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魔法使いと苺のショートケーキ

※『ハートフルゾンビ』のセカイのお話ですが、読まなくてもあまり問題はありません。基本的には独立したお話ですが、『楠先輩の不思議な園芸部』を読んでいただくと、より楽しめるかと思います。

「はぁ……」


 やるきがでない。


 何をしてもつまらないし、何をする気にもなりません。ときおり聞こえてくる魔獣の鳴き声を聞きながら、私は森の中を進みました。


 今日の依頼はこの森にある薬草の採取です。とても簡単な仕事で、間違っても私のような一級冒険者が受ける依頼ではありません。


 一級冒険者といえば冒険者の中でも最高の実力を持つ特級に次ぐ実力者という証拠で、私自身、かなりの実力を持っていると自負しています。それでも、ここの薬草採集を選んだのには理由がありました。


 すごく、近いのです。古都から。


 古都ジシャンマからこの森まで徒歩で十五分くらいでしょうか。卵の殻がまだ付いているような新人(ひよっこ)たちが採集に来るような場所です。


「はぁ……」


 普段は簡単に見つかるくせに、こういう時に限ってなかなか薬草が見つかりません。こんなお仕事、さっさと片付けて家に帰りたいのに。


 仮にも私は一級冒険者なのです。今までの蓄えだけで、冒険に出ずとも豪遊しなければしばらくは暮らしていけるお金があります。もし明日から魔法が使えなくなったとしても、適当に職を探せば食べていけることでしょう。


 それでもこうして依頼を受けて探索に来ているのには理由があります。特別な理由がない限り、冒険者は少なくとも一ヶ月に一度は依頼を受けないと冒険者としての身分を取り消されてしまうのです。


 冒険者はその性質上、いろいろなサービスを受けることが出来ます。免税や割引きといったものがそれです。このオイシイ身分が惜しいために、私はこうして森の中を彷徨っているのです。


 ……期限切れの二日前でした。


「はぁ……」


 いつからこんなにも無気力感に襲われることになったのでしょう。ほんの一年くらい前までは仲間と一緒に冒険に出ていたというのに。


「ああ……」


 あのころはよかった。


 知らないところを歩く時のワクワク。空白の地図を黒く染めるのが楽しかったです。


 あこがれの杖を買うために必死でお金を稼ぎました。新しい魔法を覚えるために何度も何度も練習して、毎回ボロボロにもなりました。


 一人では決して勝てない魔物に仲間と共に挑み、撃破した際の高揚感。依頼帰りに仲間と酒場で一杯やるのもよかったです。


 だけど、それからでした。


 仲間の二人が結婚し、子供を身籠ったことでパーティーは自然と解散することになりました。二人が結婚したことも、子供を授かったことも喜ばしいことです。私もあの二人はお似合いだと思っていたし、ここだけの話、くっつけようと他の仲間と共にイタズラをしたこともあります。


 その二人は冒険者を引退し、別の仲間はこれを機に実家に帰って家業を継ぎ、もう一人の仲間は適当にぶらぶらするといって王都のほうへと旅に出ました。この古都で今までどおり冒険者をするというのは私一人しかいませんでした。


 そして、今まで私がどれだけ仲間に恵まれていたのかを知ることになりました。


 私が一人となった途端、わけのわからない連中がこぞって私を勧誘しに来たのです。いくつかためしに入ってみたこともありましたが、どこも似たり寄ったりで、そこにいたのは背中を預けられる“仲間”ではありません。媚びへつらい、いいように使おうとするだけの人間ばかりでした。


 一人でやっていこうと思ったこともあります。ですが、もう知らない風景も、余白のある地図も、あこがれの武器も、覚えたい魔法も、全力を出すべき強敵も、何もなかったのです。みんな、“仲間”といっしょにすでに手に入れたものでした。


 私は嫌になったんだ。


 こうなるのにそう時間はかからなかったと思います。あのころを懐かしみ、期限切れすれすれに新人が受けるような依頼をこなす色あせた生活。私はもう疲れたんだ。


「もうどうでもいいか、な……」


 たぶん、今魔獣に食われたとしても後悔はしないでしょう。いや、こんな死んだような私なんて、魔獣だって食べないと思います。


「あ、れ……?」


 そんな投げやりな気持ちで進んでいたからでしょうか。私はいつしかいつもの道を外れてしまっていました。そして、そこであるものを見つけてしまったのです。





「うわぁ」


 そこだけ木々がまばらになった広場になっていました。その真ん中にあるのはメルヘンチックなお家──いえ、家にしてはちょっと大きいかもしれません。


 普通なら日光を取り入れるために開いている穴には赤、青、黄、緑といった色の透明な板がはめ込まれています。


 あれは、もしかしてガラス、なのかな?


