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拳闘士とフルッタ・ディ・マルトラーナ

マイナー!


 丈夫な白装束。黒い帯。空気のような気配。龍のような存在感。


 魔晶鏡(めがね)の奥に光る、静かだが獰猛な瞳。そいつは、表情だけは優しくオレの前に立って構えている。


 構え、といっても全身の力を抜いて楽にしているだけだ。まじめにやれ! と最初はいったもんだが、なんのことはない、あれがじいさんの構えだ。油断して飛びかかると、あっという間にやられる。


「ふ──っ……」


「そうそう、落ち着いて。がむしゃらも悪くはないが、今は意味がないからねェ」


 呼吸を整え、すっと息を引き締める。


 何度も投げられてわかったが、呼吸のタイミングは思った以上にこちらの情報を相手に与えてしまう。よく思い返してみれば、じいさんが攻めるときはだいたいオレの呼吸を読んでいた気がする。魔物相手には気づかなかったことだ。


「……」


「いつでもくるさね」


 残念ながら、じいさんの呼吸はいまでも読めない。まだ稽古をつけて貰って一ヶ月も経ってないから当然っちゃあ当然か。いつか読める日が来るのを願わずにはいられない。……来るよな?


「らぁッ!」


 自分のタイミングで、じいさんの襟をつかみにかかる。


 左手で右腕を、右手でじいさんの左襟を。そのままぶち当たるようにして投げようとしたが、じいさんはおや、と一声呟いて特に抵抗することもなく体を力の流れに任せた。


「もうちょいだ。力づくじゃダメだねェ」


 いけそうな気がしたが、じいさんはそのまま体を入れ替えるようにして自然に前に出て抜ける。逆にオレは仕掛けた勢いのまま態勢を崩した。いつのまにやらつかんだ襟も離してしまい、仕切り直しどころか、じいさんの格好のチャンスになっちまってる。


「どれ、もう一回」


 わざわざオレの息が落ち着くのを待ってじいさんが向かってくる。わざとらしいくらい練習通りの今の状況ならたぶんいける。


 理想的に伸びてきた右腕を左手でつかみ、右手はじいさんの左襟を。同時にじいさんの脚の間の前に右足を置き、そのままリズミカルに体を回しながらステップし、じいさんの懐に潜り込む。


「どうだ!」


「お見事」


 右足でじいさんの左足を突っ返させ、じいさんに背を向け密着する。そして懐に潜り込んだ際に縮めた腰を勢いよく跳ねあげた。


 体の回転を利用しながら左手を引き、逆に右手はやや上方向に押し倒す。ここまで全部一瞬だ。


「《体落とし》ぃぃぃ!」


 ぐるり、と気持ちよく一回転したじいさんが、ばしん! と受け身を取った。投げられたっていうのに顔はにこにこと笑っている。……実際、オレがじいさんを投げたんじゃなくて、じいさんがオレに投げさせてくれただけだ。


「なかなかだったよ。後はこの感覚を忘れないよう練習するさね」


「つってもよ、じいさんわざわざ投げられに動いたろ? 実践じゃまだまだ使えねえな」


「最初はそんなもんさね。力づくで無理に投げに入るより、助けられてでもいいからきちんと型を覚えるほうが重要さね」


 厚くて丈夫な白装束──柔道着の胸元を直しながらオレは構えを解いた。


 この柔道、なかなかに奥深い。派手な技だったから力が重要だと思っていたら、全然そんなことはねぇ。たしかに最低限の筋力は必要だが、どっちかっつうと体の動かし方やバランスのとり方のほうが重要だ。少なくとも、今のオレにはそれが必要だ。


「足さばきの上達は目を見張るものがあるよ」


「ま、拳闘士だからな。魔物の懐に入ってブン殴るのにこいつができねえと死んじまうし。それよか《崩し》なんだよなぁ」


「慣れるしかないねェ」


 《崩し》──じいさんがいうには柔道の基礎にして神髄だそうだ。こいつが完璧にできりゃ手を使わずして投げることも可能らしい。正確にはちょっと違うらしいが、まあともかく相手を投げやすくするための、相手のバランスを崩すための技術の総称だ。


 そして困ったことにオレはこの崩しが苦手だ。今まで拳は魔物をぶん殴ることにしか使ってねえってのに、いきなり相手を掴んでバランスを崩せって言われてもすぐにはできねえ。今まで魔物と戦ってきて必要になったことがなかったからな。


