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冒険者とシュークリーム

※『楠先輩の不思議な園芸部』の『37 夏休み直前部活動会議、あるいはある出来事の始まり』を最初に読んでおくと話がしっかり通じるかと思われます。よろしかったらどうぞ。


 古都からすぐのいつもの森。相変わらず人気は全くと言っていいほどなく、中に入ると人跡未踏の地に来たのではないか、と妙な錯覚を起こしそうになる。


 といってもこの森が深く鬱蒼としてるってわけじゃあない。ただ単に、一般人がくるにはちょっとキツく、冒険者にはぬるすぎるってだけだ。


 というか、一般人にとっても冒険者にとってもうまみがないといったほうが正しい。文字どおりの意味で人がいないんだよ。来る理由がなくて。


 がさりと枝を払い、俺はいつもの道をまっすぐ進んでいく。どこか遠くのほうで魔獣が吠えているのが聞こえるが、この程度の森にいるやつなんてたかが知れている。今の俺なら殺気をちょいと飛ばすだけで撃退できるだろう。……今日は装備もしっかりしているし。


「……」


 あれは事故だ。うん、きっとそうだ。つーかさ、普通あんな異常個体のポイズンタスクボアがいるなんて思わねえって。ここらに出る魔獣なんて、一般人でもがんばればどうにかなるようなやつばっかりなんだし。


 ふと、あの日のことを思い出す。あのときはこんな森のど真ん中に店を構えるマスターのことを心配したけど、今となっちゃ大きなお世話だったんだろうなぁ。


 マスターはそこそこ戦えたし、何より無茶苦茶強い反則みてーなじいさんがいる。現役なら楽勝で特級冒険者になってるだろ、あれは。


 さて、そんなこんなで歩いていくとやがて見知ったおしゃれな家が見えてくる。この森には似あわない──いや、ある意味ではこれ以上ないくらい馴染んでいる、メルヘンチックで綺麗な外観の建造物。今日も色とりどりのガラスが輝き、花壇のような場所に花が咲き乱れている。


 カランカラン


「邪魔するぜ、マスター」


 いつも通りの涼しげで軽やかな音。やっぱこの音聞くとここに来たって感じがする。


「いらっしゃい、レイクさん。《スウィートドリームファクトリー》へようこそ」


「いらっしゃいませ! おにーさん、遅かったじゃないですかー!」


「俺が最後だったか。悪ぃ悪ぃ」


 いつも通りの受け答え。ただ、今日はいつもとちょっと違う。


 ドアを開けた瞬間に感じたある種の圧迫感。いつもの甘い香りと花の香りが今日は薄い。


 代わりに感じるのは冒険者の匂いと人の匂い。うまく形容できないけど、ともかくそんな匂いだ。


~♪


 いつもの音は変わらない。


 すっと店内に視線を巡らせると見知った顔の常連たちが思い思いの場所に座っていた。


 ベージュのローブ、でっかい大剣、銀髪のエルフ、いかついおっさん、新人コンビ、真面目そうな騎士、気難しそうな学者、生き様が獣っぽい獣使い。


 蒼い衣服を纏ったじいさんに給仕服のシャリィ。そしてにこにこ笑っているマスター。


 俺を合わせて全部で……十三人か? あ、ラズもいたな。なんかすっげぇ睨まれた。


「やっぱり皆さんがそろうと少々狭く感じますね」


「いや、俺はこのごっちゃりした感じも好きだぜ?」


「騎士団本部は書類でもっとごっちゃりしていたなぁ……」


「大変、騎士様が遠い目に!」


 セインが虚ろな目になってぶつぶつ呟いていた。なんか薄気味悪いから別の席に座ることにする。


 なんだかんだでみんなが揃うことはなかったからなぁ。いつもの席が空いてないってのは困りもんだ。とりあえず、適当に空いている席でいいか。


 おっさんの隣……はなんか嫌だ。暑苦しい。つーか狭い。

 ミスティの隣……はなんかキケンな気がする。

 アルの隣……は絡まれるとめんどくせえ。

 エリィ……は隣が空いていない。アミルが座っている。


「……」


 ここまで来てソロで座るのもなんか気が引ける。意地でも、それこそ盗んででも座るってのが盗賊ってもんだ。


「おい、リュリュ。そこ詰めて……」


「…ここはシャリィちゃんが座るんだ」


「あ」


 あろうことかこの無愛想エルフ、盗賊の目にもとまらぬスピードで椅子を遠ざけやがった!


