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冒険者雑話

二話同時更新。

「やぁ、調子はどうだい?」


「どうしたもこうしたも……とりあえず、俺があいつらを舐めてたってのはよくわかった」


アオン!


 緑の相棒が元気よく吠える。疲れ切ったレイクは喫茶店の前に腰を下ろしており、そのすぐ近くでアルが焚火に火をつけていた。


 護衛任務開始から二日目。そろそろセイトたちに慣れてきたのだと思ったけれど、どうやら私だけでなくみんなセイトたちに驚かされ続けているみたいだね。


 ぐてっとだらしなく足を広げるレイクはどうみてもダメ人間のそれで、とても疲れ切った表情をしている。反対にアルはぐぐっと伸びをしていていかにも退屈そうだ。こいつはいつも気難しそうな顔をしているけれど、こんな風に伸びをしてリラックスするところなんて今まで見たことがない。


「マスターたちはまだ来てないのかい? そろそろ昼飯だろう?」


「結構ブレがあるようだ。彼らの昼食の準備が出来なければ必然的にこちらの昼飯も遅くなる。ちょっと聞いた感じでは、だいぶ遅くなりそうだったぞ」


「そっか。まぁ、しょうがないね」


 野営訓練に来たセイトたちは私たちが準備した土地に不満があったらしく、昨日一日かけてあそこを劇的に改造していた。


 もう、本当にびっくりしたよね。丈夫で大きな天幕がいつの間にかたくさん張られているし、どこからか採ってきた木材で机やいすを作っていたりするし。野営だというのにすっごく豪華なピザを作って食べていたりもした。


 どうやら私たちの野営と彼らの野営では認識にだいぶ差があるみたいなんだよね。


クゥ~ン


「そいつも腹減っているみたいだなぁ」


「こいつはもともと大喰らいなんだよね……《待て(ステイ)》だ、ラズ」


 私の命令でラズは不満そうにその場で伏せた。前足をぺろぺろと舐め、文句たらたらな視線で私の目を見つめてくる。命令はちゃんと聞くのに、こういうところはいつまでたっても直らない。


「他の連中はどうしたんだい?」


「例によって例のごとく、見回り中なんじゃねえの? 飯時に一緒にいられる方が珍しいって」


「それもそうか」


 忘れがちだけど、これはあくまで護衛依頼なんだ。全員が仲良くご飯を食べる、なんてわけにはいかない。そんなことをしていたら魔獣どものご飯タイムを許してしまうことになるからね。まぁ、セイトたちなら十分なんとかできると思うけれど。


「腹減ったな……」


「ちなみに僕の予測だが、今日も昼と夕飯を兼ねるような感じになると思うぞ。彼らは妙なところに力をいれ、妙なところで抜けている」


「マジか……」


「じゃあ、空腹を紛らわせるためになにかお話でもするかい? 面白いことの一つや二つ、あっただろう?」


 そう話を振ったら、じゃあお前からやれとレイクに言われた。お姉さん、こう見えてもお話しするのちょっと苦手なんだけどな。話のタネに事欠かないのは事実なんだけどね。


「そうだね……それじゃあ」


 ふっと、四人の顔が浮かぶ。時間つぶしくらいにはなるだろう。







「やぁ、また会ったね」


「昨日のお姉さん?」


アオン!


 ぶらぶらと森の中を散策すると四つの気配を感じた。こっち側の人間の気配が一つに普通の人間の気配が三つ。てっきり誰かが付き添わないといけない事態になったのかと思ってラズと一緒に駆けつけたけど、そこに常連の連中はいなかった。


