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冒険者とブロシェット

二話同時更新。

いっこまえからお読みください。


「お、おまたせしました」


 それからずいぶんと経った後、ようやくマスターがやってきた。肩掛けの付いた大きな水色の箱をよたよたしながら持っている。ラズが尾っぽを振りながらその傍へといった。


「ほ、本当に遅くなって申し訳ありません」


「早くメシぃ……! 腹と背中がくっつきそうだぜ……!」


 心なしかげっそりと頬のこけたように見えるレイク。あいつがそんな風になってしまったのも無理はない。先ほどから少しずつ、拠点のほうの風に乗っていい匂いがしてきていたからだ。


 肉がじゅわあっと焼けた香りに焼けた野菜の香り。匂いだけでお預けをずっと喰らっていたのなら、誰だってそうなるに決まっている。


「他の方はまだ来られていないんですか?」


「休憩ってさ、みんな一緒だとダメなんだよね」


 それよりも早いところご飯を食べたい。おねえさん、さっきからずっとお腹が鳴るのを我慢しているんだよね。レイクはもうお構いなしにぐうぐう鳴らし続けているけれど、女の最後のプライドとしてそれだけは認められないんだよ。


「その箱の中身は?」


 アルに促され、マスターがその箱を開ける。後に知ったがこれはクーラーボックスという代物らしい。持ち運びできる保冷庫として使うそうだ。便利なものってあるところにはあるもんだね。


「肉、野菜……魚もあるな。燻製か?」


「ええ。調理はここでやっちゃおうかと」


 マスターは一度喫茶店に入り、鉄板と金網を持ち出してくる。なんだか見慣れない形をしているけど、料理用なのかな。


「なんだ、それ?」


「バーベキューセット……って言うんですけど、簡単に言えば野外調理の道具です。本当は使っちゃいけないんですけど、さすがに面倒なので許可を取りました」


 マスターたちは道具を制限した状態で野営訓練をしていたんだっけ。別にちょっとくらい黙って使っても問題ないと思うんだけどな。あるものは使わないと損だろうに。


「こいつを火の上にセットして……」


「興味深いな。野外ではこうやって調理をするものなのか」


「いや、こんなもん使ってる冒険者なんてみたことねえよ。もっと汎用性の高い鍋だとかが主流だぜ」


 バーベキューセットは便利そうだけど、調理に特化しすぎていて冒険者用として扱うのには向かない気がするね。重そうだしかさばるし、本当に野外で調理ができるってだけだ。それに、いちいちこんなものを用意して食事をする暇なんてないし。


 でも、そうなるとなんでこんな道具が存在するのだろう? 野外調理するのなんて冒険者や行商人くらいしかいないのに、肝心のその人たちに受け入れられるかと聞かれると首を横に振らざるを得ない。


「で、あとは焼くだけ……っと」


 クーラーボックスから取り出した肉や野菜をマスターが丁寧に金網の上に並べた。


 さっき見たときは気づかなかったけど、肉や野菜はすべて鉄の串に刺さっている。暗殺者が使いそうな細く鋭い鉄串は、なぜか端にリング状の何かがついていた。


「串焼きか?」


 ちょっと残念そうにレイクが言う。それもそのはず、変わった器具を使って調理しているとはいえ、これは普通の串焼きだ。冒険中に食べるものとしてはそこそこメジャーで、やったことのない冒険者なんていないくらいともいえる。


「ええ。……不満、でした?」


「いや、そうじゃねえんだ。ただ、いつも見たことないものばかりでるから、ちょっと予想外だっただけだ」


 しばらく無言の時間が続く。ぱちぱちと火の奏でる旋律が耳に心地よい。やがて、じゅうじゅうと肉が伴奏を奏で始め、香ばしい匂いが漂い始めた。


「もうすこしですよ」


 にこにことマスターが笑う。反対に私たちは限界状態に近い。


 肉の焼ける脂っぽい匂い。野菜の焦げる香ばしい匂い。じゅうっと時折合いの手が入り。白い煙が辺りを包む。肉汁が滴ると火の勢いが少しだけ強くなった。


 なんだ、これは。


 これが本当にただの串焼きなのか? 抗いがたい魅力を持って、それがそこにある。


ハッハッハッハッ!


