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冒険者談話

二話連続更新。


 がちゃがちゃと音を立てながら、私は小走りで森をかける。木、実、葉、枝……目当ての物は見つからない。焦る気持ちだけがどんどん先行し、大切な何かを見落としそうになる。


 一刻も早く事態を解決せねばならないというのに。


「くそ……!」


 私は騎士だ。守る戦いが得意だ。言い訳にしかならないが、なにかを探すというのはそこまで得意ではない。悲しいことに、今は守るために探し出す必要があるというのに。


 冒険者になってから重鎧を着なくなったとはいえ、鉄製の鎧を着ていることには変わりがない。故に、下手に全力で走ろうものならあっという間に息が切れる。体力向上の訓練は文字通り血反吐を吐くほどしたが、そこで身につくのはあくまで長時間走るためのスタミナだけだ。


「どこだ……!?」


 さきほど、ちょっと休憩がてらに夜行さんのところへといったのだ。彼は煙の出る櫓の前で火の番をしていたらしい。のんびりと鼻歌なんて歌いながら木の欠片をそこへ放り込んでいた。


 特にトラブルなんてなかったたのだろうと世間話を始めたのだが、彼の放った一言は私に衝撃を与えた。


「スウィートドリームマッシュがいるみたいなんだよねェ」


 スウィートドリームマッシュ──本来この辺りには生息しないはずの魔物だ。ぴょこぴょこ動き、その足とも柄ともわからないそれで蹴りを入れてくる。まぁ、この辺は普通の魔物だから特に驚くべきことでもない。


 問題はその胞子だ。こいつを吸うと幻覚症状に苛まされる。どんな幻覚なのか、どれくらい続くのかは個人に因るところが大きい。かつて、あのマスターも吸ってしまい大暴れをしたと聞いた。


「まだ若いから動かないし、ほかの連中にも何人か声をかけた。おまえさんも、頭の隅くらいには入れといてくれんかね」


 そんな話を聞いて黙っていられるはずがないだろう。こんなところにそんなのがいるだけでも問題なのに、今は何十人というセイトだっている。彼らに危害が及んでからでは遅いのだ。


 おまけに、アレは繁殖しやすい。一匹いたら二十匹はいると思ったほうがいい。


「なぁ、竹井。やっぱりこれも……」


「まず間違いなくそうだろう。こんなステレオタイプな毒キノコも珍しい」


 見つけた。


 毒々しい赤い茸。遠目からでもわかるほどぶよぶよしている。


 なるほど、言われたとおりまだ若いやつなのだろう、以前見た物よりも二回りほど小さい。が、胞球はきちんとついている。何より問題なのは、そばにセイトが二人もいたことだ。


「君たち! そこから離れろ!」


 私の声が聞こえたのか、その二人はタイミングを合わせたかのようにくるりと振り返り──そして私に対して構えを取った。


 一人は盗賊が好んでつけるようなレザーグローブをつけ、もう一人は布地のリストバンドをつけている。


「ゾンビか!?」


「テロリストか!?」


 一瞬がっかりしたような表情になったが、それでも二人とも、目はどこまでも剣呑で隙がない。とても少年の放つ雰囲気には思えなかった。


「所属と名前と目的を言え。話はそれからだ」


 リストバンドの少年が冷たい声で言い放った。脚をわずかに開き、低めの重心を保ちながら半身にしている。レザーグローブの少年はじりじりと動き、私の右方へと回った。協力して逃げるにも、攻撃するにもベストな位置だ。


「おっさんさ、たぶんいい人だろうけど、そんな恰好で剣? なんて持って、不審者ですっていってるようなもんだぜ?」


「樫野、無駄口を叩くな」


 二人の構えに少しだけ見覚えがある。合気道と柔道。バルダスとアミルがマスターたちから習っている体術だ。バルダスやアミルより体になじんでいる感じだが、少し亜流の気があるように見える。