「お姉さん、私のことを見張っているの?」


「昨日はそうだった。今日は偶然だよ」


 ではそのこっち側──冒険者のような気配の主は誰だったのか。それこそが今私の目の前にいる少女だ。名前をアツミと言った。


「敦美おねーちゃん、昨日ももこもこのおねーさんと会ってたんですか?」


「うん。一人で動いていたら、ずっとついてきてたの」


 任務を開始してすぐ、爺様に念のため見張ってくれって言われたんだよね。楽勝だと思って臨んだんだけど、これがどうしてなかなか面倒なことだった。


 この子、誰かがついてきていると感じた瞬間、振り切ろうと全力で走りだしたんだよ。そこらの冒険者よりも様になってたね。ラズがいなければ見失っていたかもしれない。


「でも、結局捕まっちゃってね。おいかけっこはプロには敵わなかったよ」


「むしろおねーさんと張り合える方がすごいですよ」


「あんまり危ないことはしないでね」


「うぃ」


 アツミと行動しているのは三人。一人は我らがシャリィちゃん。今日はいつもの給仕服とは違う、マスターたちの故郷の動きやすそうな服を着ている。結構上等な服みたいで、なかなかかわいい。


 もう二人は見たところ大人だ。魔晶鏡をかけた女と柔らかな雰囲気の女。二人とも雰囲気は大人っぽいけど、顔立ちは幼い。


 たぶん、私よりかは年下だろう。……若い子みるとだいたい年下なんだよね。私も若いはずなんだけどなぁ。


「敦美、こちらは?」


「わかんない。組合の人」


 魔晶鏡をかけた気の強そうな方が問いかける。


 ……あは、なんかこういう子をいじめると楽しそうだよね。お姉さん、ちょっとわくわくしてきちゃうよ。


「お姉さんは爺様に雇われたミスティって言うんだ。こっちは相棒のラズ。ま、見ての通りだよ」


「はぁ……どうもよろしくお願いします」


「すごいですね。これは……猟犬ですか? こんなきれいな緑の毛皮、初めて見ます」


「そうかい? あ、でもこいつは──」


「ゆきちゃん先生! もこもこのおねーさんとラズちゃんのコンビネーションってとってもすごいんですよ!」


 私の言葉をシャリィちゃんが思いっきりさえぎった。ちらっとこっちを見てバッテン印を送ってくる。


 ──そういえば、血腥いのとか魔物だとか内緒なんだっけ。ラズ見せちゃったけど、大丈夫なのかな?


オン!


 緑の相棒が軽く吠える。こいつの場合、犬呼ばわりされたのが気に食わないのだろう。普段の生活態度がアレな癖に、オオカミとしてのプライドだけは無駄に高い。躾、やっぱりちょっと間違えたかなぁ。


「もしよろしかったら、ちょっとなにか見せてもらえますか?」


「私からもぜひ。恥ずかしながら、こういうのを見たことがないんですよ」


「あたしもちょっと興味ある」


 三人に期待のまなざしで見られてしまった。冒険者としての獣使いはともかく、狩人なんてどこにでもいるのだから、猟犬なんて見たことないはずがないんだけどなぁ。


 箱入りに育ったお嬢様なのかな? いや、それはないか。


「じゃ、ちょっとだけ……。ラズ、《探索(シーク)》!」


オン!


 一声かけるだけで、ラズはささっと風のように走っていった。緑の毛並みがさながら風に揺れる芝生のように見える。性格はともかく、あいつの毛並みだけはすっごくいい。


「今のは?」


「適当になにか探してこいって命令したんだ。ウサギか何か狩ってもよかったけど、そういうのは見慣れていないんだろう?」


「あたし、だいじょぶだけど」


「敦美、お前が良くても先生がダメだ。だいたいシャリィちゃんの教育に悪いだろ。トラウマ持つぞ?」


 セイトかなとも思ったけど、この二人は教師だったらしい。ミソラと呼ばれているのが保健医──医者の教師で、ユキと呼ばれているのがカガクの教師だそうだ。


 カガクって言うとアルが爺様に教えてもらっているやつだよね。この若さであんな高等な学問の教師になっているだなんて、なかなか侮れないようだ。


「あたしも大丈夫ですよ? 捌いたことだってありますし」


「……え?」


 ミソラが表情を固まらせた。シャリィちゃんなら、別に不思議でもないはずなんだけどな。


「夢一のやつ、小さい子になにさせてんだか……!」


「いや、こっちじゃ割と普通のことだよ?」


「そうなのですか?」


 マスターの故郷では獣を捌くのは専門業者に委ねられているそうだ。魚くらいは自分でさばくらしいけど、そんな調子でどうやってナイフの使い方を覚えるのだろう。鳥一匹捌けないだなんて、嫁入りできないじゃないか。