「レ、レイクさん、ボクの隣を……」


「お、おお。信じてたぞエリオ」


 エリオががたがたと椅子を引っ張る。


 やっぱりこいつはいいやつだ。これだよ、俺はこういう後輩が欲しかったんだよ。エリオの逆隣にハンナが座っているから少々狭い感じではあるが、これでようやくひとだんら……く?


「ばかねぇ、エリオ。あなたの角があるから隣は空けとけって言ってるじゃない」


「ご、ごめん」


「いっつも当たっちゃうんだから。あたし以外は隣に座らせるなって言ってるでしょ?」


 顔側面のわずかな違和感。エリオの角だ。コツコツとした硬質な角が俺の頭を押している。そして、申し訳なさそうにエリオがこちらを振り向き、俺の鼻に強烈な一撃を与えた。


「へぶっ!」


「ご、ごめんなさい!」


 野郎、伊達に毎回入口にぶつけてないな。入口の傷はもはや模様のようになっている。つまり、入店のたびに角の一撃は強化されているってことだ。


 あ、やべぇ。なんか涙出てきた。俺一体なにやってんだろ。


「空いてる席に座ればいいさね。わざわざこだわることもなかろうに」


「いやだって……なんか寂しいじゃん? 負けた気がするし」


「理解できんな。もっと合理的に考えたらどうだ? 特別に僕の隣に座ることを許可してやろう。喜べ」


「ぜってぇ嫌だ」


「はは、じゃあ僕の隣に来ます?  座れないけど、カウンター内だからそこそこ広いですよ」


「お、ありがとな、ます──」


「レイクさん、私の席にどうぞ! お疲れでしょう? 私が立ってますから!」


「たぁっ!?」


 カウンター内に入ろうとしたところでアミルに腕をつかまれ、そのまま入れ替わるように座らされた。流れるような無駄のない動き。抵抗もできずに勢いよく尻を打ち付ける。


 ホクホク顔でカウンター内に入ったアミルはにこにこと笑ってマスターの隣に立つ。シャリィとエリィがにやにやと笑っていた。なーんかちょっと見ない間にずいぶんと積極的になったな、あいつ。


「と、とりあえずこれで全員揃いました?」


「ああ、少なくとも俺が知る限りじゃこれが全員だな。それで? いったいなんだって俺たちを集めたんだ?」


~♪


 椅子のポジションを直しながら俺はマスターに問いかけた。そう、今日はマスターから話があるって呼ばれてきたんだ。そうでもなきゃ、常連全員が一斉に集まるなんてことはない。


「僕のほうからみなさんへ、依頼があるんです」

 

 どうやら依頼を受けてほしいらしい。マスターは何かを考えながら話し出す。


 まぁ、冒険者の本来の仕事だし、想定内と言えば想定内だ。ギルドを通した依頼ではなさそうだったが、冒険者が個人の依頼を受けるのも特別珍しいってわけじゃない。


 ただ、あのマスターが俺たちに何を依頼するのかね? こんな大人数だし、食材の調達か何かか? いや、食材はマスターの友人が卸しているらしいし、それはないか。


「ちょっとした護衛依頼なんですけど、人数が多く、期間もちょっと長めなんです。……受けてもらえますかね?」


「ふむ、護衛か。場所と人数、条件にもよるな。なるべくなら受けたいが、あまり無茶なのは断らざるを得ないぞ?」


 エリィがまっすぐとマスターを見つめて話す。確かに、護衛って言っても結構ピンキリだ。楽な時はとことん楽だし、面倒な時はとことん面倒だ。


 何が面倒かって、護衛対象が言うこと聞かずにフラフラしたりするんだよ。はったおしてやろうと思ったことが何度あったことか。ま、マスターの依頼だからそんな変な奴じゃないだろうけど。


