冒険者裏話
またせたな!
二話同時更新です。
なお、今回からキャンプ篇が始まります。拙作、【楠先輩の不思議な園芸部】で行われているキャンプにおいて、警備員(?)として雇われた冒険者たちの舞台裏(?)を描いていますので、園芸部を読まないと意味の通じないところがあります。
というかぶっちゃけ、両方呼んで初めて全部わかる造りになっているんですの。園芸部の方も見てね!(露骨な宣伝)
「「よろしくおねがいしまーっす!」」
髪から瞳から何から何まで真っ黒な連中が大きな声で叫んだ。あまりに出来事に、とっさに拳を構えそうになってすんでのところで堪える。
やりづれぇ。さっきからすっげぇやりづれぇ。
ちょっと早めに集合して準備体操をしていたら、オレはいつのまにやら黒髪黒目の真っ黒集団に囲まれていた。みんなリュックを背負い、見たことのない奇妙な格好をしていやがる。上等の布なのか、ほつれもなければ皺もない。デザインを考えなければ、お貴族様が着ていてもおかしくない品質だ。
どこぞのぼんぼんたちなのか──と思えば、やたらと動きに統率がとれているし、誰が言い出したわけでもないのにオレの周囲に集まって腰を落とし集合待機状態になる。
で、じいさんの合図ひとつで全員が腹から声を出したんだ。下手な軍隊よりも練度があるんじゃねえか?
おまけに連中は例の喫茶店に入り込み、トイレ休憩を済ませたときたもんだ。
オレはその時初めてあの喫茶店にトイレがあったことを知る。しかも、魔道具の超高性能のトイレらしい。いつも来る前にそこらで済ましていたオレの努力はなんだったっていうんだ。
そんで、そのままなんとなくぼーっとしてたら、いつの間にやらオレがクランの代表として挨拶させられることになってたってわけだ。
「……えーとじいさん、オレ何すりゃいいんだ? なんかすっげぇやりづらいってか、これ……」
「いや、ちょっと代表として挨拶と注意をしてくれればいいさ。……セインあたりに頼もうと思っていたんだが、あいつはどこにいったのかね?」
「最後にちょっと見回りしてくるってよ。何人か連れて行っちまった」
まったく、マジでこういうのはセインにでもやらせればいいのに。今度あいつに何かおごってもらおう。よし、そうしよう。
「まぁ、なんだ。オレはじいさんから依頼を受けた一人でバルダスってもんだ。見ての通り荒くれ者みたいなもんだが、よろしく頼む。偉い挨拶とかはオレにゃ出来ないんでこれくらいで勘弁してくれ」
オレに出来る挨拶はこれくらいしかない。殴るしか能のない冒険者にこれ以上の挨拶なんてできるはずがない。
幸いなことに、視界の端っこのほうでマスターがにこにこと笑って手を振っていてくれたから、ミスったってことはないだろう。肩を震わせてわらっているちみっこには、あとで“ぐるぐるの刑”をすることに決めた。
しかし、ちみっこを見て改めて思うのだが、ここにいる連中は妙に年がつかめない。
体つきの割には顔立ちが幼いし、体格もみんなてんでバラバラだ。普通に町娘っぽいのもいるし、貴族のぼっちゃんみたいになよい男もいる。
がっしりとした体格のあんちゃんも何人かいるかと思えば、ちみっこよりちょっと上くらいのちびっこいのもいるし、二、三人殺ってそうな目つきをした日焼けした肌の男もいる。
その上、そこそこ歳食った男もいれば、幼さと神秘性をもつ妙齢の女もいる。全員同じ年頃なんじゃなかったのかね?
