冒険者とグラニテ
マイナーシリーズ……でいいのだろうか?
製作過程は園芸部にて。
「ボロ負けだったな」
「…爺にかなうはずがなかったのに」
「うっせ」
心地よい疲労感と共に俺は腰を下ろした。セイトの連中が作った椅子だろうか、手作り感があふれる粗い作りのものだ。
ついさきほどまで、俺はじーさんとアキヤマ、そしてシャリィとセイトの二人の女と一緒にサッカーの勝負をしていた。シャリィが作っていたうまそうなものはサッカーをしながら作れるものだそうで、最初はアキヤマとなんとなく遊ぶつもりだったんだが、気づけばかなり大きな賭けをともなった真剣勝負にまで発展しちまったんだ。
「…あの少年も、すごかったな」
「身体能力だけで言えばそこらの新人よりはるかに見れるな」
人見知りエルフのリュリュと戦士のエリィ。こいつらはその勝負の審判としてじーさんに呼ばれてここに来た。エリィとはほんの数時間前に別れたばかりだというのにまさかこんな早くに再開するとは思ってもいなかったな。
「なぁ、手がかりはなんか見つかったのか?」
「……全く見つかってない。リュリュなら何とかなるかも知れないと思ったんだがな」
「…いくらエルフでも、森の全てを把握しているわけではない」
「そっか」
そう言ってから、はっとした様子でリュリュは口元を押さえた。そしておそるおそるあたりを見回す。
「どした?」
「…いや、な」
くいくい、と指で向こうを指す。セイトの少女達がじーさんとシャリィから例のうまそうなものを貰っている。連中はそういったものを食べなれているのか、うれしそうな表情をしながらも古都の連中や俺たちのようにそこまで驚いているわけではない。
「…バレたら、お人形」
「ああ……」
そういやエルフってことは内緒なんだっけか。俺達も普通にセイトの目にさらされていたわけだけど、問題ないよな? つーか今も当たり前のように場に馴染んじゃってるし。
「なぁレイク。さっきから気になってたんだが、シャリィちゃん、普通に使っているよな?」
「バレなきゃいいんだとよ」
例のうまそうなものはいつぞやの“あいすきゃんでー”のように氷菓子にあたるものらしい。そのため製作にはシャリィの氷魔法を使う必要があるのだが、マスターやじーさんが言っていた通り、セイトには魔法を見せてはいけないことになっている。
だというのに、何をトチ狂ったかシャリィはセイトの目の前で魔法を使っているんだよな。
「恋する乙女はみんな魔法使いだって言ってごまかしてた」
「…そんなのでごまかし切れるのか?」
「それがごまかし切れるんですよねぇ」
噂をすれば何とやら、シャリィが盆にいくつか皿を乗せてやってくる。どうやら向こうは一段落ついたらしい。
「あたし、美少女ですから!」
「…うん、そうだな。さっきもすっごくカッコよかったよ」
座る場所がなかったため、リュリュはシャリィを膝の上に乗せて頭を撫でた。本当にこいつはシャリィに甘い。
……つーか自分で美少女っていうか、普通? こいつもほんっと自意識過剰というか、その自信はどこからやってくるのだろうか。
「…これでレイクがもうちょっと頑張ってくれてたら、勝利の美酒に酔えたというのに」
「あん?」
「…シャリィちゃんは一度もボールを落とさなかったじゃないか」
「いやお前それ……」
リュリュが非難するかのようにじとっとみてくる。
たしかにそれは正しいことだが、明らかにそれは言いがかりってもんだろ? じーさんはシャリィには優しく返してたし、アキヤマだって厳しく返したのはじーさんだけだ。
「つーかよ、そんなこと言うんだったら判定甘めにしてくれりゃよかったのに。あんなボール受けるだけで精一杯だっての」
「…不正はよくない」
「最初にお前が放ったボールがあるだろう? アレをじいさんが見送ってたなら判定も緩くなったんだが……。対等であるならば、じいさんが出来た以上基準はそれだとマツカワが言ってな」
「ぐっ……!」
そりゃそうだ。ああ、マツカワってのはなんてできた人間なんだ。ちくしょう。
「…大人気ないことするからだ。あっちには小さな子もいたというのに」
「おねーさん、華苗おねーちゃんは十六歳ですよ?」
「……………え?」
呆然とするリュリュ。どうやらこいつはカナエが十六だということを知らなかったらしい。嘘か本当かを確かめるように、リュリュはちらちらと向こうの方にいるカナエに視線を送る。
カナエはここにいるセイトの中では一番背が小さくて、シャリィよりちょっと高いくらいだ。仕草も妙に子供っぽいし、とても十六の娘には見えはしない。たしかハンナが十七のはずで、身長も平均的だが、あと一年でカナエがハンナの身長に追いつくとはとても思えなかった。
……ホビットかフェアリーの先祖返りかね?
