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冒険者勇話

お菓子出てきません。スルー可。


 夕闇に飲まれつつある森を、神経を張らせながら走り抜ける。少し前まではこうやって走ることすらまともにできなかったけれど、今ではあのころが嘘だったかのように体が軽い。


 昔は走るたびに剣が邪魔だな、なんて思っていたのに、今はむしろ剣がないと落ち着かない。素っ裸で往来を歩いているような気分になるのよね。


「エリオ、ついてきている?」


「もちろん」


 体つきの割りに高めの声がすぐ後ろから聞こえた。これもいつの間に普通のことになったんだろう?


 最初のころのエリオは弓を持っているとうまく走れなかった。そのせいで何度も何度も失敗して、二人とも傷だらけになったっけ。


 ざっざっざ、と体が草木に触れる音が断続的に響き、ブーツが土をえぐるたびに世界が加速する。


「熊、どこにいると思う?」


「わからない。水場ならもっと早くに気づいているはずだから、普通の場所じゃないんじゃないかな?」


「つまり?」


「とにかく探せってこと。ハンナは何も心配しなくて良いよ」


 頼もしい言葉を聴いて思わず頬が緩む。毎回入り口に角をぶつけたり、デリカシーがなかったり。エリオは普段はおまぬけだけど、こういう時はすっごく頼りになるの。いつもこれくらいしっかりしているといいんだけどなぁ。


「状況にもよるけど、見つけたら一回止まって。最初にボクが射抜くから。ハンナはその隙にお願い」


「わかってるわよ」


 もう何度となくこなした連携だ。これだけだったら、あたしたちは誰にも負けないと思う。


 最近のエリオの弓の命中精度は見ていて惚れ惚れするほどだ。ちょっと前まで苦戦していたウッドラビットだって今では簡単に射抜けるし、不規則飛行をするファニーホーネットだって、三匹まとめて打ち落としたことがあるんだもの。


 図体がでかいだけのスケアリーベアなんて、ただの的でしかない。……そんな的に泣かされたこともあるけど、あれは昔の話だからいいの!


 プギィィィ!


「「!」」


 あたしとエリオが足を止めたのはほぼ同時だった。見えなくなっている耳をピコピコと動かして方向を探り、二人して鼻をわずかにひくつかせ、周りの様子を見渡す。


 ……明らかに、獣くさかった。


「いるね」


「ええ」


 獣人でなくてもわかるほど強い、特徴的な臭い。どんなに不潔な獣人でも、ここまでの臭いは発しない。間違いなく、大物がこの近くにいるわね。


「ハンナ」


「うん」


 あたしが先頭に出て、そろりそろりと進みだす。エリオは弓を片手に持ち、後ろを警戒しながらついてくる。本当はもう一人前衛と組んでエリオの後ろを守るのがセオリーって聞いたけど、あたしたちはコンビでやっているからこうするしかない。


 ゆっくりと進んでいると──それは見えてきた。


「いるとは聞いたが本当に出くわすとはなぁ」


「円。油断しちゃダメだ」


 木刀を持ったきれいな黒髪の女の子と、弓をもった穏やかそうな男の子。


 ──タチバナとヤナセだ。


 ブォォ!


「熊から逃げるなとは言っていたが、イノシシはどうするんだったかな?」


「ここの森の獣からは逃げるなって言ってたよ。どのみち、今ここで僕らが逃げ出したら、それを追ってキャンプまでやってきちゃうかもしれない」


「それもそうだな──恨むなよ?」


 後ろのエリオが息を飲む音が聞こえる。


 それもそのはず、あの二人が退治しているのは巨大なイノシシ。やや紫がかった毛皮に黄色っぽいかんじのザラザラな牙。鼻息は荒くて、足で地面を引っかいている。


 ……あれは威嚇の印、そして攻撃の合図だ。


 ブァァ!


