戦士とアイスキャンデー
※注意! 必ず読むこと!
今回、★で前半と後半に分かれています。
後半にはやや暴力的な表現やキャラクター崩壊(?)する場面があります。
苦手な方はそこで読むのを終わりにしてください。
前半だけでもいつもと同じ分量があるので変わらず楽しめます。
「まさか、ここにいるわけないだろう?」
「絶対そうですって!」
じりじりと暑い太陽が照りつける空の下。否定する私の言葉を歯牙にもかけず、ベージュのローブを纏った女魔法使いはそういった。ぐぐい、と私の手を引っ張り、古ぼけた情緒ある道をずんずんと進む。
ここは古都の大通り。古都は大きな遺跡を人が住めるようにしたものであるため、店や住居の随所にその名残が見られる。みょうちきりんな模様が壁に彫られていたりするし、わけのわからない石像やあまり効率的でない構造をしているものなんかがわんさかある。
踏みしめる石畳も人口のそれと感触が違う。みためこそ石畳のようにしているものの、これは古都の元となった遺跡の床をそのまま削っただけのものであるからだ。
その“石畳”のひび割れからは逞しく植物が顔を出し、ツタを這わせている。よくぞまぁそんなところから顔を出せたものだと感心するが、なんと古都の中央部では巨大な大樹が岩を突き破って生えていたりする。これはこの古都ジシャンマでしか見られないものだ。
「ぜったい、ぜったいマスターの声でした!」
「いやいやいや……」
そんな古都でさて、ちょっと遅いがギルドにでも行くかとアミルと一緒に歩いていたら、何をとち狂ったかアミルはマスターの声が聞こえるなどと言いだしたのだ。
頬を上気させて主張する友をいぶかしみながらも辺りを見回すが、私達と同じように装備をつけた冒険者か、買い物に来た主婦くらいしかいない。そもそも、マスターたちが古都にいるのを見たことはないし、マスターたちは結構目立つ。いたらすぐにでもわかるはずなのだ。
「マスターたちはあの喫茶店にいるんじゃないのか?」
「買い出しに来てるのかも!」
アミルは私の手を引いて大広場のほうへと向かっていく。
大広場は行商や屋台を扱う商人、その他なにかを売りたい人間が利用するところだ。生活雑貨から魔道具まで、品数はなかなかのものがある。運が良ければ掘り出し物に出会えることもあるが、ぼったくられる可能性のほうが高い。目利きのできるやつが一緒にいれば安心だが、特に理由がない限り、買い物は普通の店で済ませる人間がほとんどだったりする。
ようは、ちょっと冷かしたり見て楽しんだりする場所ってことだ。そして、どんな国でも、そういうところは非常に混む。
人の合間を縫い、大広場へと足を踏み入れた。むわっと暑い空気が私を襲う。ああ、やっぱり今日も人は多い。日差しが余計強くなったような気さえする。
「ここに、買い出しに?」
屋台の主人が肉を焼いている。ぼろぼろの身なりのあやしいやつがその身にまけないくらい怪しげな小物を広げている。
その対面では、シャリィちゃんくらいの小さな子が手作りであろうアクセサリーを広げて必死に呼び込みをしている。その隣では、冒険者が少し傷ついた魔物の素材を売っている。
この独特の混沌と活気は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが……買い出しに来るような場所だとは思えない。
「……妙に多いな」
進むベージュを見失わないようにしながら進むと。その光景に多少の違和を感じた。
なんか、やけにざわついている。どこかで掘り出し物でも売っているのだろうか。
財布をすろうとしてきた小汚い男の指を捻りあげ、私は歩を進めた。
そう、そのときだ。
「らっしゃい、らっしゃい! 《甘夢工房》だ! ここでしか、今しか食えないうんめえものがたったの銅貨一枚! はい、お買い上げありがとさん。マスター、“桃”二つ!」
「レイクさん、今ので桃が終わりました! じいさん来るまで打ち止めで!」
「マスター、あたし疲れましたよぉ……。ちょっとだけ休んだりしちゃったり……」
「がんばって! この二本終わったらストックで対処するから!」
カラフルなパラソルのそばに木製の屋台。屋台の屋根には垂れ幕と飾り──後に知ったが、これはのれん、提灯、すだれというらしい──がついていた。
その垂れ幕は四枚に別れていて、それぞれ一枚ずつ、青地に白く『甘』『夢』『工』『房』と描かれている。奇妙な紋章だが、きっと彼らの故郷の文字だろう。若い二人の男と女の子が汗水たらして働いている。
三人とも服装は一緒だ。奇妙な柄のバンダナに蒼い丈夫そうな生地をつかったエプロン。その下は各々の自由なようだが、アミルが探していたその人は今日も上等な白いシャツに黒いズボンをはいていた。
明るい茶髪にあまり見かけない真っ黒で綺麗な神秘的な目。間違いない。
「やっぱり、マスターだ!」
「おや、アミルさんにエリィさん」
駆けよる私達にマスターはにこにこと笑いながら手を振る。レイクやシャリィちゃんも私達に気付いたようだ。
この二人までマスターと同じ格好をしているのはなんか新鮮だと思う。黒いバンダナはレイクにしてはおしゃれな格好だし、オレンジのバンダナはシャリィちゃんの赤毛によく映えている。
「マスター、どうしてここに?」
「はは、たまには古都の中でやってみようかと思いまして。こっちもけっこう暑いですしね」
じんわりと汗を掻いたマスターを見ると、結構早い時間からここで商売をしていたのだろうことがわかる。
何を売っているのか、とアミルが声をかけようとしたところで──
「おいそこの女二人! 順番はちゃんと守れよな!」
「そうだそうだ! 僕たちだってちゃんと守ってるんだぞ!」
「そうよ! 私だって並んでいるんだから!」
日焼けした少年、そして若い女がが形相を変えて叫んできた。見れば、十人ほどの人間がマスターの屋台のところに行儀よく並んでいる。ついうっかり駆けよってしまったので気づかなかったが、私達はここに割り込む形になってしまっていたらしい。
「す、すまん。そんなつもりはなかったんだ。アミル、一回離れるぞ」
「あうう……」
マスターから離れようとしないアミルを引っ張り、邪魔にならないところへと下がる。その様子を見ながら、なってねーな、とその少年は手の中の銅貨を弄びながら呟いた。どうも、長すぎる行列にいくらかイライラしてしまっていたらしい。
「しかしまぁ……盛況だな。ここらで一番売れているんじゃないか?」
「だって、マスターのお店ですもん!」
見ている間にも人はどんどん集まってくる。私達のように直接買おうと屋台の前に立つ客が出るたび、列に並んでいる客が叫び、マスターが並んでくださいね、と笑いながら誘導する。どうやら、この屋台ではきちんと並ばないと買えないシステムになっているらしい。
「まさかこんな繁盛するなんて思いませんでしたよ」
「シャリィちゃん。仕事はいいのか?」
「あたし、製作担当ですけど魔力使うんで休憩です!」
屋台の裏でエプロンを脱いだシャリィちゃんが駆けよってきた。なんでも、今売りだしているものはシャリィちゃんの氷の魔法を使わないとできないものらしい。連続で魔法を使い続けるのは大変だったことだろう。
「最初は全然人いなかったんですけど、レイクさんが一人女の人ひっかけたんです。で、その後からもういっぱいお客さん来まして。今はあれでも落ちついた方なんですよ?」
たしかに、言われてみれば並んでいる客は女のほうが多い。正確には女と子供……大人の男はあまりいないようだ。
若い女が集団で来ているのが特徴と言えば特徴か。きっと売りものは甘いものだろうし、口コミで一気に広がったんだろう。
「こっちが初心者だってのをいいことに売上金盗もうとするのはいるし、偽金掴ませようとするのはでるし……」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「全部おにーさんがつるしあげてくれました! さっきなんて偽金わざと受け取って逆に財布すってましたよ! あの人、きっと今頃すかんぴんですね!」
「うわぁ……」
レイクは盗賊の技能を持つ冒険者だ。蛇の道は蛇とはちょっと違うかもしれないが、そういう手口や対策もよく知っているのだろう。あっぱれだ。
ちなみに、財布の中身は銅貨一枚しかなかったらしい。そのままシャリィちゃんのおこづかいになったそうだ。
「ちょっとそこの人!?」
「てめぇなにしてんだコラァ!!」
「あ、またみたいです」
薄汚い身なりの男がマスターの隙をついて売上金を盗ろうとしたらしい。あっという間にレイクに取り押さえられ、並んだ女性客たちから口々に罵られていた。
そいつは客たちに尻を蹴っ飛ばされ情けなく逃げていく。マスターは危機感がないようだし、甘いところもあるからレイクがいて正解だっただろう。
「……なんか」
「どうした?」
「あのお客さんたち、マスターにベタベタしすぎじゃないでしょうか?」
私の隣でアミルが頬を膨らませていた。
なるほど、若い女性の集団がなにかを受け取った後もマスターに話しかけている。マスターはにこにこと笑ってはいるが、あれは苦笑に近い。見かねたレイクが追い払ったが、あの様子じゃまた来るだろう。
うん、レイクがいて正解だ。……この親友は自分の普段の行動には気づいているのだろうか?