「アツミは……できるね」


「わかるの?」


「ああ。私たちと同じ目をしている。スリルとか、冒険とか、そういうのに恋焦がれているだろう?」


「うん!」


 アツミが笑った。私も笑った。


 お互い女の顔はしていないだろう。周りの連中から言わせれば、獣のような笑顔だ。


 自然とぺろりと唇を舐めてしまう。やっぱり、この子とは気があいそうだ。


「お姉さんのその斧、結構使い込んでるでしょ?」


「まあね。そっちのビッグナイフも年季はいってるね」


 えへへ、と可愛らしくアツミが笑う。これで普通の町娘なら男どもが放っておかないだろうに。刃物の話で盛り上がっちゃうなんて、私も含めて女としてちょっとアレかもしれない。


「あ、あんまり危ないことしないでよ? 先生とっても心配だわ」


「わたしとしてはミソラやユキのほうが心配なんだけどね……。そっちでは鳥が捌けなくても嫁にもらってくれるのかい?」


「ま、まあ……」


 二人ともポッと顔を赤らめる。住む世界が違えど、こういう話題は共通だ。


「私もちょっと狙っている人がいるんだけどね。どうも家庭的過ぎて女の武器を根こそぎ奪われた気分なんだ」


「わ、私は出会いがないので……」


「私は騎士のような人がいいんですけど、なかなか見つからないんですよ」


「騎士?」


 騎士には心当たりがある。いや、正確には元騎士だけど。


 騎士のような、だから問題ないだろう。あいつはたしか独り身のはずだ。


 年齢的にも……ちょっとユキのほうが若いけど、問題じゃないだろう。真面目そうな感じだし、意外とセインとウマが合うんじゃないだろうか。……セインは一人暮らしがたたって家庭的だから、鳥が捌けなくても問題ないね。


「紹介しようか? 騎士っぽい人。ちょっと年上だけど」


「本当ですか!? ど、どれくらい上の人なんでしょう!?」


「ユキ……あなた、ちょっとは落ち着きなさい。みっともない」


「いいじゃないか。毎年この夏こそはって思って挫折してるんだぞ」


 おおう、いい食付きだ。お姉さん、恋のキューピッドになっちゃうかも。


「あとちょいで三十だね。ユキは二十くらいだろう? 許容範囲かな?」


「……私ももう二、三年で三十ですよ」


「……あれ?」


 あれ、その見た目で? 下手すれば十代にすら見えると思うんだけど……。もしかしてお姉さん、ものすごく老けて見られたりしているのか?


「私、いくつに見える?」


「私と同じくらいだと思いますが……」


 くそう、ほぼ正解だ。なんだろうこの敗北感。ここしばらくで味わったことのない屈辱だ。


「それより、もこもこのおねーさん」


「どうしたのかな?」


「ラズちゃん、帰ってきてますよ」


オン!


 気づけばいつのまにかラズが私の足元で待機していた。自慢そうに目を輝かせ、上機嫌に尾っぽをふるっている。その口からは血が滴り……


「あ、あ、あの……」


「そ、そ、それ……」


「あちゃあ」


 ミソラとユキが真っ青になっている。


 ラズの足元には、まるまると太った鳥が転がっていた。美しかったのであろう蒼みかかった羽はラズの牙でズタボロにされ、赤い血潮が首筋からぽたぽたと垂れている。


 こいつはラッキーバードと呼ばれる魔獣だ。魔獣の中ではかなり弱い部類に入り、基本的に逃げるだけしか能がない。ただ、その逃げ足の速さだけは目の見張るものがあり捕まえるのはなかなか難しい。


 丸々太っていてとてもおいしいが、なかなか捕まえられないから捕まえたら幸運という意味でラッキーバードって呼ばれている。


 勘違いする奴が多いんだけど、魔物は解毒しないと食べられないけれど、魔獣ならごく一部の例外を除いて普通に食べられるんだよね。


「ラッキーバードじゃないですか! ラズちゃん、お手柄です!」


「すごいね、この森で鳥を仕留められるんだ」


 大人二人と違って少女たちは平然としている。ちょっとショッキングな光景かもしれないけど、この程度日常茶飯事だっていうのに。畜生の死骸を見てショックを受けるなんて、意外とウブらしい。


