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盗賊とチーズパウンドケーキ

「マスター、無事ですか!?」


 そういって入ってきたのは比較的地味なベージュのローブをまとった金髪の女だった。


 そんなに高くない背、まだあどけない顔つき、やや高めの声といい全体的に幼い印象を受ける。魔法使いだろうか、見た目に反してどこか年季が入っていそうな杖を持っていることが妙にアンバランスな感じがした。


「落ちつけ、アミル。明かりがついているのだから大丈夫だと言っただろう?」


 なだめるようにその女に声をかけて入ってきたのは、動きやすそうな灰色のプレートメイルに身を包んだ茶髪の女だ。


 女にしてはやや高めの背で、金髪の女が近くにいるせいで余計に長身に見える。

たぶん俺とおなじくらいだろう。大剣を背負っているところをみると戦士だろうな。


「やぁ、いらっしゃい。まってましたよ」


「いらっしゃいませ!」


 マスターが声をかけるのと同時に女の子──シャリィも声をかける。接客態度としては悪くねぇと思うけど、いきなり振り向いたもんだから“すとろー”の先が鼻に入りそうになった。


「……うん?」


「……はい?」


 傷だらけで動けないでいる俺、そんな俺にコップを突き出しているシャリィ、相変わらずにこにことした笑顔を崩さないマスターをみて、入ってきた女たちは一瞬固まったが、流石というべきかすぐに立ち直ったらしい。


「見ない顔にけが人に、まぁ、言いたいことはいろいろあるが……」


「ここってその……女の子に飲ませてもらうことが出来るようなお店だったんですか?」


「ち、げ……ぇ、よ……!」


 ここにいるやつはみんなこんななのか! まともな奴はマスターしかいねぇのかよ!


「お客さん、冗談はともかく、解毒薬の類はありませんか? こちらのかた、麻痺毒をくらってるようでして……」


「ふむ、問題ない。想定内だ」


「それはよかった」


 そういうと茶髪の女戦士は腰のポーチからくすんだ色のガラス瓶を出す。


 うん、やっぱガラス瓶ってこういうのだよな。ここのコップや窓みたいに透き通っていたり鮮やかな色つきなんて、夢の中でしか見たことがない。


「では、麻痺のほうはお願いします。僕は打撲の薬を持ってきますので」


「まかせてください!」


 マスターがにこにこした顔を崩さずに店の奥へと消えていった。その後ろ姿に少しだけここにいてくれ、と声をかけたくなってしまったのはしょうがないことだろう。


「ところで……君は、ここの店員なのかな?」


「はい! あたし、ここの店員のシャリィと申します!」


「ここ、マスター以外の人もいたんですかぁ」


 茶髪の女はそう言いながらもきゅるきゅると蓋を回している。開いた途端に煎じた薬草のようなひどいにおいが漂ってきた。


「ほら、飲め。ちょっと苦いが大丈夫だ。ぐっといけ、ぐっと」


「や、や……め、ろ……!」


 今度はちゃんと声がでた。


 そいつは絶対苦くてまずい。せっかく“くりーむそーだ”の感動がまだ口内に残っているのに、こんなもんでぶち壊されたくない。


「大の大人の男でも、苦い物は苦手なんですね。だいじょうぶ、だれにもいいませんから」


「いや、ひょっとしたらシャリィちゃんに飲ませて欲しいのかも知れんぞ?」


「え、ホントですか? あたしったらもてもてじゃないですかー!」


 ちげぇよ!


 くそ、こういう時に限って声が出ない。変な息が喉の奥から漏れ出ただけだった。


 俺が否定しないことを肯定と受け取ったのか、茶髪の女はシャリィにガラス瓶を

渡すと、そのまま椅子へと座ってしまった。よくみたらあいつ、笑ってねぇか?


「さっ、お望み通り私が飲ませてあげましょう。ぐっといきますよ、ぐっと」


 俺が否定の言葉を発する前に、シャリィはガラス瓶の口を俺の口へと突っ込んできた。


 “くりーむそーだ”の感動は一瞬でブチ壊れた。






「それは災難でしたねぇ」


「ああ、まったくだ」


 ようやく毒も抜けて体が動くように、ついでに喋れるようになった。今はマスターに打撲、打ち身の治療をしてもらっている。


 思ったよりかは傷は浅かったらしい。マスターは緑色の細長いガラス瓶からアルコールの香りのする液体を布に垂らし、少しずつ押し当ててくれている。ちょっとしみるが、いい香りがしてすーっとした。


「マスター、それ、もしかしてお酒ですか?」


「ええ、これは枇杷葉酒っていう薬用酒ですよ。健康にもいいですし、消炎効果もあるらしいです」


「ほぉ。……うまいのか?」


 茶髪の女が椅子の上から尋ねた。こいつら、本当に何もしやがらねぇ。酒がうまいかなんてどうでもいいじゃねぇか。


 いや、確かにわざわざ治療してやる義務もないんだけどさ。麻痺の解毒薬くれただけでもありがたいんだけど……さ。


 でももうちょっとこう、心配してくれてもよくねぇか? この中じゃマスターだけが俺の味方だ。


「僕はまだ飲めませんので……。それに薬効が強すぎるので飲みすぎると毒ですよ?」


 それを聞いた瞬間に俺の体が引きつる。このマスター、毒となりうるものを俺の体にしみこませているのか? マスターも俺の味方じゃないのか?