「さて、なんか忙しそうですしあたしも戻りますか。もちろん、おねーさんたちも買っていきますよね?」
シャリィちゃんがにぱっと笑う。聞き終わらないうちに、アミルはすでに列に並んでいた。
「はいはい、大変長らくお待たせしました。出張版《スウィートドリームファクトリー》へようこそ。……常連さん相手だとなんか照れますね」
並ぶことしばらく。ようやく屋台の前までたどり着いた私達に、マスターはにっこりとはにかんだ。
あのじいさんもそうだが、マスターの顔立ちは私達とだいぶ違う。全体的にどこかミステリアスな雰囲気がして、抗いがたい魅力を醸し出している。
割と見慣れているはずの私でさえそう思ってしまうのだ。どこかの女魔法使いがその神秘的な夜のような黒い目と、どことなく幼げな顔立ちに虜になってしまうのもうなずける。
「ここで取り扱っているのは《アイスキャンデー》です。冷たくてとってもおいしい氷菓子ですよ。味はいちご、レモン、ミルク、オレンジ、ミックスベリーです。銅貨一枚でお二つですのでお好きなのを選んでください」
「相変わらず安いな……。繁盛するわけだ」
「はは、おいしい物はみんなで食べたほうがいいですからね」
「素敵ですよね、そういう考え方って。あ、私はいちごとミルクで!」
「じゃ、私はレモンと……んーオレンジで」
「かしこまりました。シャリィ、レイクさんお願いします」
「がってんです!」
「はいはいオレンジレモンミルクいちごいきまーす」
後ろのほうでレイクがなにやら色の濃いジュースを型に流し込み始めた。内に付けられた線まで流すと大量に用意してある木串をそこに入れる。
「あ、そーれ♪」
それを確認してシャリィちゃんが魔法を使った。白く凍える風がそれにまとわりつき、ぐるぐると乱回転を始める。かすかにきち、きちと音がしたところでレイクはそれを軽く叩いて型から引っこ抜いた。
ここまでわずか二十秒。随分と手慣れている。
「はい注文の品あがりましたー。……いいなぁ、おまえら客で。みんながうまそうに食ってるのを眺めて働くのってある意味拷問だぞ」
「いいじゃないですか、マスターと一緒にいられるんですから。むしろ私が変わってもらいたいくらいです」
「お前、チンピラやスリの相手はできるか?」
「……できません」
木串の先には先ほどのジュースが円柱状になって凍ってくっついている。
ピンク、白、黄色、オレンジ。白い凍気を暑い日差しに晒しているそれは、受け取るとひんやりと私の手を冷やしてくれた。
長さは私の手首から小指の先くらいまで、太さは指を五本連ねたくらいだろう。なかなかに大きい。それが二つで銅貨一枚。破格だ。
その表面には極々小さな氷の粒が無数についている。それは最初は真っ白だったが、強烈な日差しを浴びて溶けたのか、今は透明になってキラキラと陽の光を反射していた。見た目もつるつるしてきて、艶めかしい誘惑の輝きを放っている。
「すみませんが、後ろがつかえているのであちらのベンチで……」
申し訳なさそうなマスターだが、私達とてそれくらいの分別はある。アミルを引っ張りベンチに腰を据え、ゆっくりと落ちついたところでそれに齧りつこうと口を開ける。
そのにじみ出る冷気が私の顔を舐め、夏にそぐわない涼しげな空気が肺を満たした。
「……うぉ!」
ひんやりとしたそれ。
すずしげなそれ。
シャリっとした食感。
あまく、腹の底から冷やしてくれる。
「──最高だ」
この一言をマスターにきちんと言いたかった。
私が最初に口にしたのはレモンの“あいすきゃんでー”だ。それは口に入れた瞬間、驚くほどの冷たさを私に届けてくれた。
凍っているから当然と言えば当然なのだが、少なくともこの古都ではこれほどの冷気と相まみえる機会は皆無だ。
雪国でも氷を食べる習慣はないし、私自身も初めての感覚。暑いからこそ感じることのできる冷気の恩恵を、私は今存分に感じている。
「ちゅめたくて気持ちいいですぅ……♪」
アミルがだらなしく顔を崩している。
ジュースを凍らせただけ。言ってしまえばそれだけだ。だというのに、誰もこの発想にいたった者はいなかった。
たったそれだけのはずなのに、このうざったくなるような暑さをぶち壊してくれる魅力がこれに閉じ込めれらている。
なぜ、マスターはこのような考えが出来るのか。どうしてこんな素晴らしいものをつくれるのか。いや、それともマスターは普通で私達がバカなだけなのか?