「私は……夜行さんから雇われたものだ!」


「誰だ、そいつは」


「……ガチで不審者とは思わなかったなぁ!」


「お、おい?」


 少しばかり残っていた親近感のようなものが一瞬で消えた。目が爛々と輝き、二人とも片手をポケットに突っ込んだ。


 間違いない──殺る気だ。


「夜行さんは夜行さんだろう!? 魔晶鏡(めがね)をかけた白髪のおじいさんだ!」


「……俺は名前と所属、目的を言えといったはずだが?」


「セイン! 所属はき……《スウィートドリームファクトリー》! 目的はその後ろのキノコの処理だ!」


「……セインさんよぉ、その夜行さんって以外の奴は知ってんのか?」


「ああ知っている! マスターだ、マスターなら君たちもわかるだろう!?」


「……竹井、知ってるか?」


「知らん。まさかとは思ったが思い違いらしいな」


 いよいよ二人の眼が獣のようになってきた。実力のある冒険者によく見られる、特徴的な瞳だ。おそらく、次の返答次第ではすぐに飛び掛かってくるつもりだろう。


「まて、シャリィは!? 彼女なら……!」


「あ、不審者じゃねえな」


「そのようだ。とんだ無礼、失礼した」


 シャリィの名を出した瞬間、二人はそろって頭を下げた。すっとその場の空気が和らぎ、緊張感が霧散する。なんだかよくわからないが、誤解は解けたらしい。


「いや、こちらもいきなりすまなかったね」


「いえ。それよりこのキノコを処理するとは?」


「ああ……なんと説明すればいいものか」


 魔物や荒事はできるだけ隠してくれと夜行さんに言われている。ここで素直に話してしまってもいいものなのだろうか。


 いやまて、それよりもだ。


「君たち、本当に夜行さんを知らないのか?」


「心当たりはあるっす。作務衣とか甚平とか着てる人でしょ? おれらは大じじ様って呼んでいるんですけど」


「サムエやジンベイはわからないが……たぶんそうだろう。爺さんとかそんなかんじで呼ばれている、ひらひらの衣服を纏った人だ」


「その人です。あの人は本名で呼ばれることが極端に少なく、いつも渾名や通称で通してます。……あなたは組合の人ですね。『セイン』と『スウィート』なんとかは聞き覚えがある。シャリィもそうだ。ただ、マスターだけがわからない」


 聞けば、最初にここに来たときにバルダスから簡単な挨拶があったらしい。あの時はたしか、私は最後の見回りに出ていたはずだ。最初からバルダスの名を出しておけばよかったとは。


「マスターはマスターだな。ああ、ユメヒトとか呼ばれていたっけ」


「なんだ、佐藤か。あいつも大ジジ様みたいになってきたな」


「知り合いなのかい?」


「そんなところです」


 彼らはガッコウでちょくちょく行動を共にする仲らしい。ブカツは違えど、その活動内容が近いことから一緒になることが多いそうだ。夜行さん自身が知恵の結晶のようなものだからという側面もある。


 彼らの故郷の名前の形態はいまいちわからないが、どうも複数の呼び名があるらしい。彼らも、夜行さんの名前は本名からの連想だろうといっていた。


 マスターのほうは単純に知らなかったらしい。彼が知らせていないのだから、私もそのことについては適当にぼかしておくことにした。


「で、話は戻しますけどなんでキノコを?」


「……あまり口外してほしくないのだが、毒キノコなのだ」


「食べなければいいだけではないですか」


「胞子を吸うと、幻覚症状が出る」


 さっと二人が青ざめた。こういうことには慣れていないと夜行さんは言っていたが、どうしてなかなか物分り……というか適応力が高い。そこらの冒険者よりよっぽど使えるのではなかろうか。