 つーか、対人特化ってのは聞いたが、本当にそうだとは思わなかった。グラスウルフに《体落とし》をかけろと言われても無理だろう。だが、逆に──


「この調子でいけば《大鬼(オーガ)》くらいならすぐに投げられるようになるんじゃないかねェ?」


「マジか!」


 ヒト型の魔物なら絶大な効果がある。


 ぶっちゃけ柔道はじいさんみたいなうまいやつがやれば体格差なんてあってないようなもんだ。柔道に慣れてない奴なら簡単に崩すことができるし、崩しちまえばこっちのもんだ。


 おまけにオーガなんかは図体がデカイから受け身もろくにとれずにモロにダメージを喰らう。殴り合いだとかなりしんどいが、柔道なら一撃必殺だって夢じゃない。


 ……と、じいさんが言っていた。じいさんは月歌美人を投げたことがあるらしいので、たぶん本当のことなんだろう。今のオレじゃまだまだそこまではできない。


「とりあえずユメヒトに勝てるようになるのが目標だ。そのあと、私と修行して合格がでたら冒険で使っていいよ。それまでは練習だねェ」


「わあったよ」


 今日の練習はこれで終わり。互いに向き合い、礼をしてから汗を拭う。


「さて……休憩だな」


「おや、実は休憩のほうが目的だったりしたのかね?」


「いーや、頑張った自分へのごほうびってやつだ」


 この森の奥にふさわしくない立派な建物。体術の応酬が繰り広げられる場所にふさわしくないメルヘンチックな外観。休憩と、合わせてくれたとはいえ初めてじいさんを投げられたご褒美を兼ねて、ここでゆっくりしていこう。








「むきむきのおじさん、お疲れさまでした!」


 外でささっと着替え、もう一度軽く汗を拭ってから店にはいる。室内だからか、ここは外より少し涼しくて過ごしやすい。


「おう、わりいな」


 ちみっこが一杯の水をもってかけてきた。こいつもやっぱりよく冷えてやがる。ぐいっと一気にやると、冷たい水が五臓六腑に染みわたったみてえだ。


カランカラン


「…邪魔するぞ」


「あ、エルフのおねーさん!」


「やぁリュリュさん。いらっしゃい」


「よく来たねェ。暑かったろう? まあ座りなさい」


 ちょうど飲み終わったタイミングで涼やかなベルが鳴り、銀の長髪、長い耳のエルフのねーちゃんが入ってきた。


 なかなかけっこうなべっぴん。レイクが見たっていってたが、まさかこれほどまでとはな。


 エルフはじろじろとオレとじいさんをみると、やがて口を開いた。


「…爺、それと、おまえ」


「あん? オレか?」


「…そうだ。さっきのアレ、なんだ?」


「声をかけてくれればよかったのに。結構長いこと見てただろう?」


 真剣にやってたから声をかけられなかった、とそのエルフは答えた。なんでもこの近くまで来たときに物音がしたので気になって見に来たらしい。つーか、じいさんは気づいていたのか。


「…爺が戦えるのには驚いた。そして強いのにも驚いた。不思議な体術にも驚いた。なにより、そんな爺に稽古をつけてもらっているおまえに一番驚いた」


「あれは柔道って言ってじいじ達の故郷の秘術なんですよ!」


「オレはちょっと弟子入りして稽古つけてもらってんだけだな。見ての通り拳闘士だ。バルダスってんだ」


「…そうか」


 その後、エルフの女──リュリュはぼそぼそと自己紹介をする。ネクラってわけじゃあねえが、なんかイマイチ覇気がねえ。そのくせ瞳だけは冷てえもんだから面くらう。


 シャリィやじいさんやマスター、言い換えればオレ以外には笑顔を見せているが、なんか冒険者の男に嫌な思い出でもあるのかね?


 こういう顔をする奴は十中八、九、男がらみだ。それも嫌なほうの。


「…そうだ、バルダス。おまえ、ここの常連か?」


「まあ、そうなるな」


「…知っている常連の名前をあげろ」


「あん?」


「…いいから。頼む」


 口のきき方がなってねえ。だが、言葉はまっすぐだ。エルフと喋ったことなんてほとんどねえが、みんなこんななのかね?