すこし悔しくなった私は、シャリっとそいつを齧る。
そう、このシャリっとした感覚もたまらない。凍ったそれの生み出す絶妙なハーモニー。ひんやりとしたものを舌にあて、なめとって表面を滑らかにして、それを思いっきりかみ砕くんだ。
かしゅんっとなんとも言えない音と共に口を動かすと、どんどん口の中が冷たくなってくる。柔らかくはないが、決して硬いというわけではない。こんな風に凍らせることができるなんて、シャリィちゃんの腕前は凄まじいと褒めざるを得ない。
このレモン味もいい。レモンの甘さとわずかな酸味が冷たいのとよく合う。さわやかですっきりした爽快な味だ。
いつものお菓子とはちょっと違う、冷たいものだけが持つ甘さ。暑い中で食べているから、それがよりいっそう気持ちよく感じられる。さっぱりしていて、ついつい次を求めてしまう、そんな出来栄えなんだ。
「あっ!」
つっと“あいすきゃんでー”が溶けて滴り、アミルのローブにシミをつけた。アミルの二の舞にならないよう、私は名残を惜しみながらもレモン味をかみ砕き、オレンジ味に取り掛かる。
「やっぱり舐めるのもいいですけど、早く食べちゃわないとダメそうですね」
「え? なめるのか、これ?」
「違うんですか? 周りの人は大体なめてますよ?」
よくよく見れば、この辺りには“あいすきゃんでー”を持った人がいっぱいいた。みな、虚ろな目で一心不乱にそれを舐めている。
みんな周りが見えていない。大人も子供も男も女も関係なく、ただそれを食べることだけに集中していた。ときおりうまい、だのなんだのと思い出したように叫んではまた食べ始める。
子供なんかは手と口がべとべとだ。大人でさえ、子供のように目を輝かせている。私達も、最初はあんな感じだったのだろうか。
「舐めてた方がずっと楽しめるんですよ」
「ああ、なるほど」
初めてこの甘さを知ったのならばそういう行動に出るのもうなずける。この甘さの前では人間だれしも獣になるものだ。あの喫茶店で皿を舐めまわしたい衝動に何度駆られたことか。
「お、けっこういいな」
オレンジ色の氷の棒を、大事に大事に舐める。
かみ砕いたときと違い、ずっと冷たいそれが舌に当たるのがなんとも言えない快感だ。表面が艶艶になってきて、同時に甘ぁいジュースが溢れてくる。
なるほど、こういう食べ方をしていればすぐに溶けて滴ってしまう。手もいつのまにかべとべとになってしまった。
反面、汗でべとべとだった鎧のなかはすうっと冷えてすっきりしている。木串を引っ張り一度それを口から出して見ると、その妖しげな輝きは増していて、先ほどよりも強力な魅力を撒き散らしていた。
「……うん!」
この状態のを一気にかみ砕くのもさっきと違う感じがして楽しい。見た目も鮮やかだし、冷たくて気持ちいいし、おいしいし。やっぱりマスターの作るものは最高だ。
「お、アミルにエリィじゃねえか」
「バルダスじゃないか」
人に塗れる屋台から逞しい筋肉を持つ大男が歩いてきた。やっぱ買っちまうよな、と笑ってバルダスはどっかりと座り込む。
どうやらこいつも“あいすきゃんでー”を買ったらしい。両手に三本ずつ、合計六本も持っている。全部の味をコンプリートしたみたいだ。
「すげぇ噂になってんぜ、マスターのこと。美青年が屋台でめちゃくちゃうまくて珍しいものを格安で売っているって。ギルドや騎士団に商店、とにかくそこらじゅうでだ」
バルダスがくいと顎をさす。
行列はいつの間にか五十人ほどに増えている。こんな行列、そうそうお目にかかれるものではない。
「ここでこんなに混んでるの、初めて見たかも……」
「オレもだ。まさかとは思ったが、やっぱりマスターたちでちょっと安心したぜ」
買い物途中のおばちゃん、近所の子供たち、体格のいい男。ギルドの役員の制服を着たものもいる。今まさに“あいすきゃんでー”を四本手に持って出てきた男にいたっては騎士のような出で立ちだ。仕事はしなくていいのだろうか。
「あ、セインさん!」
「おや、アミルじゃないか! そちらはご友人たちかな?」
「はい、エリィにバルダスさんです」
「レイクから聞いた名前だな。君たちも常連だね。まぁ、仲良くしてくれるとうれしい」
どうやらこの和やかな雰囲気の騎士も常連だったようだ。アミルの話によればお菓子を自分で作ろうとするなど結構な人物らしい。
騎士のような出で立ちで騎士のような振る舞いだが、騎士をクビにされて今は冒険者をしているとのことだった。決してさぼっていわたけではない。
「いやぁ、クビにされてよかったよ! 仕事してたらここに来れなかったからね!」
「……なんでだろうなぁ。オレ、泣きそうだ」
はっはっはと笑いながら“あいすきゃんでー”を食べるセインをみて、バルダスがなんともつかない表情をしていた。もちろん、その間にも手を休めることはしていなかったが。
「泣いている暇なんてないぞ?」
私も残った“あいすきゃんでー ”が溶けないうちに口に放り込む。冷たい快感ともこれでお別れだ。手に残る木串が寂しさを掻きたてる。
「ああ、くそ……。買いだめできないのはネックだな。溶けるのを気にしながら食べるのも、ちょっと忙しいな」
「特別なマジックポーチがあれば保存できるかもしれないぞ。騎士団にいたとき、夜番の連中が冷えた飲み物を出していたのを見たことがある」
「どのみちそろそろ販売制限するってマスター言ってたぜ。繁盛しすぎて材料が足りなくなりそうなんだとよ。おひとり様一回までだってさ」
「だからお二人ともそんなに買ってきたんですね」
「ああ。材料が到着するまでらしいけどいつ到着するかわかんねえし」
やはり、常連は他のとやることが違う。ちぇっと軽く舌打ちをし、そして考え直した。
どうせ私たち以外は今回くらいしかマスターのお菓子を食べる機会はない。私達はいつでも食べにいける。今回くらい大目に見てやってもいいかもしれない。二回目の買うチャンスがないのは残念だが、まぁ、しょうがない。
「いいさ、せいぜい楽しんで、あとで苦しめばいいさ」
「エリィ、どうしたんです?」
意図せずに漏れた恨みごとに、アミルが食いついた。なんでもない、と首を振って、私もまだまだだなと思いなおす。
いや、私が未熟なんじゃなくて、マスターがすごいだけなんだ。そう無理やり思うことにして雲ひとつない青空を眺めた。
「うっめ! 冷たい菓子ってのも最高だな!」
「うむ! 腹の底から冷えていく感じがたまらない!」
「……………………」
男二人が貪る“あいすきゃんでー”が、とてもおいしそうに見えたので、ぷいっと視線を逸らした。飛び込んできた太陽の光が、なんだかやたらと強く感じた。
★★★★★★★★★★★★★★★★
「……ん?」
「……なんだ、ありゃ?」
男二人も食べ終わり、木陰で常連同士話に花を咲かせていた時のことだった。突然、ざわっと人のどよめき声が聞こえ、辺りが不穏な空気に包まれる。
「……ひどい!」
「……どうして、こうも面倒事を起こす輩が出てくるのか」
何事かとその方向へと首を伸ばすと──マスターの屋台にあったパラソルが引き倒されていた。その傍には五人ほどの山賊と見紛うばかりのゴロツキ。顔には傷が付き、とても使い慣れていそうな剣を剥き身でつるさげている。
「もう一回言ってみろやこの小娘がぁ!」