「ラズ、《待て(ステイ)》だ」


 理性を飛ばしかけている相棒の手綱を握る。相棒は反抗的な視線を返しながらも、私の命令に従った。


 私は今、生まれて初めて《待て》をくらった使い魔の気分を味わっている。今度から、すこし《待て》の回数を減らしてやろうと心に決めた。


 ああ、じれったい。すっごくじれったい。いますぐそれに、手を伸ばしてしまいたい。


「そろそろいいでしょう。お待たせしました。《ブロシェット》です」


「おおお……!」


 そしてしばらく。


 そいつは輝いていた。白いヴェールを纏いながらもきらきらと。


 肉と野菜がたっぷり刺さった一本の串。たったそれだけだというのに、そいつはどこまでも高貴で優雅でワイルドだ。


 上から順に肉、肉、野菜、野菜、肉、野菜。ぎゅっと押し付けられるように刺さっていて、なかなかに食べやすそうだね。赤、白、緑、肉……と彩も豊かで見た目も楽しい。


 やっぱりただの串焼きというわけではなさそうだ。


 手を振るわせながらも私はそれを受け取る。火にあてたからかマスターの手の温もりなのかはわからないけれど、持ち手はほんのりと暖かかった。


 口元に近づけると肉の食欲を刺激する香りが鼻腔を満たす。ここまできたら、もうやることは一つしかない。


 にたりと笑って唇を舐める。


 さぁ、喰らうぞ。


 煌めくそれが、熱い吐息と共に私の唇に触れ──





「──うまい!」


「それはよかった」



 食べた瞬間はっきり確信した。


 やっぱり──肉だ。



 肉は偉大だ。アツアツの肉を口いっぱいに頬張ってかみしめると、旨味のたっぷり詰まった肉汁が洪水を引き起こしてくる。やわらかなそれは咀嚼するたびに幸せを巻き起こす。


 少し焦げた部分がたまらなくおいしい。香ばしさが他とは段違いだ。炭のわずかな苦みが全体を程よく引き立てるアクセントになる。


 ちりちりと炭が燃え上がるような錯覚を覚える香り。私の中の猛るケモノを呼び起こす、野生の香り。

脂の灼ける、胃袋を直接揺さぶる香り。


 肉だ。これこそが肉の香りだ。


 熱い脂が私の口を汚すが、今はそんなのどうでもいい。


 ぐにっと唇を吊り上げて、ゆっくりとそれに口を近づける。一瞬溜めて、勢いをつけて犬歯をそれに突き立てた。肉に歯がずぶずぶと沈んでいく。やわらかい。


 これだ。私が求めていたのはこれだ。


 上品さなんていらない。肉を食う時だけは、人は獣にならねばならない。


 ぷつりと繊維が切れる音が愛おしい。血潮のようにあふれる肉汁に心が躍る。滑らかな表面を舌で撫でるのが溜まらない。


 ダメだ、頭の奥がジンと痺れてくる。理性が吹っ飛びそうだ。音も聞こえないし景色も見えない。今ここにあるのは肉。それだけだ。


 できることなら、こいつを手づかみで貪ってしまいたい。恥も外聞も、一切を捨ててこれに食らいついてしまいたい。


 ああ、もっと大きな肉ならいいのに。これじゃせいぜいが二口で終わってしまう。もっとこう、派手にかぶりついてぶちっと牙で引きちぎりたい。それこそが、肉の正しい食い方なのだから。


 なんでもいいからなにかに噛りつきたい。何か身近に手ごろなものはないのかな。柔らかくて、噛み応えがあるものがいい。


 うまい肉なら、もっといい。


「お、おいミスティ……?」


「……ん? どうしたのかな?」


 レイクに声をかけられてふっと意識を戻す。火の音と煙の臭いが戻ってきた。


 口には肉の味。うん、最高だ。


「正気に戻ったか……?」


「やだね、どうしたのさ」


「お前今、ものすごい形相で肉を喰ってたぞ」


 ふと、まわりに視線を向ける。


 レイクが肉の串を持った反対の手にナイフを構えている。アルも空いている手で魔本を開いていた。マスターは……あれ、なんでレイクの後ろにいるのかな?


アオン!


 おいまて相棒。お前なんでマスターの足元にいる?


「ラズ?」


クゥン


 まて、なんでマスターの脚に擦りついている? なんで怯えるようにしてマスターに甘えている? こいつ、主人を裏切る気か!


「マスター、そっちは狭いだろう? おねえさんの隣においでよ。お隣がいなくて寂しいな」


「は、はは……」


 ねえちょっと、その苦笑はなんなのかな!?

 おねえさんちょっと今半端なく傷ついたよ!?