「じゃ、すまないがちょっと離れておいてくれ。万が一吸ったりしたら大変だからね」


 剣を構え、若い魔物の正面に立つ。まだ動けないだろうから、ただのキノコと思ってくれるだろう。


「……」


「どうしました?」


「スパッとやっちゃうんじゃないんすか?」


 できない。こいつは焼き殺さねばならないのだ。そうしないと胞子を完全に処理できない。普段だったら魔法で剣に軽く炎を纏わせるのだが……この二人の前では使えない。


「君たち、ちょっと向こうを向いていてくれんかね?」


「なぜ?」


「……」


 もっともな話だ。魔物を目の前にして背を向けるバカがどこにいる。


「……火、あるかね? 焼き殺さねばならないのだ」


「ありますよ?」


 ああ、なんだかひどく情けない。二人が哀れむようにしてこちらを見ている。かっこつけた割にまぬけなミスを犯した人間に見えるのだろう。


 かちりかちりと火打石を鳴らし、二人はあっという間に大きな松明モドキを作った。なんだか妙に手慣れている。最近の若い騎士などは松明の一本も作れないというのに。


 二人が火をキノコに点けた直後、私はそいつを剣で思い切りメッタ刺しにした。もしかしたらうっかり動き出してしまうかもしれないし、こうしておいた方が火の回りも早くなる。決して八つ当たりだとかそういう意味はない。


「これでいいだろう。君たちもすまなかったね。ゆっくりと訓練を積むといい」


「そのことなんすけどぉ……」


「別のところにも、これと同じキノコが生えているのを見ました。……処理しないと、まずいんですよね?」


「……あ、案内してくれるとうれしい」


 もしかして私は役立たずなのじゃあないだろうか。ここ最近、騎士としても人としても運がないように思える。


「しかしすっげぇ装備っすね! まるで騎士みたいっす!」


「それでいて実用性も兼ねている……いったいどうしてだ?」


「ははは……」


 騎士みたい、であってもう誰も騎士とは言ってくれなくなってしまった。渇いた笑みを浮かべながら、私は二人と共に歩んでいった。









「それからもう大変だったよ。思った以上に広がっていてね」


 パチパチと焚火の爆ぜる音をバックに夜は更けていく。揺れる炎に照らしだされた揺らめく影が面白そうにダンスを踊っていた。梟の鳴き声と魔獣の遠吠えが遠くから聞こえ、夜の風がガサガサと葉を揺らす。


「それでおめえ、昼もなかなか戻ってこなかったのか」


「昼食よりも安全さ。そうだろう?」


「プロだなぁ。ちょっとは肩の力を抜いたほうがいいんじゃね?」


 レイクにバルダス。今の不寝番だ。私を含めたこの三人がこの時間の担当になっている。魔法を得意とする人間がいないのがわずかばかり不安ではあるが、この程度の森ならまったくもって問題ない。三人だとお釣りがくるくらいなのだから。


「私も結構走り回りましたね。火の魔法、あんまり得意ではないんですけど、今日だけでずいぶん練習になった気がします」


「あのキノコ、本当に厄介だもんなぁ……。動けるほど成熟してないのは幸いだったよ。もし、また柔道や合気道を嗜むものがやられていたかと思うと笑えないな」


「そんなにひどいんですか? あたし、まだみたことないんですよね」


 どうやらキノコの処理をしていたのは私だけではなかったらしい。


 私たちと同じように火を囲っているのはアミル、エリィ、ハンナだ。なぜか彼女らもこの時間だけは起きていたいと言い出したので、そのまま一緒に不寝番をしている。ちゃんと自分の担当の時間はやるといっているが、本当に大丈夫なのかと心配になる。余計なお節介だろうか。


「たぶん、例の件のときの胞子が飛んでって繁殖したんだろうな。あのキノコの繁殖力は凄まじい、処理するなら焼き殺せと駆除するときに言われたっけ」


 この森には生息しないはずだと思っていたら、以前エリィが持ち込んだやつの胞子が原因らしかった。まさか死んでいるものでも効果があるとは。げに魔物とは恐ろしきものである。


「そういえば、ミスティはどうした? 中で寝ているわけではないのだろう?」


「さっきじーさんのとこ行くって出ていったぜ。たぶん、そろそろ戻ってくるんじゃね?」


アオン!