「せっかくだから捌こうと思うけど、どうする?」


「見る! あとそのラズちゃんとちょっと遊ばせて!」


「わ、わたしはちょっと遠慮しようかな……」


「せ、先生もパスしたい……。先に戻っているよ」


「でも、お二人だけで大丈夫ですか?」


「「うっ……」」


 あの二人には悪いけど、これも花嫁修業の一つみたいなものだ。ここはお姉さんがひと肌脱いだ方がいいだろうね。


 ラズを警戒状態にさせてからナイフを取り出し捌きにかかる。二人とも手で目を隠してみないようにしてたけど、気になるのかずっとチラチラとこちらを見てきていた。


 アツミのほうは真剣に私の手先をみている。捌き方を覚えているらしい。こういう貪欲に生きる手段を覚える奴は長生きするよね。


 うん、せっかくだからこの鳥はこの子たちにあげるとしよう。変なもの見せたお詫びの意味もあるし。








「それで、バラして爺様のところへ持って行ったんだ。ラズがはしゃいで、帰り道もすこしいろいろ狩ったんだよ」


「おまえ、さりげに鬼畜だよな」


「同意」


 そう言われても困る。できるだけ見せないようには配慮したけど、アツミのほうがぐいぐい食付くんだよね。獣使いに興味があるのか、獣の慣らし方とか命令(コマンド)とかも細かく詳しく聞いてきたし。


 それに、爺様も苦笑いはしたけど咎めるなんてことはしなかった。ちょっとしたゴミ掃除と食料提供も兼ねていたわけだし、仕事としてはまずまずってかんじかな。


 あの肉も調理されるのかな。どんな料理になるか楽しみだよ。個人的には爺様が作っていた燻製も気になるんだよなぁ……。以前食べたあれ、すっごくおいしかったんだよね。あとで少し分けてもらえないかな。


「しっかし、そのユキってのに本気でセインを紹介するのか?」


「いいと思うんだけどね。あいつ、そろそろ恋の一つや二つ覚えないと、一生独身だよ」


「それはお節介というものでないのか?」


アオン


 そうかもしれないけれど、あいつの職場も出会いがないところだったらしいし、なによりマスターの近くにいる女はさっさと誰かとくっつけとかないと獲物をかすめ取られちゃうかもしれないからね。


「俺もそろそろ恋人と巡り合いてえなぁ」


「シャリィちゃんがいるじゃないか」


「冗談はよせって」


 レイクが鼻で笑うけど、十年後はわからないと私は睨んでいる。シャリィちゃん、ああみえて結構したたかだからね。たぶん、レイクが気づいたときには押し切られていることだろう。


 獣使いのカンは盗賊のカンよりよく当たる。ましてやこの私が直々にそう思っているのだから。


「レイクはなにか面白いことなかったのかい?」


「俺か? 俺も男二人がかけっこしてたからおっかけてたよ。冒険者じゃない癖にすっげえ速くて本当に疲れた」


「まさか、君が撒かれたのかい?」


「それこそまさかだ。相手がへばるまでずっと追いかけてたよ。最終的に拠点に戻るところまで見送ったな」


 レイクと張り合うレベルで素早いやつなんてそうそういないはずなんだけどね。ガッコウってもしかして秘密部隊の教育機関なんじゃないだろうか。アツミもそれなりにやれそうだし、バルダスと殴り合ってた連中もいる。後方支援部隊も充実していそうだし、なによりそのトップに爺様がいる。


 ……あれ、もしかして本当にそうだったりするのかな? お姉さん、すっごい不安になってきたんだけど。


「僕のところはそこまで変な奴はこなかったな」


「そうなのかい? じゃ、話しておくれよ」


 いいだろう、とアルが呟いてゆっくりと話し始める。拠点のほうから少しだけいい香りがしてきたけど、マスターたちが来るまでまだまだ時間はかかりそうだ。








 甘い香り、きれいな花、落ち着く内装。いつもの喫茶店のいつもの席に僕は座っている。窓から差し込む色とりどりの光がやさしく僕を包み、どことなく穏やかな気分にしてくれた。


