獣使いとミックスサンド
「もうちょっと先かな?」
アオン!
樹の匂い、土の匂い、風の匂い。いつもの森の喫茶店へと至る道。私はいつもの通り、相棒の隣を歩いている。
最近ようやく落ち着きを見せだしたラズは、あそこへ行くときに走り出すようなことはしなくなった。ようやく躾の効果が出てきたみたいだね。
「あんまり遠くとも近すぎてもいけないからねェ」
「本当にあるのかよ、そんなところ」
「はい! こないだエリオとの特訓の時に見つけたんです!」
いつもとちょっと違うのは、バルダスと獣人の連れがいるということと、いつもの道を喫茶店から遠ざかるほうに動いているということだろう。本来なら帰り道のはずなのに、こうやって爺様と一緒に歩いているのは、なんだか新鮮な気分だね。
「ちょっと前まで、ここを通るのにもびくびくしてたけど……」
「今となっては、楽勝!」
「まぁ、油断だけはしないようにねェ」
ピクニックにでもいくような気軽さで私達は森を進む。ここは魔獣がわんさかいる森だけれども、このメンツなら恐れるに足りないね。
新人二人は最近かなり腕をあげてきたようだし、もともとここの森は冒険者になりたてのひよっこが訪れる場所。一般人でもどうにかなるような場所で、私達が不覚を取るはずがないよね。爺様なんていつになく上機嫌で、いつも以上ににこにこと笑っている。
「でもおじーちゃん、なんでこんなことを?」
「ちょいと必要になるからさね。おや、ついたみたいだ」
話しながら歩くとすぐに目的地に着いた。あの喫茶店から歩いて十分かかるかかからないかだろうか。
ここはあそこの裏手を流れる川をさかのぼるように進んだところ。いい感じに木々がまばらになっていて地面の凹凸もほとんどない。見通しもよくて広く、野営地にするのにまさに絶好の場所だ。
「じゃ、始めるとするかねェ」
アオン!
緑の背中の相棒が一声鳴く。
以前私とバルダスは爺様に“頼み事をするからそのときはよろしく”と言われた。
その頼み事とは、この森の中で野営地に適したところを見つけ、そこの整理をすることだった。
昨日の夕方、爺様のもとで稽古を終えたバルダスが私に伝言しに来たんだ。なにやらよくわからない依頼だったけれど、一度受けた依頼を冒険者が取り消すはずもない。朝一番で喫茶店に行ったんだよね。
そうしたら、バルダス以外にもリュリュが鍛えている獣人──エリオとハンナも飛び入りで参加すると言うことになっていたんだ。なんでもちょうど爺様の希望していた範囲の中にその心当たりがあったらしい。
「おじいさん、整理するって言ってもどうすれば? 普通に野営の支度をすればいいんですか?」
「魔獣の巣穴が近くにないか探してくれるかね? あとは邪魔な石っころだとかを適当によかしてくれ」
「きっちりやっちまったほうがいいか?」
「うんにゃ、適度に荒れているのがちょうどいい」
「また難しい注文だね。……ラズ、《探索報告》だ。何か見つけたら知らせて」
オン!
とりあえずラズに命令を出して近場を探索させる。まぁ、この様子じゃ何も見つからないだろうけど、油断は禁物だ。野営地に魔物の巣穴とか、冒険者としてやってはいけないミスだからね。
ラズは鼻が利くし、たぶん大丈夫だろう。襲われたとしてもここらの魔獣なら返り討ちにできる。
「ハンナ、こっちの枝切り払ってくれる? ちょっと野営するのには邪魔だと思うんだけど……」
「まかせなさい!」
「じいさん、この倒木はどうする? 邪魔ってんならよかすぜ?」
「いや、そいつは残しておこう。雰囲気的にもいいし、有効活用してくれるさ」
なにやら含むところがあるみたいだけど、私も黙って作業を続ける。
しかしまぁ、適度に荒らしておくってのも難しいね。もともと広場になっているから危険なものもないし、これくらいだったら後は焚き火をすれば十分だと思うのだけれど。
「薪とかは寄せておいた方がいいかな?」
「いや、それも大丈夫だ。使えそうなものはそのまま残してくれると嬉しいねェ」
「野営の支度をするんじゃないのかい?」
鼻歌を歌いながら爺様はきりきりと働く。爺様にしてはさっきからやることがちぐはぐだ。喫茶店の近くなのに野営地を探せと言い、野営の準備なのに薪を集めない。
なぜこんなことを私達に頼んだのだろうね。どうせならインセクトキマイラの討伐とか頼めばいいのに。
「野営と言えば間違いないんだがねェ」
にこにこと笑って爺様ははぐらかす。枝を避け、岩をどかし、倒木の枝をほどほどに払う。木の切り株を適当に整え、垂れている蔓を断つ。やっていることそのものは、紛うことなき野営の準備だ。
バルダスがそのでっかい体を活かして生き生きと働き、獣人の二人は獣人特有の感覚を持って事に当たる。私も無造作に片手斧を振り回し、草を払った。
アオン!
