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盗賊とクリームソーダ


 ついてねぇ。本当についてねぇ。


 俺は悲鳴を上げる体を無理やり動かして森を進んだ。中級だからって慢心していたのがいけなかったのか。それともせっかくだからと欲張ったのがいけなかったのか。


「ち、く、しょお……」


 今日はただの薬草採集のはずだったんだ。なんでも急に必要になったとかで、難易度の割には報酬がウマかったんだ。しかも近場の森での薬草採集だぜ? それって低級のなかの低級冒険者の仕事じゃねぇか。


 たいして準備もせずにすぐに森に行った。いつも通り、薬草はいたるところに生えていた。規定量を取った後も、まだまだありそうだったのでついでだと思って探し続けたんだ。たくさん必要とか言ってたし、俺の懐的にもウマいし、そこでやめる理由なんてなかったんだ。


 調子よく薬草の束を増やしていたところで悲鳴が聞こえた。ここで変な正義感を出さずに帰っていればよかったと思う。


 でも、その時の俺はどうせ新人が強面熊スケアリーベアに襲われたもんだと思って助けに行ったんだ。


 強面熊は体も顔つきも禍々しくていかにも魔獣、といった雰囲気をもつやつだが、実際はそこまで強いわけでもない。強く見せかけているだけの、低級冒険者でもどうにかなる魔獣なんだ。


 いくらちゃんと準備していなかったとはいえ、その程度のやつに負ける俺じゃない。愛用の短剣ダガーをもって、軽くぶちのめそうと走ったんだ。


 ただ──


「く……そっ……!」


 思い出しただけでわき腹の傷が疼きだす。


 そこにいたのは二人の若い獣人の冒険者。それと、図体のでかくて立派な牙を持つ、今にも襲いかからんとするイノシシだった。


 それを見た瞬間に俺の体は動いていた。


 俺は足には自信がある。あの二人を突き飛ばしてかばったとしても、牙が触れるか触れないかで避けることが出来るだろう。実際、勢いよく二人を突き飛ばした俺は、その勢いを利用して転がりこむことでわき腹をかすらされただけで大してダメージを受けずに済んだんだ。


 転がりながら横目で二人をみると、腰を抜かしてしまっているのかまともに動けそうにもなかったので、そのまま俺がイノシシを引き付けてやることにした。新人の面倒を見てやるのは先輩の役目なのだから。


 うまく助けることが出来て気分も良かったし、予想外とはいえこの程度ならタイマンでも負けないと思っていたんだ。


「俺がひきつける! お前らはここから離れろ!」


 一度は言ってみたかったセリフだ。


 俺の言葉にようやく動けるようになったそいつらは慌てて古都の方向へと走って行った。


 二人が走り去ったのを確認してから俺はイノシシの注意を引きつけつつ反対方向へと走った。適当なところで撒いて、さっさと古都に戻ろうとしたんだ。


 ところが、ある程度追いかけっこをしているうちに俺の体に異変が起きた。体が、動かなくなったんだ。


 それがそのイノシシの魔獣──毒牙猪ポイズンタスクボアの麻痺毒だと思いだしたときには吹っ飛ばされた体が宙を舞っていた。


 正直想定外だった。


 このイノシシは普段はそこまで攻撃的な奴ではない。図体もここまででかくはない。でかいやつで俺の腰よりちょっと大きいくらいだ。突然変異種が繁殖期で気が荒くなっていたんだろうと、突飛ではあるがしっくりくる答えが俺の頭に浮かんだ。


「ちっ……く……しょ……う……!」


 で、このザマだ。ちゃんとした装備にしてくるべきだったと思ったが、もう遅い。体もボロボロ、おまけにせっかく採った薬草の束はどこかに落とした。


 逃げられないと悟った俺は必死で応戦し、とどめを刺せないまでも撃退したのだが、道に迷った上に体の傷は相変わらずずきずきと痛む。ついでに麻痺毒もまだ残っていて一歩進むだけでも苦痛だ。


「や、べぇ……な……」


 今襲われたら死ぬ。

 というか、さっさと森を出ないと死ぬ。


 多くはないが血も流したし、さっさと手当をしないとまずい。なにが悲しくてこんな初心者の練習場所の森で中級の俺が死なねばならないんだか。


「……お?」


 そんなことを考えながらもよろよろと進んでいると、やがて木々がまばらになり、メルヘンチックな建物が見えてきた。





「マ、ジか……?」


 一瞬幻覚でも見てるのかと思ったのだが、どうもそうではないらしい。正真正銘、現実だ。


 誰が住んでいるかわからないが、森の中よりは安全だろう。できればけがの手当てもしたい。こんな森のど真ん中にあるなんて怪しい建物ではあるがなりふり構ってはいられない。


 毒で震える手を無理やり動かし、倒れこむようにして俺はその扉を開けた。カランカラン、と心地よいベルの音がその場に響く。


「いらっしゃいませ! 《スウィートドリームファクトリー》へようこそ! ……あれ?」


 そこにいたのは女の子だった。


 10歳くらいだろうか? 赤毛が特徴的だ。白いひらひらがついた黒い…なんていうんだっけか? そう、貴族のメイドのあれを着ている。


「もしもーし?」


 彼女は倒れ込んだ俺を見下ろすように覗き込んできた。


「ぼろぼろ、血の付いたナイフ、軽装……盗賊さんですか? ウチにはお金そんなにないですよ?」


「そ、う……だ、け……ど……ち、げぇ……!」


 お前、傷だらけの人を見ていうのがそれかよ!