 リラックスできている要因はそれだけではない。今この場には僕一人しかいないのだ。


 いつもはにぎやかな場所がこうも静かであると、まるでこの世界に僕一人しかいないような気がしてすこぶる愉快な気分になれる。


 この雰囲気、嫌いじゃない。


カランカラン


 涼やかなベルが鳴り、何人かのセイトが入ってくる。彼らもまた、トイレ休憩をしに来た者たちだろう。礼儀正しいのか、ここに来るすべての人間が軽く笑いながら僕に会釈をする。


 昨日はいちいちここの説明をしなくてはならず、仕事とはいえずいぶんと辟易したものだが、今日はすこぶる静かに過ごせている。一番人目に付く役職だが、一番楽な役職であるのも事実なのだ。


「ふう……」


 マスターが差し入れておいてくれた〝れもんすかっしゅ”にちびちびと口をつける。これらの飲料類はすべて自由に飲んでいいとマスターから通達されており、厨房の奥にある巨大な箱──氷の魔道具から取りだし自分で入れたものだ。


 僕は魔本を傍らに置き、魔方陣の写しを広げた。インク壺に羽ペンの先を浸し、そこにいくらかの注意書きを書き加えていく。本来ならば試行をしておきたいところではあるのだが、セイトたちの目に触れると厄介なので我慢している。僕ほどの人物が受けた仕事をないがしろにするわけにはいかない。


「おにーさん、何描いてるのー?」


 と、ここで小柄な少女が僕の手元を覗き込んできた。のほほんとした、なんとも気の抜ける雰囲気を放っている。


「よく見たらあたしが描いたデザインじゃんー。なんでおにーさんが知っているのー?」


「……ん?」


 図面を見る。こいつは最初のころに食べた“くっきー”に使われていたデザインだ。規則模様やデフォルメされた剣や弓をはじめとして、僕自らが直々に写し取ったものた。


「こいつは“くっきー”に描かれていたものだ。僕はそれを写し取っただけに過ぎない。むしろ、本当におまえが描いたものなのか?」


「ならそうだよー。あたし、めーちゃんに頼まれて描いたんだからー」


 めーちゃん? 誰だそれは。


 ほんにゃりした少女の顔をよく観察する。嘘を言っているようには見えない。が、言動が正確であるとも言い難い。見た目通り、子供の戯言と吐き捨てるのが一番いい気がするが、それにしては妙な真実味がある。


「めーちゃんじゃわかんないー? 佐藤とか夢一とか呼ばれているひとー」


「ああ、マスターか」


 サトウはともかくユメヒトならわかる。マスターの本名のはずだ。何度か爺さんがマスターをそう呼んでいるのを聞いたことがある。


「なんでマスター?」


「マスターはマスターだからだ」


「そっかー」


「そうだ」


 この質問も二度目だ。僕でなければ面倒くさがって答えなかったことだろう。


「それより、おまえはこのデザインをどうやって生み出した? どれも洗練されていて、僕はこれ以上のものを見たことがない」


 それよりもこいつからデザインの出所を聞いた方がいいだろう。魔法陣を効率的に運用するには、その起源となるものを知っておいた方がいい。法則性や派生を見つけるのに役立つからだ。


