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魔法使いとグリヨット

ちょっとマイナー?


 古都からすぐの森の奥。

 うきうきと、それこそスキップでもするかのような足取りで私はそこを目指します。初めて訪れたときとはまるで正反対。あの時はこうして森に来ることになるなんて思ってもいなかったでしょう。


 森に入ってしばらくすれば、そこに見えるは目当てのお家。メルヘンチックで素敵な外観の、私のお気に入り。


 カランカラン、と森に響き渡る涼しげな音。もう何度聞いたかわかりませんが、今でもこの音を聞くたびに胸が高鳴ります。今の私は、これだけを楽しみに生きていると言っても過言ではないのですから。


「やぁ、いらっしゃい。《スウィートドリームファクトリー》へようこそ」


「いらっしゃいませ!」


 今日もマスターとシャリィちゃんが迎えてくれました。


 そういえば、いつ来てもマスターはにこにことした顔でお店の名前を言うのですが、いったいどうしてでしょう? もういいかげん名前は覚えているというのに、マスターの癖なんでしょうか。


「あれ、今日は戦士のおねーさんは一緒じゃないんですか?」


「ええ、エリィはちょっと遠出しているんです。お土産を楽しみにしてろって言ってましたよ?」


 うれしそうにシャリィちゃんが微笑みます。やっぱり子供が笑うのは何度見ても可愛いものですね。……おや?


「シャリィちゃん、それ……」


「えへへ、似合ってます?」


 シャリィちゃんの頭にはお花の髪飾りがありました。この店内に飾られているバラと同じです。白くて大きなバラはシャリィちゃんの赤毛にとても似合っています。


 ……そういえば、店内の雰囲気がちょっと違います。お花を少し変えたみたいです。あ、それに先客もいます………金髪のおじ、いえ、ぎりぎりおにいさん。騎士の方ですかね?


「マスターが新しいお花を貰いまして。それで、お店にあったお花を変えることになったので、じいじに花飾りにしてもらったんですよ!」


「おじいさん、そんなこともできるのですか……いいなぁ」


「おねーさんもお一ついかがです?」


「いいんですか?」


「もちろん! 今なら来店した方全員に声をかけているんですよ!」


 ちょっと待っててくださいね、といいながらシャリィちゃんは店の奥へと戻っていきます。それを見たマスタがーがやれやれ、といいながらにこにこした顔で言いました。


「すみませんね、シャリィ、注文聞くのを忘れちゃったみたいです……。気にいってくれたのがよっぽど嬉しかったんでしょう」


「女の子なら、髪飾りには誰だって憧れますよ。私も小さいころよく作って遊びましたし」


「そうなんですか。おっと、僕も忘れるところだった。ご注文はどうします?」


「もう、いつも通りに決まっているじゃないですか!」


「はは、オススメですね。かしこまりました」


 にこにことした顔を崩さずにマスターも奥へと引っ込んでいきます。ふと思ったのですが、あの不思議な音色は聞こえてくるときと聞こえてこないときがあります。マスターの気まぐれでしょうか? 


 あの音色も、けっこう癖になるんですよね。こう、聞こえるときと聞こえないときではお店の雰囲気ががらりと違う気がします。いえ、聞こえていなくてもものすごく雰囲気のいいお店なんですけれども。


「……」


 あまり広くはない店内。シャリィちゃんもマスターも、時々見かけるおじいさんもいないので、自然と手持無沙汰となった私の視線は騎士さんのほうへと向きます。


 あの騎士さんはなにを食べているのでしょう……どうやら、“ろーるけーき”のようですね。私がもう随分前に食べたやつです。


 まだここにきて日が浅いのでしょうか。私のほうが常連なんだと、ちょっと自慢げになります。


「お嬢さん。私の顔に、なにかついているかな?」


「あっ、いえ……」


 流石騎士さんです。私がちょっとちらりと見ただけなのに気づいちゃいました。まぁ、やましいことはなにもしていないんですけど。


「もしかして、ここは初めてなのかな? ここのは珍しいものばかりだからな」


「いえいえ、片手じゃ足りないくらい来てますよ。常連さんなんですから!」


「むぅ、先輩だったか。これは失礼した」


 変な見栄をはった私に対し、いかにも、といったかんじで笑う騎士さん。まさに騎士のお手本のような騎士さんです。やっぱり騎士さんはみんなこんな性格なんでしょうか。マスターとはまたちがった優しさがあります。


