷』と書かれたのれんを指さす。
なんでも、マスターたちの故郷では、かき氷を提供するときに
こののれんを掲げておかないと、かき氷の神の逆鱗に触れるらしい。
「逆鱗って……大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃないので、これを掲げて怒りを鎮めているんですよ。
……ただし、ルールを守らずに食べると罰が下ります。
ゆめゆめ、忘れないようにしてくださいね?」
「まぁ、さっき俺も罰を喰らったけど命にかかわるようなもんじゃなかったぜ。
せいぜいが子供へのオシオキかイタズラってところだ」
レイクがにやにや笑いながら言うところを見ると、本当ではあるのだろう。
というかこいつ、ルールを破ったのか。
「さて、エリィ。《かき氷》にかけるシロップを選んでください。
今あるのは『イチゴ』・『メロン』・『練乳』・『レモン』です。
銅貨二枚で小さいの二つか大きいの一つなのですが、どうします?」
ふむ、悩みどころではある。
一つのお気に入りを贅沢に楽しむか、いろんな味を少しずつ楽しむか。
まぁ、最初だからまずは手堅くいくべきだろう。
「小さいの二つ、メロンと〝れんにゅう”で」
「かしこまりました! レイクさん、シャリィちゃん、お願いします!」
「アミルさん、僕のセリフが……」
「りょーかいです!」
「了解っと。……例によって例のごとく、見るだけで食えないってのは地獄だ。
エリィ、今度はお前もやらねえか?」
「考えとくよ」
軽口をたたきながらも四人は息の合った行動を見せる。
マスターが器だのスプーンだのをどこからか取り出し、
アミルは会計をして銅貨を客の手の届かないところにある皮袋にしまう。
シャリィちゃんは小さな円盤状に魔法で氷を作り、
レイクがそれを手に取って奇妙な……なんだろう、これ。
「これ、なんだ?」
「かき氷作るからくりだってよ」
四足に箱とハンドルがついたもの……で、いいんだろうか?
箱の部分は前面と後面が開いており、こちら側からシャリィちゃんの顔が見える。
底面部分には何か意味ありげな窪みがあり、上面にはギラリと輝く刃が
複数枚円状に連なっていた。
レイクはその箱の上側にその氷をセットすると、
きれいな透明の器を底面の窪みに置き、そしてハンドルに手をかけた。
ガリガリガリガリガリ……
「ほぉ……」
ハンドルが回されると同時に不器用な新人が下手くそに剣を研ぐような音がした。
どうやら中で刃がくるくる回り、上に入れられた氷を削っているらしい。
その証拠にふわふわ、ぽろぽろときめ細かくなった氷が落ちてきて器に
少しずつ積もっていく。こういうの、アルが好きそうだ。
ガリガリガリガリガリ……
「……長いな」
「しょうがねえだろ」
たぶん、行列がここまで大きくなったのはこれも理由なんだろうな。
レイクも必死こいてハンドルを回しているが、作業量とその成果が見合っていない。
こりゃあ、疲れるし時間もかかるのもうなずける。
「かわろうか?」
「頼む。勝手知ったるなんとやら、だ。つーかお前も従業員みたいなもんだしな」
ガリガリガリガリガリ……
あ、意外と楽しいかもしれない。
疲れるけど、子供には受けそうな感じがする。
ちょっとずつ出てくるのがわくわくするな。
さすがに一時間もやれば飽きるだろうけど。
あいつ、こんなの半日近くやっているのか。
「おし、そんなもんだ」
レイクがひょいっと器を取り出す。
こんもりと氷の山が夏の日差しに輝いていた。
地面に散った氷の屑がちょっともったいない。
「マスター、こっちも削り終えました」
マスターが二つの氷の山を受け取り、奥にあった色とりどりのボトルのうち、
モスゴーレムのように濃い緑の液体の入ったものを取る。
おそらくメロンのシロップだろうが、それにしてはいつもより色が濃い気がするな。
ほかの赤いものも黄色いものも、なんだか目にいたくなるような原色だ。
マスターはそれのキャップをあけ、さーっとその液体を氷の山へと飛ばす。
キャップといても特殊な加工をなされていて、先端が細くなっているがゆえに
少量を勢いよく飛ばすことができるようになっているらしい。
緑に染まっていくと同時に少しだけ山が崩れていくのが何とも愉快だ。
「アミルさん、練乳もお願い」
「はい」
アミルのほうも似たようなボトル用い、
わずかに黄色みがかった白いそれで氷の山に化粧を施していく。
あいにくこちらは見た目はさほど変わっていないが、
それでも強く優しい甘い香りがふわんとこちらにまで漂ってきていた。
「はい、おまちどうさま」
「ありがとう」
アミルが手慣れた様子で木製のスプーンをさっと突き刺し、
二つの器をこちらに差し出してきた。
器から感じる冷たさが心地よい。
「お買い上げ、ありがとうございました!