「褒めてくれるのー?」


「ああ、この僕が褒めたんだ。だから早く答えろ」


「えへへー、もっと褒めろー!」


「いくらでも褒めてやる。だから早く教えてくれ」


「ここにあるよー」


「こことはどこだ?」


「あたしの頭のなかー。インスピレーションって偉大だよねー」


「……」


 少女がほんにゃりと笑う。


 ああ、確かに偉大だよ。


 今この瞬間のやり取りを持って、こいつと話しても何の成果も得られないというインスピレーションが僕の頭に閃いたのだから。


 その後、マスターから出来が良すぎて没になったデザインが複数あったと聞き、あのとき聞き出しておけばよかったと後悔したのは言うまでもない。







カランカラン


「……お」


 それからしばらくして、今度は別の人間がやってきた。魔晶鏡をかけた、どことなく僕と同じ匂いがする少年だ。


 少女がそいつにぴったりと寄り添うように隣に立ち、にこにこと笑っている。が、その少年はそれに何も思う所がないのか、真面目くさい表情をしていた。


「おい、おまえは科学の話はわかるか?」


「……俺ですか?」


 奥から戻ってきた二人に──正確には魔晶鏡の少年に声をかける。


 ちょっとくらい、暇つぶしに付き合ってもらってもいいだろう。他の連中もそうしているみたいだったし。


「ああ。話し相手がいなくて退屈しているんだ。少し付き合ってくれ。なんなら飲み物でも入れてやろう」


「やったぁ! なにか飲めるって!」


「桜井、話すのは俺だ。勝手に引き受けるんじゃない。……まぁ、少しくらいなら」


 花がしぼむような悲しげな少女の表情を見て少年は言葉を改めた。現金なもので、少女は直後に満開の笑みを浮かべる。


 なんだかどことなくエリオやハンナと同じ匂いがするな。少女をターゲットにした僕の策略は間違っていなかったようだ。


「ククッ」


 思わず笑いが漏れる。


 ようやく話の合いそうなやつが来たんだ。この僕がその機会をみすみす逃すはずがない。爺さんたちはここの飲み物をセイトにむやみやたらと提供するなと言っていたが、今僕がやるのは僕の分の飲み物を正当な報酬として提供するということだけだ。


 何の落ち度もない。さすがは僕。


「“れもんすかっしゅ”だ。“すとろー”もつけてやる。他の奴には内緒だぞ」


「おいしぃ……!」


「まさかここで炭酸飲料が飲めるとは」


 よほどそれが気に入ったのか、二人ともがなかなかの勢いで飲み始める。特に少女の方の飲みっぷりがすさまじい。見る間に水かさが減っていき、あっという間に半分以上が消えてなくなった。


 この僕直々に“れいぞうこ”のピッチャーから入れてやったのだ。おいしくないわけがない。


 とはいえこうも気持ちよく飲んでくれると、提供したものとして胸がすくような思いになる。マスターたちは毎回こんな気分を味わっているのだろうか。


 どうやら僕はまた一つ、なにか大切なことを学んだらしい。ときどき自分の才能が怖くなる。


「それで、話とは?」


「ああ、燃焼についてだ。メカニズムは知っているか?」


「光と発熱を伴う酸化現象という解でよければ」


 ふむ、この年にしてもうそこまで理解しているのか。やはりこの少年、僕の次くらいには頭が切れるのかもしれない。これならもう少し踏み込んだ論でもついてこれるだろう。


「なぜ、そうなる?」


「なぜ、ですか」


「ああ。僕は常々考えている。なぜ酸化する? なぜ原子は結びつく? なぜ振動が激しいと熱を持つ? どうしてたかだか中性子や電子の数が違うだけでああも性質が変わってくる? 分子運動論はなぜ成り立つ? そもそも、原子とはなんだ? なぜああもまるで意図的に作られたかのように規則性をもつのだ?」


「……すべてに納得のいく答えを用意するならば、今このわずかな時間だけではとても足りません。俺だって完全に理解しているわけではありません。そもそも……それはあなたの専門なのでは? 見たところ、学者か研究者の類のお仕事をされている様に見えますが」


「わかるか」


「ええ、なんとなく。ずいぶんと変わった格好をされているようですが、その雰囲気はあきらかにそうです」


 下手に答えないあたり、こいつはわかっているのだろう。分子運動論をはじめとした科学は理解すれば理解するほど己が無知を知ることになる。シャリィやこの僕でさえ、いまだ知らないことのほうが多いのだ。