「おねーさん、おまたせしました!」


 と、ここでシャリィちゃんが髪飾りを持ってきてくれました。その髪飾りは薄い青のような紫のような……白に近いですが、白じゃない、空色と言われてもどこか違う微妙な色合いをしていました。


「金髪には青系統が似合うと思うんですよ、私。でも、バラにはちゃんとした青がないんですよね。おかげで時間かかっちゃいました」


「すっごくきれいですよ!」


 私が屈むと、シャリィちゃんが優しく髪飾りをつけてくれます。小さな手が私の金髪をなでてちょっぴりくすぐったいです。ああ、やっぱりいいなぁ。今更だけど、妹がほしかったな。


「うん、ばっちり! よく似合っていますよ!」


「うむ、とても綺麗だ」


「ありがとうございます」


 騎士さんも褒めてくださいました。さりげなく褒めることが出来るあたり、なんだか手慣れている感じもします。


「やっぱり騎士さんもそう思いますよねぇ……?」


「お、おい……?」


 と、思っていたらいつの間にやらシャリィちゃんが騎士さんの背後へとすり寄っていました。正直、動いたことに気付かなかったです。


 にやりと笑うシャリィちゃんの手には私がつけたのより少し紫が強い花の髪飾り。あっちもなかなかの出来栄えです。


「つけましょうよ、つけましょうよ。減るものじゃないし」


「ま、まて。断ったはずだぞ。そ、それに男がつけるものでは……」


「最近はお茶目な男の人がモテるって話ですよ? 騎士さんも金髪なんですから、絶対に似合うはずです! 世のマダムが放っておきませんよ!」


「そういう問題ではないと思う、ぞ?」


 どうやらシャリィちゃん、本当に来店した全員に勧めていたようですね。騎士さんもじりじりと向きを変えて抵抗していますが、座っている状態である以上、小回りのきくシャリィちゃんにはとても敵うはずがありません。


「ぐへへ、つーかまえたっ!」


 とうとう騎士さんはシャリィちゃんに後ろから抱きつかれてしまいました。こうなったらもう逃げることはできません。


 お花飾りの騎士さん……ちょっとおもしろいかも。


「こら、シャリィ。ふざけすぎ」


「マスター……! 助かった……!」


 あとちょっとのところでマスターが奥から戻ってきました。騎士さんが心底ほっとしたような顔をしています。迷宮の出口から外の明かりを見たときのような顔です。騎士さんでもあんな顔ってするんですね。


 シャリィちゃんも騎士さんからそそくさと離れました。……ちょっと惜しかったような気もします。


「すみませんね、あとでよくお仕置きしておきますので……。お待たせしました、アミルさん、《グリヨット》です。お詫びといったらなんですがセインさんもどうぞ」


「わぁ!」


「ほぅ!」


「えぇ! 粉惹きはもういやぁ……!」


 シャリィちゃんが、絶望に染まったような声を出しましたが、私は目の前の光景に釘つけになっていました。


 そこにあったのはいくつもの……さくらんぼ、でしょうか。


 形はさくらんぼなんですが、色は茶色です。いえ、悪くなっているのではなく、深みのある、つるつるした滑らかな茶色なのです。


 ずっと見ているとその茶の深淵に飲み込まれてしまいそう。少し無機質ともいえる、シンプルな外観をしています。仄かに香ばしいような香りもしていて、どことなくうっとりしてしまう。


 マスターが私の前と騎士さん……セインさんの前に“ぐりよっと”の乗ったきれいな白いお皿を置きます。机に置いた衝撃で“ぐりよっと”がころころと揺れました。そんなところも、なんだかとっても可愛らしく見えます。


 スプーンやフォークなどの食器が出ていないところを見ると、これはそのまま手づかみで食べるものなのでしょう。


「なんか、かわいい……!」


「わかります!」


「……わかるか?」


「僕にはなんとも……」


 さっそく一つ手に取ります。以前までの私でしたらこんな茶色くなったさくらんぼは手に取ろうともしなかったでしょうけど、これはあのマスターが作ったものです。おいしいに決まっています。