「……っ!」
カナエがこちらに気づいたらしい。不思議そうに……いや、疑い深そうな瞳で見つめてきた。何を勘違いしたのか、リュリュは頬を緩めて手を振りかえす。
ちょっと頬を赤くしたカナエはぎこちなく笑い返し、目をそらした。
「華苗おねーちゃんも人見知りらしいんですよ」
「…うん、仲良くなれそうだ。お膝に乗せて抱っこしたい」
「ダメですよ、ここはあたしだけの場所なんですから!」
「…ああもう、シャリィちゃんは可愛いなぁ……!」
「こいつ、たまにおかしくなるよな」
「なんだろうな、ギャップがすさまじいよな。しかし、その気持ちは十六の娘にはいささか失礼にあたるような気が……」
公然といちゃつき……んん、戯れだすリュリュとシャリィ。この光景だけを見れば結構絵になるんだけどなぁ。中身を知っているのが残念でならない。二人とももうちょっとお淑やかで気立てがいいとよかったんだが。
「それはそうと、早いとこ俺にも食わせてくれよ」
「しょーがないですねぇ! はい、本日のおやつの《グラニテ》です!」
パッと差し出されたそれを見る。
銀色の高そうな舞台の上で、それは美しく輝いていた。真冬でしか見られないはずの氷のようなものが、光の芸術として佇んでいる。
色つきの雪の結晶を砕き、魅惑の砂浜に散りばめたかのような見た目。わずかな冷気が運動で火照った頬に漂ってきて気分をすっきりさせる。
この香りは……梅酒のやつだな。甘い香りと梅特有の酸味を含む香、そして心躍らせる酒の香りがする。
「“あいすきゃんでー”の棒を抜いて砕いたやつ……かな?」
「んー、似ていますけどちょっと違いますね。食べてからのお楽しみです!」
エリィの推測をシャリィが否定した。たしかに、素人目にはわからないだろうがこれは“あいすきゃんでー”とは決定的に違う。宝探し屋志望の盗賊の目はごまかせない。
“あいすきゃんでー”の表面はもっとこう、つるつるでありながら無機質な感じがしたが、こっちは味わい深い暖かみのようなものがある。あっちを荒れ狂う吹雪の冬だとしたら、こちらはしんしんと雪の積もる深い冬か、もしくは春の兆しを見せ始めた冬といったところだろう。
“あいすきゃんでー”を何百本と作り続けた俺が言うんだ、間違いない。
「…スプーンの感覚も、ちょっと不思議な感じがする」
さくっとスプーンを通した。そう、サクッと通ったんだ。見た目が凍りだというのに。
普通の氷ってのはもっとガッチガチでスプーンなんて通らない。雪ならこんな見た目はしていない。
仄かにピンクで仄かに黄色なそいつを目の前まで持ってくる。ここまで来たら、もう食べるしかない。
一気に口に突っ込んだ。
冷たくて、
甘くて、
とてもすっきりして──
「うまい……!」
「やったぁ! さすがあたし!」
シャリィのでかい口も、今だけは笑って許せる気がした。
はっきり言おう。“ぐらにて”はすごい。なにがすごいって、その舌触りだ。
まず、こいつは氷じゃない。氷みたいにガッチガチじゃないし、武骨な感じがしない。
かといって“あいすきゃんでー”ともまた違う。うまく説明できねえけど、あれよりもっとマイルドなんだ。
「……!」
最初に感じるのは梅のふわっとした香り。甘さと懐かしさのようなものが口というベッドルームの支度を整え、客人を迎えるメイドのような役割を果たす。
そして、唐突にそれは訪れる。一すくいの“ぐらにて”がそこに到達すると──舌というベッドに寝そべると、文字通りそれはあっという間にとろけていく。氷の粒の一つ一つが消えてなくなっていくのが直に感じられるんだ。
これだけだったらすげぇな、の一言で片付いてしまうだろう。だが、こいつの真髄はこんなものじゃない。
なんと、すっごく滑らかなんだ。とろけるような──という表現がしっくりくるくらい、甘くうねりをもった何かが口の中に広がるんだ。一つ一つは氷のはずだというのに、生き物のように舌にまとわりついてきて、そのままごくんと腹の中へと逃げていく。
かと思えば、ザクザクとした食感に切り替わるときもある。放っておくとじわじわと舌の上で解け、そこを思いっきり噛み砕くのがたまらなく面白い。
冷たい何かが喉を、胸を、腹を通っていく感じは痛快だ。
「“あいすきゃんでー”とは全然違うね……!」
あっちは受動的でこっちは能動的って言えばいいのか? 俺の貧弱な語彙じゃこれ以上難しくは説明できない。
ただ、すっごく滑らかで柔らかくてしっとりしていて、それでいてざっくざくだということだけはわかってほしい。
しかも、だ。
「…お口が、しあわせ」
「そうでしょうそうでしょう!」
なんかしらんが、食べているうちに食感が変わってくる。いや、正確に言えば掬った場所によって食感が違う。さらにいえば同じ場所でも二回目だと変わっている。
あるところではシャキッとしてザラザラな氷の粒が際立っていたし、あるところでは水と氷が絶妙に混じりあったなだらかな食感だ。そして、同じはずの場所だというのに強気な食感から穏やかな食感になっていたりもする。
まるで百面相。気難しい女だってこうはならない。
いずれにせよ共通して言えるのは、それらが解けてなくなる際に芳しい香りを放っていくところだろう。
朝日に照らされ花が咲いたかのように、儚く優雅に香りが鼻まで届くんだ。それが梅酒の甘さとわずかなすっぱさ、そして酒の香しさと歯車のようにかみ合い、心をただただとろけさせてゆく。
「…シャリィちゃん、そっちのもちょうだい?」
「はいです! こっちはレモン味です!」
レモン味!
