拳闘士とレモンチーズケーキ
おひさ。
あと関係ないけど新しいの始めました。
よろしかったらどうぞ。
「なんだかんだで落ち着くよな」
「これからしばらくは朝からあいてるそうですよ?」
「ふむ、それはいいことを聞いた。研究がはかどるな」
甘い香りがわずかに漂うオシャレな空間。
きれいな花が飾り付けられており、シックな家具と合わさって
どことなく落ち着く雰囲気を形成している。
金髪の魔法使い、仏頂面の学者、そして……自分で言うのもなんだが
筋骨隆々の拳闘士。今日のメンツはこの三人だ。
もう何度となく通っているが、オレは未だにこの店に一人で入ったことがねぇ。
毎回誰かしらがいてにぎやかで、あたたかで、
そして自分で言うのも悲しいが、こんな汗だくスキンヘッドには
似合わない場所だ。なんつーか、改めて考えると場違い感が半端ない。
「にしても本当に勝っちゃいましたねぇ、おじさん」
「あたぼうよ。オレだって修行してるんだから」
喫茶店、《スウィートドリームファクトリー》。
オレの行きつけの店であると当時にクランでもあり、
そして柔道の師匠であるじいさん住む場所でもある。
さらに今日、正式な訓練場にもなった。
「しかし、驚きだな。ここの奥にあんな部屋があっただなんて」
「魔法でも使ったんじゃねえの? 明らかに外観よりも広かったし」
オレは数日前、じいさんに『畳のある武道場が欲しい』とお願いをした。
じいさんはすぐに用意するっていってたから、今日はその進捗状況を聞きに
来たんだよ。すっげぇ楽しみだったし、どこに作るのかも気になったしな。
ところが、どうだ。
カランカランといつものベルの音を聞きながら店に入れば、
じいさんはすでに用意した、なんなら見るかというではないか。
通されたのは扉の間。
あの、なんかよくわからんが扉がたくさんある部屋だ。
で、そのうちの一つを開けると、オレの目の前には
草を編んだ板──畳の武道場が広がっていたってわけだ。
この喫茶店の外観から考えて、あの二十人は同時に暴れられそうな広さは
絶対にありえねぇ。たぶん、じいさんとこの技術なんだと思う。
正直その早さと広さにゃ驚いたが、それよりもうれしさが勝った。
ギルドの修練場はボロいし、いろんな奴が利用するから
満足に体を動かせないことが多いんだよな。
「僕もあんなのがあるなんて知りませんでしたよ」
「マスター、怪我、大丈夫ですか?」
「わりぃな、結構モロに入っただろ?」
「平気ですよ。じいさんから受け身は叩きこまれたので」
ちょっと髪がぐしゃっとなったマスターが奥から出てきて、
いつも通りにさわやかに笑う。
頬が少し腫れていたが、マスターが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。
「ほんとうに平気ですか……? まだ、赤いですよ?」
「ええ、大丈夫ですから」
アミルが心配そうにマスターを見つめると、マスターの顔全体が真っ赤になった。
あわててすっと顔をそらし、そして取り繕うように言葉を発する。
「それよりバルダスさん、認定試験合格、おめでとうございます!」
「おう、ありがとな!」
いつぞやじいさんが出した条件──『マスターを倒せ』。
せっかく武道場ができたんだ。
マスターに挑まない理由はない。
むしろ、一番最初に重要な試合をするのが武道場に対する礼儀ってもんだろ?