「ええと、人数は五十人くらいで、場所はこの森です。僕の通っている学校っていう、ギルドみたいなもののメンバーで野営訓練をしようと思っているんです。ただ、みんな冒険者じゃないのでいざって時が怖くて」


「マジか! ガッコウってあのガッコウか!?」


 ガッコウて言えばあのなんか面白そうなところじゃねーか!


 こりゃ、俺の運も回ってきたな。周りを見りゃ、みんな驚いたような顔をしている、ちょくちょく話には聞くが、今まで全然その実態がつかめなかったからなぁ。


「マスター。人数は大丈夫だと思うが、期間はどれくらいかね? 野営訓練は騎士団でもよくやったが、初心者のうちはそう長い時間はきついと思うぞ。初心者ばかりだと、当然護衛の負担も増えるわけだしな」


「三泊四日ですね。初日の朝にここについて、四日目の午後には発つ予定です。……いけますかね?」


「ああ、それくらいなら大丈夫だろう」


 しっかし野営訓練ねぇ……。うってつけっちゃうってつけだけど、わざわざそんな大人数でするものかね? 野営準備なんてあっという間に終わっちまうだろうに。どんなにもたついたとしても二時間ありゃ終わるだろ。


「あ! こないだ均したあそこでするの?」


「ああ。あそこに拠点を作って生活するってのが大まかな流れだねェ。おまえさんたちにはその間、危険がないか見回りとかをしてほしい」


「ただ、いくらか条件がありまして」


~♪


「条件?」


「……僕の故郷、魔物も魔法もないものだからなるたけそういうものを見せたくないな、と」


「いや、無茶だろそれ。つーかそんな場所あるのかよ」


「これが本当なんだよねェ。だから、剣も魔法も血も見たことがない。獣一匹シメたことがない。私らの故郷じゃ、お前さんたちの格好で出歩くとまず間違いなく自警団にとっつかまる。……武器は殺しの道具でしかないんだよ」


 みんなが絶句している。武器なしでどうやって自分の身を守れというのか。五歳のガキだって護身用ナイフを持っているというのに。


 一体マスターたちの故郷とはどんな場所なんだろう。一度行ってみたいもんだ。


 ……あれ、じいさん武器持ってたよな?


「じゃ、オレみたいに素手でやればいいのか?」


「それがベストと言えばベストなんですけど、あまり派手なのも……。理想としては見えないところでサクッとですね。素手で当たり前のように熊を殺せる人間なんていませんし」


「いねえのか? 一人も?」


「ええ。……たぶん」


「たぶん?」


「メンバーの中に、すさまじい身体能力を持っているのが何人かいるんです。ただ、彼らは実戦は未経験なので実力を発揮できるかどうか……。彼らのストッパーもお願いできないかな、と」


「また無茶苦茶いうなぁ」


 オン!


「実際、放っておいたらそのまま居つくんじゃないかってくらいのサバイバリティをもつ女の子がいるんですよ。一番はしゃぐだろうし、下手したらそのまま行方不明になる可能性も否定できないんです」