「アミル、エリィ、レイク、アルにミスティってとこか? 一応みんな友人ってことになるな」


「…ミスティにレイク! すまない、今までの非礼を詫びる。おまえはいいやつだ」


 なぜだかそれだけ聞いてにっこりと笑うリュリュ。こいつ、もしかしなくてもそうとう人みしりだ。


 エルフは排他的だとよく聞くし、おまけに先ほどの態度。友人の友人かどうかを聞いてオレのナリを確かめたってわけか。ま、平和的っちゃ平和的な方法だ。


「おねーさん、ちゃんと初対面の人でもおしゃべりできるようになったんですねぇ……」


「…ふふ、どうだ。私だってちゃんと成長するんだぞ」


「あたし、涙が出そうですよ」


「…よしよし、こっちに来なさい。ああ、今日も可愛いな」


 にへらと相好を崩し、平然とオレの前でいちゃつき……いや、戯れ出すリュリュとちみっこ。なんつーか、一瞬でオレの中のエルフのイメージがぶち壊れた。姉妹っぽく見えるといえば聞こえはいいが、うがった見方をすればそういうサービスの店に来たエルフの物好きってとこだ。


「なぁ、じいさん」


「リュリュは最近になって身内以外に甘えることを知ったみたいだからねェ。どうも、今まで他人とああして触れ合うってことがなかったらしい。妹もいるらしいが、エルフはあんまり感情を表に出すことがないからねェ」


 そういう民族性なんだよ、とじいさんが話してくれた。言い換えれば、それだけここではリラックスできてるってことなんだろう。もしくはちみっこが身内クラスにまで昇格したかだ。


 なんていうか、ここはいるだけで落ち着くんだよな。エルフが通い詰めるようになるってのもうなずける。


 さて、ひとしきり撫でまわして満喫したんだろう。やがてきりっとした表情に戻ったリュリュはじいさんに注文をする。


 忘れそうになるが、ここは修練場でもちみっこと遊ぶ場でもねえ。うまいもんを思う存分に食う場所なんだ。


「…爺、なんか自然の恵みを感じられるものを食べたい」


「お、じゃあオレもそれで。あといつものな!」


「…私もいつものを!」


「リュリュは毎回違うものを頼んでるよねェ?」


「…むぅ。そこは気を利かせるのが男というものだぞ、爺」


「そいつは参ったねェ」


 こいつ、オレがいつものって頼んだことに張りあいやがった。中身は結構ガキだ。レイクとおんなじくらいガキだ。顔を赤くするくらいならしなけりゃいいものを。


「というか、自然の恵みを感じられるなんて都合のいいもの……」


「あるだろ?」


「…ないこたぁないねェ。そろそろ言うころだと思ってたし」


「けっこうがんばりましたもんね。あれに関してはマスター頼りになりませんし」


 食べ物に関して言えばここでできないことなんてねえと思う。一瞬いたずらっぽくじいさんが口の端を釣り上げたように見えたが、気のせいだったと思いたい。


「ほいさ、ユメヒト、もってきな!」


 このじいさん、リュリュが次何頼むのかまでお見通しだったってわけだ。







「はい、お待たせしました。《フルッタ・ディ・マルトラーナ》でございます」


「おお……お?」


「…確かに自然の恵みだな」


 いつの間にやら奥へと引っ込んでいたマスターが持ってきたのはシャレた手編みの大きめのバスケットだった。


 もう片手には“れもんすかっしゅ”が二つ。こっちはまぁいい。問題はそのバスケットの中身だ。


「…果物、か?」


「ああ、紛うことなき果物だ。どっからどう見ても果物だ」


 バスケットの中にはいくつもの果物が入っている。いやま、確かにお菓子と言えば普通は果物のことを指すけどよ。じいさんのとんちに一本取られたってことか? ちょっと見ねえ果物もあるけど、あれはリンゴだしあっちのはたぶんオレンジの類だ。古都の市場でよく見かけるやつもある。


「こいつはなんだ?」


「えーと、《マルトラーナの果実》ともいいます。まぁ、見ての通りですよ」


 なるほど、こいつらマルトラーナってとこで採れた果物ってわけか。ブランド物の一級品ってやつだな。


 もしかしてマスターの友人の農園もそこにあるのかね? ……なんかちょっと違和感があるのは気のせいか?


「お? なんか……」


「ああ、そいつはそのまま丸かじりできるさね」


「なんと皮ごといけるんですよ!」


 さっそく一つ見たことねえのを取ってみたが、思ったよりも軽いような? おまけに手触りも普通の果物と違う。こういう品種なのかね?


 きっと食える皮だからこんな手触りなんだろう。皮ごと食えるなんてたしかに古都でもあんまりみねえもんだ。


 さて、望み通りがぶっと一気にいってやろう。オレは大きく口を開けてそいつに犬歯をつきたてる。


 次の瞬間、果物の汁気とフレッシュな甘さを期待していたオレの舌は盛大に裏切られた。




あまい。


あまい。


あまい?


あまい!


あまい!!


あまいあまいあまいあまいあまいあまいあまい!!