「お、はやかったね」
舌を出したラズが駆け寄ってくる。思った通り、この近くには特に危険なものはなかったらしい。
しかし、こんな冒険者にとって初歩的なことを依頼として受けていいものなのか。なんていうか、これくらいだったら別に仕事でも何でもないような気がする。オシゴト特有のスリルがないんだよね。
「そういえば、マスターはどうしたんだい?」
ふと気になって私は爺様に問いかける。シャリィちゃんは店番をするといっていたけど、マスターは喫茶店にいなかった。こっちにも店にもいないとなると、一体どこへ行ったのだろうか。
「あいつは出かけとるよ」
「へぇ、珍しい。どこへいったのかな?」
「アミルとデートさ」
「「「「デートぉ!?」」」」
くっくっく、と爺様が堪えるように笑う。作業をしていたはずの私達の手はいつの間にか止まっていた。
ハンナは顔を赤くして手を頬に当て、エリオは口をパクパクとしている。バルダスはいくらか予想をしていたのか、一瞬で落ち着きを取り戻し、どこか感心したような顔をしていた。
「え、おじーちゃん、デートってデート?」
「まぁ、話を聞く限りじゃデートだね。古都で洋服を選ぶってさ」
うん、若い男女が二人きりで洋服を買いにいくのなら、それは間違いなくデートだね。
アミルとは直接の面識はないけれど、エリィや他の奴からどんな人物かは聞いている。そんなに積極的なやつじゃないと思っていたのだけれどね。先を越されちゃったか。
「ねぇ、どっちから誘ったの!?」
「私はそこまで知らんよ。そういうのは本人達に聞くさね。ユメヒトのほうもデートとは一言も言ってなかったし」
ハンナはやはりそういうのが気になる年頃なのだろうか、さっきから爺様にぐいぐいと食いついている。ハンナの場合は相手もすぐ隣にいるのに、なんでそんなに気になるのだろう。いや、すぐ隣にいるからこそ、か。
「でも、困っちゃったね」
「どうした? まさかおめえもマスター狙いだったのか?」
「うん、そうだよ?」
「「ええええええ!?」」
ハンナとエリオが驚いたように私を見る。
やだね、そんな顔でみられると照れちゃうじゃないか。というか、この二人は気づいていなかったのか。あ、そういえば今日が初めてだっけ。
知らず知らずのうちに、私は唇をぺろりと舐めていた。
「あれだけの優良物件、狙わない方がおかしいよね。おいしいものが毎日食べられるし、マスターだったらヒモでもいいよ。私が養ってあげられる。養って見せる。優秀な使い魔が一匹増えるようなものさ」
「……なんつーか、おめえも大概だな」
「愛人でも構わないよ? ヒトが決めた柵に捕らわれるのはよくないしね。私はケモノみたいに自らの欲望に自由でありたい」
そう、欲望には忠実であるべきだ。それこそが生物としての正しい生き方なのだから。抑圧されるのは心にも体にもよくないことだしね。
それに、だ。
「人だって獣。獣を手なずけるのは獣使いの十八番だからね。なかなか獰猛なところもあるみたいだし、今から楽しみだよ」
「これがオトナなのね……!」
「ミスティさん、ボクたちよりもよっぽど獣人らしいや」
もう完全に私達の作業の手は止まってお話タイムとなっている。まぁ、もうあらかた作業はすんでいるから全く問題はないけどね。爺様も切り株に腰掛けて座っているから、作業は終わりってことなんだろう。
私はもう一度唇をぺろりと舐めた。
「でもね、私が問題としているのはそこじゃないんだ」
「というと?」
「……ラズだよ。こいつ、前科持ちだからね」
グルゥゥゥ……!