「個性的な人物がいるんだな」


「アル、お前にゃ言われたくないだろうよ」


「そうか?」


 しかしまぁ、ある意味じゃマスターたちらしい奇妙な依頼だ。武器も魔法も見せず、戦闘も見せずに護衛任務か。


 ま、この森くらいだったらなんとかなるだろ。期間も長いって言ってたけど、四日だけだし。


「ちなみに僕とシャリィも訓練に参加するので、その間はお店は休業になります。もし受けてくださるのなら、このお店をみなさんの休憩所として提供する予定です」


「俺は受けるぜ。なんか面白そうだし」


「あたしたちも受けるわよね!」


「う、うん」


 常連である以上、断る人間なんているはずがない。マスターがあきらかにほっとした顔をし、シャリィがやった、と飛んで喜んでいる。じいさんはいつもどおりにこやかにそんなマスターを見守っていた。


「マスター、報酬はどうなっているのかな? 受けるのはいいけれど、さすがに四日も無報酬ってのはちょっとね」


 アオン!


「えと、僕からは依頼期間中の食事、それと僕の一番得意なお菓子を提供しようかと」


「一番得意なお菓子……だと?」


 その言葉に全員の動きが止まった。


 お菓子。そう、お菓子だ。


 ここでしか食べられない、俺たちだけしかしらない秘密の宝物。今まで散々食べてきたけれど、どれもこれもがうまかった。しかし、それですらマスターの得意なものではなかったということだ。


「い……いったいそれはなんなんです!?」


「はは、そのときまでのお楽しみってやつです」


 はっきり言おう。マスターのお菓子は世界を獲れる。王族かなんかに売り出せば“くりーむそーだ”一杯で金貨一枚は堅い。ほかのメニューだって飛ぶように売れるはずだ。


 そのマスターの、もっとも得意とするお菓子なのだ。期待するなというほうが無理だろう。


「前払いってわけじゃないですが、今日はそのうちの一つを出そうかと」


 そう言ってマスターは奥へと消えた。


 ああ、ちくしょう。


 たとえ受けるつもりがなかったとしても、そんなものがあるのならみんな受けるに決まっているじゃないか。ああ、ここに来た時点で俺らの選択肢なんてないようなものだったんだな。





~♪~♪~♪♪~──......



「お待たせしました。《シュークリーム》です」



 俺たちが依頼についてあれこれ話しているとマスターがなにやら大きめの盆を持ってやってきた。一瞬で話し声が止み、全員の目がそれに釘付けになる。とうとうお楽しみの得意お菓子の登場だ。


「意外と見た目は地味なのな」


 ことりと目の前におかれた皿。握りこぶしほどのベージュの何か。ふんわりとした見た目ではあるものの、まぁ、それだけだ。


 “くりーむ”って名前が入っているのにどこにもそれは見受けられない。まるっこい感じだが表面は岩のようにも見える。化粧のように“ぱうだーしゅがー”が振られているのが特徴と言えば特徴か? 今までのと比べると地味な部類になるのは間違いない。


 どちらかと言えば“けーき”になるのだろうか? “くっきー”でも“ぜりー”でもないし、消去法的にはそうなる。ただ、“すぽんじ”かって言われると首を横に振らざるを得ない。


 率直に言うならばパンのようだが、俺の勘がそうでないと告げている。得体のしれないなにかが内包されているのが感覚で分かった。


「じゃ、さっそく……」


 奇妙な期待とわずかばかりの不安感を胸に俺たちはそれを手に取った。少しかさついた表面。そして、握りつぶしてしまいそうになるやわらかさ。


 やわらかいっていってもほっぺみたいな柔らかさじゃなくて、儚く脆いほうの柔らかさだ。見た目よりも軽いもんだから、まるで目をそらすと消えてなくなってしまうのではないか、とすら思えてくる。


