獣使いとベリータルト
おひさ。
最近、一部の冒険者が近くの森に入り浸っているらしい。今、ギルドではひっそりとそんな噂が流れている。
本来ならば別段噂になるようなことでもなんでもない。冒険者が森に行く。そこに一体何の不思議があるのだろう。
噂の概要はこうだ。
その森は本来、新人くらいしか訪れない場所。当然、ほとんどの冒険者は滅多なことがないかぎりわざわざ出入りすることはない。
それなのになぜか中級以上の冒険者、さらには“森の魔女”や“剛剣の舞姫”、“影の英雄”といった二つ名を持つ実力者が頻繁に出入りしている。
なぜ彼らはなにもないはずの森をわざわざ訪れているのか?
実は森の奥に隠し財宝があるだとか、貴重な薬草が生えているだとか、秘密の特訓をしているだとか、いやいや、ただ単に偶然だろなんて声もある。
そんな噂の真相を、私だけは知っている。
──だって、私もそこに出入りしているんだからね。
私はギルドを背にして、ぺろりと唇を舐める。それを真似するかのように、緑の毛皮を持つ相棒もアオンと一声吠えた。
私はどうやら、人より独占欲が強いみたいだね。どうも、この手のおいしい情報というものを誰かに教えようとは思えないんだ。どんなに彼らが不思議に思っていたとしても、それは私には関係ないことだしね。
マスターの作る甘ぁいモノ。全部、全部、私の手の中だけにあればいいと思う。
それが私の手の中からなくなってしまわないように、私だけがそれを知って秘めていても何の問題もないと思うんだよね。
まぁ、マスター側から見ればいろいろな人に来てもらえたほうがいいのかもしれないけど、未だに人みしりの激しい友人のためにも、あそこは知っている人だけが知っている、隠れた名店であり続けてほしい。
そう言った意味では、あんな森の奥に店を構えてくれたのは私にとってはなかなかありがたいことなんだと思えるんだよね。
街の外へ出ると、ラズが待ちきれないと言わんばかりに短く吠えて走り出す。この子が自分から走りだすのなんてあそこへ行くときしかないんだよね。
私もラズに負けないように地面をける。あそこに行くときは、いつだってラズとおいかけっこだ。最初に訪れたときは大変だったね。こいつ、いきなりシャリィちゃんに飛びかかるんだもの。
ああ、今日は一体何を食べられるんだろう。“けーき”か、“れもんすかっしゅ”か。こないだ食べた“くっきー”もいいね。本当に、あそこに出るものには毎回驚かされるよ。
……いけない、想像したら、本当にお店を独り占めしたくなってきちゃう。
緑の背中を見失わないように、自分の欲をかき消すように、私は足を速めて森の中を駆けていった。
いくらか走ると、そこに見えるのはメルヘンチックな外見の家。きれいな窓に、きれいなお花。たぶん、このセンスはマスターじゃなくてシャリィちゃんだろうね。
今日は中で食べようか、外で食べようか。店の中で食べるのもいいし、川を見ながら、自然に囲まれながら食べるのもいいんだよね。
そういえば、あの神秘的な果樹は結局なんなのだろうね?
「さぁて……と」
無意識のうちに、私の手はその扉を開けていた。カランカランと涼やかで心地よい音が耳に響く。ああ、やっぱりこれを聞くとここに来たって感じがするよね。
「いらっしゃい。《スウィートドリームファクトリー》へようこそ」
「いらっしゃいませ! あ、ラズちゃんにもこもこのおねーさん!」
「やぁ。今日も来ちゃったよ」
アオン!
にこにこ笑顔のマスターと、元気いっぱいのシャリィちゃん。いつ来ても、この二人は私達を温かく迎えてくれる。あの老人──夜行さんっていったけか──はいるときといないときが半々くらいであるけれど。
「お、おっ?」
アオン!
するりとラズがマスターの元へと駆けより、嬉しそうにその身をマスターの脚にこすりつける。こいつ、本当にマスターの事が好きだよね。
……うん? なんかマスターの顔、ひきつってないかな?