 レイクの言葉を図ったかのようなタイミングでラズの鳴き声が聞こえた。ぬっと暗闇から炎に照らされオレンジに見える毛皮が浮かび上がり、焚火の近くでちょこんと腰を下ろす。くぁっと大きく欠伸をして、耳を伏せた。


「おいラズ。ご主人様はどうした?」


オン!


 つっと鼻面でそこを指した。


「ラズ~さきにいくなっていっただろ~?」


「……」


 赤く見える顔。これは絶対焚火のせいではない。頬は上気し、結構汗ばんでてかてかしている。もこもこの毛皮鎧はいつも以上に暑そうだ。


 どかっと腰を下ろすミスティ。酒臭かった。


「おいお前なに飲んでやがる。つーかどこで飲んできたんだ?」


「そうだずりぃぞ!」


「じいさまとかるいうちあわせしていたら、せんせいたちとおしゃけのむってはなしになったのさ。しんぼくをふかめてただけだよ~」


「酒か。うまかったのか?」


「あま~いおしゃけだったよ。じゅーすみたいだった!」


「いいなぁ……甘いお酒ですかぁ……」


「お酒って苦いのばっかじゃないのねぇ……。あたしも飲みたいな」


 仕事中に飲酒をするのはいかがなものかと思うが……。夜行さんが進めたということは必要だったということだろう。親睦を深めるのにちょっぴりのお酒は確かに効果的だ。それに頼るようになってはオシマイだが。


「せんせいたちものみたかったみたい。セイトのてまえ、おおっぴらにのめないからおねえしゃんといっしょにのんだのさ。おちゅまみもいっぱいあってたのしかった~!」


「こいつ、酔うと性格変わるな。こんなやつだったか?」


「オレはそれより肴が気になる。ああ、また腹減ってきたなぁ」


 バルダスは見た目通りよく食べるほうだ。その気持ちはよくわかる。それに、私もうまい酒には結構興味がある。正体をなくすほど飲んだりはしないが、手軽にストレスを発散させるのにあれ以上の物はない。


「ま、酔っぱらいは放っておくとしてよ。なんでハンナたちは起きてるんだ? いいかげん寝ないと明日つらいぞ」


「昨日、お夜食が出たって聞いたんで! これはもう、起きてるしかないですよ!」


「じいさま、きょうもなにかもってくりゅっていってたよ~。ねずのばんのこうたいになったらこっちくりゅって~。おしゃけもまたもってきてくれるって!」


 だらしなくぐへへ、と笑いながらミスティが言った。その言葉に反応したのはレイクとバルダスだ。


「おいおっさん、俺達も起きてなきゃならない理由が出来たな」


「ああ、ここで寝るのは人として負けるのと同じだ」


 となれば、私も起きておいた方がいいだろう。酔っぱらい一人ならまだしも、三人に増えてしまったら手のつけようがなくなる。彼らの楽しみも理解できるため、飲むなと言えないのがつらいところだ。


 ……私も、ちょっとくらい飲んでもいいだろうか。なんだか無性に飲みたい気分だ。


「それじゃ、もうちょっと待つ必要がありますね……。そうだ、ハンナちゃん、なにか面白いこととかありました?」


「あたし、ですか? まぁ、あったようななかったような……」


「はっきりしないなぁ。剣士は迷っちゃダメだと教えたはずだぞ?」


「まぁそうなんですけど……」


 ハンナがポツリポツリと話し出す。自然と私たちはハンナの言葉に耳を傾けていた。









「なにあれ……?」


「さぁ……?」


 いつもの森の奥で、あたしたちは変なものをみた。ううん、正確にはものじゃなくて人ね……人よね?