髪の毛はみんな真っ黒だ。二人だけわずかに茶が混じってる、うまい飯屋の看板娘みたいなのがいたが、それでもオレたちからみれば黒といっていいほどのものだ。
こうやってみると、マスターの茶髪はすごく目立つ。顔立ちが同じで瞳が黒くなけりゃ、同じ人種とは思えないだろう。
全体を見渡しながら適当に注意事項を述べていく。言葉より実際に見たり体験したりするほうが早いのだが、こればっかりはしかたあるまい。
途中でちみっこにもしっかり釘を刺しておく。どこぞの盗賊みたいな目にあったら大変だからな。
「質問あるけど、いい?」
「……お? どうした?」
最前列にいた少女が手を挙げた。それなりに上等そうなビッグナイフを腰に差し、腰にはポーチをいくつかつけている。
こいつはたぶん、一番出来る。今は抑えているようだが、その瞳の奥には獰猛な焔がちらついているのが感覚的にわかる。
こいつは、本質的にはオレたちと同じだ。同類だからこそそれがわかる。
「なんとかできるなら、どうにでもしていいの?」
「……じいさん?」
「無茶をしなければねェ」
そらみろ、やっぱりそうだ。こいつはたとえいかなる手段を用いても、目的だけは果たす。獣に喉を食い破られたら、最後の力で食い破り返す。そんなやつだ。おまけに、笑う姿なんてミスティそっくりだ。
まぁ、それはおいておくとして──だ。
適当に話をしつつ、一番気になった連中をつぶさに観察する。出来るやつなら何人かいるが、単純に肉体の能力だけで捉えるなら、確実にこの三人が頂点にいる。明らかに他とは違う格がにじみ出ている。
そいつらの背中を見送りながら体のバランスを観察していると、白髪の──といってもじいさんほどじゃない──が話しかけてきた。
「やぁ、これから四日間、よろしくお願いします。私は彼らの引率の松川と申します。一応は責任者ですな」
「おう」
「大人っぽい生徒もいるので一応補足しますが、あちらの女性二人とあの男が教師として引率しています。もし生徒になにかあったら我々に教えてくれるとありがたい。同僚の方にも伝えていただけるとうれしいですな」
「おう」
荒ぶる渇地熊のような猛々しい男。
佇む永劫巨人のような不動の男。
揺らめく虚空の踊り手のような溌剌とした男。
自然と、オレの口の端がにぃっとつりあがった。
「……どうしましたかね?」
いけねぇ、喋ってるの忘れていた。マツカワがすっげぇいぶかしんでこっちを見てやがる。
「いや、なんでもない。あー、オレの仲間は見りゃわかる。髪が黒くなけりゃそいつがそうだ。それより、武術やってる三人いるだろ? 名前おしえてくんねえか?」
とっさに流れを思い出してなんとか受け答えた。会話を続けつつあの三人の名前を聞き出すあたり、オレってすげぇ。
……ん? 責任者ってじいさんじゃなかったのか?
「葦沢君に中林君に榊田君かね? しかし、なんだってそんなことを?」
「いやなに、オレもちっと武術をかじっててな。ちょっと話を聞いてみたいんだ。ま、よろしくな!」
アシザワにナカバヤシにサカキダ。よし、覚えた。さっさと追っかけよう。
マツカワがまだ何か言いたそうにしてたのでとりあえず握手。困ったときはこれだ。
こうしておけば失礼じゃない程度に撒くことが出来る。強く握りすぎたのか、マツカワは目を白黒させた。
ああ──すっげぇ楽しみだ!