 俺は確かに盗賊とか呼ばれる人間だ。ただ、悪い盗賊ではない。


 正確には盗賊としての技能をもった冒険者だ。身軽ですばやく、偵察や鍵明けなんかが得意だ。


 言ってみれば宝捜し屋(トレジャーハンター)であり、金がねぇから専用道具が買えなくて遺跡の探索にいけないだけだ。


 ……あれ、よく考えてみればイノシシ相手にしたのって無謀じゃなったか? ただでさえ防御は貧弱な盗賊がいつもより軽装で一人で、しかも持ち味である素早さがない状態で挑むのは無理があるような……。


 よく撃退できたな、俺。すげぇぞ。


「わ……りぃ……。ちょっ……と……の、む……も、ん、く……れ」


 それより、だ。とりあえず安全そうだとわかったのだから、体の回復をしないといけないだろう。手当……はこの子じゃできないにしても、水くらいは飲みたい。


「お飲み物、ですか? かしこまりました! すぐにお持ちします!」


「お、い……」


 ここに入ってきたときそのままに倒れている俺をほったらかして、女の子は笑顔で奥へと消えていった。




「お待たせしました! 《クリームソーダ》です! ……あれ、お客様?」


「……こ、っちだ、こ……っち」


 奥から出てきた女の子は先ほどまで俺が倒れていた場所に向かって声をあげた。


 倒れたまんまはいやだったから、最後のひと踏ん張りで俺は起き上がり、壁を背にして寄り掛かって座っているんだ。


 麻痺毒のせいでいまだに口が回らねぇ。


「ありゃ、そちらでしたか。それでは改めまして、《クリームソーダ》です!」


「う、ぉ……」


 女の子がもった不思議な材質の盆には、禍々しい緑色の液体が入ったコップが乗っていた。


 おまけにこれ、なんか泡が出ていないか?


 しゅわしゅわと絶え間なくにじみ出るようにして液体から出ている。緑の液体の上には白い何かも乗っている。少しだけ溶けたそれが侵食するようにして緑のそれに混じっていた。



 なんか、やべぇ。



「こ、れ……な、んだ……?」


「ですから《クリームソーダ》ですよ」


 当たり前のことのように女の子は言うが、そんなもの聞いたことがない。


 つーかこんな不気味なもの地元の薬屋のばばぁの鍋以外で見たことねぇぞ。泡立つさまやでろでろと溶けた白いやつ、禍々しい緑がそっくりだ。透明感があるだけあれよりかはマシか?


 あれ、まて。なんかおかしい。


「な、んで……い、ろが……わ……か、るん……だ……?」


 このコップ、透けてねぇか?


 ガラスにしたってこんな透明なものあるわけがねぇ。もしかして例の毒は俺の視覚にも影響を及ぼしているのか?


「別にどうでもいいじゃないですか。それよりとってもおいしいですよ? ぐっといきましょう、ぐっと!」


「……!」


 やめろ、それを近づけるな! といいたいが口が回らない。


 なるほど、確かに香りはいい。嗅いだ事のない、妙に甘い香りは癖になりそうだ。


 だが、だ。


 薬屋のばばぁもそうやってめちゃくちゃにがい薬を飲ませるじゃねぇか。匂いだけよくて味はだめ、なんてものはたくさんある。


 いや、もしかしたらこいつも薬なのかもしれない。そう、きっとそうだ。あの禍々しさも薬だと考えれば納得がいく。あの子は俺が傷だらけなのを見て薬を持ってきてくれたのだろう。


「……お客さん、はやく手ぇ出してくださいよ」


「わ、りぃ……。ど、く……喰らっ……てう、ごか……な、い」


 正確にいえばもう動かす気力がない。


 それをきくと女の子はしょうがないな、サービスですよ、といって白い筒状のなにかをさして俺の目の前まで突き出してきた。


 なんだ、これは?