すみませんけど、あっちの邪魔にならないところで食べてくださいね。
あと、マスターのところの神様はこれを一気に食べるのを禁忌としているそうです。
……ルール、絶対守ってくださいよ?」
「そんなに気にすることでもないですけどね」
「いや、俺はあえてルールを破ることを奨めるぜ」
「おねーさん、女は度胸ってやつですよ!」
なにやら不穏なことを言っているが、後ろからの視線も痛かったので
私はその場を離れることにした。
さて、屋台からちょっと離れたところにある手ごろなベンチに腰を下ろした私は
まじまじと手の中にある二つの氷の山を観察した。
〝かき氷”とは見た目そのまま、氷を細かく砕いたものを指すらしく、
それに甘いシロップをかけて食べるものらしい。
夏の暑い日差しにもういくらか溶けてきているようで、
二つともがきらきらと輝き、そして掌をキンキンに冷やしてくれた。
あれだけ濃かったメロンの緑はいくらか明るさを持った華やかな緑になっている。
氷に触れて薄まったのか、はたまたもともとこういう色だったのかはわからないが、
見ていてわくわくするような、〝くりーむそーだ”とは微妙に色合いの違う、
幻想的とも取れる不思議な緑色だ。
”れんにゅう”のほうは……見た目は特に変化がない。
とはいえ、どうやらこちらはいくらかのとろみがあるらしく、
ゆったりと氷の山を滑って白い川を作り上げている。
私は木のスプーンをさくっとメロンの”かき氷”に突き刺した。
空気を多量に含んでいるのか手ごたえは予想以上に軽く、
ふわっとしたような、しゃりっとしたような奇妙な感触が返ってくる。
氷といえば砕いたとしてももっとカチコチで硬いものだと思っていたが、
どうやらあのカラクリはそんな常識をひっくり返すほどに細かく砕いているらしい。
「いただきます」
氷にしてはずいぶん軽い一匙をそうっと口元へと近づける。
メロンにしても強すぎる特徴的な甘い香りと、
きらきらと溶けゆく氷の冷気がほおをなでた。
しゃくっとひとくち。
「──!」
氷の粒がジワリと溶け。
甘い何かが蹂躙し。
そして不思議な感覚が全身を走る。
やっぱり、これだ。
暑いときには、こういうものがほしくなるのだ。
「うまい、なぁ……!」
遠くで働く友人たちを見て、
直接この言葉を伝えたいと思わずにはいられなかった。
最初に感じたのはなんといってもその冷たさだ。
キンキンに冷えた……というか、まさに冷気の塊そのものである氷が
やさしく、されど素早く口の中で溶けていき、
夏の日差しで火照った頭をすっきりと冷やしてくれる。
不思議なことに、本当に口いれた瞬間に氷が溶けていったのだ。
普通、氷はこんなに早く溶けないし、仮に溶けたとしても
冷たすぎて口の中の感覚がなくなることだってある。
だというのに、この”かき氷”はその素晴らしい冷たさだけをプレゼントしてくれた。
もちろん、ただの氷だけであるならば味もしないしうまくはない。
だが、その問題はこのメロンのシロップが解決してくれる。
どうやらこのメロンのシロップ、普通のメロンと違うものを使っているのか、
味も香りも妙に強くて奇妙な癖がある。
メロンの甘いところだけをぎゅっと濃縮したかのような、そんなかんじだ。
メロンシロップは溶け行く氷と混じってふわりと口の中に広がり、
甘ぁいジュースとなって体の隅々までいきわたっていく。
コクリと喉を動かすと冷たい何かがのどから腹へと落ちていくのがわかるんだ。
この奇妙な感じはなかなかクセになる。
その特徴的な香りは圧倒的な存在感とともに鼻へと抜けていく。
これを食べている最中はずっとメロンの香りがしてなかなか楽しい。
天然のメロンでこの香りを出すのはまず不可能だろう。
いったいどうやって作ったのか、本当に不思議だ。
「……む」
しゃくしゃくとスプーンを動かしていると、やがて”かき氷の”表面が溶けてくる。
このきつい日差しの中、それはある意味では当然なのだが、
さりとて神の逆鱗に触れてしまう以上一気に食べるわけにもいかない。
なんともどかしいことか……と思わなくもないが、
ゆっくり楽しむことができるのもまた事実だ。