「……っ!」
「マスター? どうしたんだい?」
「は、はは……ちょっとばかり、傷に……」
「傷?」
「いろいろあってな。おっと、まずははじめましてだな」
声を掛けられて視線を移すと、そこには大剣を持った女の……戦士がいた。マスターとシャリィちゃんに気を取られて、その奥にもう一人先客がいることに気がつかなかったみたいだね。
獣使いとして気配を探るのはそれなりに出来るつもりなのに、ほとんど気配を感じなかったところをみると、相当な実力者だと思う。
「私はエリィ。呼び捨てで構わない。見ての通り戦士だ。これでもここの常連さんなんだぞ」
「おねえさんはミスティ。こっちは相棒のラズ。エリィっていうと、もしかして“剛剣の舞姫”さんかな?」
「一応、そうだな」
ちょっと照れくさそうにうなずくエリィ。バルダスから話は聞いてたけど、本当に会えるとはね。なんだかんだで見かけなかったからなぁ。
エリィに促されて同じ席に着く。エリィはすでに“くっきー”を食べていた。仄かな甘い香りがいいね。
こないだ食べたのとは違う形で香りもわずかに違う。バリエーションはどれくらいあるのだろう。ちょっと想像がつかない。
ラズはいつもの場所で《待て》させる。エリィがその様子を見て、その場所の意味を納得したようだった。
「ちょっと見ない間に変わったものが出来たなと思ってたんだが、そういうことだったのか」
「まぁね。前までは外で食べてたんだけど、これが出来てから中でも食べられるようになったんだよ」
「外、か? 立ちながら食べたのか?」
「裏手にテラスがあるんだよ。きれいな川と果樹があって森林浴にはもってこいなんだよね。知らなかったのかい?」
「だいぶ前から来ているが、初めて聞いたな」
「あんまりお外を使う機会はありませんもんねぇ。中の方がなにかと楽ですし。あたしとしてはお外は掃除が楽でいいんですけど!」
「こら、シャリィ。店員さんがそんなこと言っちゃダメでしょ。……さて、ミスティさん、ご注文は?」
きた。この瞬間が一番困るよね。
何が困るって、出てくる物の名前を聞いても全然わからない上に、何が出てもおいしいものだからどう返事をすればいいのかわからないんだ。
「エリィ、おねえさんにお勧め教えてくれないかな? 常連さんなんだろう?」
「といっても、私は少しブランクがあったからな。今日はその分埋め合わせに来たんだ」
「じゃあ、そうなると……」
「ああ、いつも通り……」
「はは、かしこまりました。お勧めですね」
にこにこと笑いながらマスターは奥へと引っ込んでいく。さすがにもう扱いに慣れたのか、私達の考えていることなんてわかっているみたいだね。
「……今日はあれ、やってくれないな」
「あれはマスターの気分しだいですからね。私だと置いてある所に背が届きませんし。 こないだは盗賊のおにーさんに取ってもらったんですよ」
「あれってなんだい?」
エリィとシャリィちゃんで私にわからない話をする。なんだかちょっと悔しい。私の方がこの店に詳しいと踏んだんだけどね。
エリィはそんな私を見てから、最後に残った“くっきー”をラズの方へと差し出した。ラズは嬉しそうにその“くっきー”を鼻面を当て、舌でしゃぶりつくようにして食べている。
「いやなに、音の出る四角い箱があるんだよ」
「なんだい、それ?」
「そのままの意味なんだが……ともかくきれいで落ちつく音色なんだ」
どうにもよくわからない説明だったけど、魔道具の類らしい。どんな音色なんだろう。一度聞いてみたいものだね。
「そういえば戦士のおねーさん、さっきのクッキーラズちゃんにあげちゃってよかったんですか?」
「いいんだ。今日はまだまだ食べる予定だからな!」
「ああ、お礼を言ってなかったね。そう言えばあの“くっきー”、おねえさんが以前食べたものとだいぶ違ったけど、どんな味だった?」
「たぶん、レモンの皮が入っていたと思う。甘さの中に柑橘特有のさわやかさがあってとてもうまかったな」
これは驚いた。レモンの皮を使っているだなんてね。
あれ、苦いし硬いしとても食べられたものじゃないと思うんだけど。マスターならなんとか出来るだろうと思えるあたり、私も染まりつつあるんだろうね。
「レモンピールのクッキーなんですよ、あれ。もこもこのおねーさん、レモンスカッシュこないだ飲んだでしょう? あれと同じレモン使ってるんですけど、やっぱりマスターのお友達のところで取れたレモンなんです」
「ああ、バルダスと一緒だった時か」
「おお、バルダスを知っているのか。……あいつも大丈夫かな」
どうやらエリィもバルダスを知っているようだ。今更ながら、この店の常連同士はそれなりに付き合いがあるみたいだね。
それより、だ。
「大丈夫かなって?」
「……マスターの怪我ともつながるんだが、ちょっとまえに私と友人の魔法使い、それにレイクとバルダスでマスターと戦ってこてんぱんにされたんだ」
「一般人相手に四人掛かりで袋叩きかい? 感心しないね。しかも“影の英雄”に君の友人ってことは“森の魔女”だろ?」
「いや違う、したんじゃなくてされたんだ」
「……えっ?」
アオン!