 ちょっとひんやりした、予想通りつるっとしたその手触りは、やはり私の経験したことのないものでした。


「……ふぁ」


あまい。


あまい。


ふわっとする。


すこし、とろっとする。


むねが、きゅってなる。


これは、もう、文句なしに──


「──おいしい!」


「それはよかった」


 マスターは今日もにこにこした顔で、口癖のようにつぶやきました。



 この“ぐりよっと”とやらは、なんだか形容しがたい、独特の甘さを持っています。どうやらこれはさくらんぼを茶色のなにかで覆ったもののようで、歯で噛みついたその下からさくらんぼの味がしました。


 この茶色、なかなか侮れません。“くりーむ”や、“けーき”とは別の、もっと芳醇な、苦味を備えた大人の甘さがします。


 とろけるような、溺れるような、誘惑してくるような甘さでもあります。なんだか自然に唾がわいてくるのです。ちょっとパリッとしていて、その感覚がなんとも言えません。


 その下にあるさくらんぼも、さくらんぼの味はするのですが、ただのさくらんぼではないようでした。


 ちょっとやわらかめで、ほのかにふわっとアルコールの香りがするような……? ともかく果実の甘味がより深くなっているのです。ちょっとだけ果実酒を思い起こさせるような、そんな風味でもあります。


「驚いた……。見た目からはとても想像できないな」


 そう、なにより驚くべきなのは、この無機質ともいえるシンプルな見た目からは想像できない味の深みでしょう。茶色、さくらんぼ単体でもうすでに十分すぎるほどの高みへとあるのですが、それらが効果的に組み合わさることでそれぞれのよさを何倍も高めています。


 ぱりっとしたかんじの茶色、ややとろっとしたかんじのさくらんぼの食感の組み合わせはまさに至高です。


 茶色のビターな甘さ。さくらんぼの芳醇な、熟成された甘さに加わる、わずかなアルコールの心地よい香り。


 そう、この茶色のわずかな苦みとアルコール、そして熟成された甘味がものすごくいいバランスを形作っているのです。どれか一つでも欠けたら、これのすばらしさはなくなってしまうでしょう。