「よぉ。さっきぶりだな。アシザワとナカバヤシとサカキダで間違いないな?」
「さっきのおっさん……か」
全力で森を走り回って、とうとう目当ての三人を見つける。運がいいことに、三人まとまっているうえにほかに人はいない。
「おっさん、なんで柔道着なぞ来てるんだ」
「おいおい、みなまで言わせる気か?」
もちろん、闘り合うためだ。そのためにわざわざ正装である柔道着に着替えてきたんだ。
持って来といてよかったな、これ。さすがに依頼を放ってまで古都に戻るわけにもいかなかったし。
それに、きちんと近くをうろついていた魔獣は走りながら撃退してきた。こいつらとの勝負を邪魔されちゃ敵わねえからな。
オレの言葉に、大柄な二人は猛々しく唇を歪ませた。
「だよなぁ! ああ、やっぱりそうだよなぁ!」
「俺ら、似た者同士なんだよなぁ!」
「お、二人ともやる気なのか? 一応はキャンプ中だぜ?」
「おめえは嫌か?」
「誰も嫌とはいってない。正直、どうやって引きずり込もうか三人でずっと考えてた」
「だよなぁ!」
へへへへへ、と四人の奇妙な笑い声が森に木霊する。
やべぇ、始まってないのにすっげぇ楽しい。この高ぶる気持ちは、あふれ出る高揚感は、何物にも代えがたい。
「改めて名乗る。オレはバルダス。我流の拳法と、最近はおめえらのとこのじいさんから少し柔道を習っている」
「ほぅ、爺様からか。そりゃあ楽しみだ! 俺は柔道部長の中林、爺様との戦績は五分五分だ!」
「オレは空手道部長の榊田だ! 空手ならだれにも負けるつもりはない!」
「合気道部長の葦沢。一度、俺の合気道がどこまで通じるか試したかったとこだ」
柔道に合気道。マスターに使われて手も足も出なかった体術だ。部長ってからにはマスターよりも確実に強いのだろう。おまけに、じいさんと互角に闘えるときた。
空手に至ってはマスターもあまり習得していない未知の体術だ。相手にとって不足はない。
もう一度、互いの眼を合わせて笑いあう。
そうだ、その眼だ。闘うことしか考えていないその眼だ!
「あっちによ、ちょうど地面がやわらかい場所があるんだ。……道着、あるんだろう? そこで待つ」
「ああ! ああ! すぐに行く! 絶対に逃げないでくれよ!」
「ったりめえだ。その言葉そっくり返すぜ」
唸る拳。
穿つ足。
流れるような体さばき。
今までが清流なら、これは激流。
実体の感じられない力。
気づけば目の前に青。
「そ、それでそんなにボロボロなんですか……」
「こんなんボロボロのうちにゃ入らねえよ」
「相変わらず無駄にタフだな」
いつもの喫茶店の前。エリオとハンナとそれからアル。そろそろ昼時だから、飯を食いに集まってきた連中だ。
他のはまだ見回りを続けているらしい。ま、結構広いし人も多いからな。
「バルダスさんが勝てないって……そんなにガッコウの人って強いんですか?」
「技術面だけなら間違いなく上だな。いまのオレじゃどう頑張ったって勝てん」
ナカバヤシの柔道はじいさんと全く違った。もっと実践的で、投げられそうな隙が全くない。
どんなに守りを固めても、簡単に崩されて様々な方法で投げられた。力づくで投げに行ったら受け流されて投げられ、技術に頼ったらそれを上回る力で投げられた。
『柔よく剛を制す』、『剛よく柔を断つ』という真髄らしい。けっこう実力をつけたと思ったが、あれはあくまでじいさんが投げやすいように動いてくれていたおかげらしい。
アシザワの合気道はもっとすごい。マスターのなんて目じゃないくらい、触られた感覚もなく転がされた。
というか、人を相手にしているとはまるで思えなかったな。空気を殴って自分ですっ転んでるだけじゃないかと何度思ったことか。