「ストロー付きで美少女に飲ませてもらうなんて、お客さん、運いいですよ」


「は、は……」



こいつ自分で美少女っていいやがった。



 ともかく、意を決してそれを飲むことに決める。“くりーむそーだ”がなんだかわからないが、どうやら“すとろー”を使って吸いだすものらしい。


 女の子は俺の隣に座り、“すとろー”の先端を俺の口に当ててきた。


「……っ!」


 なんだか妙に気恥ずかしい中、新しい感覚を覚えながらそれを吸い上げた途端、

俺は“くりーむそーだ”の認識を改めた。



なんだ、コイツは。


しゅわっとする。


喉に来る爽快感。


果物ではない、優しい甘味。


喉の奥から鼻に抜ける風味。


あまい。


うまい。



「……!?」


 どれも、体験したことがねぇ。気づけば知らないうちに喉をごくごくと動かしていた。


 止まらない。


 一口飲むたびに口の中が独特な爽快感であふれる。喉の奥に着た途端、それが喉の奥をさらに刺激する。むずかゆい何かが喉の奥を通り、体を駆け巡る。


 緑の何かは、メロンだったのか? この香りは、メロンに近い。味はメロンっぽくないが、香りは確かにメロンだ。


 この味を覚えてからは、緑のそれは禍々しく見えなかった。きれいなきれいな、爽快な緑だ。


「うはぁ、よっぽど喉が渇いていたんですねぇ」


 女の子のその言葉ではっと意識を取り戻し、コップの中をみる。よかった。まだあ……る? もうかなり飲んだと思ったのに、まだ半分は残っている。なぜだ?


「そろそろこっちにいきますよー」


 いつのまにやら取り出したスプーンで女の子は白いのを掬いとった。緑色ので軽く溶けたそれはどんな味がするのだろう?


「はい、あーん」


 “すとろー”から口をはなしてそれを口に入れてもらう。ここに他の人がいなくてよかった。こんな風にしてもらったのなんでガキのころ以来だ。


「お……!」


 思っていた通り、いや、思っていた以上にそいつは衝撃的だ。


つめたい。


あまい。


溶ける。


 そう、文字通り溶けている。冷たいだけでも驚きなのに、これはいったいなんなんだ?


 初めての食感、初めての風味。この特有の香りは何なんだ? 甘い、香ばしい、いや、芳しい、か?


 俺の貧弱な語彙では言い表せそうにない。もっとまじめに勉強しとくんだった。


 緑色のがかかった部分なんて特にいい。緑色の爽快感と、白いのの不思議な食感が混じって言葉に表しがたい奇跡を生み出している。


「はい、次はこっち」


 半分くらい白いのを食べたところで女の子は“すとろー”のほうを俺の口に向けた。うむ、よくわかっているじゃないか。


 この白いのと緑のを交互にいくのが一番いい。どちらも単体でうまいのだが、交互に行くことによってさらによくなるんだ。


「う、めぇ……」


「それはよかった」


「そりゃーあたしがつくったものですもん。……っておにいちゃ、じゃなかったマスター!」


 いつの間にやらひょろい男が女の子の背後に立っていた。にこにこと笑っているが、いったいいつからいたんだ?


「ああ、大丈夫ですよ。さっき来たところです」


俺の顔をみてそいつ、マスターはいった。とりあえず恥ずかしいところは……まぁ、この状態でもあれだが、見られてはいなさそうだ。


「マスター、あたしこの人にクリームソーダ作ってあげたんですよ!」


 女の子が得意そうに言っている。


「そうだね。よくやったよ、シャリィ」


 女の子はシャリィというのか。それにしても、褒めている割にはマスターの顔が若干ひきつっているのは気のせいだろうか?


「えっへん。あたし、すごいでしょ?」


「たしかにすごいよ。見るからにけが人の方にそこまで普通に接することが出来るのは」


 げ、とうめいて女の子は顔をひきつらせた。


 俺にもわかる。このマスター、ちょっと怒っている。


「けが人はほったらかしにしたらダメじゃないか」


「う、でも……」


「でも、じゃない。ヘタしたら死んでしまうところだったかもしれないんだぞ」


 まぁ、見るからにボロボロでまともにしゃべることもできない奴をみてなにもしない、というのはいささか酷い話だろう。でも、まぁ──


「ます、たー、その、こは……わ、るくない……」


 元はといえば俺が飲み物が欲しいといったからこの子はわざわざ用意してくれたのだ。確かに死にそうなほどひどい傷ではあるが、安全地帯にいる今ならちょっとくらい無理はきく。喋れないのも麻痺毒のせいだし。


 マスターは俺のことをちらりと見ると、笑顔のままで女の子に行った。


「……お客さんが許してくれたから今日はいいけど、次からはちゃんと手当を最優先にすること。いいね?」


「はぁい」


 ちょっとしょぼんとした女の子だが、許されたのが分かって頬がすこし緩んでいる。こうしてみればなかなか可愛い子だ。


「さて、お客さん」


「な、んだ」


 マスターがにこにこと笑いながら話しかけてきた。この人、さっきからずっと笑顔を崩していないな。


「麻痺毒にやられているようですが、あいにく喫茶店もどき(ウチ)には解毒薬の類はありません。応急手当だけは出来ますから、もう少しだけ、がんばってください」


 わかっていた事ではあるが、ここには解毒薬はないらしい。


「きに、す、んな……」


「もう少しすれば、いつもの人たちが来てくれるでしょうから、その人たちにお願いして古都まで送ってもらいます」


 タイミングがいい、とはこのことを言うのだろうか。


 マスターが言い終わったかどうかの瞬間に、カランカラン、と涼しげな音が部屋の中に響いた。

20150411 文法、形式を含めた改稿。

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