三本勝負で二本先取で勝ち。本当の柔道のルールとは違うらしいが、
個人の対戦だし堅苦しくなくてオレにはありがたかった。
一試合目は負けた。
見たことのない技──大外刈りでやられた。
体落としと違って、こいつは相手の重心を後ろに倒して投げる技らしい。
じいさんとの修行では見たことなかったもんだから、
本当に勝負開始後すぐにやられちまった。
二試合目は勝った。
大外刈りに警戒し、冷静に相手を見つめてねばりにねばった。
で、マスターの集中力が切れたところを体落としを決めた。
「私としては教えてもいない巴投げを使えたことに驚いたんだがねェ」
三試合目は本当につらかった。
マスターはオレの体落としを警戒してふみこまねえし、
オレはオレでマスターの大外刈りと体落としを警戒して踏み込めねぇ。
技の引き出しはあきらかにマスターのほうが多く、
一回負けて気が引き締まっている以上、さっきと同じ手段では勝てないと踏んだ。
──何よりマスター、カッコいいとこ見せようって気合入れまくってたからな。
応援に来た三人──シャリィ、アミル、アルのうちの、金髪の女をちらりと見る。
マスターが投げられた時のこいつの表情を見て、
なんだかすごい罪悪感を感じたのは秘密だ。
「こないだナカバヤシに教えてもらったんだよ。
オレがあれを使えば相手の意表をつきやすいって」
で、じいさんにすら見せたことのない切り札を使ってオレが勝ったってわけだ。
本来は捨て身の技らしく、実用されることは少ないらしい。
まさかマスターも初心者が捨て身技で来るとは思わなかっただろう。
もしかしたらナカバヤシはその辺も考えて教えてくれたのかもしれねぇな。
「それはともかくとして、そろそろ僕は何か食べたいぞ」
「おっと、そうでした。今日は何にします?」
さて、アルが一声かけたことで周りの空気がわずかに変わる。
たまに忘れそうになるが、ここは甘いものを喰う場所だ。
決して修行をするために来る場所ではない。
一応、アレはおまけでつきあってもらっているようなものだしな。
「そうだなぁ……。とりあえずいつものアレだろ。
あとは冷たければいうことねぇな」
「今日は暑いからな。すっきりとするものがいい。
できれば片手で食べられるものが望ましいが、絶対条件ではない」
「マスター、私久しぶりにケーキを食べたいです!」
自分で言うのもなんだが、相変わらずここの客は無茶苦茶な注文をする。
オレがマスターだったらブチ切れていてもおかしくない。
まぁ、メニューがない以上、こうして要望を伝えるしかないんだよな。
つーかあっても読めないから意味がな……まて。
オレたちもうマスターの国の言葉わかるようになったんだよな?
「マスター、メニューはねぇのか?」
「いやぁ……作ってないんですよ。出せるものってその時々で違いますし」
「わりと気まぐれですもんね!」
「……シャリィのおやつのリクエストを聞かなくていいってんなら作るけど?
ウチは貧乏だからね、好きな材料をいつも用意できるとは限らないの!」
シャリィのおやつのリクエスト次第で今出せるものが変わってくるらしい。
このちみっこ、おやつで毎回あれだけのものを食べさせてもらってるって
どんだけ贅沢してんだか。
「むぅ……確かに最近バターとか高いですもんねぇ……」
「……なぁおまえら。いまバターそんなに高騰してたか?」
「いえ、そんなことはなかったと思いますけど」
「僕はパンにバターを塗らない。故に店でバターの値段を確認することはない。
よってその問いに明確な答えを示すことはできない」
たぶん、マスターの隠れ里での話だろうな。本当にどこにあるんだか。
「まぁまぁいいじゃないか。
……ユメヒト、あれがあっただろう?
今日はそれでよくないかね?」
「ああ、シャリィのおやつに用意してたやつがありましたね」
「ええ! そんな殺生な!」
「どのみち一緒に食べるんだからいいじゃないか。
それに、あんなにたくさん一人で全部食べ切れないでしょ」
そういうとマスターはささっと奥に引っ込んでいく。
ちみっこが口を膨らませて抗議したが、
こいつもしかして、一人で全部食おうと思っていやがったのか。
「おねーさん……最近マスターが冷たいんですよぉ……」
よよよ、と芝居がかったようにしてちみっこはアミルに抱き付いた。
アミルはにこにこと笑いながらぎゅっと抱きしめかえし、
ぽんぽんとその小さな赤毛の頭をなでる。
「まぁ。なにか嫌なことでもあったのでしょうか?」
「宿題わんさかもらったらしいんですよ」
「しゅくだい?」
「ええ。学校が長期休暇に入ったので、ダラけんじゃないぞーって出されるやつです。
タダであんなにいっぱい貰えて何が不満なのかわからないですよ。
パズルみたいでおもしろいのに」
「ふむ、たしかにそうだな。学べるというのは素晴らしいことであるのに。
むしろ僕としては金を払ってでももらいたいくらいだ」
「一応タダではないんだがねェ。
……ま、あいつにとっちゃ面倒くさい以外のなにものでもないさね」
なんでもカガクの暗記と大量の数学の問題を解いてくるように言われたらしい。
面倒くささと難しさでマスターたち学校の連中はみな頭を抱えているそうだ。
暗記はともかく、数学ならオレでも手伝えるんじゃねぇか?