あれに関してはまるでなにもわかりはしなかった。経験量が絶対的に足りねえ。
サカキダの空手道はわかりやすい。ただひたすら、信念のこもった一撃を打ち合った。
あれは一番オレの知っている武術と似ている。シンプルで分かりやすく、それだけに強い。動きにはこっちではみない独特のものがあったが、それもまた面白かった。
「ふむ、実に興味深い。うまく体系化できるんじゃないか? それこそ、おまえの我流をはるかに上回るくらいに」
「でも、何でもアリなら勝てるな。あいつら、動きにめちゃくちゃ制限があった」
「そうなんですか?」
試合とはいえ、連中の動きには明らかにおかしなところがあった。
まるでやってはいけないことがあるかのように、チャンスでも攻撃しないことが何度もあった。基本的に顔は狙わないし、必要以上の追い打ちをかけることもしない。
そう、連中は試合慣れはしているが、実践慣れはしていない。きれいすぎる戦い方だった。
道の考えもあるだろうが、あいつらは武力としてあれを使ったことがないんだろう。実力はあるが、冒険者としてはまだ甘い。
……いや、言い訳みてえだけど、相手は一般人だから本気は出していない。連戦になっちまったし、ガチでいけば絶対に勝てる……よな。
「でも、どうしてそれが使いっ走りにつながったんですか? おじいさん、そういうのいいっていってましたっけ?」
「いや、せっかくだから賭けをしたんだよ。あいつら、食材がまるでなかったらしい。ベーコンとチーズが欲しいって。じいさんも、ちゃんとした理由があるならいいって言ってくれたし」
「あー、ガッコウの人すごいですよね。食材ないっていっても、食べられるのはちゃんとあったみたいなのに、どれだけ贅沢にするんだっていうか……。なんだろ、あたしたちと考え方がたいぶ違うみたい」
そう、負けたオレは古都へひとっ走りしてチーズとベーコンを買ってきた。質はそんないいもんじゃねえが、そのぶん量だけはある代物だ。あの人数で分けるとしたら物足りないだろうが、ないよかマシだろう。
しっかし、うまいメシが食いたいからってそんなもんお願いされるとは思わなかったな。
「でも、結構高かったんじゃ……」
「バカやろ、エリオ。お前も男なら覚えとけ。男には何に変えても成さねばならないことがある。あれだけの勝負をチーズとベーコンだけでできたんだ。一生の宝物を、それだけで手に入れられたんだぞ」
「へ、へえ……」
「お前はなかったのか、そういうの」
「あー、あったような、なかったような……」
「はっきりしねえなぁ」
「僕は毎日の学習がそれに値するな」
魔獣の気配に殺気をぶつけ、オレはくぁっと伸びをする。マスターもじいさんもまだ来そうにない。
どれ、ここは先輩としてエリオの話でも聞いてやるか。
「こいつを橘ってのに渡しといてくれんかね」
予定の時間のちょっと前。いつもの喫茶店の前に行くと、おじいさんが中型の弓を僕に渡してきた。
すっごく綺麗な弓で、木目もつるつるで全然指に引っかからない。芸術品としてみても、相当な価値があることがなんとなくわかる。
「矢、ちゃんと買ってきてくれただろう? そいつも一緒にだ」
おじいさんからいくらかの銀貨を渡される。
実は、僕だけおじいさんに矢を買ってきてくれってお使いを頼まれていたんだ。何に使うのか不思議だったけど、矢なんだから射るために決まっているよね。
「おじーちゃん、ガッコウの人って冒険者じゃないんでしょ? 弓とか使えるの、その人?」
「ああ。冒険者じゃないが、技術としては習得してるのさ。たぶん、柳瀬っていうポニーテールで木刀を持った女の子と一緒にいるさね」
へえ、弓だけじゃなくて剣を持つ女の子もいるんだ。