「はは、大丈夫ですよ。消炎剤として体に塗っているくらいなら問題ないです」


「本当に大丈夫なのか? “びわ”なんて聞いたことがないんだが……」


「そういえば、こっちではびわを見かけませんね。これ、僕の友人が栽培したんですよ。そうしたら実と一緒に葉っぱも分けてくれたんです。で、ウチのじいさんが

葉っぱにはいろいろ使い道があるって言って、処理して作ってくれたんですよ」


「実ってことは“びわ”って果物ですか!?」


「ええ、おいしいですよ。今は準備できてませんが、今度お出しします」


 これで終わり、とマスターは酒をしみこませた布を包帯のように俺の体に巻いて縛ってくれた。先ほどよりも痛みが引いて、体が軽くなっている。薬効が強いというのも本当なのだろう、思っていた以上の効果だ。後で少し分けてもらえないだろうか?


「ところで……マスター、今更だがなにか軽く、お願いできないだろうか?」


「ええ、もちろん。……シャリィ、ちょっとそこらへん片付けといて」


「がってんです!」


 そういうとマスターは店の奥へと引っ込んでしまった。


 なにか軽く……ということは軽食でも作るのだろうか。“くりーむそーだ”のことを考えると、かなり期待できる。期待はできるんだが──


「金、ねぇや」


 俺、今、金、ない。


 “くりーむそーだ”の代金くらいはたぶん、きっと、払える……はず、なのだが、流石にこれ以上は危険だ。


「何を言っているんです、私たちが奢りますよ!」


「うむ、そうだ。遠慮なんてしなくていいぞ。“影の英雄”殿」


「……え?」


 とりあえず女たちと同じ席に座って話を聞く態勢に入る。


「あなた、レイクさんですよね?」


「たしかに俺はレイクだが……」


「やはり間違いないようだな」


 女たち──アミルとエリィの話を聞くと、俺が助けた獣人はあの後無事に古都まで戻り、ギルドで事の顛末を報告したそうだ。


 明らかな異常事態に対してギルドは緊急討伐依頼を発布。近場にいたそれなりの実力を持つ冒険者が森を探索したらしい。


 ところが、あの毒牙猪はすでに虫の息の状態で発見され、あっとという間に討伐された。その体にあった傷、そして風貌、獣人の証言からそれを相手にしたのが俺だとわかったとのこと。


「そんなわけで、あなたは新人を身を呈して助け、魔獣を撃退して何も言わずに去っていった英雄として討伐隊の中で話題になってましたよ」


「ここで動けなくなっているとは思わなかったがな……」


 もはや笑うしかない。


 というか、討伐隊にいたから解毒薬をもっていたのか。で、ここに来たのはマスターの安全の確認のためってわけか。


「まぁ、そんな新人を助けた英雄さんですから、先輩としてどーんと奢ってあげますよ」


 胸を張るアミル。こいつがやっても子供っぽくみえて様にならない。


「ついこの間までひきこもりだったやつが……」


「それは言わない約束で──!」


「はい、お待たせしました。《チーズパウンドケーキ》です」


 アミルの言葉の途中でマスターがやや大きめの皿をもってやってきた。


 その上には丸い……なんだ? ぱっと見はパンのようだが、わずかに甘い香りがする。それに、なんだか見た目がふわふわしている。パンはもっとかちこちな見た目だ。


「“けーき”だな。こないだのとは違う形だな……」


「私が最初に来た時に食べたやつって……この形から切りだしたんですね」


「……ええ、すいません。お代は結構ですので……」


「?」


 よく見ると、いや、よく見なくても全体の……八分の一ほど切り取られていた。


「何か問題があるんですか?」


「いえ、シャリィがどうしても食べたいとごねまして……」


「なんだ、それくらい問題ない。それくらいでタダになるならお安いもんだ」


 エリィはさして気にした様子もなく真ん中から切り取られたと思しきくらいの量

切り取り、マスターが持ってきた小皿に取り分けた。


 なかなか柔らかいようで、切り取る際にもしっとりとそれはつぶれていた。


「ほら」


「お、おう」


 手渡されたそれをじっくり見る。


 優しい黄色が特徴的だ。中と表面とでは色がちょっと違う。フォークをしっかりと握りしめてそれに突き刺すと、思った以上にやわらかい手ごたえで、ずぶずぶと沈んでいった。


 うまく切り取られたそれを、口に運ぶ。


「うぉ……」


 口に入れた瞬間にふわっと香る。


 柑橘系……レモン、だろうか。ほんのわずか、ごくごくわずかな香りだが、ついさっきまで口の中が地獄と化していた俺には簡単に分かった。


 “くりーむそーだ”とはまた異なった優しい甘味。しつこすぎず強すぎず、こちらが求めない限りは主張しない、繊細で穏やかな甘味だ。


 レモンとはまた違う甘味のようで、言葉に形容しがたい……なんていうんだろうか、甘味の部分だけを極端に強めた牛乳を優しく薄めたような感じか? ともかく不思議な甘味が全体を通して口の中を満たしてくれる。