ほら、今も必死に何かを耐えるように唸り声をあげている。
こいつもマスターが大好きだからなぁ。雌として譲れないものがあるんだろう。あいつが発情して襲いかかったの、マスターしかいないもんな。
アミルと会った時、なにかやらかさないか心配だよ。今度からあそこに行くときはリードも持っていくようにしようかな。
「さて、それじゃそろそろ昼餉にしようかねェ」
話しこむことしばらく。にこにこと黙って話を聞いていた爺様がゆっくりと立ち上がり、私達のほうへと近づいてくる。そして、バルダスが腰かけていた倒木の横に腰を下ろすと、爺様はどこからか大きなバスケットを取り出した。
……どこに持っていたんだろう?
「お昼? あたしたちのもあるの?」
「そりゃあるさね。手伝ってもらってるんだからこれくらいはやるさ。それとも携帯食糧のほうが好きなのかね?」
「あたし、あれ、きらい」
爺様の言葉にハンナが顔をゆがめた。
携帯食糧はぱさぱさもそもそして味が最悪でまずい。口に入れた瞬間にありとあらゆる水分を奪って舌に重く纏わりついてくる。とても食べにくいし後味も最悪だ。
腹が膨れないこともないけれど、満腹感は得られない。私が知りうる限り世界で一番まずい食べ物だ。
「ほら、《ミックスサンド》だ」
「わぁ、すっごくおいしそう!」
「なかなか豪勢じゃねぇか!」
その言葉に釣られて私もバスケットの中を覗き込む。“けーき”の“すぽんじ”が四角く切りだされたような物の間に、トマトやレタスと言った野菜やハムなどが挟まれたものがぎっしりと詰まっていた。
ぱっと見る限りではどれも片手で持てるくらいの長方形で、挟まっている具にもかなりのバリエーションがある。白、緑、黄色、赤……色合いもとても鮮やかだ。なんだか見ているだけでワクワクしてくるね。
「おじーちゃん、これ、パンを使ったやつ?」
「これがパンだって? “すぽんじ”じゃないのか?」
驚くべきことにこのふわふわの白いのはパンであるらしい。パンなんてガチガチの硬いのしかないと思っていたけれど、マスターたちにかかればこんな風にもなってしまうのか。
アオン!
隣にいたラズが早く食わせろと言わんばかりに吠える。
それを見た爺様が無造作にそのうちの一つを取り出すとラズの鼻面へと差し出した。ラズは警戒するそぶりすら見せず、勢いよくそれにがっつく。体全身で喜びを表し、たったの二口で丸飲みにした。
オン!