エリィの言葉をに思わず耳を疑う。今、この女戦士はなんといったのかな?
「もちろん、私達も手加減はしていたし武器は持たなかったさ。そんな必要なんてはなっからなかったみたいだけどな」
ちょっと悔しそうにエリィは続けた。私の聞き間違いなんかじゃなかったらしい。
「バルダス、あれで結構やるやつだと思うんだよね。魔法使いは接近されてダメだったとして……レイクに君は?」
「アミル……友人が魔法で拘束してたんだが、その隙に落とそうとしたら拘束が外れ、そのままカウンターを喰らったんだ。レイクはバルダスと二人で戦って、同時にやられていたよ」
「もしかしてレイクってのは実力はなかったりするのかい?」
「いやまさか。あれで貧弱装備、麻痺毒で体が動かない状態から繁殖期で荒ぶっている突然変異の巨大毒牙猪を単独で撃退できる腕前だ。しかもその前に新人をかばってわずかとはいえ怪我を負った状態で、だ」
あのマスター、本当になにものなんだろう。
「はい、お待たせしました。《ベリータルト》でございます」
「おぉ!」
「わぁ」
アオン!
なんやかんやとエリィと話しているうちに、マスターがなにやら両手に持ってやってきた。片手に一皿ずつ。それぞれ私とエリィの前に置く。
「これまたすごいな……」
「たしかに。見た目のインパクトが違うよね」
私の目の前に置かれた皿には、ごくわずかに茶が混じった赤色の果実と、黒みの強い赤色の果実が乗っている。どちらもそれ一つ一つが小さな粒粒の集まりであり、指で軽くつまめるくらいの大きさだ。
これはラズベリーにブラックベリーだね。野生じゃ滅多に見られない立派なやつだ。どこで採ってきたのだろう? 例のガッコウとやらの友達のところだろうか。
そんなラズベリーとブラックベリーが優しい茶色の……なんだろう、これは。“すぽんじ”と“くっきー”を足して二で割ったような、そんなものの上に乗っているんだ。
びっしりとラズベリーとブラックベリーが敷き詰められているからわかりにくいけど、間に“くりーむ”も見えるね。本当に余すところなく贅沢にベリーが使われていて、ちょっと見ただけなら下の奴の存在には気づかないんじゃないだろうか。
エリィの方にあるのは、赤い三角の果実と濃い青の丸い果実。こちらは苺とブルーベリーだね。
苺の方はいくつか半分に切られて丸いそれに白をさらしている。赤、白、青。見栄えはすごくいい。でもまぁ、違いといえばそれくらいだ。
どちらのベリーも、煌びやかに美しく、てかてかと光っている。なにか細工をしたのだろうけど、どうやったのだろう? 見ただけで楽しく、ワクワクするような、そんな魅力のある輝きだ。
「マスター、これは?」
「これは《タルト》ですね。スポンジでもなければクッキーでもありませんよ?」
にこにこといたずらっぽく笑ってマスターは私達に教えてくれる。なるほど、ベリーを使った“たると”だから“べりーたると”か。本当に、どうしてこんなすばらしいものを考えつけるのだろう。
流石というべきか、すでに切り目が入れられていてそのまま手づかみでもいけそうだ。こんなにびっしり敷き詰められているからうまく切れるか心配だったけど、
杞憂だったみたいだね。こういう気配りも含めて私はここが好きなんだと思う。
「どれ、さっそく頂くか」
「そうだね」
エルフの友人が見たらちょっとはしたないというかもしれないけど、上に乗ったベリーを落とさぬようにそっと小さな扇を魅惑の月から切り離す。