 忘れるはずもない──ポイズンタスクボア。


「円、野生生物はタフだって聞くから無茶しちゃダメだよ。僕も、矢の残りが心もとないしね」


「一発で決めれば良いじゃないか」


 あの時見た異常個体よりかは小さいとはいえ、それでもヤナセなんて軽く吹っ飛ばせそうな大きさはある。


 おまけに、気のせい……ううん、絶対に何かおかしいわ。いくらなんでも鼻息はあんなに荒くないはずだし、眼つきもちょっと変。うまくはいえないけど、本能的におかしいなってわかる。


「エリオ?」


「……胞子で、やられてる? 瞬きも多いし、涎の量も多めだ。セインさんが言っていたのと、なにか関係があるのかもしれないね」


 悔しいけれど、エリオの目はあたしよりも物事をよく捉える。一体どうしてそんな細かいところまでわかるのかしら。


 ぶるりと体を震わせる。剣に手をかけ、いつでも飛びかかれるように構えた。そして、まだこちらに気づいていないポイズンタスクボアをにらみつける。


 ──悪いけど、リベンジに付き合ってもらうから。


 いまのあたしはもう震えるだけの新人じゃない。剣の腕も磨いたし、あの二人を守るという冒険者としての責任もある。


 そしてなにより──背中にエリオがいる。


 ブォォォォォ!


 痺れを切らしたポイズンタスクボアがガッと地面を蹴り、すべてを抉り吹っ飛ばそうとヤナセに突っ込む。少し離れたこの場所でも地面がダンダンと揺れ、滲み出るプレッシャーが場を満たし始めた。


「円!」


「ハンナ!」


 あたしとヤナセが剣を握るのはほぼ同時。地面を踏みしめたのもほぼ同時。


 すっと一瞬重心を低くして、大地をなめるようにかける。


 剣は風に流すように、手首の力は自然に任せて──そして心は、燃える炎のように。


 クランの先輩が教えてくれた、剣の構え。


 でも、その前に。


「させないよ」


「やらせるもんか」


 ビィン、と気持ちのいい音が二箇所から聞こえてきた。視界の端でタチバナが顎を引き、鋭い目つきで矢を放ったのが見える。


 そして後ろでも、普段とは想像もできないほど凛々しい顔をしてエリオが矢を放ったのが幻視できた。


 もう何度も見てきたことだもの。見なくても見えるし、わかる。


 放たれた二条の矢はあたしやヤナセの動きを邪魔することなく、まっすぐと突き進んで両足に突き刺さる。


 ブァァァ!


 足を攻撃されたところでイノシシの勢いは止まらない。赤い血をあたりに滴らせながら、ヤナセのほうへと突っ込んでいく。もしこのままだったら、ヤナセはジシャンマのほうまですっ飛んじゃうかもしれない。


 でも──あたしもヤナセも、もう準備はできてる。


「やぁぁぁっ!」


「疾」


 ひゅん、と空気を切る音が二つ。ヤナセの木刀がポイズンタスクボアの額にめり込み、あたしの剣がわき腹をすっぱりと切り裂いた。


 ブァァァァァァッ!


 イノシシの苦悶の声が森いっぱいに響き渡る。腹を切り裂いたその感触がまだ手に残っているし、剣の腹には赤い血がべったりとこびりついている。


 そして──ポイズンタスクボアはどしゃりと崩れ落ちた。


 一拍、二拍。


 ドッドッ、とうるさくなっている心臓がいくらか落ち着きを取り戻し、ひゅうって風が吹いてから。


 ようやくあたしたちは構えた武器を降ろした。


「やぁ、やっぱりハンナにエリオじゃないか! すごいな、あんな剣と弓は始めてみた!」


「もしかして、お仕事の邪魔しちゃったかな?」


 明るく声をかけてくる二人。普通に戦えるじゃないかとか、なんで木の剣でそこまで威力が出るのかとか、なんで一回弓を引いただけなのに片足に五本も矢が刺さっているのかとか、言いたいことはいろいろあるけど──


「なにやってんのよ! そんな格好で攻撃を喰らったらどうするつもりだったの!? いいえ、そもそもなんでこんなところにいるのよ!」


 そう、そもそもあたしたちは大きな魔獣がでたかもしれないって聞いたからこうして走り回っていたのよ。そりゃ、スケアリーベアじゃなくてポイズンタスクボアだったのは予想外だけど、それでも一般人が相手にして無事でいられる保証はない。


 それに、レイクさんたちが危ないから出歩くなって知らせに行ったはずなのに!


「あなたたちが思っている以上にこいつらは危ないのよ!? どうして飛び掛ったりしたの!?」


「いや……それは……」


「ご、ごめんなさい」


 びくりと震えながらもヤナセとタチバナは申し訳なさそうに頭を下げた。いくらそれなりの実力があるとはいえ、こうも危なっかしいと見ていられない。こんなだと命がいくつあっても足りないんだから!