「あまいぃ!?」


「それはよかった……?」


「うぇーい、成功!」




 パシン、とじいさんとハイタッチするちみっこをみて、あとで必ず首根っこつかんで“ぐるぐるの刑”にしてやると心に決めた。むせる。不意打ちで来るとめちゃくちゃむせる。


 この“ふるった・でぃ・ま……めんどくせえ。この果物、全然果物なんかじゃねえ。


 なんだ? しっとりってわけじゃねえが乾き切ってるってわけでもねえし……。


 なんかよくわからん妙な歯触りだ。どんな果物でも、こんな歯触りを持つはずがない。不意打ちで口に入れると結構むせる。むせてしまうほど驚く。そしてとにかく甘い。


「…びっくりしたな」


 そう、甘い。とにかくひたすらに甘い。この世のすべての甘味を詰め込んだんじゃねえかってくらい甘い。むしろ、甘さが果物の形をしてるだけっていい方のほうがふさわしいかもしれねえ。


 見た目で味を想像していた分、その分強烈なパンチが帰ってきた。そしてひたすらに甘い。


「…すごくいい風味だ」


 そう、それだけならまだしも、悔しいことにいい感じでアーモンドの風味が口いっぱいに広がる。


 なんだろうな、これ。決してまずくはないんだが、味と見た目のギャップがありすぎて自分が何食ってんだがわからなくなってくる。


 肉を食ったと思ったら野菜だった? いや、そんなもんじゃねえ。そしてめちゃくちゃ甘い。


 形容しがたい舌触り。というかこの奇妙な食感も妙な癖になる。がぶっと一口で果物に噛みつくが、そこからは果汁は出ず、帰ってくるのは不思議な食感。


 見た目とは裏腹に断面は白っぽい感じでどこまでも一様。食いものってよりかは作りものって感じがひしひしと伝わってくる。たぶん、軸までしっかり食べられる。そして呆れるほどに甘い。


「…おもしろいな、これ。こっちも皮ごと食べられる。…味は全部一緒なんだな」


 もう三つ目の果実に手を出したリュリュ。はたから見ればきれいなべっぴんのエルフが可愛らしく果実を齧っているようにしか見えない。つーか、見ただけじゃ果実じゃないなんてこれっぽっちも思えない。


 もう一口食べる。うん、甘い。

 もう信じられないくらい甘い。


 一度、“れもんすかっしゅ”を口に含む。炭酸がいい感じに口の中をぬぐいさってくれた。味はほとんどしなかった。


「こいつは、一体?」


「飾り菓子の一種なんですよ。本当はケーキなんかの飾りとして出すんですけどね」


「おじさん、ケーキって見た目がけっこう重要でしょう? これ《マジパン》っていう分類になるんですけど、これ使うとケーキとかのデコレーションの幅がぐんと広がるんですよ!」


「単体で食べることは?」


「……これ()単体で食べるのが普通だねェ」


 つまり、他のは単体では食べないってわけだ。あ、なんか甘さでのどがひりひりしてきやがった。でも、やめられない。なんかわかんねえけどやめられない。


「…いいな、今度集落に土産に持っていこう」


 ばくばくとリュリュはバスケットの中身を食べていく。オレはまだ一個目だっていうのに、あいつは五個目か? まあ、オレは一個で十分なんだけどな。


 にしても、あんなに食って胸やけとかしねえのか?  女は甘いモンが好きとはいうが、これほどとはな。いや、もしかしてエルフだからか? ううむ。


「飾り、というか見た目に特化したお菓子ってけっこうあるんですよ」


「…すばらしいな。見た目もよくておいしい。そしてなにより楽しい。ちょっとした贈り物だとか、友人に渡してみたりするのもよさそうだ」


 友人、たぶんビビるんじゃねえか?


 繰り返しになるが、見た目は本当に果物にそっくりなんだ。たぶん市場のものとすり替えたって気づく奴はいねえと思う。どうやってここまで精巧に作りあげたのか。むしろその技術にビックリだ。


「あ、それはあたしとじいじが色付けしました! 色つけとこねこねするだけなので、作るだけなら簡単なんですよ!」


「ちいっと面倒になるが果物以外、魚や剣なんかでも出来るねェ。一番うまそうに、きれいにできるのが果物なんだよ。果物は型があるからそいつで作ったのもあるねェ」


「しかもその型、じいじの手造りなんですよ!」


 なるほど、じいさんは器用だ。どんな形でもできるってわけか。うん、酒場で剣の形のこれを喰ったらけっこうな拍手が貰えそうだな。宴会芸にいいかもしれねえ。


 透明蛙(クリアトード)は透明だから無理にしても、でっかいゴブリンあたりを作って広場で頭から食べる芸をすれば、結構おひねりもらえるんじゃねえか? いや、そのまえに魔物を連れ込んだことで騎士団を呼ばれるか。