「なんなら手伝ってやろうか?」
「僕も少し興味がある。なに、同じクランの仲間なんだ」
「おにーさんはともかく、おじさんまで……できるんですか?」
「まぁな。多いだけで簡単なんだろ?」
「ええ、それはもう!」
これでも加減乗除は得意だ。
昔は見た目通りの悪ガキのくせに計算だけはできると褒められていた。
オレは生まれてこの方、釣銭をごまかされたことがない。
だましてきた奴はみんなぶん殴って教育しなおしたっけ。
そして、敵の数が多いときは人海戦術。これもまた冒険者の基本だ。
どんなに強い戦士でも何百戦と続ければ疲れも見えるしいつかは倒れる。
大群と戦うときは少数の精鋭で挑むより、
普通の冒険者が大量に集まったほうがうまい結果を出しやすくなる。
数はそれだけで大きな力となりうるのを冒険者ならだれでも知っている。
「ちらっと見ましたけど、たかだか一元三次方程式の単純な積分計算でしたよ?
それも部分積分も置換積分も三角関数すら使わない何のひねりもないやつばかり!
しかも面積求めるだけとか楽勝すぎるじゃないですか!
回転体の体積求めたり重積分だったらまだしも……」
「……」
「……」
……たぶん、オレじゃ力になれそうにねぇな。
なに言ってるんだかさっぱりわからねぇ。
うん、学者のアルもわかんねえんだ。オレにわかるはずがない。
「僕はね、これでも忙しいの。宿題、なんならシャリィがやってもいいんだよ?」
「え、ホントにいいんですか!?」
「もちろん。これがウィンウィンの関係って……」
「ユメヒト、代わりに私がとびっきりの問題集をプレゼントしてやるよ。
高校の知識でぎりぎり解けるか解けないかくらいのやつを」
「じ、自分で頑張ります……」
そんなこんなと話しているうちにマスターが戻ってきた。
手にはいつもの銀の盆。
座っているから何が乗っているかまでは見えないが、
ふんわりとやさしい柑橘の優しい香りが漂ってくるのがわかる。
「難しいこと考えずに、今は楽しく甘いひと時を過ごしましょう」
「そうですね!」
そういってマスターはそれをオレたちのまえにおいた。
気のせいか、最近妙にキザったらしいセリフが増えてきてるような気がする。
……あの夜のこと、思いっきり冷かしてぇが
うまいタイミングが見つからないんだよなぁ。
「《レモンチーズケーキ》です。
冷たいうちに召し上がってくださいね」
「ほぉ……!」
〝れもんちーずけーき”……見た目は結構シンプルだ。
ほのかに黄色い白を基調とした円形をしており、
そしてどことなくふわっとしているようなしていないような。
大きさ的にはオレの手のひらくらいだろうか。
ものすごくガッツリいくってわけじゃねぇが、
おやつ……にしては結構なボリュームがある。
心地の良い柑橘……レモンのいい香りが鼻を刺激し、
ついでにその優しい色合いで視覚から心を和ませてくる。
古都でもそうそうお目にかかれない上等なレモンを使ってんのは間違いねぇな。
たぶんこれもクスノキんとこで採れたやつだろ。
実際の現場は見たことねぇけどオレはあいつ以上に
果物をうまく栽培できる奴を知らない。
しっかしなんだろうな。これ、とくに珍しい特徴があるわけでも、
見た目が派手ってわけでもないのに、見てると何となく落ち着いてくるんだ。
「今日のは三角じゃないんですね」
「この円形……実に美しい」
けーきってのは普通は三角だ。
オレはまだ見たことがねぇが、もともとはでっかい丸い奴から切り出すらしい。
この〝れもんちーずけーき”が最初っから丸いってことは
〝しょーとけーき”とはまた違った作り方をしているのかもしれねぇな。
「どれ……」
見た目を十分に楽しんだら、次はいよいよメイン。
その幸せの塊を、口の中へと送り出す作業だ。
フォークはさっくりと刺さっていく。
抵抗はほとんどなく、やわらかい。
〝すぽんじ”……というよりかは〝くりーむ”に近いが、
どうも”くりーむ”でもないらしい。
「じゃ……いくぜ」
口に入れる最後の瞬間、わずかな冷気が頬を撫でた。
すっきりした甘さ。
心地の良い柑橘の風味。
とろけるような舌触り。
やっぱりマスターの作るお菓子は──
「──最高だ」
「それはよかった」
いつのまにやら、汗はすっかり引いていた。
〝れもんちーずけーき”のその最大の特徴と言えば、
やはりその滑らかな、とろけるような舌触りだろう。
唇に触れたそれは、そのまま幻であるかのようにすぅっと溶けていく。
後に残るのはふわっとしたレモンの香りと特徴的な乳製品の風味だけ。
その儚さがなんとも食欲を駆り立て、
一口、もう一口と手を操っていく。
その〝くりーむ”っぽいのからは直接レモンの味がするわけではない。
乳製品特有の甘みが〝くりーむ”よりもしっかりしているな。
ほんのすこしだけはちみつの甘さを感じなくもない。
かといって甘すぎるってわけじゃねぇんだ。
本当にほのかに鼻に抜ける甘みって言えばいいのか?