「ねぇハンナ。もしかしてレイクさんの知らせを聞いてないんじゃないかな?」


「え?」


「まぁその……エリオの言うとおりだ。私たちは鶏を探しに来たんだよ」


「鶏?」


「その途中で、こいつとばったり会っちゃってね。……逃げるわけにもいかなかったし」


「……」


「……ハンナ?」


「ご、ごめんなさい……」


 半眼になってエリオがじーっと見つめてくる。


 間違うくらいいいじゃない。命のほうが大事だもの!


 暗くなりつつある森の中、あたしたちは今の状況を簡単にヤナセたちに教えた。どうやら二人は友人が──あのクスノキが飼っている鶏を探していたらしい。夕飯を食べていたら姿が見えなくなっていたって話だった。


 ……きっと食べられちゃうって思ったんだろうなぁ。クスノキって顔がすっごく怖いし。


「それで、他にも何人か探索に入ったんだ。……熊がうろついているんだろう?」


「僕たちはまだ武器をもっているからよかったけど、他の人たちはなにももってないんだよ……!」


 あせったように口にする二人。たしかに、セイトの中で武器を持っている人なんてこの二人くらいしかいなかった。……しかも、肝心の熊はまだ見つけてすらいない。


「エリオ?」


「とりあえず僕たちは二人を拠点に戻したほうがいいと思う」


 難しいことは全部エリオに聞くに限るわよね。こういうときの判断で間違えたことがないし。


 エリオの言葉を聴いてタチバナが弓を肩にかけた。初日に渡したはずの弓なのに、もうずいぶんと様になっていて歴戦の勇士のようにキマっている。装備さえもっときっちりすれば、今すぐにでも冒険者になれるんじゃないかしら。


 悔しいけれど、エリオにはない覇気みたいのがあるのよね。全身から自信があふれているのよ、よく見ると。


「じゃ、帰りま──!?」


 だから、たまたまあたしはそれに気づけた。タチバナが弓を戻して背を向けたとたん、倒したはずのそれが飛び起きるのに。


「どうし──」


 たの、とタチバナが続ける前に体が勝手に動く。足に矢が六本も突き刺さっているのに、魔獣はそれでもかまわないとばかりにうるさくわめきながら突っ込んでくる。


 ピィィィ!


 キノコの胞子による影響か、それとも手負いの獣の最後の意地なのか。どちらかはわからないけれど、文字通り飛び跳ねてその鋭い牙をタチバナの背中に突きたてようとしてきた。


 あれは、まずい。


 とっさにタチバナの胸倉をつかみ、引きずるようにして押し倒す。幸いにしてタチバナはエリオよりも貧弱みたいで、あたしの力でも簡単にバランスを崩してくれた。


 勢いあまって上等そうな服に思いっきりしわをつけちゃったけど、しょうがないわよね。


「うわっ!?」


 さっきまで背中があった所──倒れつつあるあたしたちの真上をその巨体が通り過ぎていく。


 時間が遅くなったように感じられ、意外と白いポイズンタスクボアのお腹がしっかりと見えた。


 そして、視界の端に──


「卑怯者がッ!」


「くそっ!」


 木刀を大きく振りかぶったヤナセ。竜のような形相をし、ギリッと歯を食いしばっているのが見える。


 ヤナセが一歩を踏み出そうと足に力をこめたところまでは見えたの。でも、次の動作がまったく見えなかった。


 ギャァァァァァ!


「出直して来いッ!」


 ガン、ガン、ガンってたぶん三回……かな。振り切ったその姿勢だけがみえて、そして立派だった牙が根元から砕けていた。もともとブサイクだったブタみたいな鼻がメリッとへっこんで、いくらかマシな顔になったのがはっきりわかる。


 ヤナセの黒曜石みたいにきれいな黒髪のポニーテールが、風にゆらりと揺れていた。


 ポイズンタスクボアの胸には申し訳程度に新しく矢が生えていたけれど、それこそそんなに意味がなかったんじゃないかなって思えるくらいだった。


「だいじょぶ? かすってない?」


「あ、ありがとう」


 うん、タチバナのほうも無事だ。あれの牙って毒があるから油断ならないのよね。レイクさんでさえかなり梃子摺ったくらいだし。


「エリオ、とどめは!?」


 剣を引き抜きながらタチバナを背にかばい、エリオに問いかける。エリオは矢を番えつつ、ポイズンタスクボアに相対している。その斜め前にヤナセがすごい気迫を撒き散らしながら立っていた。