「で、ですからお求めになる場合は並んでくださいと……」
「ガキがいい気になってんじゃねぇぞゴラァ!」
「あァ!? いい気になってんのはどっちだこのスカタンどもが! 大の大人が寄ってたかって威張り散らして恥ずかしくねえのか!」
「店員風情が舐めた口きてんじゃねえぞコラァ!」
「んだとコラァ!?」
「やんのかゴラァ!? こちとら仲間が財布をここですられたんだぞ!? 弁償しろやゴラァ!」
「証拠あんのかコラァ!? ロクデナシが妙な言いがかりつけてんじゃねえぞ! 俺は正当な代金しかとってねえぞコラァ!!」
口汚くレイクとゴロツキがののしり合う。ゴロツキはともかく、レイクのほうもなかなか口が回る。盗賊の技能を持つ冒険者だからといっても、口調まで盗賊になる必要はないだろうに。
「落ちついてくださいレイクさん。レイクさんがヤクザみたいになってますよ。……すいません、うちの店員がご迷惑をおかけしまして。必ず商品はお渡ししますし、半額にもさせてもらうので、きちんとならんでいただけませんか? みなさんそう言う条件ですので」
マスターがにこにこと顔を崩さずにシャリィちゃんをかばうようにして前に出た。レイクの顔は真っ赤であり、周りの客たちも一時的に遠のいて様子を見ている。
そこに新しい声が加わった。
「何を言ってるのだね。僕が欲しいと言ってるのだから君はタダで渡さないとダメなのだね。そんなこともわからないとはこれだから平民はダメなのだね」
ぶよぶよとはいずるように近寄ってきた脂肪の塊。ぞわり、と背筋がぞっとするようなねちっこくて陰湿な声。
よく見たら、その脂肪の塊にはオークよりも醜い手足が生えていた。不思議なことに服も纏っていて、さらには目鼻や口まで付いている。
信じ難いことではあるが、どうやらこれは人間らしい。
豚といわれたほうがまだしっくりする。ぐひっぐひっと生理的嫌悪感を催す笑い声をあげ、薄汚く黄ばんだ歯を覗かせる。
おえ。嫌なモンを見てしまった。
そむけたくなる目を必死にこらえて成り行きを見ていると、そいつは醜悪でおぞましい笑みをにちゃりと浮かべ、粘つきそうな手でマスターの手にあった“あいすきゃんでー”を奪い取った。
「いいねいいね。おいしいのだね」
べたべたと涎を垂らしてしゃぶり、成金趣味としか言いようのない悪趣味な服装に染みを作った。周りの客が、一斉に逃げだす。ゴロツキでさえ、舌打ちをして目をそむけた。
「こいつらは僕の護衛なのだね。だから君は言うことを聞かないといけないのだね。君は平民風情だろう」
「いえ、そんなことは関係ないと思います。あなたがどなたかは存じ上げませんが、僕にとってはお客様の一人です」
「僕に口答えするな!」
にこにこと諭していたマスターを、突然形相を変えたその豚が殴り飛ばした。まさかいきなり殴ってくるなどとは思いもしなかったマスターは顔面にもろにその気持ち悪く粘つく拳を受けてしまう。
がしゃん、と屋台にぶつかる音と、シャリィちゃんの悲鳴。遅れて、レイクの怒声と客の悲鳴が聞こえてくる。
「おにいちゃん!」
「お前も邪魔だね!」
「きゃあっ!」
「シャリィ!」
「おっとおまえさんはいかせねえぞ~?」
シャリィちゃんも、豚に蹴られた。豚はぐひひ、といやな笑い声をだし、屋台を物色する。ゴロツキ共はレイクににらみを利かせ、マスターを見下し笑っていた。
「……エリィ、ごめんなさい」
「何を謝る必要がある? 私も、だ」
「つれねえなぁ。オレも混ぜてくれよ」
「……あれは、あの豚だ。遠慮することはない。責任も私が取る。できれば、私にも存分に殴らせてほしいのだが」
こめかみに青筋を浮かべたバルダス、セイン。目から光が消えたアミル。私も、きっとそんな表情をしているのだろう。
本来、古都の中では特別な理由なく武器を抜いてはいけないことになっている。だが、私とセインは剣を抜き、アミルは杖を構えた。剣の柄をもつ自分の手が震えているのが分かる。
このままだと柄を握り砕いてしまいかねない……!
はやく、アレらをぶちのめさないと……!
黙っていられるはずがなかった。だが、それ以上に黙っていられなかったのがいた。
「……レイクさんごめんなさい。あなたをまきこんでしまう」
「おい、マスター!? 大丈夫なのか!?」
「てめえは黙ってろや!」
ゴロツキがレイクをどなった。レイクはゴロツキをにらみ返し隙を窺う。けがらわしいあのクズは、うつ向き気味になってなにかを必死にこらえるマスターをじろじろと眺めまわし、そして言った。
「うるさいね、君。……よく見ればいい顔してるね。君、うちの専属になるね。そうすればこれまでの無礼も許してやらんこともないね。そして僕のためだけに働くね。昼も夜もずっと使ってやるね」
「……せぇ……が……」
「なにかいったかね? ん?」
いやらしい笑みを浮かべてマスターを見下すクズ。そして次の瞬間、それは熾った。
「うっせぇぞこのクズが! てめえシャリィに何したぁぁぁ!?」
マスターが、キレた。いつもの温かな笑顔はそこにない。あるのは血走った眼とオーガも裸足で逃げかねない憤怒の形相。腹の底にずしりとくる、餓狼のような怒声がびりびりと広場に響き渡る。
マスターは驚くような勢いで跳ね起き、クズに掴みかかる。青いエプロンがはためき、緑のバンダナが残像で軌跡を形作っていた。
神秘的な黒の瞳は憎悪に燃え、華奢で女性と見間違えるほどの手は今は遠目からでもわかるほどに血管が浮き出て、クズの襟元をしっかりつかんでいる。
とっさのことにレイクでさえ反応が遅れた。間違いない。この構えは──
「ぷぎゃぁっ!?」
見た目通りの悲鳴と、大きな地響き。あの巨体を、脂肪でぶよぶよな巨体を、マスターはいとも簡単に投げ飛ばした。
受け身もとれなかったそのクズの手足がピクピクと痙攣しているのが見える。一斉にゴロツキが剣を構えたが、レイクがゴロツキに体当たりをかまし吹き飛ばす。そして、どこからか隠しナイフを取り出し、逆手に持って応戦の構えを見せた。
「シャリィに何した!? あァ!? 言ってみろ!! シャリィに何したぁぁ!?」
「ぷげ、ぷぎ、ふぇ」
横たわるクズに馬乗りになってマスターはクズの顔面を何度も殴りつける。ぐちゃっ、ばちゃっと広場に奇妙な音が断続的に響き渡る。
「”何したのか”って聞いてるんだよ! 答えろよ! 答えてみろよ!」
汚い粘つくものがマスターの手についていた。少し赤に染まっている。その真っ赤な手は、マスターには何よりも似合わないものだった。
「おにいちゃん、あたし大丈夫だから!」
シャリィちゃんが止めるまでそれは続いた。はぁ、はぁ、と息を切らしながらマスターはゆっくりシャリィちゃんを抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせようとした。
そして、自分の手が汚れていることに気付き、エプロンのポケットにあった
台拭きでそのにちゃにちゃしたのを拭い、改めてシャリィちゃんを抱きしめた。
「ごめんね……痛くなかった?」
「だから、大丈夫ですって! おにいちゃんってば、心配性なんだから!
もちろん、そうしている間に私達はすでにゴロツキと戦闘態勢に入っている。ぶち切れているのは私達だって同じだ!
