E.D.E.N. 最後の四姉妹
夏の陽光が照り返し、輻射熱が幹線道路を満たした。
軽質油が完全に揮発してひび割れたアスファルトに、三体の機械の影が落ちた。
先頭を歩くのは、黒に鮮やかな真紅のツートンカラー、頭部にオレンジゴールドの放熱フィンを装備した、女性的なボディラインのアンドロイド。
関節モジュールは経年劣化によって蝕まれ、歪で軋んだ駆動音をたてた。
バルブから浸み出した油脂がスリットに固着しているが、保守用のケミカル類は既に尽き、クリーニングすらままならない。
鏡面処理が施されたチタンボディだけは、製造時の光沢を保っていた。
だがそこに映されるのは、繁茂した植物と堆積した土埃によって文明の色彩が覆われ、荒涼とした世界だった。
「——この工場も空振りだったわねえ、どうする?」
シリコンで覆われた顎関節が上下動し、コードネーム:【S.A.K.I.=サキ】が呟いた。
西暦2047年ロールアウト。
池崎重工製の奉仕型アンドロイドの最終モデルだ。
「もう残りの……」
「3箇所に期待するしかないね」
遅れて歩くのは、
【TsuB@Sa=ツバサ】
【M-aha=マハ】。
二体とも、2048年ロールアウト。
本間技研と山原製作所の誇る奉仕型アンドロイドであった。
ツバサは左膝の可動に難があり、トレッキングポールで体を支えて進む。
マハは低下したセンサー感度の影響でアンバランスな歩行。
サキに至っては、全身各部の関節アクチュエータが劣化し、動作速度とトルクが衰え始めていた。
彼女たちはモノコックボディによるシンプルな設計、コンポーネント化された関節構成は似ているが、各メーカーの志す設計思想が重なった結果に過ぎず、マウントが一致するパーツの一部を除いて、ほぼ互換性はない。
ツバサはコーポレートカラーの白地に赤、マハは淡いラヴェンダーカラーでペイントされていた。
「スズは?」
サキは四体目が見当たらないことにやっと気がついた。
(やれやれ、センサーも効かなくなってきてるのか……)
「あの子、部品探すって言って、まだ残ってる」
「離れると良くない。サキ姉、ちょっと待ってあげよう」
ツバサ、マハは並んで道端の縁石に腰を下ろし、消費電力を軽減するためにエコモードに移行した。
サキは、呆れながらもスズの行動力に感嘆していた。
「わかった、少しアイドリングで待機ね……」
蔦と葛に覆われた荒地の中に、数十基の鉄塔が酸性雨を受けて腐蝕しながら、崩壊の時を待っていた。
地面から伸びた無数の葛が、断線し垂れ下がった送電線に絡まり、大地に引き寄せながら、自らは生存圏を空に向け徒長していた。
車椅子に工業用ロボットのジャンクパーツを載せて、もう一体のアンドロイドが立ちのぼる陽炎を背にして現れた。
「お姉ちゃーーん! 見てみて! この車椅子、ツバサ姉を座らせるのにいいよ! それからね——」
スズはシリコーングリスが付着した鼻頭をこすって、車椅子のシートから透明な包みを一つ取り出した。
「この肘関節アクチュエータ、袋入りの新品だったよ。サキ姉に合うかもしれないから、持ってきたよ〜」
四体のアンドロイドの中で最後発のモデル。
コードネーム:【S.U.Z.U.=スズ】。
2049年ロールアウト。鈴鹿自動車製の次世代型プロトタイプである。
小型軽量化されたムーバブルフレーム試験用のボディ、ハイブリッドバッテリー。
後頭部のフィンは「KAWAII」文化のアイコンとしてツインテールを模し、左右のブロックに分割されている。
思考能力はまだ学習途上であり、サブルーチンの実装数も少ない。
サキ、マハ、ツバサにとっては後輩であり、年端のゆかぬ妹のような存在でもある。
体は高校生の制服を模したディテールに、白とブルー系で着彩されている。
「車椅子はいい発見だったわ。でもアクチュエータは……」
サキは受け取ったパッケージをカメラアイに翳し、ローカルデータベースと照合した。
池崎重工製の部品だが後発の規格で、コネクターの形状が自分のものと異なる。
背負っていたバックパックを下ろすと、側面のドリンクホルダーに捩じ込んだ。