「そうか、うまいか。そいつぁよかった」
ラズの首の下を掻き上げて爺様が目を細めて笑う。なんだかちょっと妬けちゃうね。主は私なのになぁ。
「お、おいじいさん、オレたちも食べていいんだよな?」
「そう言ってるさね。はやく食べないとみんなラズに喰われちまうよ。たんとあるから好きなだけお食べ」
爺様がいらずらっぽく笑うと同時にそのバスケットに四つの手が伸びた。
掌にマメの付いた少女の手、指先が傷ついた少年の手、大きいごつごつした男の手、古い咬み傷のついた女の手。
誰ともなしにお互いの顔を見合わせ、そして手の中にある獲物に視線を落とした。四角いふわふわがそこで食べられるのを待っている。
奇しくも四人ともが違うものを手に取ったようで、私のやつからは赤いトマトと緑のレタスがその姿を覗かせていた。
もう、食べるしかないよね。
しゃきっとした歯触り。
心地よいパンの香り。
柔らかな食感。
新鮮な風味。
これはもう、間違いなく。
「──おいしい」
「そいつぁよかった」
今はただ、この快楽に身を委ねていたい。
一口食べればわかると思うけれど、“みっくすさんど”はお菓子じゃない。パンの感じも“すぽんじ”とはちょっと違うし、なによりお菓子の甘さが存在しない。
ぱふっとそいつに噛みつくと、最初に感じるのはパンの舌触り。今まで食べてきたパンが岩だったのかと思うくらいに柔らかい。程よく香ばしい感じがして、ちょっと表面がざらついていて、なかなかいい感じだ。
そこからもう少し歯を喰いこませると、しゃきっとした食感が帰ってくる。そして新鮮で瑞々しいレタスの香りが鼻に届くんだ。
青臭くなく、葉っぱそのもののおいしさを生かしている。自然の恵みって言えばいいのかな。気持ちがすっきりするようなレタスの甘味があるんだ。
一瞬遅れてくるトマト。これも最高だね。
酸味とトマト特有の旨みが口の中で洪水をおこすんだ。それそのものもなかなかいいものを使っているみたいだけれど、こいつが口の中でパンと一緒になったのがまたおいしい。見た目のわりにはボリュームもあって言うことなしだ。
顎を上下するたびに入ってくる空気がそれらの味をより際立たせ、新しい風味となって体中を駆け巡る。パンを通して送られてくる新鮮な野菜の香りに目まいがしそうになるんだよね。
「これ……卵? ううん、卵だけど卵じゃない?」
「ああ、そいつはマヨネーズってのも使っているさね。こっちでは見ないものだろう?」
あっという間に野菜が挟まれた“みっくすさんど”を平らげた私は、ハンナが食べている黄色いのに眼をつけてバスケットから取り出した。よくみると、その黄色いのの中にはゆで卵の白身が細かく砕かれて入っている。こんな風に調理されているのを見るのは初めてだ。
初めて見るのを食べるってのは、毎回わくわくするね。優しく手に取ったそれに、ラズもびっくりするくらい大きく口を開けてくらいつく。
「──わぉ」
うん、すっごくいい。なんだろう、今までに食べたことのないおいしさだ。塩味とも酸味ともつかない、言葉にできない旨みがその黄色いのにはある。
ゆで卵特有の香りがなかなか食欲をそそるね。黄身の甘味がところどころにちらついているのもいい。優しい黄色い見た目とは裏腹に、強烈に引きこんでくる。
卵だけじゃここまでできない。“まよねーず”ってやつの実力だね。舌触りもけっこう独特な感じだ。ちょっと人を選びそうな気もするけど、こいつは病みつきになる。
「うっめぇ! なんだこれ……魚か?」
「よくわかったねェ。シーチキンっていうやつだ」
バルダスがその身に負けないくらい大きく口を開けてかっくらっている。具は……肌色のような、なんともつかない色のペースト状のものだ。
正直なところ、見た目はそんなによくはない。あれが、魚だって?