崩れないよう、慎重に。
うまくきれいに取れたそれを、私の手の中だけにあるそれを見て。
相棒の催促する声を無視して。
私はぺろりと唇をなめて。
齧り付いた。
とたんにひろがる──
あまさ。
すっぱさ。
こうばしさ。
甘くて甘くて甘くて。
これはもう、誰が何と言っても──
「──うん、最高だ!」
「それはよかった」
にこにこ笑うマスターを、使い魔にしたいとさえ思ったね。
まず最初に感じたのは、“たると”の甘さだった。柔らかくはないけど硬くもない絶妙な食感。“すぽんじ”でも“くっきー”でもない独特の甘さと香ばしさ。
ぱりっとはしてないけどしっとりしているというわけでもない。食べ応えがある“くっきー”のような“すぽんじ”、というのが一番近いだろうか? これだけでも相当なごちそうだと思う。
そして、その直後につぶれたベリーの果汁が口いっぱいに広がるんだ。ラズベリーの甘さ、ブラックベリーの酸っぱさ。自然の恵みがいっぱいに詰まったそれらの香りがふわっと鼻に抜けていく。
日頃リュリュが森だの自然の恵み云々、なんていっているけれど、これは特にそれが顕著だと思う。
確かに私の鼻は獣使いとしての修練の成果もあって人より効くけれど、これはそんなものを抜きにしても強く、優しい香りに満ち溢れていて、本当に自然の恵みとしか言い表せないくらいの素晴らしさだ。甘酸っぱい風味はそこにあるだけで心を軽やかにしてくれる気がするね。
そして、わずかに遅れて白い魅力がやってくるんだよね。
その強烈な甘さはベリーの甘酸っぱさと混じってより一段と蠱惑的なものとなって口の中を蹂躙する。ああもう、なんなんだろう。甘くて酸っぱくて甘くて……どうしようもないくらいいいじゃないか。
“くりーむ”単体でもいけるけど、この甘酸っぱさが絡んだことで繁殖期の獣のフェロモンを連想させる魅力を持つんだよね。
たぶん、もし男がこの香りをつけていたのなら、私はころっと落ちるんじゃないだろうか。
「すごいな……。やっぱり本当にすごい」
口を大きく膨らませながらエリィがぽろっとこぼした。私も無言でうなずいてそれを肯定する。
大きく喉を動かして、口の中の天国を腹の中へと送り込む。
アオン!
「もうちょっとだけ《待て》だ、ラズ」
「いいんですか? 素人の僕が言うのもなんですが、すごく食べたそうにしてますよ?」
「躾の一環だよ。人から貰うくらいならいいんだけど、主との食事は必ず待たせてからって決まっているんだ」
せかす相棒に待ったをかけ、私は大きく口を開ける。パクっと大きく噛みつくと口の端に“くりーむ”がついたけど、今はどうでもいいよね、そんなこと。
上あごに感じるベリーの柔らかさ、舌に感じる“たると”の甘さ。顎にぐっと力を入れてそれらを押しつぶすと、横から“くりーむ”があふれ出る。この三重の食感が堪らなくいいね。
力を入れれば入れるほど、果汁の香りと“たると”の香ばしさ、そして“くりーむ”の甘やかな風味が全身を駆け巡るんだ。
そのとろける舌触り、独特の食感。味も、香りも。賞賛の言葉さえあれど、非の打ち所なんてあるはずがないよね。
「……なぁ、はんぶんこしないか、そっちの」
「もちろん、むしろお願いしたかったくらいだよ」
エリィの提案を私はすかさず了承した。お互いに半分のところを取り、お互いの皿の端から乗せる。
アオン!