「いいか、幹久ァ! せっかくこういう場に来れたんだ! ここでしか練習できない超技術を習得するぞォ!」


「うぃーっす!」


 一人はたぶん普通の人。たぶん、あたしやエリオより一つ二つ下ってところ。もう一人はなんだかすっごく胡散臭い。奇妙っていうか、信用できない雰囲気がぷんぷんして、まるで詐欺師みたいに見えたの。あの子、なにか変なのに騙されているんじゃないかしら?


「でも部長、ここでしかできない超技術って?」


「決まってんだろ? 忍術だ。安心しろ、ジィさんにいくらか教えてもらった」


 そういうとその胡散臭いほうはいきなり叫びだしたの! しかも、獣そっくりの声で!


『ウッキィィィィ!』


「おー、サルですか」


「あァ。こういう場だったらどんだけでかい声出してもなにしても構わねェだろ。なんたって本物がたくさんいるんだから」


「ちなみに、なんて忍術ですか?」


「音遁っていうらしいぜェ? 音を使って騙くらかして逃げたり隠れたりするのはみんなそうだってよ」


 なにやらぶつぶつつぶやいて、二人は一緒に叫びだした。まるでずっと練習してきたかのように、その声は滑らかで、もしこの風景を見ていなかったら本当にサルがいるんじゃないかって思うに違いないくらい。


「……で、いつまでギャラリー待たせるつもりですか?」


「バーカ、こういうのはタイミングが重要なんだよ。いいか、合図で三角飛びかフリーランだ。できるよなァ?」


「もちのろんです」


 なにかを喋っていたのはわかったの。でもそれが聞き取れなくて、さっきと同じようにずっと見ていたのが問題だった。


 一瞬、ごうっと強い風が吹き、あたしたちの目の前が葉っぱで染まった。次の瞬間には……その二人が消えていなくなってたの!


「ど、どこにいったの!?」


「ハ、ハンナ……うしろ」


「よォ──っす! ねェちゃんこんにちは!」


「ども」


 冷や汗が流れた。


 結構距離があったはずなのに、まったく気配すら感じられず背後を取られた。もしこいつがナイフの一本でも持っていたら、あたしは殺されていた。


 心臓がバクバクなっている。思わず剣に手をかけた。


『怖かったの、ハンナ?』


「こ、怖くないわけないでしょ!? 後ろを取られたのよ!?」


『大丈夫。何があっても、僕がハンナを守るから』


「エ、エリオ?」


『それともハンナは僕のことが嫌いなのかな? 僕……いや、俺はハンナのこと……』


「誰!? 僕じゃないよ!?」


「今のでわかったわ。これはエリオじゃない。……こんなこと、言ってくれないもん」


 ふと気づくと、目の前のうさんくさいのがニヤニヤ笑っていた。隣の子は呆れたような顔をしている。


 ……こいつの仕業? ずいぶんな悪趣味な性格しているのね。


「アンタ?」


「おィおィ、オレが一回でも口を開いたかァ?」


「……」


 開いていない。それどころか、唇を動かしてすらいない。つまり──こいつじゃない?


 でも、そうなるといったい誰? あたしの名前を知っていたし、演技だとしてもエリオのことを知っていないと出来ないはず。妙な魔物でも紛れたのかしら?


「部長、いいかげん初対面からかうのやめましょうよ」


 隣の子がネタばらしをした。やっぱり全部こいつの仕業だったらしい。へらへらと謝ってきたけど、誠意が籠っていない。


 なんか、すっごくむかつく!