「爺様、あれは本当に魚なのかい?」
「食べてみるとわかるさね」
急いで卵の“みっくすさんど”を口に放り込み、バルダスが食べているのと同じものを爺様から受け取る。どうやらこいつにも“まよねーず”が使われているみたいだね。
ぱくっと食べてみると、なるほど、たしかにえもいわれぬ魚の風味が一瞬で口の中に広がる。
これは……海水魚だろうか、ここらの魚にしては味がしっかりしてる。食感はどことなくカエルに似ていなくもない。ちょっとパサついているかもしれないけれど、その分旨みが凝縮されているみたいだね。
そのおいしさに舌先が痺れ思わず唇が釣り上がるのが自分でもわかる。魚をこうして食べるのなんて始めてだし、うまい魚を食べるのも久しぶりだ。
魚の旨み、風味が鼻に抜けていくのが気持ちいい。なんとも食欲をそそる味なんだよね。
味が濃いのもパンとよく合っていい。単体じゃ結構人を選ぶかもしれないけど、パンに挟むといい感じに味が調整されている。このたっぷりと染み込んで色の変わっているところが堪らない。
きゅっとちょっと手で押しつけて、がぶっと一気に行くんだ。もう、言葉にできないくらいに最高だよね。
「わ、キュウリとハムがこんなにいっぱい!」
「ホントだ、こぼれちゃいそう! …………おいしそうよねぇ」
「うん、いただきま……」
「じ──っ」
「……ハンナ?」
「じ──っ」
「……はんぶんこ、いや、一口だけだからね」
「やったぁ♪」
「まだまだいっぱいあるのに……。エリオもハンナに弱いねェ」
「いや、これでも強くなったほうだろ? 被害は最小限に抑えたし。つーかよ、言葉で『じ──っ』っていうやつオレ初めて見た」
「やだね、女の子の可愛いアピールじゃないか。微笑ましいよ」
エリオの差し出すそれに元気よくくらいつくハンナ。ここぞとばかりに大きく口を開け、エリオの指も食べてしまいかねない勢いで“みっくすさんど”を食いちぎる。うん、なかなか豪快だ。
「……あは♪」
「……あぁっ」
思った以上の被害だったのか、エリオの顔はしゅんとしている。反面、ハンナのほうはそれはもういい笑顔だ。気分が高揚したのか頬が紅潮している。
……あの子もなかなかやるね。
「ボクの“みっくすさんど”……指まで食べそうになるし。ハンナの歯って、鋭いから噛みつかれるとすっごく痛いんだよ?」
「くよくよしないの! あ、こっちのも最っ高!」
「バスケットに同じのあるのに……」
「エリオのがよかったの!」
しょんぼりとしながらもエリオは小さな歯型の付いた“みっくすさんど”を頬張る。一口二口と食べると、とたんにそのおいしさで笑顔になった。やがてその気弱な性格とは裏腹に大きく口を開け、思いっきり頬張ってごくんと飲み干す。こういうところは年相応の少年らしい。
「こんどはそっちの、食べてみようかな」
「卵のやつ、すっごくおいしかったわよ!」
「いや、なんだかんだで一番は魚だろ?」
「おいおい、野菜のだっておいしいじゃないか」
“みっくすさんど”には多くのバリエーションがある。どれが一番だなんてとても決められないことだけれど、それでも自分が信じる一番は誰にだってある。
バルダスは魚のを取り、ハンナは卵のをとり、私は野菜のをとった。私達は静かに目を合わせ、軽く殺気を飛ばし合う。
なんだかんだで甘めの味付けの卵を選ぶハンナはまだまだおこちゃまだね。眼先の濃い味付けにしか反応できないバルダスはただのガキだね。
野菜のやつこそ、至高なのに。あのシャキシャキ感と新鮮さ、その素晴らしさがわからないだなんて。
「これ、とっても食べやすいですよね。おじいさん、お弁当にこれ作ってもらうことってできますか?」
「ああ、問題ないさね。事前に言ってくれれば作って置くさ。冒険に出る前に受け取りに来るといい。……もちろん、お金は貰うがねェ」
「いくらくらい?」
「そうさねェ。銅貨三枚でこのバスケットの半分でどうだい? 中の具はあけてみるまでのお楽しみだ」
「そんなに安いの!?」
アオン!