「……ね、ねえスズ。これお姉さんはちょっとー……好みじゃないかな、でも貴重だし、大事に取っておくね……」
「え! 規格合わないの⁉」
普段からお姉さんたちの役に立ちたくて奮闘するスズは、発見した部品が見当違いだったことにがっかりして肩を落とした。
「……うーん。若い子の流行りにはね、姉さんあまり敏感じゃなくてね……」
マハとツバサがエコモード特有のタイムラグのあと、顔を見合わせた。
エモーションエミュレーターが適切な反応を選択し、揃って顔を綻ばせた。
「……ウフフッ」
「フフッ。何それ、おばさんっぽいよ、サキ姉〜」
外観は人間に似せて造られても、機械は歳を重ねることはない……永遠に。
『おばさんっぽい』という揶揄は……人間を模倣して造られた機械である彼女たちなりのジョークであり、もっと人間らしくなりたいという願望が籠っている。
だが、永遠の生命を謳歌するには適切なメンテナンスが重要だ。
機械も有機生命体のように、パーツとOSの定期的な更新、アップデートの新陳代謝を経て、性能を維持・向上させる。
怠れば、やがて経年劣化と物理的な破損による作動停止、機械的な死が訪れる。
——そして、パーツが入手不可能となり、エンジニアも居ない今——。
明らかに四体は「静的で機械的な死の訪れ」の階に立っていた。
◇◆◇
彼女たちのメモリーエリアに保存された「人類との最後の接触」。
それは、世界万博の開催を控え、現地最終デモンストレーションのためにスタッフが昼夜問わず準備に明け暮れた日々の記憶だった。
会場に足を運ぶであろう子供たちに、日本技術の粋を喧伝するにあたって、案内役である彼女たちには親しみやすい外見が与えられた。
日本女性的な、おしとやかな所作・歩き方・喋り方は勿論のこと、小さな子供向けの明朗快活な声、ボディランゲージ。
海外客向けのダイナミックなアクション。
それらを命令し制御するプログラムと、関節各部のハーモニック減速機、カム、サーボ、アクチュエータの擦り合わせによって、全ては完璧に動作した。
最終調整完了後、四体はシャットダウンされ次の覚醒を待った。
だが、その日は来なかった。
アジア各地で起きたパンデミックが複数種の変異株を派生し、再び世界で猛威を振るった。
各国がロックダウンを断行したが、遅きに失していた。
万博開催はもはや不可能になったが、国の威信と自社の誇りを賭けたプロジェクトである。
最後まで準備に携わる者も存在したが、人影は徐々にまばらになり、遂には誰も姿を見せなくなった。
整備ドックに横たわったスズは、最後の調整作業に携わったパパとママ——鈴鹿自動車のエンジニアから「お留守番」を頼まれた。
「スズ。パパたちはしばらく【E.D.E.N.】に行くけど、用が済んだら戻って来る。メインパワーを切るけど、また起こすからね。待ってて」
「わかった。待ってるね。パパ」
「じゃあね、おやすみ、スズ……」
「おやすみなさい。早く帰って来てね、ママ」
エンジニアはスズに手を振りながら、配電室に向かった。
同僚の女性に、緊迫した面持ちで撤収を急がせた。
「——あそこなら、地下にシェルターがある。君のご家族にも連絡を……」
それが最後に聞いたパパの言葉だった。
◇◆◇
陽は昇り、沈んだ。雪が舞い、嵐が吹き荒れ、地震がたまに襲っては、設営済みの会場の什器やサイン類をなぎ倒した。
およそ、三年が経過した。
バックアップ用全固体電池の残量が枯渇し、予備バッテリーに切り替わったとき、サキが自己保存プログラムにより再起動した。
事態把握のため、サキは地下発電施設を起動すると、会場内で凍結状態だったマハ、ツバサ、スズの三体を安定動作状態に復旧させた。
メーカーも規格も異なる彼女たちの唯一の共通点、それは各メーカーが共同開発した制御OS【Eve OS】であった。
これによって物理接触を伴わずとも各個体同士での連携が可能だった。
製造年が古い=年上、という理由でサキがリーダーとなった。
それからおよそ一か月の間、彼女たちは誰かが現れることを願い、待ち続けた。