「あ、食べるときはゆっくり慎重に食べてくださいね!」


「急いで食べるとどうなるんだ?」


「ぐしゅっ! ってなってびっ! ってなります!」


 容量の得ない答えだが、心構えはできた。


 なんたってマスターの得意お菓子なのだ。無様な失敗はしたくない。


 合図なんてしてないのに全員が同じタイミングで口を開き、そして全く同時に噛り付く。


 世界が確かに止まる。


 ──そして、誰もが目玉が飛び出るほど驚いた顔をした。



 滑らかな触感。


 ふんわりとしたなにか。


 心をくすぐる芳しい香り。


 一瞬で広がり、一瞬で消える。


 ああもう、反則すぎる。


 こんなもん、誰が食べたって──


「──うますぎる!」


「それはよかった」


 にこにこと笑うマスター。その笑顔はいつもより少し自慢げだった。





 この際だから白状しよう。ついさっきまで、俺はいくら得意と言っても今までのとそこまで変わらないだろうと心の奥底で思っていた。


 ところが、どうだ。


「……! ……!」


 誰もが言葉を失い、夢見心地でそいつを貪っている。


 最初に感じたのは“しゅーくりーむ”の生地だ。“けーき”とも“くっきー”とも違う独特の舌触り。見た目で受けた印象ほどかさついてはなく、むしろ心地よいものだった。


 舌に触れたそれは包み込むような甘い刺激をまき散らし、そしてくしゃっと潰れていく。


 だが、ここまでは前座だ。そう、これでもまだ前座なのだ。


「…っ!?」


 次の瞬間に弾ける“くりーむ”。頭を横からガツンと殴られたような衝撃。生半可なものじゃあない。


 どこにそんなにあったのかって聞きたくなるくらい、そいつは幸せの連続攻撃(ラッシュ)を仕掛けてくる。


 口当たりの良い滑らかなそれが俺の口の中を侵略し、わずかに残った理性さえも溺死させようとしてくる。いつもの真っ白な“くりーむ”が誘惑の悪魔のように俺を絡め取ろうとしてくる。幸せな何かが肺腑の奥までまっすぐに染み渡ってきた。


「……!!」


 だが、それだけじゃあない。そんなものじゃあない。


 ちら、と歯形の付いたそれを見た。中にあったのは真っ白のそれと、優しい黄色のそれ。


 そう──俺はわかった気になっていただけだったんだ。


 “くりーむ”は……二つあったんだ!


「は、はは……」


 もはや驚愕を通り越して乾いた笑い声しか出ない。誰がそんなの予想できるってんだよ。


 なんだよこれ、ずるいだろ。どう考えても卑怯だろ!


「マスター……こいつは?」


「それは《カスタードクリーム》って言います。いつも使ってる白いのは《ホイップクリーム》って言うんです。この《シュークリーム》はその二つをシュー皮で包んだものですね」


 黄色いほうは白いほうと甘さにいくらかの違いがある。なんだろうな、白いのが甘さを追求したのだとしたら、黄色いのはさらに優しさとの両立を目指したとか……そんなかんじか?


 白いほうとはまた違った芳しい香りにあふれ、いくらでも食べてしまいそうになるほど口当たりがいい。鼻から抜けるふわっとした感じが最高だ。


 もちろん、白いのだっておいしい。


 あれだ、素晴らしさの方向性が違うんだ。剣には剣の、弓には弓の良さあるみたいなもんだ。


 そして、こいつらは互いを引き立てあう。


「黄色いのと白いのが混ざって、すっごくおいしいです……!」


 惚けた顔でアミルが呟く。


 そう、この二つの“くりーむ”は口の中で互いにまじりあい、全く別の何かとなって襲い掛かってくる。


 こいつにはどんな歴戦の戦士でも敵いはしない。見つかったらそれで終わりだ。


 白い甘さと黄色い甘さはとろけるようにして口のなかに氾濫してくる。そこにちょっとの皮が入って、なんともいえないなにかを形成するんだ。


 もう一度噛り付く。ぱふっとした感覚が心地よい。甘い空気をふんだんに含ませて白と黄色のうねりが包み込む。


 そのままそいつをごくん。最高だ。


「すごいな! 一口食べただけで口の中が“くりーむ”でいっぱいになる!」


 口の端に“くりーむ”をつけたエリィが嬉しそうに呟く。相変わらずこいつは食べるのがヘタクソだ。


「うぉっ!?」


「おじさん、強く握りすぎですよー。ちゃんと注意したのに、おててベトベトじゃないですか」


「いや、こいつがやわらかすぎんだよ」


 手についた“くりーむ”をぺろりと舐めたおっさんが残りを一気に口に入れる。全部余すことなく楽しむにはそれが一番正しいが、それをやるのは惜しい気がする。できるなら、もっと楽しみたい。