「グリュックシュヴァインっていう豚の形をしたのも聞いたことがありますね。なんか幸福のブタっていう意味らしいです」


「どちらかっていうと食べるよりも見た目を楽しむ菓子さね」


 それはそうだろう。さすがに菓子とはいえこいつは甘すぎる。リュリュは平気そうだが、オレには、男には無理だ。これ以上食べたら胸やけ確定だ。単調な甘さにもちょっと飽きが来る。


「…爺、もう一個」


「まだ食うのかよ!?」


 バスケットの中身を全てを喰らい尽くしてなお、銀髪のエルフは止まらない。正直見ているだけで腹いっぱいだ。


 まずくはねえ。まずくはねえけど、あれは一度にたくさん食えるもんじゃねえ。そんなものがあるなんて今日初めて知ったがな。


「む、まさかそんなに気にいってもらえるとはねェ。だが……」


「…………ない、の?」


「あるにはあるんですよ。そう、あることは確かなんですけど……」


 残念そうに目を伏せるリュリュに対し、じいさんとちみっこが言いにくそうに、奥歯に物が挟まったかのように口ごもる。


 はっきり言えばいいものを、何を躊躇ってんのかね?


「じいさん、シャリィ、せっかくリュリュさんが言ってくれてるんだし、持ってくるよ!」


「あ、マスター! ……あーあ、いっちゃいました」


「悪気がないのが余計タチが悪いねェ……」


 はぁ、と二人揃ってため息をつく。オレもリュリュも、わけもわからずそんな二人を見つめていた。一体なんだっていうんだ。








「はい、お待たせしました! 僕特製の《フルッタ・ディ・マルトラーナ》です! いっぱいあるので遠慮なくどうぞ!」


「!?」


「じいさんオレ帰る! 代金ここ置く! 釣りはいらねえ!」


「ダメです。おねーさんひとりじゃ可哀そうです。逃がしませんよ?」


「ちみっこてめえ!?」


 冒険者の勘ですぐに逃げた。が、ちみっこに出口を塞がれた。


 目で見ずとも気配でわかる、おぞましいなにか。リュリュの表情は、恐怖で真っ青になっている。


 マスターのバスケットがゆっくり近づいてくる。


 視覚情報だけで危険過ぎるとわかってしまうそれ。赤でも緑でも青でも黒でもないけど赤であり緑であり青であり黒であるそれ。形容するのもおぞましい、恐怖の象徴のような形。


 果実だ。まちがいなく果実だ。それも食べちゃいけないパターンの。食べたら持ってかれる、戻ってこれなくなるやつだ。


 リュリュは食べる前から目に涙をためていた。注文した以上、途中で逃げ出すわけにもいかない。おまけにマスターがいつも以上にうれしそうな笑顔だ。オレにはあの笑顔を裏切るなんてことは出来やしない。


 にこにこと笑いながらどん、と置かれたそれに、リュリュの目からじわりとよりいっそう涙がでてくる。


「…………ねぇ?」


 リュリュが縋るように上目づかいでこっちを見てきた。普段のオレならそれでいいと思う。百点満点の行動だ。


 だが、みすみす命を捨てに行くほどオレはバカじゃねえ。……どのみち逃げ場はねえけどな。


「はぁ……」


 観念してオレはテーブルに戻った。おそろしいことに、味だけはさっきと一緒だった。リュリュに泣きつかれたじいさんが、しょうがないねェ、といって加勢してくれた。




 それでもまだまだ、夢は続きそうだ。どれだけ続くか、わからない。




20150517 文法、形式を含めた改稿。


ティティさん(??歳)

リュリュさんの妹。木漏れ日のもとで森林浴と日向ぼっこしながら本を読むのが好き。小さい頃はよく祖母のチュチュ婆に本を読んでもらっていた。

本が恋人なのでそれ以外のことはからっきし。でも魔法は姉より上。

なかなか帰ってこない姉を心配している。古都のお土産に書物を頼んでいるけど、この様子だとびっくり果物になりそうだね。

いずれ出るかもしれない準常連さんの一人です。


フルッタ・ディ・マルトラーナはマジパンの一種。

キャラクターもののクリスマスケーキなんかにある飾りの砂糖菓子なんかとだいたい同じ。


『アーモンドを煎ったものを挽いて砂糖と練り合わせて形を作って装飾してオーブンで焼きあげたもの』って聞いたんだけど、ネットじゃその記述は見つからなかった。ううむ。

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