 うん、造りだけ見れば、古都にもある喫茶店とよく似ています。あちらのお茶を飲むだけの喫茶店と比べると随分高級そうだし気品があるかんじがするけれど。


 それにしてもこの森のど真ん中になぜこんなのがあるんでしょう。確かにここには魔物は少なく魔獣──ちょっと凶暴な獣程度しかいないけど、それでも家が建てられるということはないはずです。


 もしかして、隠居している高名な魔法使いの家とかでしょうか。それとも悪魔の創りだした新手の幻惑魔法の類でしょうか。


「……よし」


 私は意を決してその扉を開けることにしました。何があっても私にはもう心残りなどないのですから。


 取っ手を握ってぐっとひねりながら押し出すと、カランカランと気持ちのよいベルの音が耳に響きました。


「やぁ、いらっしゃい」


 そこにいたのは少年、いえ、どちらかというと青年でしょうか。


 ひょろっとしているせいで背が高く見えます。耳を隠すくらいの頭髪は明るい茶髪で、ちょっと黒が入っているように思えます。


 明るい茶髪とは対照的な、そこだけ夜を滴として落としたような引き込まれるような真っ黒の瞳が、とても印象的です。


 にこにこと柔和な笑みを浮かべていて、見るからに優しそう。目を細めて笑っているのが個人的にポイントが高いです。結婚した仲間もこんな風に笑っていたっけ。


「適当に座ってください」


 部屋の中を見ると、シンプルですが洒落たイスやテーブルがいくつかあります。木製のようだけど、妙に色つやがいいです。明かりとりの窓から入ってくる色付きの光と相まって、どこか幻想的な様子でした。


「ご注文は?」


 吸いこまれるように座った私にその青年は尋ねてきました。


「あのぅ、ここはなんのお店なんですか?」


 ああ、これは失礼しました、と青年は笑顔を崩さず頭をかきます。そう、ここには看板も何もないのです。


「ここは《スウィートドリームファクトリー》。甘いもの……お菓子とかケーキとか、軽食なんかをだす喫茶店みたいなものですよ」


「お菓子?」


 お菓子、というと果物のことかな。古都ジシャンマは土も水もいいせいか、果物の産地として有名です。地元民だからあまり自覚はないけれど、他の果物とは比べ物にならないらしいです。


「ああ、いや、果物もありますが違います。たぶんこちらではないものですよ。甘くてとってもおいしいんです」


 私の顔をみた青年がそう付け加えました。


「“けーき”、というのもそうですか?」


「ええ、そうです。ケーキにします?」


「じゃあ、それで」


 ショートケーキにしようかな、という青年のつぶやきが聞こえましたが、それがなんだかはわかりません。それよりも私は、私の知らない未知のものが出てくるかもしれないということに、わずかな興奮を隠せないでいました。


 甘い物といえば普通は果物です。砂糖もあるけど、あれは舐めるだけのはず。いったい“けーき”とはなんなのでしょう。



 それからしばらく。


 その青年はシンプルだけどしゃれたフォークと、やはりしゃれたお皿を持ってきました。


 その上には見たことがない物が乗っています。私の拳二つ分くらいの、白い三角形です。上には真っ赤なイチゴと、うねうねと溝の入ったまるくて白い柔らかそうな何かがありました。この白い何かはその三角形全体を覆っています。


 その三角形の断面だけは覆っておらず、もともと何かから切りだしたのでしょうか、淡く黄色いふわふわしていそうなものが見えます。中身のようです。表面の白いの、中の黄色いの、そしてまた白いのと切られたイチゴ、そして黄色いの、という層状になっているようでした。