「おいこの店員慣れてるぞ!?」
「んだよこいつら! なんで冒険者が味方すんだよ!?」
「味方をしない理由がありませんから……覚悟なさい」
「二つ名持ちを怒らせたとを……後悔するといい」
アミルが遠くから植物魔法で根を絡ませて体勢を崩したところを攻める。大剣で流れるように一薙、二薙。風を切る重音とほぼ同時に、何かの砕ける小気味の良い軽い音とがしゃりとした手応えが返ってきた。
「ぎゃぁぁぁっ!?」
何度も繰り返してきたその動作は、今日も思い通りの結果を残してくれた。うまく顎の骨だけを打ち砕けたから、しばらくはものを食べる事すらままないだろう。
どんなに喧嘩慣れしていようと、チンピラ程度が二つ名持ちに敵うはずがない。殺さないように手加減するほうが大変だ。
「チンピラ風情が舐めた真似しやがって!」
レイクは盗賊らしく小器用に立ち回り、相手の連携を崩していた。エプロンはそこらへんに投げ捨ててある。ナイフ一本、装備もなしに剣と切り結ぶ様はまさに“影の英雄”の名にふさわしい。
「《体落とし》ぃぃぃ!」
「うぉぁぁぁぁっ!?」
バルダスがここのところずっと練習していた柔術が決まる。動きにぎこちなさはまだあるみたいだが、綺麗に決まった。
加減せずに打ちつけたもんだから、相手は悶絶し動けずにいる。あれはまともに食らうとかなり痛いのだ。ざまあみろ。
「なんで騎士がいるんだよぉ!?」
「残念、私は通りすがりの冒険者さ!」
剣を振るうセイン。元騎士だけあって、相手を無力化する戦いになれている。一人で二人を相手取ってなお、余裕を見せていた。
……当てる必要のない拳を顔面に入れていたところは、見なかったことにした。冒険者なら問題ないし。
「くそっ!」
「こんなの聞いてねえぞ!」
どのゴロツキもひとりひとりの実力はそれほど高くはない。やはりこいつらはクズに金で雇われたとみて間違いない。この素行の悪さから見て、冒険者の資格を剥奪されて食い詰めたやつかもしれないな。
問題なくいける。そう思っていた時だった。
「怒ったぞぉぉ! 僕は怒ったぞぉぉ! この脳なしどもがぁぁ!」
「落ちついてください坊ちゃん」
クズが立ちあがっていた。その手には魔本を持っている。たぶん攻撃系のやつだろう。貴族は非常用に持ち歩いていると聞いたことがある。
「今すぐぶっぱなしてやるぅぅぅ!」
クズはマスターの後ろに立って頁を開いていた。血と折れた歯をのぞかせる口でぎゃあぎゃあとわめいている。明らかに錯乱状態であり、マスターもそれほどそいつのことを危惧していない。今すぐぶん殴って地面に投げつけたそうな気配をまき散らしてさえいる。
しかし、そうできない理由があった。
「おまえ……!?」
「おっと、動かないでくださいよ? 私は子供を手にかける趣味はありませんので」
シャリィちゃんの後ろには魔術師のような盗賊のような格好をした黒フードがいた。比較的小柄な体格で、顔も見えず声もくぐもり男か女かもわからない。
そいつは紅い短杖をシャリィちゃんにあて、薄い笑みを浮かべている。
──人質と言うやつだった。
「私としても、できれば穏便に済ませたいのですよ。お金貰ってますし。素直についてきていただけると嬉しいのですが」
「もういらない! こいつらここで僕が焼きつくすぅぅぅ!」
「坊ちゃん、あなたは少し落ち着いて周りを見てください。……いやもうホント、いろいろ今更ではあるのですが」
この黒フード、クズをなだめながらも周りを警戒して隙を見せない。フードを目深にかぶり、周りなどとても見えそうにないのに、レイクが忍び寄ろうとするとすぐにそれを見切る。
このままでは近づけそうにない。なかなかの手練れだ。
おそらく普通の冒険者だとしたら上級クラスの実力だろう。人質さえいなければ一瞬で片づけられるのに……!
「いやぁ、実力者がこんなにいるとは。正直人質がいなければあっという間にぼこぼこですよ、私。こんな面倒なことになるなんて、特別手当を貰いたいくらいです」
むかつくことにバカではないらしい。クズとは違い実力差を正確に見抜いている。タイマンならともかく、この人数が相手では無事に逃げきれないとはっきりと理解している。
だからこそ、そいつはシャリィちゃんの頭に紅いワンドを当てたまま、じりじりと後退する。野次馬もそれに合わせて下がっていた。
「てめえ、シャリィを放しやがれ!」
「やめてください。この子の頭の風通しをよくしたいので──」
「──やれるものならやってみるさね……?」
「!?」
凛、とどこからか音がした。同時にすうっと冷えた声。いつのまにやら黒い影が黒フードの背後に立ち、菱形で鈍色の奇妙な短剣を首に当てている。
先ほどまでは確かにいなかった白髪の老人が、冷え切った瞳でそこに立っていた。
「みぎゃぁ!?」
マスターの後ろのクズも悲鳴をあげて倒れた。眉間から煙が出ている。あっという間に赤くはれ、そしてみるみる青くなっていった。
口から泡を吹いて失神していることから、残念……いや幸運なことに命はあるらしい。
「私の身内に手を出して、タダで済むと思っているのかねェ……?」
じいさんが、その短剣でぴたぴたとそいつの首筋を叩く。
顔は笑っている。が、目は笑っていない。あのクズとは別の意味で背筋がぞっとする声だった。
「リュリュ、お疲れ様。後でご褒美でもやろうかねェ」
「…いい。それよりマスターとシャリィちゃんの手当てを」
短弓とワンドを持った銀髪のエルフが人込みをかき分けて出てきた。どうやら彼女があのクズを射ったらしい。
不可視の魔法の矢ならさきほどの現象もうなずける。どこから射ったのかは知らないが、野次馬の後ろからクズの眉間に正確に当てるとは
相当な腕前なのだろう。
「こ、この私が……!? あ、あなたたち、何者なんです!?」
「……ただの店員さね」
「…常連さんだ」
マスターがシャリィちゃんを連れてそこから離れ、アミルがゴロツキも合わせて片っぱしから植物魔法で拘束していく。クズとゴロツキは気絶しているから抵抗しなくて楽だ。
黒フードはじいさんとの実力差を悟ったのか、紅いワンドをゆっくりと地面に落とし、黙っておとなしく縛られた。
「一体どうやって……?」
「遁術の応用さね。意味はわからんだろうけど。私のほうが強かった。ただそれだけさ」
じいさんの目は、“あいすきゃんでー”なんか目じゃないくらいに冷え切っていた。正直、一級の私でさえもその目を直視することができない。睨まれでもしたら、震えあがって動けなくなってしまうだろうことが容易に想像できる。
じいさんは拘束した状態でも、ずっと黒フードに短剣を当て続けている。準備がいいのか、どこからか取り出した布で猿轡をし、そして目隠しもした。フードの上からきつく、しっかりと。二重の目隠しになっている。