 こいつもそれがわかっている。この年にしてはすばらしい。


「いつかおまえとは別の場でゆっくり話したいものだ」


「はぁ……。俺はまだ学ぶ身です。話しても面白いことなどないと思いますが」


「謙遜するな。そういうお前だからこそ僕がそう言っているのだ。僕はこの世の全ての現象において、『なぜ』を六回も使えば真理に届くと思っている。だが、それは一人では絶対にたどり着けない場所にある。お前みたいなやつが一緒ならそれが成し得そうな気がするんだ」


「ずいぶんとスケールの大きい話ですね。同僚の方はどうなんですか?」


「基本的にバカだ。腕っぷしは強いし実力も認めるが、こういう話に強いのは僕しかいない。ああ、爺さんとシャリィなら僕の話についてこれるな」


「そういえば組合の方でしたね。あの子もあの年にしては理解が速いとはいえ、それではたいそう退屈だったことでしょう」


 ああ、出来るのであればこいつと魔法陣について語り合いたい。魔法の素晴らしさを、魔法陣の素晴らしさを、魔本の素晴らしさを伝えたい。


 ガッコウで魔法を教えないのは本当にもったいないことだと思う。そうだ、爺さんあたりが教鞭を振るえばいいんだ。あの人ならきっとできるだろうに。


「そろそろいいですかね。あまり長居をするわけにもいかないので」


「十分だ。安全に気を付け訓練を続けるがいい」


「はぁ。桜井、そろそろ行くぞ……まておい、どういうことだ」


「んー?」


 少女のほうが“すとろー”から口を離した。そのきっちり潰れた先端がくりんと動き、ふよふよと揺れる。中身はまだまだ半分以上残っていた……半分?


 少年の手元を見る。グラスがない。


「お前の前方にある、明らかに別の容器に中身を注いだ形跡があるグラスはなんだ」


「えへへ?」


 なにかをごまかすように少女が笑う。


 少女のちょっと離れたところに少年のグラスがある。が、中身は三割入っていればいい方だろう。扇状に内側が濡れているのが見て取れ、誰の目から見ても中身を移したのは明らかだ。


 “すとろー”先端の円筒部分に申し訳程度の“れもんすかっしゅが”溜まっており、少年がグラスをとった振動で机にぽたりと落ちた。


「お話、長くなりそうだったから炭酸ぬける前に飲んでおこうかなって」


「少し残しておくだけ成長したんだな。えらいぞ」


「えへへ」


 少年は“すとろー”に口をつけ残りを一気に飲み干そうと試みる。水かさがゆっくり減っていくのを少女がにこにこと笑いながら見つめていた。


 褒められた観点がすこし常識からズレていたが、セイトだから気にしないことにした。こいつらは僕の常識で測れる相手ではないとすでに学んでいるのだから。


 口から離された“すとろー”はやっぱり先端がきっちりとつぶれており、先ほどと同じようにくるりと動いてふよふよ揺れる。今度は水滴を飛ばさなかった。


 なぜ、飲み終えた後の“すとろー”はくるりと動くのだろうか。それは奇妙な違和感と共に僕の新しい議題として胸に刻まれた。










「こんな感じだな。他にもちょくちょく捕まえては話したりした。なかなか興味深い体験だったぞ。……話しながら思ったが、やはりなにか違和感があるな」


 アルがゆっくりと息を吸って話の終了を告げる。結構気難しい性格だと思っていたけれど、どうしてなかなか面倒見がいいというか、社交性は悪くないらしい。少なくとも、人見知りな銀髪の友人よりよっぽど人付き合いはよさそうだ。


「そうか? それよりおまえ、ちゃんとコミュニケーション取れるのな」


「学者は研究室にひきこもっていると思われがちだが、実際はいろいろ駆けずり回ることも多いからな」


「つーかさ、俺けっこう真面目にやってたんだけど、みんな普通にセイトと話したりしてるんだな。気配も薄くして姿も見せないようにしてたのに、俺の努力返せよ」


「まあまあ」


オーン


 不満げに愚痴を言うレイクをなだめる。相棒がめんどくさそうにレイクを慰めにかかった。いつぞやのマスターと同じように手を舐めてやっているけれど、せめてもうちょっと嬉しそうにやってあげな、と言いたくなる。明らかに気遣われているのが見て取れて、レイクがすごく気の抜けた顔をしていた。