「……♪」
そして、一口。
やっぱりこの冷たさが最高だ。
のどがカラカラになった時に冷たい清水を飲むような、
いいや、それ以上の感動をもたらしてくれる。
氷の口あたりは羽のように軽く、ほろほろと簡単に溶けて行ってしまう。
こないだ食べた”あいすきゃんでー”とも”ぐらにて”とも全く違う感触で、
同じ氷の菓子なのにどうしてこうも違うのか、
この氷を作り出したシャリィちゃんは天才なんじゃないかと考えてしまう。
耳元で聞こえるしゃりしゃりという音がどことなく爽快だ。
気分がよくなり、山をさくさくと削るスピードも速くなる。
次だ。
早く次の一口がほしい。
そして、気づいた。
この”かき氷”を掘り進める作業もなかなか楽しい。
いかにシロップを余らせないように、かつ万遍なく全体にいきわたるように
食べられるか、そしてその山を崩さないように食べるのかを考えなくてはならない。
調子に乗ってシロップのたくさんかかっている頂上から食べすすめると
中腹あたりでただの氷しか残らなくなってしまうし、
かといってふもとから食べ始めるとシロップは残せても
溶けた氷のせいで薄まって味気なくなってしまう。
むやみやたらに食べすすめれば山を崩してしまうし、
一気に食べられないという制限がある以上、いかに効率的に、
そしてシロップを有効に残せるかが重要だ。
……氷の山に洞窟を作るようにして食べるのが一番楽しい気がするが、
あまりにも子供っぽすぎるのでやめておこう。さすがに人前じゃ恥ずかしすぎる。
今度、喫茶店のほうでやってみようっと。
「……ふう」
大きめのリンゴほどにこんもりと盛られていた氷の山はやがて消え去り、
器の中には透明な緑色の液体だけが残る。
もったいないからずずっと飲み干せば、それはやっぱりメロンの味がした。
冷たくて、甘くて、どことなく童心を思い起こすような味だ。
どうやらこいつは食べ終わった後にもお楽しみが残っていたらしい。
「さて……」
額の汗を手の甲でぬぐい、次なるターゲットを見定める。
”かきごおり”を食べたおかげで腹の底から全身が冷えてきたが、
この暑い日差しのもとではそれすらあっという間に意味がなくなり、
かえって逆に暑くなってきてしまう。
だが、このうざいくらいに暑い環境こそ”かき氷”を完璧にするために必要なものだ。
真冬にこれを食べても、これほどまでの感動を味わうことはできないだろう。
「おかーさんおかーさん! そっちのひとくちちょうだい!」
「もう、口も手もべとべとじゃない……ふふっ、はい、あーん」
「うっわなんだよお前! ベロ思いっきり緑じゃねーか!
愉快な顔がもっと面白いことになってんな!」
「うっせ! お前だって変わんねーじゃん!」
ふと見渡せば、広場のあちこちで同じようにいそいそと
スプーンを動かしているものがたくさんいる。
若いカップルが食べさせあったり、暑さで顔を真っ赤にした親子が涼をとっていたり、
近所の悪ガキどもが楽しそうに笑いながら互いの舌をおちょくりあってる。
……ああ、たぶん私の舌も緑になってるな。なんかちょっと恥ずかしい。
「おめーら今日は俺のおごりだ!
うまいもん食わせてやったんだから午後も頑張っていくぞっ!」
「親方ぁ、並んだの俺なんすけどぉ……」
「金出したのは俺じゃねぇか。それも二十人分も」
「それはそうっすけどぉ……」
「めんこいねーちゃんと話せたのに贅沢言うんじゃねぇ!」
鍛冶の職人だろうか。
厳つい体と少しの白髪が目立つ親方が弟子たちに”かき氷”を振舞っているようだ。
彼らの体は”かき氷”に負けないくらい汗だくで輝いており。
一口食べたその瞬間の笑顔は見てるこちらもうれしくなってくるようなものだった。
物珍しさからか、彼ら以外にも道具屋の主人や宿屋の女将、
陰気な魔法屋に昼休憩らしきギルドの事務職員までいる。
普段めったに席を外せない役職の人たちだが、よくよく見たらそのほとんどが女性だ。
きっと耐えられなくなってきてしまったんだろう。
涼しくなる上に甘いものだなんて、ここらではここでしか食べられないのだから。
「ねぇねぇねぇ! その氷を削っている奴何なの!?