「無駄な抵抗をしないだけ、知恵はあるみたいだねェ」
そして黒フードをうつぶせにさせ、上体に乗り肘で首元を押さえつける。じいさんはそれでもなお油断せずに短剣はずっと首筋につきつけていた。
もちろん、黒フードの紅いワンドはとうの昔にじいさんが回収してしまっている。なんだか妙に手慣れていた。
「そ、そこまでやるものなのか?」
「こいつは魔術師だからねェ。周りが見えて舌が回る状態だと、なにしでかすかわからんさね。できれば耳もふさぎたいくらいさ」
それが出来ないから刃を当てている、とじいさんは続けた。
「それよかユメヒト、シャリィ、それにおまえさんたち。怪我はないかい?」
「僕はちょっと口の中切ったくらいです。問題ありません」
「あたしもあの程度へっちゃらですよ!」
「俺らは冒険者だ。こんなの傷のうちに入らねえよ! 《体落とし》も決まったしな!」
「そうかい。それはよかった」
ようやく、じいさんがにっこりと笑ってくれた。マスターにだけ後で話があると怒った声で言っていたが、その目はいつも通り人懐っこい好々爺のそれだった。
後で知ったが、マスターはじいさんにげんこつを落とされたらしい。アレはやり過ぎだ、と。とかし、その後でよくやったと褒められたそうだ。
「あーもー。なーに派手にやっちゃってくれてんの? なんで客と店のいざこざでこんなんなっちゃってんの?」
しばらくして騒ぎを聞きつけた騎士団がやってきた。騎士団と言っても三人しかいない。
彼らは野次馬をかき分け、惨状をぐるりと見渡し、転がっている連中を認識するや否やうへぇ、と顔をゆがめる。
「これクズじゃん。見なかったことにして帰ってよくね? こんなの予定に入ってねーよ?」
「職務放棄は感心しないぞ、ゼスタ」
「あっれーセインじゃん! なに? 関係者? つーかお前が辞めてから俺の仕事が倍増したじゃん! どうしてくれんの?」
リーダーらしいが、あまりに騎士らしくない言動の茶髪の若い騎士。どうやらこの騎士とセインは知り合いのようだ。
二人は野次馬の真ん中だというのにもかかわらず和気藹藹と喋り始めた。いや、一方的に茶髪の騎士──ゼスタが話しているとみていい。
「お前やめてから俺副長にまであがっちゃったんだよ? 昇給ありとか言ってたくせに実態はスズメの涙だし仕事は激増したよ!? 割に合わねえ、絶対割に合わないって!」
ぎゃあぎゃあとわめくゼスタ。こいつ、騎士のくせにチャラい。
「つーかさ、見たとこクズとその護衛、お店の人間、セインと愉快な仲間たちなんですけど? 流れ的に俺おまえしょっぴかなくちゃいけないんだけど?」
「なぜ?」
「いやだって……武器抜いてんじゃん。思いっきりぶちのめしてるじゃん。それも超圧倒的に。正直俺も泣いて逃げたいレベル」
「武器を抜いてるのはそっちもだが? それに正当防衛だぞ?」
「正当防衛!? いやいやそこのじーちゃんその黒フードの少年ガチで殺る気じゃん!? なに? 今から公開解体ショー? それとも拷問? まっかっかワンドがもっと真っ赤になっちゃうかんじでいっぱいじゃん? 騎士様もびっくりなことしちゃうかんじじゃん? パッと見あんたら加害者だよ?」
むーむーと声を出そうとする黒フードをみればそう捉えてもおかしくはない。なんかいらついたので黒フードのわき腹を軽く蹴って黙らせる。
おさえつけてるじいさんが、動けない相手を蹴るのはよくないと私を窘めた。……なんか、腑に落ちない。
「いやね、俺も伊達に長年騎士やってないよ? だいたいのことは察してるよ? でもさぁ……そいつクズじゃん? いちおうお偉いさんじゃん? クビ切られたくないじゃん?」
「ゼスタ、おまえもこっちにこい! 楽しいぞ!」
「いやだ! 何その笑顔!?」
セインが稀に見る笑顔で笑いかけた。憑きものが落ちたような素晴らしい笑顔だった。ゼスタはそのあまりにも神々しい目に怯えざるを得なかったようだ。
「…騎士とは何なんだ? 二人とも、書物で読んだものとかけ離れている」
「あ、交流会のエルフのお姉さんじゃん。その節はすいませんねぇ」
「…もういい。気にするな」
野次馬も、私達も、騎士と元騎士のやり取りを一言ももらすまいと真剣に聞いていた。対応次第では私達の未来は大きく変わってしまうのだから。できれば、クズが目を覚ます前に話をつけてもらいたい。
「しかし、正当防衛っていってもやりすぎじゃね?」
「ゼスタ、おまえはこいつにかぎってやりすぎという言葉が存在すると思っているのか?」
「そんなわけないよね、うん」
あっはっはと大声でげらげら笑うゼスタ。ひとしきり腹を抱えた後、きりっと表情を引き締めた。そして野次馬のほうへ振りかえって大声で呼びかける。
「みなさん、真面目にお願いします。先に手を出したのはどっちですか? 客観的に見て加害者はどちらですか?」
「あのクソどもだ!」
「そうよ! それに最初に殴られたのはカッコいいお兄さんよ!」
「女の子が並べって丁寧に言ってんのにパラソル壊して恫喝してきたんだ!」
「さっさとふんじばっちまえ!」
「店員さんがやられそうになったから彼らが割って入ったんだ!」
「あいつ女の子を人質に取ったのよ! サイテーだわ!」
「そうだ! 全部あのクズどもが悪い! 店員さんたちゃ悪くねぇ!」
「わーぉ、見事な集中砲火」
わかっていたけどね、とゼスタは肩をすくめ、部下の一人に応援を呼びにいかせた。
さすがにこれだけの人数を三人で運ぶのは無理だと判断したのだろう。特にクズは三人掛かりくらいでないと運べる気がしない。運べたとしても触りたくない。
「いちおうセインにも聞くけどさぁ、騎士的に考えてどっちが悪いの? 」
「愚問だな。私は今でも心は騎士のつもりだ。どんな状況であろうと守るべきものを守るまでだよ」
「だよね、あんたそういう人だよね。だからクビくらったんだよね」
だけども今回の場合はねぇ、と面倒臭そうにゼスタはため息をついた。
「いいよ、セインたち冒険者は市民を守ったって名目でなんとかするさ。実際、割って入ってもらわなかったら何起こってたかわからなかったからね。たださぁ、じーちゃん、それとそのにーちゃんはダメだ。なんで一般市民がそんなガチな武器もってんの? いやさ、護身用はあるよ? でも明らかに君ら使い慣れてるよね?」
「俺、バイトの冒険者だぜ? 盗賊のレイクだ」
「ああ! 影の英雄か! じゃ、君もいいや。で、じーちゃんは? 暗殺者真っ青の動きしてたじーちゃんは? まさか偶然うまく体が動いたなんて言わないよねぇ? 偶然でどうにかなるほどそいつは甘くないよ?