「でもよォ。剣とか弓とか物騒なモンもったやつが見てきたら警戒するだろ?」


「なによ! これくらいふつ──!」


「ハンナ!」


 エリオの声ではっと思い出した。そういえば、セイトの人達って魔物だとか魔法だとか、荒事全般を経験していないのよね。平和な場所で暮らしているらしいから、あいつらからみれば危ない人間はあたしたちってことになるのよね。


 危ない危ない。おじーちゃんからのご褒美、棒に振るところだったわ。ちょっとだけエリオに感謝しないと。


「……それは謝るわ」


「ハンナ、顔が謝っていないよ」


「わかってるわよ!」


 そんなことくらい、あたしが一番よくわかっている。でも、そんなのどうしようもないじゃない! 昔っからこうなんだもの! もっとちゃんと出来ていたら、エリオとも──


「まァお嬢ちゃん、そうむくれなさんな。ほら、こいつをやろう」


「……バカにしているの?」


 胡散臭い男──モリシタが空の左手を差し出してきた。こいつをやる、なんていいながら何も乗っていない。おちょくっているのかしら?


「いやいや、よく見ろって」


パン!


 握りこぶしを作って裏返し、手の甲を叩いた。なんだか特徴的な動き。ええと、そう、錬金術師の儀式みたいな動きよ。なにがなんだかわからないけど、妙に得意げに開かれた掌には──


「……な、なんで!?」


 大きな飴玉が二つ。どこかで見覚えのある包み紙──おじーちゃんが前くれたのと同じ奴だ。


「ど、どこから……?」


「少年、それを聞くのは野暮ってもんだろ? しいて言うなら、夢の中からさ!」


 こんなふうにな、なんていいながらモリシタは虚空をつかんだ。その手からは真っ赤な花が一輪飛び出してきた。


「「……!?」」


 あれ、あたしの目、おかしくなったのかしら? こんな花、こんな場所にあったっけ? ううん、そもそも、なんでモリシタの手から飛び出してきたの!?


「やっぱ驚いた顔ってのは最高だよなァ!」


「同意はします。けど、ちょっとは空気を読んでくださいよ」


「堅ェこというなって」


 魔法? ううん、セイトは魔法は知らないっておじーちゃんは言ってたわ。それに、そんな高度な魔法、この年で使える人なんているはずないもの。


 じゃ、人間じゃないとか? もしかして、まったく未知の特殊能力を持つ種族だとか?


 ……ありえるわね。おじーちゃんも不思議な感じするし、そう思ったほうが辻褄があうもの。


「……なにもの?」


「超技術部さ」


「同じく」


 二人とも、屈託のない笑顔で答えた。


 もう、この時には諦めたわよ。こいつらとまともに話していても意味がないって。あたしたち、まだまだ全然敵わないんだって。









「それからボールを空中から取り出して大道芸を始めるし、口を動かさないでエリオの声を出すし、ブレイクダンス? っていうのをやるし。しかも、変な白い棒を二本、いきなり土から引っ張り上げて、エリオの矢を叩きながら回して浮かせたんですよ!? しかも、最終的に棒一本で落とさずにくるくる回すし! もう、頭がどうにかなりそうだった!」


 ハンナが子供らしくうがぁぁぁ、と叫んで頭を抱えた。きっと疲れているのだろう。いくらなんでも、そんなバカな話はあるまい。魔法も使わず、普通の人間がそんなみょうちきりんな真似できるはずがないだろう。ハンナの見間違いだ、絶対に。


「たしかにワケわかんねえな。おまえ、キノコの胞子吸ってたんじゃね?」


「いやでも、エリオもその場にいましたし。それに、何度か見かけた奴ではあるんです」


「おねえさんもいまおほしさまがぐるぐるまわっているよ~」


「ほら、ミスティ。水だ、少し落ち着け」


 エリィがミスティを介抱してやっていた。わけのわからないセイトと言い、酔っぱらったミスティと言い、今日はなにかがおかしい気がする。なにかの前触れだろうか。もしそうなのだとしたら、もっとカッコいい前触れであればよかったものを。