タチバナにヤナセ。なんだか不思議な響きを持つ名前だ。マスターたちの故郷の名前って、ここらでは全然聞かないからとっても新鮮だ。
おじいさんとの会話をそこそこに、僕とハンナは森へと繰り出す。いつもは静かなこの森も、今日はなんだか賑やかだ。
途中で以前均した場所をのぞいてみたら、そこには立派な拠点が築かれつつあった。深い緑の不思議な素材でできた天幕を、何人かで張っている。
「すっごいわねぇ……!」
「うん」
何一つとして僕たちの知っている野営準備じゃない。動いているのは僕たちと同じくらいの人が多いけれど、何人かは大人の人もいる。
女の子はみんなどことなく童顔でけっこうかわいい。あ、こっちと目があった。ちょっとうれしい。
「ふんっ!」
「い、いたい!?」
ハンナに思いっきり足を踏まれた。相変わらず、ハンナはよくわからないことで僕にあたる。ちょっとどうにかしてほしい。
「少年、いまのはだめだよー」
「組合の人……? 私たちと同じくらいなのに、なんだかすごいですね」
近づいてきたのはほんにゃりした笑顔の女の子と、魔晶鏡をかけたおさげの女の子。森の中だというのに装備ひとつつけてなくて、スケアリーベアーはおろか、ウッドラビットに襲われても大変なことになるんじゃないかなって思う。マスターが護衛依頼を出した意味がようやくわかった。
「少年もシャリィちゃんの国の人ー? いいねいいね、その蒼い髪。うちの国じゃレアモノだよー。あなたの赤毛も、すっごくきれいー。二人ともコスプレしたらすっごくかっこよくなりそうー」
「装備もすっごく本格的ですね。実戦的な弓なんて初めて見ました。なんだか創作意欲がわいてきます」
ほんにゃりした顔の女の子はうろちょろと僕たちの周りをまわる。ハンナはとっさに少し体の位置を動かした。おじいさんからもらった魔道具のおかげで角や尾っぽは見えないけれど、触ったら普通にばれちゃうからだ。
ばれたが最後、お人形のようにもみくちゃにされちゃうらしい。
「ね、ねぇ。この中にタチバナって人はいるの? あたしたち、おじーちゃんにお使い頼まれてるの」
「ここにはいないけど場所は見当つくよー」
「せっかくですので、一緒に行きませんか? 私たちもちょっと出ようと思っていたんです」
「じゃ、一緒に行きましょう! あたし、ハンナ! 得物は剣! こっちは相棒のエリオ!」
「よ、よろしく。僕は弓を使います」
「わたし、草津ー。こっちのはてるてるー」
「……もうそれでいいです。それにしても、ここでは剣や弓が必要になるんですか」
「え、ええ~っと、用心のため、そう、用心のためよ!」
うっかりハンナが口を滑らせた。剣とか弓とか、そういうのもあまり見せびらかしちゃいけないんだってことをすっかり忘れちゃっていたみたい。
取り繕うようにしてハンナが先頭に出て、僕とクサツさんとテルテルさんはそのあとを追うように森へと歩を進めていった。
「それでねぇ、エリオったらウサギ一匹に驚いて大きな尻もちをついたの!」
「あはは、少年は怖がりだなー」
ハンナとクサツさんはすっかり打ち解けたようだ。さっきからにぎやかに話している。話題のほとんどは僕の恥ずかしい話ばかりでなんだかとっても肩身が狭い。女の子ってこういう話をしだすと手が付けられなくなる。
「エ、エリオさん。誰でも失敗することはありますよ。私も人前でしゃべるのとか苦手ですし」
「テルテルさん……」
テルテルさんも割と気の弱いタイプらしい。どことなく僕と同じ匂いがする。いっつも話題を振るのはクサツさんのほうで、テルテルさんはそれに振り回されているかんじがした。
僕も、周りからはそういう風にみえるんだろうな。あと、テルテルさんがこういう気遣いができるのはマスターと同じだけど、そういう民族性なのかな?