 しかしまぁ、なかなか面白い話だったね。“くっきー”のデザインをしたセイトにぶんしナントカを理解しているセイトか。こう考えてみると、あの喫茶店内では至る所にガッコウの片鱗があるんだね。マスターの生活では喫茶店とガッコウ、どっちが多くの割合を持つのだろう。


「“すとろー”で思い出したけどよ、一回俺休憩に来たろ? そんときの“くりーむそーだ”はどうしたんだ? 片付けられてたっぽいんだけど」


「ああ、あれはそのあとしばらくしてシャリィが休憩に来てな。おまえのグラスを見るなり飲み干してしまった」


「え、マジで? さりげなく結構楽しみにしてたのになぁ……。つーかあいつ、誰が口つけたのかわからんものをよく飲めたな。そんなに喉渇いていたのか?」


「いや、そうではない。“くりーむそーだ”をよく頼むのはお前だ。飲み物を飲みかけでほったらかしにしそうなのもお前だ。置いてあったあの席をよく使うのもお前だ。椅子をきちんと戻さずに席を立つのもお前だ。そしてなにより、“すとろー”の先端を噛んで潰してしまうのはお前だけだ。以上の観点からシャリィはお前が飲んだものと一瞬で判断できたそうだ。そして、お前のなら遠慮はいらずに飲み干せると言っていた。まったく、実に論理的な思考だと舌を巻いたものだよ」


「あんにゃろう……!」


 他の連中なら性格的に飲みきるか片付けるかする。椅子だってだいたいの連中はきちんと元に戻す。つまり、条件に合致するのはレイクだけしかいなかったってことだ。よくみてるね、シャリィちゃんは。


 そういえば、“すとろー”って普通は噛まないものらしいね。なにかを咥えていないと落ち着かない、子供がよくやる癖っていってたっけ。うちの常連連中ではレイクだけが噛んでいるとも聞いたことがある。


 つまり、レイクはガキだ。シャリィちゃんよりも。


「……あ!」


オン!


 ああ、そうか、そういうことか。やるね、シャリィちゃん。さぞかし甘い“くりーむそーだ”だったことだろう。やっぱり私のカンはよく当たるようだ。


 ああでも、若いっていいなぁ。私には、もうそんな初々しさはないんだよなぁ。


 どんな思いでそうしたのかと考えると、なんだか自分も十歳若返ったかのように心がぽかぽかしてくる。


 ま、レイクの様子を見る限り、シャリィちゃんもまだまだ努力が必要みたいだけれども。


 にたりと笑い、ぺろりと唇を舐める。


 私にはそんな器用な真似は出来ない。獣のように、欲しいものはこの手でつかみとるまでだ。女の武器ってのは、それだけじゃないからね。


「ど、どうした?」


「いや、なんでもないよ。ただ、おねえさんはすごいなって思っただけさ」


「自惚れも過ぎると身を滅ぼすぞ」


「アル、お前が言うな」


 セイトたちから見れば、私たちも変わった面白い人間に見えるのだろう。ラズを見て驚いていたのが何人もいたし、つくづくマスターの故郷は変わっている。


 おねえさんも、もっと彼らとゆっくりとお話ししてみたいな。出来れば、彼らの故郷に観光に行ってみたい気分だよ。


 うん、このまま何事もなく依頼が終わったら、そっちのほうへ一緒についていくのも悪くないかもしれない。どこにあるのかわからないけど、そう遠くない場所にあると思うんだよね。


「自惚れ? この僕が? こんなにも謙虚なのに?」


「いやいやいや! お前本気で言っているのか!?」


「本気だとも。いつだって本気だ」


アオン!


 煙の臭いがだいぶ強くなってきている。あともう少しすればマスターもやってくるだろう。ふふ、今から会うのが楽しみだ。




20160726 文法、形式を含めた改稿。


ストロー噛んで何が悪い。


こないだいつもの裏山を含むマイ散歩コースを歩いていたら、鷹を肩に乗せた人がお散歩してた。猟犬連れた人は何度も見たことあるけれど、鷹は初めてだった。

鷹匠の人だったのだろうか?

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