「…ふふ、シャリィちゃんも鼻の頭についてるぞ」


「あたしもこれ食べるの、けっこう下手なんですよね……」


 リュリュがシャリィの鼻を幸せそうに拭ってやっていた。どうやらこいつをきれいに食べるのはなかなか難しいことらしい。


 ま、こんだけやわらかくて“くりーむ”がたっぷりはいっているんだから当然だな。もちろん、俺はきれいに食べられている。


「エリオ、あんたもついてるじゃない。いつまでたっても子供なんだから」


「……そういうハンナもついてるよ?」


「え」


「なぜ……なぜ包んだだけでこうも変わる!? “けーき”とは全然違うじゃないか!」


「確かに、少しは菓子についてもわかってきたつもりだったが、どうしてこうなるのかまるでわからないな。この……“しゅーかわ”だったか? これを膨らませて空洞を作るのだって相当難しいのでは?」


「はは、確かにレシピ通りやってもうまく膨らまないってことも結構あるみたいです。ま、そこは腕の見せ所ってやつですよ」


 少し自慢げなマスター。自分も一つ手に取り噛り付く。


 ふにゅうっと滑らかなそれが押しつぶされていくのが目に見える。もごもごと口を動かし、そして満足そうにうなずいた。


「ちなみにですが、これは一番スタンダードな奴ですね。中に入れるものや形を工夫したやつもあるんですよ」


「イチゴを入れたり、ですか?」


「ええ。また機会があったら今度はそっちにしましょうか」


 和気あいあいとした雰囲気に包まれて俺たちは笑う。お菓子そのものもおいしいが、やっぱりみんなで食うってのが最高にいい。


「もちろん、お代わりもたくさんありますよ!」


「いよっしゃぁッ!」


 マスターが追加のもう一皿を持ってきたときは、俺たちのテンションは最高潮に達していた。









「ふぅ、うまかった……」


 やがて静かな終わりが訪れる。マスターとシャリィが皿を片付け、ある種の寂寥感がその場を支配する。だが、不思議と心地よい感じだ。


「こりゃあ、もう一つの得意菓子ってのも期待できそうだな……」


「マスターの作るもので期待できないものなんてありませんよ」


「それもそうか」


 アミルが少し口を膨らませた。そんなところで突っかからなくてもいいだろうに。


「……あ」


「どうした?」


 そうだ、せっかく都合よくみんなそろっているんだ。あのこと、伝えるべきじゃないか?


「いやさ、俺らでクラン作るのはどうかなって」


「クラン?」


「ほら、なんだかんだで依頼や訓練で一緒になったりするだろ? みんな職業ばらけているし、ちょうどいいんじゃないかって」


 クランってのは行動を共にする集団のことだ。パーティーよりも規模が大きく、個人的なギルドのようなものだと思えば間違いない。


 クランメンバーはメンバー同士でいろいろ協力し合ったり、道具を融通したり訓練したりする。まぁ、今まで俺たちがやってきたようなことをするだけだ。わざわざ作る必要はないかもしれないけれど、作らない理由ってのもない。


「いいんじゃないか? デメリットもないし」


「ボ、ボクたちもいいんですか?」


「当たり前だろ? ここの常連だけのクランを作るんだから」


「僕の名前にいくらかの箔がつくな」


「…名前と言えば、クラン名はどうするんだ?」


 すっかりみんな乗り気だ。まぁ、別に作ったところでどうなるわけでもないしな。


 しかし、名前か。かっこいいやつをつけたほうがいいかね? この手のセンス、あんま自信ねえんだよな。


「《真理の学徒》なんてどうだ?」


「…却下。ふさわしくない。…《森を訪ねる者共》で」


「間違ってはいないけど、ちょっとセンスないと思うね。《貪るケモノたち》なんてどうだい?」


 オン!