「でねー、やなちゃんはすごくってねー。一瞬で剣をばばっと振って、麦わらをばさささっ! って切ったのー」
「まっさかぁ! いくらなんでもそんなわけないじゃない!」
「ほんとだよー! ちょうど、あそこの枝、み、たいに……」
「あ、え……」
「ハンナ?」
「めぐちゃん?」
途中でクサツさんとハンナの声が途絶えた。何事かと思って前を向いたけど、次の瞬間、それを後悔することになる。
「っ!?」
ぼとり、と藪状になった枝が切り落とされて目の前に振ってきた。切った相手はおろか、剣を振った音すら聞こえない。僕の獣人としての感覚も、何もとらえることは出来ない。
そして、黒い影が二つ。
ものすごい勢いで、それこそ音もなく僕たちに迫りくるのがかろうじて見えた。とっさにテルテルさんを背中へとかばい、弓に手をかける。ハンナもクサツさんをかばいつつ、剣を引き抜こうとした。
でも──僕たち二人とも、間に合いそうもない。それほどまでに、その二つの影は早すぎた。次の瞬間には、面前にひらめく何かがちらっと映る。
そして──
「二人とも、まって!」
キィンと金属音。それはとっさに前に掲げた僕の弓の弦を切り裂く直前で止まった。
「わわっ、す、すまない!」
「あれ、普通の人? なんかごめんね」
「だから言ったじゃないか」
長いポニーテールの、木刀を持った女の子。
ジャケットを着こみ、大きなナイフを持った女の子。
そして、後ろのほうにいる至って普通の男の子。
「おー、たっちーにやなちゃんに敦美さんー」
「お、おどかさないでくださいよ……寿命が縮まるかと思いました」
「すまない、本当に申し訳ない!」
「んー、なんか獣っぽい気配だったから、てっきり襲われてるのかと思ったんだけどね。ま、無事で何より。おにーさん、おねーさん、ごめんなさい」
女の子はそう言って寸止めしたナイフを離した。ポニーテールの女の子も、ものすごい勢いで謝りながらその木の剣をどける。
どうやらハンナはぎりぎり剣を挟むことに成功したようで、それをうまく受け止めることが出来たらしい。痛そうに手を振っている。
「よかった、ちょうど探しに来たところなんですよ」
「ん、またあたし?」
「じゃなくて、たっちーのほー」
どうやらこの男の子がタチバナらしい。ってことは、やっぱりあのポニーテールの女の子はヤナセなのかな。
……このナイフの子は誰なんだろう?
「こ、これ。おじいさんからタチバナに渡せって」
「……弓? しかも和弓を小さくしたもの……っぽいけどちょっと違うね。形が微妙に変わっている。しかもこれ……枇杷木でできてる? なんだこれ、初めて見るタイプの弓だ」
「あと、矢も」
「あ、ありがとう。あれ、矢は和弓と違うのか。射法を変えないと……って、そうか、だからこの形になっているのか。こりゃじじ様、完全に一から手作りしたな」
タチバナはしげしげとその弓を見つめ、おもむろに矢をつがえる。
「試射していい?」
いいと思う、と告げたか告げないかのうちに、樹が矢を吸い込んだ。
そう、本当に吸い込んだとしか言いようがないくらい、タチバナの動作は流麗で、あっというまに矢を放っていたんだ!
びいん、という音とズトッと言う音は時間を無視したかのようにゆっくりと聞響いた。なにより驚きなのは、その木は僕の有効射程の倍以上の距離にあったってことだ。
「ってことがありました」
エリオが珍しく、本当に珍しく悔しさをにじませた顔で話し終えた。
なんつーか、あれだな。ガッコウにはわけわからん人材がいっぱいいるんだな。
「あとは軽く自己紹介して、みんなで川に行きました。そこでもタチバナは水面を跳ねる魚を射ぬいたりしてました」
「マジかよ……」
できるできないで言えばできなかぁねえだろう。だが、聞く限りじゃエリオと大して変わらない年だ。そこまで弓の修練を積むのにどれだけの努力をしたのだろうか。本当に連中は冒険者じゃないんだよな?
「なんかもう、力の差をはっきり見せつけられたっていうか……」
「だ、大丈夫よ。エリオのほうがすごいってヤナセもタチバナもいっていたじゃない! ……あたしもそう思っているんだから!」
「はは、ありがと」
ヤナセもタチバナも、いままでちゃんと整った環境でしかやったことがないらしい。実際に走り回って行動しているこいつらのほうがはるかにすごいと言ったそうだ。
ま、たしかに実戦経験ならこいつのほうが上だろ。聞いた話にゃファニーハニーも撃ち落とせたらしいし。あれにまともに矢を当てるのなんて中級でもけっこう難しいって聞くからな。後輩に抜かれる日が近いかもしれねえって、レイクが話してたのを覚えている。
「ヤナセってほうはどうだったんだ?」
「どうもこうも、あたしじゃまだ敵いそうもないです。剣がすっごいなめらかで、おじーちゃんでもなければ勝てないと思う。しかも、木刀っていう木の剣なのに物を切ったんですよ?」
「ああ、あれか。僕も一本研究用に欲しいものだ」
じいさんがいつだったか使ってたやたら丈夫できれいなアレだな。しかも、あれを使いこなせるってことは相当な腕前ってことだ。みんなじいさんに鍛えられてんのかね?