逃す道理はない。梅酒の“ぐらにて”をかっくらい──一気に食べるとまた違った食感になることを発見する。
そして確信した。
“ぐらにて”は舌触りや食感を最大限に楽しむべき氷菓だと。
「レモン味もいけるな! 冷たいのはやっぱり柑橘が最高だ!」
エリィの言葉に全面的に同意した。レモンの“ぐらにて”は舌触りや食感はさっきと同じで大変素晴らしいが、味の印象がガラッと変わる。
熱くなった体を酸味と冷たさですっきりと冷やし、暑さでけだるくなった気分をしゃっきりと内側から変えてくれる。
外気に触れた舌は冷たさと酸味ですーすーして気持ちがいい。頬にあたってじんわりと溶けていく“ぐらにて”の感じがクセになる。
見た目で癒され、食感で元気づけられ、香りと冷気で背中を叩かれる。なんていうか、“ぐらにて”は食べていて元気が出てくるんだ。淀んだなにもかもをきれいさっぱり吹き飛ばしてくれる──そんな気さえする。
もし、可愛い氷の精霊に抱き着かれたらこんな気分になるのだろうか?
「…シャリィちゃん、なんでボールで砕いたの?」
「別にボールで砕く必要はなかったんですけど……。《グラニテ》は舌触りがキモなんですが、これって砕き方と凍らせ方ですっごく変わってくるんです。極端な例を挙げると、凍らせすぎてかちんこちんになっちゃったり、砕きすぎて水と大して変わらなくなっちゃったり……」
大げさな身振りでシャリィが伝える。たしかに、そんな“ぐらにて”は“ぐらにて”なんかじゃない。ただ甘くてうまいだけのなにかだ。
「普通は凍らせながらスプーンか何かでかき混ぜたりするんですけど、ボールでやるといい感じに砕け方にムラが出来るんです。しゅわぁってなってるところにジャキッとしたのが混ざったり、カチカチのなかからしゃりっとしたのが出てきたり……。食感に面白いアクセントと緩急が出やすくなるんですよ!」
本来はゆっくり冷やして作るそうだが、氷魔法による自由自在の冷凍と、ボールによるランダムな破砕を用いた方法で作られたものをシャリィは気に入っているらしい。今回はたまたま、外で遊ぶからボールを用いたというのもあるそうだ。
「……ん!」
もう一掬い。繊細で照れ屋な氷の妖精が俺の前を踊っている。美しい見た目。できればマスターのところの透明なガラスに入れて、光を透かしながら食べたいものだ。
ぱくりと一口。やっぱり食べるたびに食感が違う。これほどまでの感動を、俺はどうやって表現したらいいのかわからない。
「…私でも、つくれるかな」
「やりましょうよ! 学者のおにーさんから氷魔法教えてもらえばいけますって!」
「果物以外でも……いけそうだよな。今度高い酒でも持ってくるか」
果物、酒──“ぐらにて”に使われる材料は無限大だ。見た目が鮮やかなのでもいいし、酒をしっかり際立たせたオトナなやつでもいい。そうだ、色や味の違うのを少しずつ盛り付けて光を当てたのなんて最高じゃないか? 暑い時期にはぴったりだし、いろんな可能性がちらちら見えるよな。
宝石のような煌めきになった“ぐらにて”をみてふう、と息をつく。願わくば、これと同じようにすっきりとすべてを解決してしまいたいが、現実はなかなかそうもいかない。
──だからこそ、こういうありがたみが増幅されるのだと思う。
「うっし!」
パン、と頬をはたいて気合を入れる。まずは肉だ。肉を買わなくては。そしてそのあと、護衛をしながらハンカチを探してやろう。
溶けかけた“ぐらにて”が陽の光にきらりと輝く。
今のすっきりした気分なら、なんだってできそうな気がした。
20161228 文法、形式を含めた改稿。
本来は冷凍庫に入れて凍らせ、砕いて、また凍らせて……ってかんじで作ります。
このときの凍らせ方と砕き具合で食感がめちゃくちゃ変わる面白い氷菓子です。
フランス料理のコースにも出てくるらしいですよ?
ここでは滑らか……なんて言ってますが、実際はけっこーざっくざくらしいです。
魔法を用いた特殊な製法だったから、ということでお願いします。
ぶっちゃけシャーベットとグラニテの違いがよくわからない。
一緒じゃないの、あれ?
あと、いつぞや話した缶けりグラニテは結局見つからなかった。