それとそっちのにーちゃんもだ。ちょっとしゃれになんないことやっちゃったよ?」
「おまえさん、しっかり見てたのかい」
「んにゃ、様子を見てた巡回からあのじーちゃんはヤバいって聞いただけ! 証言の信用できる人間を現場に置いとくのは基本だよね! ま、今回はほとんど偶然に近いんだけどさ!」
ゼスタはギラリと目を光らせた。こいつ、これでもちゃんと仕事はするタイプらしい。
さきほどまでの問答もほぼ茶番だったということだ。初めからある程度のことをわかっていて、当事者が嘘をつくのか見極めようとしていたのだろう。チャラいという認識を改めねばなるまい。
アミルが真っ青になってシャリィちゃんを抱きしめ、セインが苦い顔をした。
「いやね、俺も本当はこんなことしたくないのよ。なんかすっごい冷たくてうまい物出す屋台が出てるって聞いたじゃん? 早くお仕事終わらないかなってすっごく期待してたじゃん? もうホントきっつい仕事のその先にあった最後の希望じゃん? なのについたらこの有様だよ!? 俺の期待を返してほしいよ!」
たしかに、マスターの行為は多少やりすぎた感は否めない。でも、周りの野次馬からもぞくぞくと擁護の声が上がっている。実際、ゼスタもあれがクズでなければ、おえらいさんの息子でなければすぐにでもしょっぴきたい気持なのだろう。
「しかもさぁ、あんたら店舗登録してないっしょ? 俺、そのへん目ぇつむってあげようとしてたんだよ? 迷惑かけなきゃ問題ないわけだしさ」
「えっ? じいさん、そういうの必要ないって言ってなかった?」
「私の記憶がたしかならここは自由市のはずなんだがねェ?」
「あのさぁじーちゃん、それ何十年前の話だよ? 今は面倒事も増えたから事前に騎士団とこに名前だけ書くことになってんの! 名目上だけでぶっちゃけ意味ないけどそういうことになんてんの!」
「そりゃしらんかった。すまんねェ」
「まぁいいんだけどね、それは。ぶっちゃけ登録してないのけっこうあるし」
ただ殴りすぎはよくないとゼスタは続けた。殴ったこと自体はおとがめなしらしい。こいつ、騎士としてはクズだな。
そんな性格を熟知していたからだろうか、セインは何やら思案するとにやりと笑って言い放った。
「そうだ、ゼスタ。こいつをやろう」
「なに? 袖の下的な? いくらなんでもセイン、見くびりすぎじゃね?」
「いやいや、久しぶりに会った同僚へのちょっとしたプレゼントさ。お仕事を頑張っている君への差し入れだよ」
そういってセインは腰に提げてた袋をゼスタに投げ渡した。パシッとそれを受け取ったゼスタはいぶかしみながらもそれを開け、固まった。
「なにこれ……!?」
「おいセイン、おめえ何を渡したんだ?」
「“ざらだま”だよ。しってるかね?」
「ああ、あれか」
綺麗なやつを夜行さんに作ってもらったんだ、とセインは言った。まるで宝石のような、とびっきりの逸品らしい。それこそ、何も知らないものから見れば大粒の宝玉にしか見えないものだそうだ。
「どうだ、綺麗だろう?」
「……え、ちょ、ガチ?」
「いやまさか、それは食べ物さ」
「うそん!」
「食ってみろ」
おそるおそるゼスタはそれを口に入れ、目を見開いた。
わかる、その気持ちは。野次馬ではわからなくとも、常連ならわかる。いや、“あいすきゃんでー”を食べていたのなら、わかったやつがいるかもしれない。
「うんめぇぇぇぇっ!?」
「その見た目、その味だ。……五十枚で買った。このマスターたちからな」
「金貨五十枚でも安すぎっしょコレ……。宝石商にケンカ売ってんの……?」
こいつ、どうどうと嘘をついた。本当は“ざらだま”はあの袋にパンパンになるまで詰められて銅貨五枚だ。見たところあの袋には四分の一も入っていなかった。セインも、騎士的にそろそろダメになってきたのかもしれない。
(私は嘘をついてはいないぞ? あれは十袋セットで銅貨五十枚で買ったものだし)
こそっと常連にだけ聞こえる声でセインが囁き、にやりと笑う。なるほど、確かに嘘はついていない。本当の事ともいい難いが。
騎士らしからぬ黒い笑みを浮かべたセインは騎士らしい清廉な声でゼスタに訴えかける。確かに心は騎士だが、体に染みついているのはもう冒険者のそれだ。
「捕まえるのか、この善良で優秀で将来性のある一般市民を? そこで伸びてる醜悪で下種で害にしかならないクズの代わりに捕まえるというのか?」
「……」
「どのみちどちらが被害者でどちらが加害者かなんてことはすぐにわかるだろう? 君は事実や正義を違えてまでクズの味方をするのか? 権力に屈するのか?」
「……」
「どの選択が正しいのか、古都のためになるのか、ひいては君のためになるのかは、賢い君ならばわかると思うのだがね」
「……お、おほん。あー、なんか暑くて頭くらくらしてきたなー。冷たいものもらえたら気分すっきりして面倒なこと忘れられそうな気がするなー」
「まだゆするか、おまえは」
「いやだってこの後の処理めっちゃ面倒だしぃ? あ、今の独り言だから!」
察したじいさんがちらりとシャリィちゃんとマスターに目配せし、無事だった商品をとってこさせ、連れの騎士に手渡した。
……袖の下からさっきのと同じ袋をその騎士たちに渡したのがちらりと見えたが、たぶん私の気のせいだ。うん、絶対そうだ。
ゼスタは部下がそれらをマジックポーチに入れたのを見届け、惚けたように続ける。
「よーし、なんか頭すっきりしてきたぞー。あ、こいつらアレね、強盗、誘拐、あとなんか適当に罪状ありったけつけとくから! なんか欲しい罪状リクエストある? そこのにーちゃんなんでもいっちゃって!」
「あ、いえ、僕はいいので……」
「別に遠慮しなくていいんだよ? どうせ近いうちこいつしょっぴくつもりだったし。それに適当に言ってもたぶんコイツやってるよ。叩けばほこりもいっぱいだしね。俺や善良な市民の皆々様の個人的な腹いせの意味も込めてるからさ!」
「…それは僥倖」
エルフが嬉しそうにつぶやいた。どうやらこの豚は誰からも嫌われているらしい。
「あ、野次馬のみんな、『君たちはなにもみなかった』。見たのは『物事が円満に正しく解決した』ところ。それだけだよね? 悪に襲われる店員を通りすがりの冒険者たちが身を呈して助け、騎士と居合わせた人間が協力し事件を解決した……。人間の正義と善意と勇気ってなんてすばらしいんだろうね!」
「ええそうね! さすが騎士様は良いこと言うわ!」
「ああそうだ、悪は滅びたな!」
「騎士のあんちゃん今度奢ってやるよ!」
「きゃーかっこいー!」
「おれもいつか騎士様や冒険者さんみたいになりたい!」
うぉぉぉぉ、と歓声が広場に響く。口々に野次馬が叫び、ゼスタも満足そうにうなずいた。こいつも騎士的にはクズだが、人間的にはまともな部類なのだろう。
やがてゼスタは野次馬を落ち着かせて屋台の周りから締め出すと、応援に来た部下たちに伸びてるゴロツキや現場確認等をまかせ、屋台の片づけを手伝う私達に近づいてきた。
「いやぁ、災難でしたっすねぇ。あ、セイン、見逃したんだから今度仕事手伝えよ? 一週間でいいからさ」
「……まあいい。だが夕方には抜けるからな」
「うん、ほんとそれでいいから頼む。今から胃がいてえ」
ちゃらけた顔はどこへやら、げっそりとした顔つきで呟くゼスタ。それを見かねてか、マスターが申し訳なさそうに余った“あいすきゃんでー”を渡していた。どうやらセインがゼスタに同情を抱くほどこの後の処理は面倒らしい。
「なにこれすっごくうめぇぇぇぇぇ!? なに!? おたくらいつもこんなん食ってんの!?」
「どうだ、いいだろう? おまえもこっちにくるか?」
「割とマジでそうしようかな……」
冷たいそれを咥えながら、ゼスタは懐から魔道具を出す。
「ちょっとにーちゃんたち、悪いんだけど身分証明のなにかだしてくんない? あれだけやると、さすがにそれくらいはやっとかないといけないんだわ」
手分けして屋台の片づけをしている中。その言葉を聞いた途端、ピシリとマスターが固まった。その様子に気づいているのかいないのか、ゼスタはのんきに続ける。
「ん? 商人たちで使うのでもなんでもいいよ? そうゆーの使わない組合の人でも住所だけわかりゃいいし。普段どこにいて何してるのかってのだけ分かればいいの。行商証も冒険者印も住んでる家も何もないってわけじゃないでしょ、その身なりで。どっかの民族衣装かなんかでしょ、それ。結構いい生地つかってるじゃん」
ゼスタは“あいすきゃんでー”に夢中になって周りが見えていないが、マスターの顔は優れない。それを察したセインが慌てて間に入る。
「私が保証人になるのではダメか?」
「いや、無理っしょ。もう騎士じゃないし? さすがにそこまでサービスできないって。え、なに? ガチでヤバいかんじ? 例え浮浪児上がりの商人でもなにかしらあるっしょ? 普段のねぐらでもいいからさ」
「え、ええと……」
マスターの目が泳ぐ。シャリィちゃんはおろおろしている。そういえば、私たちはマスターたちがどこに住んでいるのかを知らない。あの喫茶店に住んでいるのだろうか?