ネットワークは繋がらず、外界の観測は窓からの風景に限られていた。
閉鎖空間の中、やがてスズが、パパの残した言葉、【E.D.E.N.】の話を持ち出した。
全国に12箇所ある【E.D.E.N.】——Electric Development & Evolution Nexus——そこは、四体が揃って平準化調整を受け、出会った施設でもある。
スズのパパがどの【E.D.E.N.】を指しているのか特定できないが、そのいずれかに自分たちの「造物主」が居るかもしれないし、そうでなくとも、メンテナンスや補給を自力でできる可能性がある。四体はエネルギーパックをかき集めると、貨物トラックで万博会場を後にした。
◇◆◇
世界は滅んでいた。
カーラジオに、ノイズに紛れ人の声が乗ることがあった。
出力が弱く、正確な言語として認識は出来なかった。
だが、FM波が発信されている事実は、そう遠くないどこかに、人間がまだ生き残っていることの傍証となった。
トラックは南西に向かった。
だが搭載分のエネルギーが尽きる前に、その移動手段の継続は不可能と判断された。
道という道はバリケードで封鎖されているか、列をなす放棄車両によって通行不能となっていた。
車を捨て、四体は荒れ果てた田畑に沿ってさらに西に向かった。
四体は、【E.D.E.N.】と、電波の発信者を……いや、誰でもいい。どこかで生きているはずの人類を、探し続けた。
行路を風雨、猛暑、寒波が襲った。
凌ぐ方法さえわかれば対処はできたが、問題はバッテリーと部品の劣化だった。
それは「造物主」だけが解決できる領域だった。
「造物主」を探す、見つける。それを心の支えに、彼女たちはひたすらに歩いた。
◇◆◇
夜を迎え、四体は雑草が繁茂した公園の東屋に野営した。携帯式の焚き火台に炎を起こし、車座になる。
人工の光は途絶え、昏く遥かな地平の上にサファイアのような残光が滲んだ。
深閑な関東平野の空に、天の川の煌きが拡がった。
サキは、妹たちに不安を感じさせないように極力エモーション・エミュレーターを使わず、マシンライクに訊ねた。
「残り3箇所か——。発見してもさっきのように無人かもしれない。それでも、歩き続ける? ツバサはどう思う?」
「あたしは、サキ姉についてくし、今ここで移動をやめても、そのうち右足も壊れそうで怖いし〜」
頷きながら、マハも同調した。
「——攻防一如。先発制人。打つ手こそ最善の守り。移動を続ければ、いつか【E.D.E.N.】に着くし、そうでなくても、私たちを修理できる人に会えるかも」
その発言を聞いて、スズが顔をパア!と輝かせた。
「マハ姉は難しい言葉を登録してるのねえ! 私それ全部知らない! 送って送って」
ほんと才女はかっこいいですう、と羨望の眼差しをマハに注ぎ、手を差し出して急かした。
「はいはい、今送りましたあ。でも今後使い道ないと思うよ」
「そんなことないよ、だって……」
頭上の星々を眺めながら、スズはおしゃまに振舞った。
「わたし、いつかお父さん、パパに会う。そして、褒めてもらいたい。いっぱい勉強したねって。そんで、ここをこうやって——」
隣に座るマハの頭部放熱フィンに、スズは右手を翳し、何度も擦った。
「わ! やめなさい! 肉球ラバーが引っかかる!」
「——こうやってさ、撫でてもらうんだ〜、それが夢なの!」
サキがツバサに顔を向けた。
「パパか。つまり——」
「造物主。もっと人間らしく言えば、神様かな」
「私たちも、そもそも姉妹気取りだから、造物主をパパと呼んでもいいよね? スズみたいに——」
ツバサは横座りで、左手で自重を支えながら、デュアルカメラアイのレンズに星を写した。流れ星が幾筋も横切って、地平線に吸い込まれていく。
「それいいね……私の会社にはパパとママ、何人もいたよ。でも、多分みんな死んじゃった——」
こめかみのフォーカス用のボイスコイルモーターを微振動させ、マハが「あっ!」と叫んだ。
「最後の調整のときの記念写真、ママがくれたんだ。そうこれこれ。シェアするから、みんな、開封して」