ハンドルと連動して動かしているけど、中どうなってるの!?
そもそもこの刃の精度はどうやって出したの!?
お金払うからボクにもやらせてよ! ねぇねぇ、ねぇってば!」
「おねーさん、ちょっと困りますよー」
「アルさん、彼女さんいたんですね。なんだかお似合いです」
「違う。今日もこいつが勝手についてきただけだ。
さらに言うならばこいつは……」
「アル! どうでもいいからそいつどうにかしろ!
後ろが詰まっているんだ! てめえ、自分の女の面倒くらいちゃんと見ろ!」
「すみません、本当に混雑してきているので……」
「一部を除きおおむね同意だ。すまなかったな、がんばれよ」
「ねぇねぇねぇ! それどうなってるの!?
そのボトルの仕組みはどうなってるの!?
あーくん、離して! 離して! あーくん、あーくん、ねぇってば!」
鍛冶職人のような出で立ちの少女が仏頂面の学者に引きずられてこっちにくる。
少女にしては妙に薄着で、そして飾りっ気のかの字もない。
少女のほうは全く知らぬ顔だったが、学者のほうは非常に見覚えがある。
彼の眉間にはいつも以上にしわが走っており、
逆に少女のほうは未知なるものへの好奇心で顔全体が輝いている。
こいつ、貧弱だと思っていたら片手で人一人引きずるくらいの力はあるんだな。
「可愛い連れがいるじゃないか。なぁ、あーくん?」
「あーくん言うな。
一人で食べてる可哀想なやつがいたから、この僕が来てやったんだぞ」
言われてはたと気づく。
そういえば、この広場の中で私だけが一人で食べている。
周りはカップルだの友達だのと一緒にいるやつばかりだというのに。
……あれ? 私、もしかして友達いないのか?
「それと、変なチャラチャラした不良騎士がお前を探していたぞ。
僕と一緒に来たセインがどこかへと引っ張って行ったが」
「……あとでセインにお礼を言っておこう」
「僕にも礼を言うべきだ」
「あーくん、離して! あれを見に行かせて! ねぇねぇ、ねぇってば!」
いらだたしげにベンチに腰を下ろしたアルはこの少女──ノーノに拳骨を一発落とす。
なんでも、この少女はつい最近あそこに入店したばかりらしく、
見るものすべてに異常な興味を見せて困っているらしい。
冒険者でないから一人であそこに行くのはまず不可能らしいが、
ちょくちょく出かけるところをつかまって連れて行かされるそうだ。
「まったく、広場の屋台なら大丈夫かと思ったらこれだ!」
「でも、連れて来てくれるあたりあーくんって優しいよね」
「私としては普段のお前を彼女に教えてやりたいよ」
どうやらアルはノーノの前だけだとまともになるらしい。
まともというか、保護者としての立場を自覚するんだろうな。
「おねーさん、初めましてだよねー」
「ああ、そうだな。ほかの常連は知っているか?」
「んーん。あーくんから話だけは聞いたけど。
でも、おねーさんもあーくんも同じアクセサリもってるから、
きっとそれが常連の証なんでしょ?」
屋台の人はみんな持っていたし、そう考えれば辻褄がある。
あーくんが最近入ったっていうクランはおそらくあの店がらみのクランで、
常連がメンバーとなって今日みたいにお手伝いをしているのではないか、とノーノが
つらつらとその考えを述べる。
どうやら彼女は観察力があるらしい。
子供っぽいのはその行動だけというわけだ。
「それより、”かきごおり”だよ!
見て、こんなに青いの! 思わず頼んじゃった!」
「おお!?」
ノーノがさっと取り出した”かき氷”。
この大空よりもさらに青いシロップが万遍なくかかっており、
その鮮やかさはサファイアに引けを取らないレベルだ。
わずかに漂ってくる香りはあの喫茶店でも嗅いだ記憶はなく、
とてもそのもとになったものを推測することはできない。
この青いの、いったい何なんだ?