 柔らかい食感もいい。どういう仕組みか判らないが、これには空気がふんだんに含まれているようで、口いっぱいに頬張ってみると顎を上下に動かすだけで、さわやかな清々しい風味が鼻の奥を駆け巡っていく。


 ほのかな甘みとわずかな柑橘の香り。すべてが見事にマッチして一つの芸術を作っていた。


「うめぇ……!」


 先ほどまでの口の中が嘘だったかのようにすっきりしている。しつこすぎない甘味と柑橘のさわやかさのおかげだろう。シンプルな見た目通りのつつましやかな味に好感が持てる。


「うっめぇ……!」


 あっという間に一切れを食べ終わってしまった。切り分けられたものでもなかなかボリュームがあったが、これならいくらでも、それこそ毎日でも食べられそうだ。


 もう一切れ、いこう……!


 俺が大皿にあるナイフに手を伸ばした瞬間、同時にアミルとエリィの手が伸びてきた。瞬時に三対六つの瞳が交差する。


「……今日はあんたらのおごりなんだろ? 先輩らしくゆずったらどうだ?」


「……レイクさん、先ほどシャリィちゃんになにか飲ませてもらってましたよね? あれもとびきりおいしいものだったんでしょう? それで満足しましょうよ?」


「……アミル、おまえは私よりもここに来たのが早かったよな? つまり、この中で一番ここのものを食べていないのは私じゃないのか?  それは、いささか不公平だと思わないか?」


 いつの間にやら自分の分を食べ終わった女たちが、ぎらつく目で俺を見ていた。

しかし、俺とてここで引き下がるわけにもいかない。こんなうまい物、今まで食べたことがないのだ。


「俺は“影の英雄”なんだろ? 英雄サマには譲るべきじゃないか?」


「それをいったら私だって“森の魔女”ですよ」


「私は……“剛剣の舞姫”だったか?」


「マジかよ……!?」


 こいつら二つ名もち、それもあの“森の魔女”に“剛剣の舞姫”かよ。ここらで有名な単独冒険者じゃねぇか。


 そういや、“森の魔女”はひきこもったとか聞いたけど、あの時の発言はそういうことだったのか。


「でも、譲る理由にはならねえよなぁ……!」


 だが、だ。それでも諦めるわけにはいかない。


 あのふわふわ食感、すっきり風味、優しい舌触り。あれをもう一度体験できるのなら、例え相手が強者であろうと、俺は立ち向かってやる。


「レディには譲るべきだと思わないか?」


「そうですよ、それにシャリィちゃんになにか飲ませてもらってたこと、ギルドの掲示板に貼り付けますよ?」


「ちょ、それは……!」


「『衝撃スクープ! 森の奥で幼気な少女に酌を強要する極悪盗賊!』……ふむ、最近は凶悪な犯罪が多いなぁ」


「ありゃ、あたし、酌を強要されちゃったんですか」


 いつの間にやらシャリィが話の輪の中に加わっていた。面倒臭いときに入ってきたと思う。こういうとき、女は子供であろうと大人顔負けの存在となる。


「そうなんだよ、大変なことになったな」


「大変ですよ、事件ですよ」


「まぁ、こんな美少女に酌をしてもらえるなんて、幸せもんですよねぇ」


 きゃっきゃうふふと盛り上がる女たち。こういうときは、話の流れをぶった切るに限る。俺だって伊達に世の中わたってきたわけではない。


「シャリィ、どうしたんだ?」


「あぁ、これ、マスターからです」


 そういってシャリィが差し出したのは、慌てて作ったのであろう、まだ軽く湯気の立っているふわふわな“ちーずぱうんどけーき”だった。


「食べ物でけんかしないようにってマスターがいってました」


 マスターの心意気はすばらしいものだっただろう。俺にはそれからマスターの温かみがにじみ出ているようにも思えた。



 ……だが、せっかくのできたては女二人が掻っ攫っていった。残った“ちーずぱうんどけーき”がちょっとしょっぱいように感じられたのは、気のせいだったのだろうか。


20150411 文法、形式を含めた改稿。

20150425 サブタイトルを『冒険者』から『盗賊』に変更。

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