「えーっ! それじゃかわいくないですよぅ」


「なぁエリィ、正直名前なんてどうでもよくねえか?」


「奇遇だなバルダス。私もそう思ったところだ」


「いや、こういうのは名前が肝心だろう? 君たちは《へっぽこ騎士団》なんてのがいたらどう思う?」


「む……たしかにそれはイヤだな。エリオ、ハンナ、おまえたちは?」


「あ、あたしたちはいいですから……」


「ボクたちが決めるのなんてとても……」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ。が、決まらない。しびれを切らしたシャリィが、机をパン、と叩いた。……叩いてから痛そうに自分の手をさすってやがる。


「もう、だったらアレでいいじゃないですか!」


「だな。俺もそれでいいと思う。ぶっちゃけ、それが由来なんだし」


 結局、こういうのはシンプルなのに限る。決していいのが思いつかなかったわけじゃない。


 この喫茶店に集まる常連だけで構成されるクラン。だったら、当然その名前は──


「「──《スウィートドリームファクトリー》」」


 俺とシャリィの息が重なる。まぁ、考えることは一緒だよな。


 常連が店の名前を背負う。カッコいいじゃないか。


「いいよな、マスター?」


「僕は構いませんけど……。本当にそれでいいんですか?」


「ああ。俺たちにピッタリだろ? 他にいい案があるのはいるか?」


 誰も答えない。これ以上に俺たちにふさわしい名前なんてあるはずがない。決まりだな。さすが俺。


「じいじも、この名前使っていいですよね!」


「いいんじゃないかねェ。ところで、クランマスターはどうするのかね? 形式だけでも決めておいたほうがいいさね」


「そりゃ発案者のレイクだろう? よっ、クランマスター!」


「ちゃかすなおっさん。俺こういうのダメなんだよ……じいさんやらね?」


「私も入っていたのかい?」


「いやさ、クランつってもガチガチのじゃないからさ。マスターもシャリィも入れるぜ? あれだ、支援部隊的なノリで」


「やった! マスター、あたしたちもクランメンバーですよ!」


「や、やったー?」


 クランはあくまで行動を共にする集団ってだけだ。非戦闘員がいるのも珍しくない。ていうか、大きなクランだったら非戦闘員は必ずいる。薬師や鍛冶師なんかがそうだな。喫茶店のマスターってのはたぶんここだけだと思うけど。


「じゃ、クランマスターもマスターですね!」


「ええ!? 僕ですか!?」


「だってマスターですよ? マスターが二人いたら、こんがらがっちゃうじゃないですか」


 確かにアミルの言うとおりだ。それにマスターだったらこの癖のあるメンバーを纏めることができるだろう。


 そもそも、俺たちのつながりの真ん中にいるのはマスターだ。マスターがいなければ俺たちはこうして一緒にいることもなかったんだろうし。


 なんだ、改めて考えてみれば一番ふさわしいじゃないか。


「じゃ、そういうわけでよろしくな、マスター」


「ええ……。名前だけのマスターでよければ」


「安心してください! 必ずマスターは守りますから!」


 とりあえずはこれでいいだろう。あれだな、いい仕事すると気分がよくなるな!