「〝ぶるーはわい”って言ってたぞ。はわいが何かは知らんが、
ブルーの食べ物もまた珍しいな」
「本当になんなんだろうねー」
「さっきはそんなのなかったぞ?」
「爺さんが持ってきたらしい……気づかなかったのか?」
「あれ?」
言われてみれば、いつの間にやらじいさんシャリィちゃんの横で氷を削っていた。
さっきからずっと私はここにいたし、気づかないはずはないと思うのだが、
相変わらずあの人は神出鬼没だ。
あの人ごみの中、どうやってあそこに近づいたのだろう。
……しかも、氷を例のクナイとやらで削っている。
あのカラクリと同じレベルで削れているあたり、その熟練の技のすごさがわかる。
「どうでもいいが、お前のヤツ溶けてるぞ。
早急に食べることを提案する」
「うわっ!」
「ボクも溶けないうちに食べよー」
アルに言われてそれに目を落とす。
練乳のヤツがだいぶ溶けてきている。
これではせっかくの”かきごおり”が台無しだ。
「いっただっきまーす!」
ノーノがその青いのをかっこむ。
私もそれ以上の速さでかっこむ。
溶けだしてしまった以上、元に戻す方法はない。
ならば、あとは時間との勝負だ。
しゃり。
しゃり。
しゃりしゃりしゃりしゃり。
──そう、この時の私はすっかり忘れ去ってしまっていたのだ。
「「──うっ!」」
私とノーノの眉間にしわが寄る。
たぶん、仏頂面のときのアル以上にひどいしわだ。
キーン、と頭に差し込むような痛み。
耐えられないほどではないが、思わずこめかみを押さえてしまうような、そんな痛み。
ずきずき、ずきずきとちょっとずつ波のように押し寄せ、
思わずうつむいてしまいそうになる痛みだ。
「痛いぃ……! あーくん、頭痛いぃ……!」
「な、なんだこ、れ……!」
毒か? いや違う。新手の魔物の攻撃? いや違う。
これは……神の逆鱗だ。
「さっきアミルが言っていただろう。一気に食べると罰が下りるって」
「そ、そんなのいってたっけ……?」
「人の話をちゃんと聞かないからだ」
よくよく周りを見渡すと、同じように頭を押さえこんでいるのが何人かいる。
あの鍛冶の親方のところなんて全員が一様に同じポーズをとって眉間を押さえていた。
……ああ、きっと彼らも一気に食べてしまったんだな。
「ふむ、この冷たさが暑さと相まって実にすばらしいものとなっている。
”ぶるーはわい”も初めて食べるが、いやはや、また面白い味だな」
「あーくんずるい、ずるいよぉ……!」
「あーくん、お前も一気に食べたらどうだ……?
彼女と同じ痛みを味わうべきだろう……?」
「断る」
キーンと来る痛みはすぐに引き、私もノーノも立ち直ることができた。
が、それからしばらく”かきごおり”恐怖症になったうえ、
痛みのせいで”れんにゅう”も”ぶるーはわい”も満足に味わえなかったのは
非常に心残りだ。
マスターたちの屋台の勢いは留まることを知らず、
客の数はどんどんと増え続けている。列はいまだに途切れそうにない。
「休憩なしはキツイだろうし、あとで手伝ってやるか。会計くらいはできるしな」
「僕はエプロンやバンダナは持ってないぞ」
「予備の一つや二つ、あるんじゃないか?」
商売の方向性を変えた商人たちは冷えた体を温めるための串焼きを、
また、行列の途中で乾いた喉をいやすための飲み物類を売りはじめる。
状況に応じて臨機応変に対応する彼らの努力と学習意欲はすさまじいものがあるな。
夏の暑い日差しの中、器に残った甘い水をぐいっと飲み干す。
アルじゃないが、私は今日一つだけ賢くなった。
かき氷は一気に食べてはいけない。
ぜったい、ぜったいにだ!
最近のかき氷っていろんな種類があって迷うよね。
なんだかで醤油シロップってのを見たけどすごく驚いた。
ブルーハワイってあれ何が原料なんだろ?
最近はやりのふわふわかき氷もいいけど、
個人的には昔ながらのじゃりじゃりのほうが好きかなー。
氷食べてるぞーって感じがすごい好き。
あとシロップのボトルって見てるとすごくわくわくする。
かき氷って結構戦略的な食べ物だと思うんだ。
シロップをいかに残してきれいに食べられるかで熟練かどうかわかるっていう。
あと、器に残ったやつってちゃんと飲むよね?
舌べ──ってやってどれだけ蒼くなったかチェックするよね!?
ガリガリ削るのちょうたのしい。
電動だとなんか味気ない気がするんだよね。
昔子供会のボランティアでかき氷係やったけど、
子供はみんな電動じゃなくてぐるぐるのほうを選んでかき氷作ってた。
ちなみに、わざわざ神の逆鱗などと触れたのは「また変ないちゃもんつけられたら困るからそういうことにしとけ」ってじいじが言ってたから。対策をしている以上、ルールを守らないほうがいけないよって理屈。異世界怖い。
なんだかんだで一回もキーンってなったことがないんだよなぁ……。