「酒の香りがわずかにするのだが……?」


「これはですね、さくらんぼをブランデーにつけたものにチョコレートを被せたものなんですよ」


「なるほど、ブランデーにか。“ちょこれーと”とは この茶色のことか?」


「ええ。ま、本当は一年間つけないといけないらしいんですけど、これは一ヶ月もつけてませんね。つければつけるほどおいしくなるそうですよ」


 にこにことマスターが“ぐりよっと”の説明をしてくれます。


 ブランデーなら私も知っています。たしか、果物から作られるお酒です。果物のお酒にさくらんぼを漬けるなんて、なんだか面白い発想ですね。


「それは半年漬けたくらいの味は出ているはずだがねェ」


「あ、じいさん」


「おや……はじめまして、ですね」


「はいな、はじめまして。ご丁寧にどうもありがとうね」


 店の奥からいつのまにやらおじいさんが出てきました。


 セインさんはおじいさんを初めて見たのでしょうか。おじいさんの奇妙な……布を纏っただけのような特徴的な服に驚いているようです。


 おじいさん、今日は紺色のそれに、マスターとは違う、下半身だけの茶色のエプロンをつけています。お菓子作りでもしていたのでしょうか。


「でも、たしかにこれは一ヶ月も漬けてないんじゃ? さくらんぼ貰ってから、そんなにたってないでしょ?」


「何言ってるさね。それ、誰が漬けたと思っているんだい?」


「……そういえば、じいさんが漬けたんだっけ。本当に、どうなっているんだか」


「あいつ風にいうなら、まごころのおかげってところかねェ」


 からからと笑うおじいさんと砕けた感じのマスター。なんだか新しい一面を見た気がします。


 話を聞いている間も私の手は止まりません。一個食べ、二個食べ、三個食べ。


 食べるたびに目の前がふわふわして、胸がとろとろして、とっても幸せな気分になります。どうして、ここで物を食べるとこんなにも幸せな気分になるのでしょうか。


「ふむぅ。これはあなたが漬けたものなのか……ええと?」


「はいな、ここでは夜行と名乗っております」


「ヤギョウ? なんだか珍しい響きですな」


「私らの故郷の言葉で“夜を行く”という意味があるんさね」


「夜を行く……。ああ、名前からの連想か。ようやく意味がわかった」


 なにやらマスターが一人で納得していました。以前にシャリィちゃんからわけありだとは聞いていましたが、マスターも名前の詳しい意味を知らなかったようですね。


「なるほど……夜行さん、これはさくらんぼとブランデーがあれば私でも作れるものなんですかな?」


「そうさねェ。漬けるとこまではいけるはずさ。ただ、こっちにはチョコレートがないからね。《グリヨット》にするのはちょっと難しいかねェ」


 むむぅ、と騎士さんが唸ります。ここに来ればいくらでも食べられるのに、自分で作ろうとするなんて、なんかすごいですね。


 お菓子自分で作れるようになるのは素晴らしいと思いますが、やっぱりこの雰囲気の中で食べるのが一番いいと私は思います。


「いや、こないだ“びわのこんぽーとぜりー”を頂いたのだが、どうしてもそれが忘れられなくてね……。自分でもどうにか似たものが作れないか頑張っていたんだが、尽く失敗してしまってね」


「……こんぽーとぜりー?」


 ……この騎士さん、私も食べたことがないものを食べているじゃないですか。それに、“びわ”ってたしかレイクさんの時のお薬のお酒の果実のはずです。


「マスター、私、それ食べてないんですけど……?」


「え、出しませんでしたっけ?」


 マスターが一瞬にこにこした顔からきょとんとした顔になりました。どうやらタイミングが悪かったとかではなく、本当の本当に忘れていたようです。


「今度食べさせてくれるって言ってくれたじゃないですかぁ……!」


「え、あ、そ、それは……!」


 ひどいです。常連さんをないがしろにするなんて。びわを食べるの、楽しみにしていたのに。


「ひっどいですよねぇ、ああやって乙女心を無下にするんですよ、マスターって人は」


「ほんとにまったく、です」


 甘いものが絡んだ時、約束をすっぽかしたとき、女性はキマイラよりおそろしいということをマスターにはきちんと教えなくてはならないようですね。おまけに、今回はその二つともに触れてしまったのですから。


「しかも、盗賊のおにーさんはあれもう食べてますからね」


「そうだったな。私はあの時彼と一緒に食べたんだった。……マスター、女性との約束を破るのはよくないと思うぞ」


「……マスター? 何か申し開きはありますか?」


「あ、あははは」


「こりゃあユメヒトが悪いねェ」


 からからと面白そうに笑みを浮かべるおじいさん。

 さきほどの仕返しのようににやにやと笑うシャリィちゃん。

 ひきつった笑みを浮かべるマスター。


「マスター。今すぐお願いします。そしたら許してあげましょう」


「えと、ちょうど材料が切れていまして……」


「……ぐすん」


「ごめんなさい。ホントごめんなさい」


 これはもう、許すまじ、です。


 結局、次に来たときに出してくれるということで落ち着きました。私は“ぐりよっと”を口に頬張りながらマスターをじとっとにらみます。


 “ぐりよっと”の甘やかでとろける味は私の決心を鈍らせようとしますが、今の私にはその程度のものは効きません。


 もう、お店の中のやつ全部食べつくしてやるんだから。





 次回、覚悟してくださいね。マスター。






20150418 文法、形式を含めた改稿。


自分の知っているグリヨットとネットで調べたグリヨットがたいぶ違う。

家にあった本に載っていたグリヨットはチョコがかぶせられていた。

ネットにあったグリヨットはただブランデー漬けしたものだったり、さくらんぼそのものを指したものだった。


ここではチョコをかぶせたさくらんぼをグリヨットとしています。

どっちが本当のグリヨットなのだろうか?



そろそろ語彙が貧弱になりつつある。

ネタやアイデアはあるけど書く時間も減ってきている。

がんばらなきゃな。

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