「……あ」


 イチゴの香りのほかに、ほのかな、けれどしっかりとした甘い香りが鼻腔をくすぐりました。


「おまたせしました。《苺のショートケーキ》です」


 あいかわらずにこにことした青年がそう告げましたが、私はほとんどきいていませんでした。


「……」


 強く握りしめれば折れてしまいそうな繊細なフォークを手に取り、三角形の先端を刺します。思った通り、いえ、思った以上にそれは軟らかく、さしたる抵抗もなく一口大の“けーき”を切り取ることが出来ました。


 口を開けてそれを入れます。次の瞬間の感動を、私は生涯忘れることはないでしょう。






「……ッ!」




おいしい。


あまい。


やわらかい。


とろける。




 白いそれは舌の上につくなりとろけて消えてしまいます。ですが、強烈な甘味です。


 砂糖や果物ではこれはできないでしょう。そうこうしている間にもどんどん溶けていってしまいます。


 口当たりがいい、とはこういうことなのでしょうか? これほどまでにストレートに甘味を伝えるものが他に存在するのでしょうか?


 黄色いのも素晴らしいです。

 ふわっとしてます。

 私が知っているなによりも。


 未知の舌触りに感じたことのない甘さ。白いのほどではない甘味が、白いのを引き立てています。私の少ない語彙で例えるなら、酒と肴の関係でしょうか? それら単体でもおいしいのですが、組み合わさることで互いを潰すことなく引き立て合って、より上のものへと昇華しています。


「……!」


 途中にあったイチゴもすごいです。白いのと黄色いのとの中で、主張するかのようにわずかな酸味と歯ごたえ。この“けーき”をただ甘いだけ、やわらかいだけで終わらせず、しっかりと完成形として全体を調和させ、引き締めています。


 私は青年が近くにいることも忘れてそれを食べました。


 フォークで刺す。口に運ぶ。

 フォークで刺す。口に運ぶ。


 口に入るたびに私の体を、何か形容のしがたい物が駆け巡って行きました。おそらく今の私は人様に見せることのできないくらい緩み切った表情をしているでしょう。


 ですが、そんなことなどどうでもいいです。


「あ、あ……!」


 いま、これを、この“けーき”を食べていることが重要なのです。これほどまでモノを、なぜ私は今まで知らなかったのでしょうか?


 白いの、黄色いの、イチゴ。

 この三つが絶妙なバランスで互いを高め合っています。

 これが、このバランスこそが黄金比といっても過言ではありません。


 私は無我夢中になって、その幸せの時間に身をゆだねました。




「おいしかった……っ!」


 最後の一口を食べ終わり、私は思わず口に出していました。お皿の上に残ってしまった白いのをフォークで丁寧に取ります。文字通り何も残ってはいません。


「それはよかった」


 青年、いえ、おそらく店主マスターがにこにこと笑いながらお皿を下げてくれました。


「お客さん、入ってきた時よりもいい表情になってますよ」


 マスターに言われてはたと気づきます。この店に入るまでの陰鬱とした気分はどこかへと行ってしまっていました。いまはなんだか、古都の通りでスキップでもしたい気分です。


「ここの名前の《スウィートドリームファクトリー》って、“甘い夢を作る場所”って意味なんです」


 なるほど、あまり聞いたことのない名前だと思ったらそんな意味があったのですか。まさにここにぴったりの名前でしょう。


「甘い夢、みられましたか?」


「はい! ……なんだかもういろいろふっきれた気がします!」


 古都に戻ったらもっとまじめに働きましょう。そして、お金を稼いで毎日ここに通いましょう。


 これだけおいしい物を食べてしまったのです。いまさら普通の食べ物では満足できません。


 “けーき”に何が使われているか判りませんが、あれだけおいしいのです。きっと相応のお値段でしょう。あれだけのものですから、どんなに高くとも惜しくはありません。ですが、お金がなければそもそも買うことができないのですから。


 そうだ、材料を直接持ち込めばその分安くなるかもしれません。私は一級冒険者です。たいていのものなら自分で採りに行けます。そうしたら、もしかしたらマスターと仲良くなってもっといろんなものを食べられるかもしれません。


 そうです、ここの常連さんになるのです!


「それはよかった。またお友達でも連れて来てくださいね」


 お会計を済ませようとする私に対しにこにこと笑いながらマスターは驚くほど安いお値段を告げるのでした。


20150411 文法や形式を含めた改稿

20160528 誤字修正

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