「逝くがいい、マスター」


「よっ! モテるね!」


「あ、あはは……」


 マスターがとことこと歩いてきて私の隣に腰を下ろす。ラズがそんなマスターの膝を枕にして寝そべった。こいつ、本当にマスターだけには気を許すよね。


「もっとこっち来なって」


「わわっ!?」


 なんか悔しくなったから思いっきりマスターを引き寄せてやる。見た目の割には丈夫なマスターの体が私の体に触れた。


 これくらいで赤くなっちゃって。ウブだね。


「レイク、どう思う?」


「獲物を見つけた獅子だな。可愛そうに、小動物が震えてる」


「それはどっちが?」


「言わなくてもわかんだろ?」


 肉の次は野菜だ。野菜も結構おいしい。


 最初に刺さっていたのは玉ねぎ。火が通ったことで辛みがずいぶんと抑えられ、その分甘みが強くなっている。しゃきしゃきした食感は食べていて気持ちがいい。鼻につんとくるのもいい感じだ。


 緑のこれは……ピーマンかな。パリッとしているけどちょっとへなっとしていて、なかなかに面白い食感だね。野菜特有の甘みとピーマンの苦さがいい感じに仕上がっていて、口の中を理想的に引き締めてくれる。


 ピーマンでこれだけの甘さを出せるなんて、私は初めて知った。やっぱりクスノキが作った出来のいいピーマンなんだろうなぁ。


 赤いのはトマトだね。トマトと言えば生で食べることも多いけれど、こうやってそのまま焼いて食べるのも悪くない。甘みと汁気がより強くなっている気がする。


 ぷしゅっと歯で押しつぶす感覚がたまらないよ。この汁気と甘さが今まで食べた焦げの部分をきれいに流してくれるんだよね。その苦さがあるからより甘く感じられているのだと思う。


「そういえば、肉はどうしたんだ? セイトには猟師はいないと聞いたぞ」


「そういやそうだな。弓持ってるのいたけど、魚射ってるだけだったし」


「ほら、さっき話したじゃないか。私が狩ったやつだよ。でもたぶん、バルダスあたりもまた提供してるんじゃないかな。全員分に行き渡せるにはちょっと心もとない量だったからね


「そうだったな。俺としてはあの二人が不憫でならないよ」


 まぁでも、それで肉が喰えるなら問題ないだろう。もうちょっと追加で狩っておこうかな。セイト達も、私が差し入れた分だけじゃちょっと足りないだろうし。


「ミスティさん、その二人って?」


「ミソラとユキ」


「ああ……でもまぁ、あの人たちなら大丈夫でしょう。そんな子供って歳でもないですし」


「聞いたよ、あの見た目で三十近いんだってね」


「まぁ……でも、そこまで不思議ってほどでもないでしょう?」


「マスターのところはみんなそうなのか? 若い子ばっかりっていいよな。みんなかわいいし」


「見た目よりも中身が重要じゃないのか?」


「お前、意外とロマンチストなのな」


 金網の上で“ぶろしぇっと”が魅惑の汗をかいている。獣は異性の汗に魅力を感じるってどこかで聞いたけど、こんな感じなのかな。


 いい感じに焼けたそれを手に取り、肉に歯を軽く当てる。すっと串と頭を引いて、肉だけを口に含んだ。鉄串にわずかに触れた唇が火傷しそうになる。


「いい食べっぷりですね……。ミスティさん、これ使ってみます?」


 そう言ってマスターが差し出してきたのは平べったい小皿。独特なとろみの付いた赤茶色い液体が揺れている。お腹を鳴らしそうになるえもいわれぬ香りがほのかにした。


「これ、焼肉のタレっていいます。つけて食べるとおいしいですよ」


「マスター、俺にもくれよぅ」


「僕にもだ」


 言われたとおりに肉にちょっとだけつけてみる。


 あは、たしかにこれはすごそうだ。おいしいというのが見ただけでわかる。


 これでまずかったら詐欺だ。超一流の詐欺師だ。肉が、タレを纏ってすごくうれしそうにしている。


 もっと、私を喜ばせておくれよ。


「おお……!」


「なんだこれ!? なんだこれ!?」


「初めて食べる味だ……!?」


 すごい。なにがすごいって言葉で表せないほどすごい。ちょっとつけただけなのに肉のうまみがぎゅうっと濃縮されて、何倍もおいしいものになっている。


 ちょっと形容するのに相応しい例えが出てこないね。焼肉のたれは焼肉のたれの味がするとしか言いようがない。


「マスター、こいつはどうやって作ったんだ?」


「味噌とか醤油とか、玉ねぎだとか……いろんなものを混ぜて作ったんですよ」


「みそ? しょうゆ? なんだそれは?」


「あー……どちらも豆をお酒みたいに発酵させて作るものですよ。僕の故郷では有名なんですが、他の場所じゃ全然有名じゃないみたいです」


 たしかに私もそんなもの聞いたことがない。エリィあたりだったら知っているかもしれないかな。世界広しと言えど、まさかマスターの故郷だけしか作っていない、なんてことはないだろう。似たようなものが見つかるに違いない。


