さくらの季節6
「だから泣くなって。ウゼェ」
気付くと男が部屋の奥から戻ってきていて、私の前のテーブルにコトンと何かを置いた。
置かれたのは紅茶の入ったポットとマグカップだった。
「体冷えただろ。とりあえず飲んで暖まれ。」
さっきまでの言動とあまりに不釣合いなもてなしに、
「ありがとう・・・」
素直な言葉が出た。
優しいのか、意地悪なのか、親切なのか、
この男がよくわからず驚きつつも、カップに口をつける。
温かい紅茶は私を芯から温めてくれた。
「美味しい・・・」
紅茶はアールグレイだった。
私の一番好きな紅茶。
「俺のとっておきの紅茶。美味いだろ」
アールグレイが好きだなんて、変わってる。
普通男の人は、紅茶の種類なんて知らないものだと思ってた。
気付くと、私の涙はまたいつの間にか止まっていた。
フーフーと紅茶を温めながら紅茶を飲んでいると、何だか視線を感じる。
目線をあげてみると、男はニヤリを笑って私を見ていた。
ヤバイ・・・
イヤなヤツだってわかってるのに、見つめられるとついついドキッとしてしまう・・・
やっぱり顔「だけ」は確かに格好良いんだ・・・
しかし・・・
「じゃあ、どうやって償ってもらおうかな」
男の発した一言に、私は耳を疑った。
「・・・償う・・・って???」
私はカップをテーブルに置いた。
逃げる体制。
やっぱりコイツ、変だ・・・!
「だって、俺、オマエのせいで噴水におちたんだぜ?償うのが当然だろ?」
「そんなの・・・!勝手に近づいて落ちたんでしょ!?」
だいたい、ホントに私を助けようとしたかなんてわかんないじゃない。
誰も見てないんだから。
そうだよ、怪しいよ。
こんな紅茶で優しい人だって思わせておいて・・・
!!!
「・・・まさか、弱み握るためにワザと落ちたんじゃ・・・」
ピキーーーーン
これはいけなかった。
私の失言に完全に男の纏うオーラが黒いものに変わったのがわかった。
男のこめかみがピクリと動く。
「オマエ・・・」
やばい。
なんかわかないけど、やばい気がする!
「だって、だって!!助けようとして落ちたわりには全然私気付かなかったし、本当に助けようとしてたのかなって・・・!!」
言葉で勝てないのはこの短時間で実感してたけど、なんとか巻き返さないとと、早口で主張する。
すると男は静かに口を開いた。
「声かけた。『おい』って。で、走って手を伸ばしたけどぎりぎり間に合わなかった。走ったから勢い止まらなくてそのまま噴水に突っ込んだけど。」
「え・・・・」
そういえば・・・
落ちる瞬間、何か声を聞いた気がする。
その後のインパクトで、完全に忘れてたけど。
っていうか、助けようとしたのが本当だったとしたら、
そのまま自分も落ちちゃうほどの勢いって、どんだけ一生懸命助けようとしてくれたのよ・・・
ズーーーンという効果音が似合う程にわかりやすく俯いた男は、
さっきまでの黒いオーラではなく、悲しい顔をしているように見えた。
「あの・・・その、ごめんなさい」
男は俯いたまま、首を横に振る。
「いや・・・俺、疑われるのには慣れてるから・・・」
物凄い罪悪感。
きっと、この人は怖い見た目で誤解されやすいんだ。
大体、私失礼すぎじゃない?
さっきから勝手に勘違いして暴れたり、助けてくれようとしたのに疑って変態扱いしたり。
制服も、紅茶も、全部この人が本当は優しいんだって教えてくれてるじゃない。
「疑ってごめん。着替え貸してくれたり、紅茶とか、優しくしてくれたのに・・・」
すると、男は顔を上げて私を見た。
ドキン。
真っ直ぐ目を見つめられると、逸らせない。
目に吸い込まれそう・・・
「ホントに?」
「うん、本当。疑ってごめん」
「そっか」
男はニコッと爽やかに微笑んだ。
ドッキーーーン
反則。
その笑顔、反則!
ドキドキする、
自分の顔が赤くなるのがわかる。
これって・・・
これって・・・
もしかして・・・
こ・・・
「じゃあ、償いな。プラス疑った分で、さっきまでの倍だから」
爽やかな笑顔から一転、男の笑顔はニヤリと怪しい顔に変わった。
前言撤回・・・!!!!