「真剣なんてとても扱えないって言ってましたけどね」
「そりゃそうだ。連中はみんな何かを傷つけるためにやってるわけじゃねえからな」
たぶん、それも道だ。道っていくつあるのやら。
「魔法や学問を使っているやつはいなかったか? 剣、弓、体術ときてそれだけないのはいささか不公平だろう。僕のところではそういうのは見られないから、ぜひとも教えてくれ」
「学問はみんなやってるってマスターが言ってたじゃねえか。魔法は存在自体を知らねえとも言ってたし、アルの望むものはないだろうよ」
「くそ……。話が合うのが一人くらいはいると思っていたんだがな。だれも魔本をちらつかせても反応すらしないんだ」
「そもそも、魔法を知らない連中に魔本を見せてもしょうがないじゃねえか」
アルは賢いくせにバカだ。唖然とした顔をしたって駄目だろう。
「シャリィとじいさん以外にも、学問について聞きたかったんだがな……」
「それなら大丈夫だと思いますよ。僕、魔晶鏡かけてる人を何人か見ました。この年でそれだけ目を酷使したってことは、たぶん相当研究を頑張っているんじゃないかな」
「本当か、エリオ」
「は、はい」
魔晶鏡は目の悪いやつがかけるものだ。特殊な鉱物を魔術的に加工することで、目が悪いやつのピントを直接合わせるらしい。
着用者が持つ魔力をちょろっと使うだけだから、ものが壊れない限り半永久的に使える。ついでに言えば、誰がどの魔晶鏡をかけてもそいつにあった効果が表れる。
冒険者が使うやつとなると望遠鏡の効果を持つもののほうが普通だが、一般人が使うとなると単純に目が悪いからってことになるな。
当然、そういうのは学者連中に多い。魔晶鏡は高価だが、どの国でも研究者はだいぶ優遇されて買えると聞く。じいさんもかけてるし、きっとそういうことなんだろう。
「よし、じゃあ今度適当に捕まえてみるか」
「……あ、でもあたし、一つだけ魔法っぽいのをみたよ」
「ああ、あれかぁ。たしかに……」
「すぐ詳細を教えろ!」
アルが鬼気迫る迫力でエリオとハンナに詰め寄った。相変わらず、こいつは興奮すると周りが見えなくなる。《明鏡止水》の考えを教え込んでやりたいものだ。
「こ、こう鍬を一回、がっとやっただけで畑が出来て……」
「あっというまに野菜がにょきにょきーって」
「術者は、規模は、系統は、印は、呪文の有無は、魔力変換効率は!?」
「そんなのわかるわけないじゃない!」
ハンナがキレた。それで間違ってないと思う。
「ええい、術者の特徴だけでも教えろ! 直接聞きに行く!」
「えと、たぶん、日焼けした目つきの悪い、おっかない大きな男の人だと……」
「……ちょうど、こんなやつですか。エリオさん?」
「あ、はい。まさにそうい、う……!?」
「…悪かったな、目つきが悪くておっかなくて」
エリオが振り向いた先。
なにやら大きな平皿をたくさんもったマスターと、同じように平皿をたくさん持つ、体がでかくて日焼けした、二、三人は殺ってそうな目つきをした男が立っていた。
20140313 修正 マツナガ→マツカワ 名前ミスってた。
20160508 文法、形式を含めた改稿。