冷たくなった口に空気が吹き込まれてはじめてその真価がわかる……。
そうとしか言えない。そうとしか言いようがない。
オレの脳みそじゃここまでが限界だ。甘くてうまいものをうまいとしか表現できない。
悲しいかな、これが現実だ。
「すっきりしていて、おいしいです……♪」
この暑い時期にこれは最高だ。
新鮮、かつ強すぎないレモンの香はウザったくなる暑さを爽やかに吹き消してくれる。
いい感じに冷えいていたもんだから、口の中から少しずつ涼しくなってくるな。
レモンの爽やかさが一口ごとに気分をすっきりさせてくれるから
全然味に飽きが来ねぇ。ここだけの話、いつもの甘い奴だと
最後のほうは少しだけ飽きてくるんだよ。
「下にあるのは〝くっきー”じゃないか!」
「正確にはビスケットなんですけどね」
〝びすけっと”はともかく、なるほど、確かにこの優しい黄色の土台になっているのは
一枚の〝くっきー”だ。
以前食べたものより少し厚めで、
サクッとした歯ごたえが全体をうまくまとめている。
いんや、相対的にそう感じるだけで、前食べた〝くっきー”と比べたら
すこししっとりしてる……かもしれない。
こちらもまた甘さは控えめであり、むしろ香ばしさを全面に出している節があるな。
その食感と風味が上の部分と混ざり合い、見事に調和している。
こうな、ぐぅっと口を閉じていくとまず〝くっきー”のサクッとしたのに
舌がふれて、そん次に上あごが上の〝くりーむ”っぽいのに触れて、
でもってほのかなレモンの風味を楽しんでいると
優しい甘さと優雅な香ばしさが混じり合っていくんだ。
これを贅沢と言わずして何を贅沢と言う?
「なぁ〝ちーずけーき”っつってたけどよ、どこにチーズがあるんだ?」
だがしかし、こんなに素晴らしいものでも腑に落ちないことが一つだけある。
れもんちーずけーき……名前からしてレモンとチーズを使った〝けーき”だろう。
レモンはすぐわかる。このすっきりとした風味を間違えるはずもない。
だが、チーズはいったいどこにあるってんだ?
こいつからはチーズ特有のクセもしょっぱさも感じない。
「おじさん、いちおーそれ全体がチーズなんですよ?
レアチーズケーキですから」
「マジかよ!?」
「クリームチーズって言うんですけどね。
優しい味が特徴です。牛乳とかと合わせるとそんなかんじの甘さになるんですよ」
「ふむぅ……。チーズもあまり買わないが、今度はよく見てみるか」
「アルさん、〝くりーむちーず”は売ってないと思いますよ?
私もこんな風に使われるチーズなんて初めて見ましたし。
もう全然チーズの面影が残ってませんもん」
「……毎回思いますけど、そっちって本当に甘いものに関するものがないんですね」
「そういうセカイだからねェ。そもそも、甘いものを作るって発想がないのさ。
……ま、最近になってようやく一部で目覚めつつあるが」
「そうなの?」
「セインだって努力してるし、飴玉程度なら誰でも作れそうだろう?」
まさかこれ全体がチーズだっただなんてな……。
言われてみりゃ、はちみつとレモンの風味、そしてミルクの甘さに紛れて
かすかに、ほんとうにかすかにチーズらしき酸味というか、クセがある。
言われてはじめて気づけるような、それほどまでの微弱なものだ。
チーズは酒のお供だが、こいつはちげぇな。
もっとシャレた……貴族の嬢ちゃんあたりが好んで食いそうだ。
こう、ちまちまとフォークを動かして食べるさまが目に浮かぶ。
だが、男ならそうじゃねえだろ?