「さて、それじゃ私からクラン結成祝いでも送ろうかね」


 と、ここでじいさんがふところから小箱を取り出し俺たちの前にその中身を広げだした。……あれ、もしかして俺の行動、読まれていたのか。


「もともと渡すつもりだったんだけどね。クランの証兼お守りみたいなものさ」


 にこりと笑ってじいさんがそれをひとつひとつ手渡していく。金と銀でできたアクセサリー……か? 留め具のようなフックのようなものがついたエンブレムっぽく見える。


「……なかなかだな」


 滑らかな流線型を基調とした独特な意匠をしていて、オシャレに疎い俺でもなかなかの魅力があるということがわかる。芸術商にもっていけばかなりの値段で引き取ってくれるだろうことは間違いない。


「そいつは魔道具でもある。つけていると私らの故郷の言葉がわかるのさ」


「じいさん、そんなの持ってたの? というか、そんなの存在したの?」


「いや? ないから作ったのさ。おまえやシャリィに使った裏技(●●)に頼りすぎるのはいけないからね」


 翻訳の魔道具だなんてめったに使われない高級品のはずなのに、なんでこのじいさんは当たり前のように作ったなんて言えるのか。見ろ、アルなんて口をパクパクさせているじゃないか。


 当たり前のようにポンと出せる物じゃないはずなんだけどな。作れたとしても相当時間がかかるはずだし。


 じいさんに適当にどこかに着けといてくれと言われたのでとりあえず冒険者印の銀鎖のところに留めておく。光をきらきら反射してすごくいい感じだ。やべぇ、俺のオシャレ度急上昇じゃん。


 これで古都の大通りを歩いたら女どもが放っておかないんじゃないだろうか。


 ……なんだろう、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


「リュリュ、ハンナ、エリオのはちょっと仕様が違ってね。魔力を通すと耳や尾っぽを隠すことができる」


「…なぜ?」


「いや、私らの故郷には獣人もエルフもいないんだ。もし見つかったらもみくちゃにされるさね。それでいいなら……」


「…ありがたく使わせてもらう」


「ああ、ついでに、おまえさんたち全員私らの故郷にはいないタイプの人種なんだ。髪の色だって珍しい。服装だって珍しい。……いろいろ質問されるかもしれんが、適当にごまかしておいてくれ」


 またわけわからん条件が増えた。本当にこれ、ただの野営訓練の護衛なんだよな? マスターの故郷はどんだけ変わっているんだか。


「それと、この依頼のことはあまり言いふらさないように。この約束を守れたのなら、私のほうからも報酬を出そう。物でも、権利でもなんでもいい。私ができうる範囲で望みをかなえてやるさね」


「また大きく出たね。本当になんでもいいのかな?」


「私は嘘はつかないさね。よぉく考えておくといい」


 オン!


 にっこり笑うじいさんと、なんだか不思議そうな顔をしているマスター。ちゃっかりシャリィも同じエンブレムを受け取り胸のあたりに着けていた。何度も付け直して場所を調整するあたり、女なんだなと思う。


 今日も、平和だ。







 食後の談笑の中で俺たちは依頼についての詳しい話を詰めていく。このときはまだ、変わった依頼だな、程度にしか思っていなかったんだが、後にそれは間違いだったと大きく実感することになる。


 それがいい意味なのか悪い意味なのか、このときの俺はまだ知らない。ただ、なにか大きな期待を抱いていただけだ。


 俺はこの出来事を忘れることは一生ないだろう。


 なんてったって、これがあいつらとの出会いの始まりだったのだから。













「……ところで、どうやってみんなをここまで連れてくるんです? バスって言ってましたけど、バスじゃここまで来れませんよね。まさかとは思いますが、古家にバスごと突っ込ませる気ですか?」


「まさか。言ったろう、ツテがあるって。私の知人にそのへんは全部どうにかするよう手は打ってあるさね。おまえは何も心配するこたぁないよ。……くく、これでようやく楽しいキャンプの準備が整ったんだ。嫌なこと全部忘れて、全力で楽しまなきゃ……損ってものだろう?」





20160406 文法、形式を含めた改稿。


シュークリーム食べるとぶしゅってなる。


説明&全員集合で長くなりすぎちゃった。

ううむ、難しい。

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