「ラズ、お前もお食べ」


「ラズには食べさせないほうが……犬の体には悪いらしいので」


「もう、またそれかい? ラズは犬じゃないってば。それに、食わせないと私の喉笛が喰い千切られるよ」


 さっきから睨まれていたんだよね。とりあえず串を丸ごと横にして口元に差し出す。ラズは大きく口をあけ、貪り食った。喰いっぷりだけはすさまじい。


「魚のほうは燻製ですので適当に炙って食べてください」


「なんでただの串焼きなのにこんなにうまいんだろうな……。“ぶろしぇっと”だからか? 俺達が今まで食ってた串焼きってなんだったんだろ。あんなの硬くてこれに比べたらグローブ齧ってるようなもんだな」


「野外だというのに古都の店で食べるよりもうまい……か。マスターが古都の中に店を出せば天下を取れるんじゃないか?」


「まさか、大げさですって」


 焼く、焼く、焼く、喰らう。


 このサイクルを繰り返すのがたまらなく楽しい。人間、これだけできれば幸せなのだと思う。


 いや、人間に限ったことじゃない。おいしいものを好きなように食べる。それはケモノの本能としてとても自然なことだ。


 だからこそ、今この瞬間が小躍りそうになるほど楽しいのだともう。


 もう一本、焼きあがったのを口に運ぶ。私は肉に、思いっきり歯を突きつけた。










「クーラーボックス、また補充して持ってきますので、後から来た人たちによろしくお願いしますね。足りなかったら持ってきてくれれば補充しますから」


「おう、まかせとけ! どうせもうそんなに出歩いたりはしないんだろ? 手が空くから追加の肉、期待しといてくれよ!」


「それは頼もしいですね」


 マスターが帰る準備を始める。


 困ったね、もうちょっとお話しておきたかったんだけどな。このままじゃ肉を貪るケモノおねえさんだ。間違いではないのが心に来る。


 ……おねえさん、だよね? おばさんだと思われていないよね?


「ねえ、マスター」


「どうしました?」


「おねえさん、きれい?」


「……きれいなんじゃないでしょうか?」


「年上、好き?」


「あの、どうしました?」


「いいから」


アオン!


「相手を見ないことにはなんとも……。そ、そういうのに年とか関係ないと思います」


 よし、ならセーフだ。照れちゃって、可愛いね。そんな歯の浮くようなセリフ、言って許されるのはマスターくらいだよ。

 

「おねえさんね、マスターのこととっても気に入っているんだ」


「ありがとうございます?」


 うん、今はまだとりあえずそれでいい。獲物はゆっくりと追い詰めて一気に狩らなきゃいけないからね。変に焦ったりすると取り返しがつかなくなる。


 手負いの獣に反撃を喰らう、なんて話をよく聞くけど、アレは二流のやることだ。一流は手負いなんて作らない。一瞬でカタをつける。


「アル、あれを見てどう思う?」


「必死だということは伝わった。それ以上は控えさせてもらう」


「だよな。いくらなんでも年を──」


「ラズ、《行け(ゴー)》!」


アオン!


 緑の相棒が風となって走る。ああ、こいつが相棒で本当によかった。なんだかんだで以心伝心なんだから。


 ……まだ若いもん。


「ちょ、おま、やめろって!」


「なんで僕まで!?」


「仲がいいですねぇ……」


「マスターほどじゃないさ」


 ぺろりと唇を舐める。“ぶろしぇっと”と同じように、それは焼きあがるまで辛抱強く待たなくちゃならない。


 重要なのは、焼きあがったそれを誰かさんにかすめ取られないように気を付けることだね。そいつもこんがり焼けるのを待っていたのだから。


 何かが心のどこかで燃えている。目が爛々と輝いているのが自分でもわかる。


 私はもう一度、ぺろりと唇を舐めた。



20160730 文法、形式を含めた改稿。


ここではバーベキューとほぼ同じように食べていますが、

ホンモノのブロシェットってのは串を抜いて食べるのがマナーらしいです。

……なぜ刺したんだ?


バーベキューの匂いがすっごく好き。

焼肉屋さんじゃなくて、バーベキューの匂いがいいんだよね。

もう、嗅ぐだけですっごくわくわくしてくるの。


やっぱ肉だよな。一度でいいからブチィッって獣のように食べたいものだ。

だって──それが男ってものだから。だろっ?

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