「うっす、ごっそさん」
「さすがおじさん、いいたべっぷり!」
大きめに残した一口をフォークでしっかりととらえ、
口を大きく大きく開けて、そのでっかい塊を口全体で楽しむ。
これこそがうまいものの楽しみ方であり、
同時にうまいものを一番うまく食べる方法だ。
「うまかったぜ、マスター」
「ありがとうございます」
マスターはオレの目の前にある皿をひょいと取り上げ、
そのまま厨房へと戻っていく。
最後の瞬間にレモンの香りがふわっと巻き上げられ、
どこなく惜しい気分になった。
この幸せと寂しさが混じった奇妙な感覚ってのはここでしか味わえないものなんだよ。
少なくとも、古都の店じゃこんな気持ちにゃならねぇ。
オレが言うのもなんだが、あそこの食堂は落ち着きや情緒とは無縁の場所だからな。
もしここがいろんな人間に知りわたってしまったら、
こんな風にゆるりと過ごすこともできなくなるんだろうか。
いつか来てしまうであろうそれが、今のオレにはたまらなく怖い。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「今日もまたうまかった。さすがはマスターだな」
二人が口元をぬぐったのをみて、オレもつられるように口をぬぐう。
口の端についていた白いのをぺろりとなめ、なんとなくため息をつきたくなった。
「おじさん? どうしました?」
「いや、ちょっとセンチメンタルな気分になった」
「なんとなくわかります。おいしいお菓子を食べると胸がきゅってしますよね。
うれしいけれども悲しくて……言葉にできないような」
「あたしはうれしいって気持ちだけですけどねぇ……。
それよか、おじさんにそんな乙女チックなココロがあったのに驚きですよ!」
「明日は嵐だな。困るぞ、僕は明日もここに来るんだから」
けらけらと笑うシャリィと真剣に悩みだすアル。
失礼な奴らだよな、ホントに。
今のオレじゃなかったらアルには拳骨を、
シャリィには〝ぐるぐるの刑”をしてやっているところだ。
「おまえら、オレを何だと思ってやがるんだ……」
「でっかいのはでっかいのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
……そういえばじいさん、僕の報酬の件はどうなっている?」
「もちろん用意できてるさね……どうだい、なかなかいいデザインだろう?」
それからアルのオルゴールのお披露目が始まった。
オレの手にすっぽり収まるくらいの、木の枠に透明な何かをはめ込んだやつだ。
中のからくりが直に見れるようになっていて、
かちこちと動いていくさまがなかなか面白い。
いつもの奴は箱の形をしていたが、こっちは羅針盤のような見た目だ。
~♪・♪
「いい音色だな……」
「いつものもいいですけど、こっちもステキですね」
「曲はあたしが選びました! ちなみにじいじの手作りです!」
穏やかな空間に流れる落ち着いた音色。
空気に溶け込む旋律が優しく全身を包む。
どことなく懐かしく、子守唄みたいな感じだ。
瞼がゆっくりと下がってくるのが自覚できる。
いい気分だったので、そのまま椅子にもたれかかった。
昼寝にも早い時間だが、いいじゃねぇか。
こんな気持ちのいい場所で眠れる……最高の贅沢だ。
「……」
「あれ、おじさん寝ちゃいました?」
「珍しいな、こいつがこんなところで居眠りするなんて」
「なんだかんだで疲れてたんだろうねェ。
ユメヒトとの試合で相当緊張したんだろうよ」
「僕のほうが何倍も緊張した……思うんですけど……。
本職で……作っている人に……はずありませんって」
「でも、マスターも……カッコよかっ……ですよ!
最初……すぱーんっ! って……ところ!」
「はは、ありが……ございます。あれも……に近いんで……けどね」
「ま、とに……く寝……てやろ……ないか」
♪~♪・♪~
きれいな音色と穏やかな空気。
気づけばすっかりまどろみのゆりかごに身を任せていた。
レモンのいい香りが、ずっとずっと顔を撫でてくれていた。
なんか調子悪い?
レモンチーズケーキ、あんまり見かけない気がする。
すっきり爽やかな後味がおいしい。甘すぎないのもいいよね!
それと、他に比べてもやわらかいっていうか、口どけがいい気がするんだよね。
チーズケーキはレアが一番好き。その次がスフレ。
でもなんだかんだで全部好き。
大外刈りも体落としも練習以外じゃ一回しかきめられたことない。
でも大内刈りと内股のコンボは最強だと思う。割とマジで。