「殺すのも忍びないと思っていたが──もう容赦はしない。己が愚かさを悔い詫び続けたとしても、私はお前を許さない。──叩き斬ってやる」


「すみません、殺しきれていなかったボクたちの責任です」


「いや、よくやってくれたよ。お疲れさん」


 どこからか誰かの声が響く。


 え、と思ったそのとき、空から人が降ってきた。


 黒い衣装をはためかせ、白い髪が風になびく。


 その動きがすっごくきれいで、思わず見ほれてしまう。軽い身のこなしは妖精のようだし、凛とした様は研ぎ澄まされた剣のよう。そして、背中がぞくりと震えるほどの強者の気配。


 その人物は着地点にいるそいつに、拳を打ちつけた。落下の勢いも加わったそれは的確に額を貫く。


 メコってヘンな音がした。その人が着地した音は聞こえなかった。


「手負いの獣ってのは何をしでかすかわからんからねェ」


 もう勝負はついていたように見えたけど、その影──おじーちゃんは菱形をした鉛色の妙な短剣をそいつの首に走らせる。本当にただなでただけのように見えたのに、すっぱりと切れて赤黒いそれがゆっくりと流れ出した。


 断絶魔の叫びすらあげさせなかった。


「じじ様?」


「いい子はみないようにね。……シャリィ、処理を頼むよ」


「はいです!」


「じじ様、それは教育に悪いんじゃないですか」


 木の陰からシャリィちゃんも出てきて、矢を抜いたり血を抜いたりし始めた。ヤナセたちには見えないように氷魔法を使い、血が抜けた場所から防腐処理を施していく。


「じじ様、どうしてここに?」


「危ないのが出たからねェ。私だけ動かないわけにもいかんよ。ああ、おまえさんたちも拠点へ向かってくれんかね」


「いいの? 熊、まだ見つけてないんだけど……」


「ああ、一匹は仕留めたのを確認したよ。バルダスが忠彦たちと一緒に熊とかち合ってね。見事に殴り殺してた。声の感じからして、もう一匹くらいどこかで倒されたと思う」


 タダヒコってあれかしら、バルダスさんが初日に戦ったっていう柔道の人かしら。“たち”ってことはサカキダって人やアシザワって人もいたに違いないわよね。


 ……素手よね、それ。あたしたちの助けって本当にいるのかしら?


「私とシャリィはもう少し見回ってくる……この子達を頼むよ」


 そう言うとおじーちゃんはシャリィちゃんを背負ってあっという間にかけていく。なにがなんだかわからなかったけれど、置いてけぼりにされたってのだけはわかったわ。


 ……ううん、違う。きっとあたし達を認めて任せてくれたのよ。


「とりあえず、帰ろっか。おじいさんもああ言ってたし、ボクたちはボクたちのできることをするよ」


「うん!」


 熊を見つけることは出来なかったけれど、それでも仕事をうまくこなせたのはうれしい。それにおじーちゃんならあたしたち以上に完璧に仕事をこなしてくれるでしょう。


「さ、いくわよ」


「礼二、次は必ず一撃で仕留める。もう不意打ちなんてさせないからな」


「物騒な……そこは次がないことを願おうよ。これじゃ円のほうが獣だよ」


「あはは、そうだよね。ボクもいっつもそう思うもん。ハンナも言うことは物騒だし、剣を持つ女の子ってみんなそうなのかな」


「なるほど! 言われて見ればたしかに──」


「「……ふんっ!」」


「「いったぁ!?」」


 あたしとヤナセの息がぴったりあう。あたしはエリオの足を二回踏み、ヤナセはタチバナのわき腹に二発入れた。


 なよなよの弓士なんてろくに体を鍛えていないからさぞ痛かったでしょう。いい気味だわ!


「デリカシーのない男ってサイテーよね、ヤナセ。ちゃんとあなたの分も入れておいたわよ」


「ああ、まったくだ! そうそう、私のことは円でいいぞ。似たもの同士、仲良くしようじゃないか。細かいところで気もあうようだしな!」


「タ、タチバナくんのところもこんなかんじなの?」


「まぁ、ね。なんかすごく親近感が沸くよ。あ、僕も礼二でいいよ。エリオ、君とは仲良くなれそうだ」


 今度こそ油断をせずに、あたしたちはその場を離れて拠点へと向かっていく。それまでの間に、何回エリオの足を踏んだかわからない。マドカの手の甲はわき腹を叩きすぎて真っ赤になっていた。

20170816 文法、形式を含めた改稿。


次回もお菓子出てきません。その次は出てきます。

イベントなのでご勘弁をば。


ぶっちゃけここ数回って園芸部見ないと意味わからないよね。

初見でもわかるように書けたらなぁ……。

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