「よし、いいぞ、ラズ」
「どれ、私からも」
私の赤黒の“べりーたると”とエリィの赤青の“べりーたると”。それを待ちきれなくなったラズの眼の前に差し出す。
一瞬迷ったラズだけど、すぐに私の手のほうへ鼻面を向けた。まぁ、当然だよね。
「やっぱりご主人さまのほうがいいんですかね?」
「それもあるだろうけど、こいつ、ラズベリーが好きなんだ。ラズベリーが好きだからラズ。簡単だろう?」
「それは安直というんじゃないか?」
エリィの言葉を笑って流して、赤青の“べりーたると”に齧りつく。
うん、私のよりもこっちはベリーの汁気が強い。その分口の中で混じり合うその快感が強くていいね。
苺の絶妙な舌触り、ブルーベリーの軽妙な歯触り。食べ応えで言うならばこっちの方がいいかんじだ。大きなイチゴを使っているから、食べたって感じがするよ。
それに苺特有の甘さ、ブルーベリーの甘酸っぱさがクリームの甘さをまろやかにして口当たりをよりよくしているね。
“たると”の優しい甘さもそれらをよく引き立てている。知れば知るほどよくできていると思う。
「こっちもいいかんじに酸味が効いてていいな。しかもちゃんと甘さもある果実だ」
「たしかに、野生のは酸っぱすぎるのが多いよね」
赤ん坊だったラズを拾ったばかりのころは森で果実を採って凌いでいたっけ。取りやすいところにあるのはみんな強烈に酸っぱいんだよね。甘くておいしいものは採られちゃっているか、取りにくい場所にしかないんだ。
そんなラズも、今はエリィの赤青の“べりーたると”を嬉しそうに貪っている。あんなちびすけが、よくもまぁこんなに大きくなったもんだ。素人にはわからないだろうけど、あの表情はそうとう喜んでるときのだ。
「マスター、あたしのおやつの分はありますよね?」
「こないだ試しに作った時に食べたじゃないか」
「また食べたくなっちゃたんですけど……」
がっくりとシャリィちゃんがうなだれる。てっきり店員だから食べ放題だと思っていたけれど、どうもそういうわけではないらしかった。
「なら、私のをやろう。ほら、あーん」
「あーん♪」
エリィがさっと出した“べりーたると”にそのまま齧りつくシャリィちゃん。マスターがすみません、と頭を下げたけど、エリィは好きでやったことだ、とひらひらと手を振った。
「あふれ出る果汁、タルトの香ばしさ。クリームの甘さ! もう、おいしすぎて言葉も出ません!」
「シャリィ、言葉出てるよ?」
うっとりと目を細め、頬を赤くして喜ぶシャリィちゃんにマスターは冷静に返す。そんな様子をエリィは笑って見つめていた。
「こうしてみんなで分け合って仲良く食べるのもいいだろう?」
「……そうかもね」
ふと、思い出した。
エリィは最後の一枚の“くっきー”を、惜しげもなくラズに与えた。たぶん、立場が逆だったら私はそんなことをしないだろう。
エリィはシャリィちゃんに“べりーたると”を惜しげもなくあげた。私は、そんなこと考えもしなかった。
「……ねぇ、聞きたいことがあるんだけどね」
「どうした?」
「このお店、知らない人がほとんどだろう? エリィなら、ギルドでこの店の事、教えるのかな?」
私はもしかして、独占欲が強すぎるんじゃないだろうか。なぜだか急に不安になって、思わず聞いてしまった。
ふむ、とエリィは考え込むと、やがてにっこり笑って話し出す。それはもう、女の私でも見ほれるほどの笑顔だった。
「絶っ対に教えないな!」
「それまたどうして?」
「だって、そしたらマスターが忙しくなって私が食べられる機会が減るかもしれないじゃないか!」
「……ふふっ、そうだよね」
おおむね、私と同じ意見だった。なんだか妙に、うれしかった。照れ隠しで口いっぱいに頬張った“べりーたると”が、なんだかさっきよりも甘い気がした。
名残惜しそうにマスターに擦り寄るラズをなだめて、私達は店をでた。ああ、やっぱり最高だ、またすぐにでも来ようと出たばかりなのに思ってしまう。
「そういえば思ったんだけどさ……」
「今度はなんだ?」
隣をあるくエリィに声をかける。さっきから地味に気になっていた事だ。
「エリィ達がこてんぱんにやられたのに、誰がマスターを止めたんだい?」
甘夢茸の幻覚と言っていたけれど、まさか効果が切れるまで放っておいたわけじゃあないだろう。
「ああ、じいさんが一瞬でマスターを投げ飛ばしたんだよ。動きがきれいすぎて、何をしたのかわからなかったくらいだ。正直、自分が勝てる想像ができなかったよ」
エリィのその一言は、今日一番の驚きだった。そんな爺様に、私はなにか頼まれごとをされることになっている。
「……今度、あの爺様に頼まれごとをされるんだけど、なんだと思う? てっきりこの辺の魔獣の討伐依頼だと思ってたんだけど」
「想像できないな。あのじいさん、なんでもできるんじゃないのか?」
アオンと相棒が店の方へと向かって吠える。いったい、何を頼まれるのだろうか。
古都へと続く森の中、私はぺろりと唇をなめた。唇には“べりーたると”の甘やかな余韻が残っていた。
20150425 文法、形式を含めた改稿。
休息がほしい。割と切実に。
なんか甘いものでも食べたいな。
溺れるくらいにベリータルト食べたい。