私達が睨みあっている横でエリオと爺様が話している。薄情者のラズは私を無視して爺様から“みっくすさんど”を貪っていた。
むぅ、ラズの奴はもう少し躾を厳しくする必要があるかな。
「もともとこいつはピクニックなんかでよく食べるものなんだ。片手で手軽に食べられるし、バリエーションも豊富だし。作るのも楽だしねェ」
「……今ここにない具もあるんだよな?」
「そりゃもちろん。肉、魚、卵、野菜、果物……なんでも使うさ。それこそ種類は無限大だねェ」
「おじーちゃん、これから毎日お願いするから!」
食い意地の張ったバルダスとハンナは私から眼をそらした。睨みあいには勝ったけど、勝負には負けた気分だね。
ラズが私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべている。変な意地を張らず、おいしく頂くことこそが自然だったみたいだね。
「ま、日持ちはしないからその日のうちには食べてくれよ」
「もっちろん!」
「ハンナの場合、日持ちがしても我慢できずに食べつくすよね」
「なにかいった?」
「……な、なにも」
言わなきゃいいのにエリオが口をはさみ、ハンナに小突かれていた。まったく、これが若いってことなのかな。
バルダスはもうさっきと同じように両手に“みっくすさんど”を持って熱心にがつがつ食べている。私も負けていられないね。
「……うん、おいしい」
もうだいぶ中身の少なくなったバスケットから“みっくすさんど”を取り出し、私は大きく齧り付いた。具を見ずに適当にとったものだったけど、さっきのよりもおいしいものだった。
昼餉を終え、最後にもう一度辺りを見まわして仕事は終わる。爺様もずいぶんと上機嫌で、私達も適度な運動とうまい食事をとれて気持ちがいい。
相棒はアオンと吠え、私の指を舐めてくる。相変わらず、食い意地の張っているやつだ。だけど、ラズの気持ちがわかってしまうくらい、今日の昼餉はいいものだった。
「しっかし、あっけねぇ仕事だったなぁ。野営の支度して飯食うだけなんて」
「まったくだね。冒険者ならこの程度、朝飯前だしね。……いや、昼の後だけど」
「私達でも楽勝だったってのも珍しいよね」
「ボク、戦闘は苦手だけどこういうのは得意なんだよ」
喋りながら喫茶店へと至る道を進む。これじゃ本当にピクニックに来たようなものだ。
ま、たまにはこんな日があってもいいか。働くばかりじゃなくて、たまには休憩もあったほうがいいしね。
「元気が有り余っているのなら、もういくつかお願いしてもいいかね?」
「あん? ま、いいけどよ。ちゃんと午後の稽古は付けてくれよ」
爺様がにこにこと笑って私達に問いかける。その目は悪戯が成功した子供のようだった。
お腹の底から出てくる笑い声を必死で押さえているような、そんな顔だ。
「……爺様?」
「なぁに、そんな大したことを頼むつもりじゃあない。……ただ、ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ『それ』の後押しをするってだけのことさ……!」
爺様のこんな表情を見るのなんて初めてだ。いつもは慈愛の微笑みなのに、今日は明らかに利己的なものが入っている。今日はいつになく上機嫌だったけれど、どう見てもこれはちょっとおかしい。
思わず、私は唇をぺろりとなめた。本能が告げている。面白いことになると。
「……へぇ。具体的には?」
「常連の連中に声をかけてくれ。三日後の午後に集まるようにって」
「それだけ? おじーちゃん、なにか隠してるでしょ? もう、言っちゃいなよ!」
「くく、わかるかね? 私も、もう楽しみで楽しみでしょうがないんだ……!」
とうとう堪え切れなくなったのか、爺様はお腹を抱えて笑いだした。ひぃひぃ、と声を荒げ、眼の端には涙さえ浮かべている。爺様の笑い声は森全体に響き、何匹かの鳥が飛び立っていった。
「あはは、はは、あはははは!」
「お、おじいさん?」
「ひっひ、いや、すまんね。もう驚いた顔が目に浮かぶようで……。やっぱりこういうのはわくわくするねェ……!」
くっくっく、と声を落として笑いつづける爺様。
正直ちょっと驚いたね。爺様がこんな狂ったように笑うなんて。それほど面白いことなのかな。
「そ、それでよ、一体何するってんだ?」
「内緒っていったら怒るかい?」
「酷いね、ここまで来たんだから教えてくれてもいいじゃないか。どうせ、その三日後に集まった時に言うんだろう?」
それもそうだねェ、といって爺様は背筋をただした。また口の端が笑いでプルプル震えているが、はっきりとした口調で宣言する。それは、短くも長い冒険者の休日の幕開けになるものだった。
「今日作った野営地に、故郷の学校の連中が来るさね! うまいもんも食えるし楽しいことだってたんとある! 異文化交流だってしてもいいさ! さぁ、思いっきり騒ぐぞ!」
20141012 誤字修正
20160404 文法、形式を含めた改稿。
そしてなくなったストック。
ポテトサラダ、野菜、卵、シーチキン……他には何があるだろう?
ちなみに焼いたのは店内でのみとなっております。