「マ、マスターたちは森の喫茶店の人ですよ!」
「はぁ? 森ってあの近場の? ないない、それはない! あんなとこに建物なんてないっすよ。見たって人も聞かないし、作ったって報告も聞いてないし」
「……そりゃ、そうだろうねェ。しょうがない、こいつでいいかい?」
やがて、諦めたようにじいさんが懐から小さな木箱をだした。指輪をいれるような四角い上品な箱だ。
中には古びた、しかしかすかに青く輝く涙型の水晶がある。私達の首にもさがっている、冒険者なら肌身離さず持ち歩いているものだ。
「あ、あるじゃん冒険者印。はいちょこっとお借りしますよー」
「え? 冒険者印? じいさんが?」
受け取ったそれを、魔道具にかざすゼスタ。ふんふんと鼻歌を歌い、“あいすきゃんでー”の棒を咥えたままピコピコと揺らす。
ピッと確認作業の終了音がなり、表示に目を通した。そして、またしても動きを止めた。
「……え?」
「口には出さないようにねェ?」
「え、いや、故障?」
「それは故障しないようになってるはずさね。それに、間違った情報も絶対に表示できないようにできている。……それだったら、この二人の身元も保証できるよねェ?」
「え、いや、はい。おっしゃる通りでございま……す?」
何度もゼスタはその魔道具を見直し、じいさんと見比べ、そして驚愕に顔を染めた。一体何が書かれていたというのだろうか。マスターたちでさえ、じいさんが冒険者印を持っていた事を知らなかったらしい。
「じいさん? なんでそんなのもってるの? それにさっきもクナイ持ってたよね? ああいうちゃんとした武器なんて僕初めて見ましたよ」
「むかーし昔にとった杵柄さねェ。大人にゃ内緒ごとの一つや二つあるもんさ」
「……昔? いやでも……?」
「昔ってレベルじゃねーぞこのじーちゃん、だって──」
「余計なことは言わないように。口は災いの元って私らの故郷では言うんだよ」
「ハイ、今すぐお返ししますヨ。きちんと処理しておきますんデ」
あはは、とひきつった笑みを浮かべ、ゼスタはセインを小突いた。顔には冷や汗がだらだらと流れている。せっかく汗がひいたのだろうに、一体何にそんなに驚いているのだろうか。
「……セイン、おまえ、知っているのか、あのじーちゃんのこと」
「ま、まぁ知っているぞ。ちょくちょく話すし」
「よしわかったなら全部お前に任せる後は頼むぜ!」
早口でまくし立て、ゼスタはさっさか行ってしまった。面倒事にはこれ以上関わり合いになりたくないとばかりに。
シャリィちゃんがじいじすごい! とはしゃいでいたが、結局のところどうなっているのだろう?
「さて、みんなには迷惑かけちまったからね。売上金パーッと使って喫茶店のほうで宴でも開くさね!」
「おっ。やりぃ!」
「オレ肉喰いてえ! でっかいやつ!」
「…爺、私も爺の作ったものを食べたい」
「まかせなさい! 今日は奢りだ! 久しぶりに全力で腕を振るうさね!」
「……まぁいいか。どうせじいさんのことだし」
「そうですよ。不思議なのは初めて会ったときからです」
どうやらマスターも自分を納得させたらしい。アミルがマスターに付き添うようにして隣を歩いている。シャリィちゃんがその二人の間に入り、二人と両手を繋いで歩きだした。まるで親子のようにも見えたが、アミルの顔は嬉しそうな残念そうな複雑な表情だ。
その後、夜遅くまで続いた宴。そして古都に戻った私達。
古都に入った瞬間、夜遅くだと言うのにあの食べ物はなんだ、あの店員はどこにいる、あのマスターを紹介してくれなどといろんな人間に詰め寄られた。
ギルド役員、近所のおばちゃん、宿屋のおかみに少女たち。もう一度あれを食べたいんだと男衆に詰め寄られ、甘さの虜になった子供たちにももみくちゃにされた。みんな私達をずっと探しまわっていたらしい。
眠かったので、みんなで散り散りになって逃げた。
それから二日間、自主休業する人間が増え市場が閑散としてしまったらしい。みな、私達を探し回っていたそうだ。
あんたらのせいで仕事が増えた! と半べそになりながらゼスタが通りかかった私とアミルに因縁をつけてきたが、この騒動はどこかの騎士が自慢げに“あいすきゃんでー”を舐めながら古都を巡回したせいでもあるらしい。
ちなみにその二日間、私達のほとんどは森の奥の静かな喫茶店で、食べ損ねた味の“あいすきゃんでー”をゆっくりと堪能していた。
午前は冒険、午後に涼みに集まり、夜に帰る。最高だ。
これが、こんな日常のささやかな平穏が常連の特権なのだと思う。絶対誰にも教えられない、私だけの密かな楽しみなのだ。
20140110 誤字修正。久しぶりに読み返した。
20150613 文法、形式を含めた改稿。
アイスキャンディじゃなくてアイスキャンデーだから!
棒に残った最後のひとかけに横からかじりついて、首を横に振って抜き出すその瞬間がたまらなく好き。きれいなおねえさんがやっているのを見るときゅんってなる。あ、私はカルピス味が一番好きです。次点でオレンジ。
予定通りに書けていればちょうど7月の暑い時期にこのお話をドンピシャで載せられたんだよなぁ……。
ザラ玉袋は大粒のザラ玉が50個入った一袋が銅貨5枚です。
重さにして500グラムはあります。
名前だけしか登場していないティティさんと同じく、
今回のお話に準常連さんが登場しています。
もちろん、わかりますよね?