「でも、本当になんなのでしょうね。大道芸人にしては妙なところがありますし」


「口を動かさねえでしゃべるってのも妙な話だよな。前衛の天敵みてえなモンじゃねえか」


 たしかに私やバルダスをはじめとした前衛は相手の口の動きや目の動きを見て行動を予測する。魔法使いは特にその傾向が顕著なので、もしそれが本当だとしたら大きな脅威となることだろう。


「じーさんが教えたのか? じーさんならできるだろ、たぶん」


「ああ……」


 夜行さんならなんでもできてしまうと思えてしまうあたり、私も彼らと共に過ごした時間が増えたということか。今まで、友人と話す暇すらないほど仕事に追われていたからなぁ……。本当に冒険者になってよかった。


 そう、じみじみと思っていた時だ。


『教えたのはたしかに私だよ』


『声を変えるのも』


『口を動かさずにしゃべるのも』


『全部、全部、私が教えたことだ』


「「!?」」


 酔っぱらったミスティでさえ飛び起きて、片手斧を握りしめた。全員が武器を構え、互いに焚火を背にするようにして円を組む。ラズが暗闇に向かって唸っていた。


 暗い男の声、明るい女の声、重々しい異形の声、奇妙で神聖な声。


 およそ、人間が発したものとは思えない。おまけに森に反響するように響いてきて、どこから発せられたものかわからない。たしかにハンナの話は嘘でなかったようだ。


「これ、何かな? せっかく気持ちよく酔っていたのに、一瞬で酔いが醒めちゃったよ」


「《写し蠢くモノ(ブランクリーチャー)》……か? ちょっと前に王都でそんな魔物が大量発生したと聞いたことがある。記憶を真似て襲い掛かってくるとか言われているが、詳しいことはわかっていない。ただ、暗闇で姿が消えるということと、奇妙な気配を撒き散らすという話を聞いた」


「エリィ、なんでそんなのがこの森にいるんだ?」


「さぁ……な……!」


 ミスティが飛び起きて片手斧を構える。エリィが立ち上がり油断なく大剣を構える。バルダスは拳を作って重心を低くした。


 おぞましい殺気。血の濁流にのまれたらきっとこんな感じがするのだろう。いや、これは殺気なのか? もっと薄気味悪い、生理的に受け付け難いなにかだ。ぞくりと冷たい手で背中を撫でられたような気がする。


「ハンナ、合図とともに中の奴らを起こせ。レイク、すまないが私らが抑えている間に夜行さんに連絡を」


 野営訓練は中止だ。護衛としてこの判断は間違っていない。問題は──この怪異を私たちが仕留められるかどうかだ。


 じり、とそれがこっちへと近づいてくるのがわかる。


 勝負は一瞬だ。










「ふむ、合格だ。おまえさんたち、警戒を解いていいよ」






「……あなたか。驚かせないでくださいよ」


 ふっと緊張が緩み、闇から夜行さんが姿を現した。私たち全員が息をつき、武器を下ろす。先ほどまでの空気はなんだったのか、温かい雰囲気がこの場に満ちていた。


 夜行さんの後ろには顔面蒼白になったマスターがいる。きっと、夜行さんの放ったアレを間近で受けてしまったのだろう。気持ちはわかる。


「じーさん、脅かすなよ……! まだ心臓がバクバクしてるぜ……!」


「たしかに、タチの悪い冗談はやめてほしいな。せっかく気分がよかったのに」


「そう言わないでおくれよ。いいものを持ってきたんだから」


 夜行さんはす、と懐から何かを取り出した。円筒状の、少し曇った美しい何かだ。中からはちゃぷちゃぷと音が聞こえる。


「夜の差し入れ、持ってきたよ。こいつが飲みたいんだろう?」


 レイクとバルダスがにっこりと笑ったのは言うまでもない。





20160730 文法、形式を含めた改稿。


先輩がやったこと。

擬音の術、フリーラン(パルクール)、パーム、コールドリーディング、マジック各種、ブレイクダンス、デビルスティック(のプロペラ)。

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