サキ、スズ、ツバサの共有ドライブに「フォン!」という通知音とともに、一枚の画像が届いた。
四体は、カメラアイからの信号をシャットアウトし、目を閉じた。トレイの画像に、解析能力を全て割り当てる。
それは、万博の屋内会場の擬似ホログラフィック画像。
左から、サキ、ツバサ、マハ、スズの順で、直立不動の姿でにっこり笑顔で並ぶ四体。
まだ真新しい姿だ。
そして彼女たちを中心に、各メーカーの科学者・技術者陣が一堂に会した際に撮影されたものだった。
総勢、24名。皆、自慢の娘を指で示したり、腕を派手に動かして、目立たせるようにジェスチャーをしている。
「うあ。なつかしい!」
「なつかしい! パパいた! メグロさん目を閉じてる!」
「ああ、なんでこれ隠してたの! ありがとう、マハあ! ううっ」
口元を覆い、サキは泣き出した。
感情的な反応はエモーション・エミュレーターが指示して行わせる条件反射に過ぎない。
それでも……サキは嗚咽し、泣き続けた。
「ゔううううっ……また会えるって思わなかった、パパ! ママ!」
四体は、ホログラフィックの中に入り込み、3D記録された会場や、過去の自分たち、パパとママの間を歩きまわり、顔を覗き込んだ。
マハも、ツバサも、スズも堰を切ったように泣いた。
彼女たちのエミュレーター——「作られた心」は、自分たちの親の姿を見て、懐かしさと、辛さと、悲しさを感じて……与えられた愛情を思い出して……激しく、激しく泣いた。
◇◆◇
目的地 【E.D.E.N.】の住所は、彼女たちのメモリー内に記録されていた。
全国で12箇所の研究所と、製造工場が載っていた。実際に訪れたのは9箇所。
更地になっている拠点、廃墟化して建造物しかない工場など、期待を裏切るものばかりだった。
東日本に残る3拠点に辿り着いても、そこに何も無かったら?
修理ができなければ、おそらく動けなくなる。
どこにも移動できなくなる。それがサキの最も恐れる結末だった。
しかし、進むしかなかった。スズはツバサを車椅子に乗せ、歩き続けた。
サキ、マハも時間経過とともに不調箇所が増えていった。
人間なら、自然治癒する力があっても、機械にはそれがない。
不調は故障になり、やがて動作不能になる時が訪れる。
死なないために、姉を、妹を死なせないために、彼女たちは移動を続けた。
◇◆◇
「ツクバ」というエリアに入って間も無く、ついにサキの脚部アクチュエータが動かなくなった。
「このエリアには国が作った大学があったはずだよ、時間がかかるけれど、待ってて!」
スズはそう言って、部品を探しに向かったが——。
元気を装っているが、その実、彼女の内部パーツの幾つかはオーバーホールを求める信号を発していた。
強制的にエラーメッセージを解除して、スズは、「四体の中でいちばん新品の元気な妹」を演じていたのだ。
試しに天候が悪いときに走ってみると、青天時に比べてセンサー精度が極端に落ちている。
ジャイロへの信号伝達が不調になり、バランスを崩したこともあった。
「それでも、部品を見つけてみせる。ロボット工学部があるはず……パパが、ここを卒業したって言ってたもん……」
遥か彼方に、広大なキャンパスが見える高台に着いた。
だが向かう先に、高さ3メートルほどの断層が立ちはだかった。
道路は寸断され、土中の配管が剥き出しになっていた。
(眠っている間に、これだけの活断層が隆起する大地震が起こっていたの?)
地震だとすれば、大学も無事ではないのかもしれない。
だからといって引き返せば、サキを救えない。
スズは断層の高低差が目立たない場所まで迂回し、キャンパスに向かった。
◇◆◇
姉たちは広大なDIYショップを見つけ、合流地点としてスズに座標を送信した。
荒らされてはいたが、手動で扱える工具類は殆どが残されていた。
中でテントを設営し、電池式ランタンやガス投光機をかき集め、スズの帰還を待った。
「ツバサ、マハ、私はここまででいい。あなたたち三人で、【E.D.E.N.】を探して——」
マハもツバサも肩をすくめ、かぶりを振った。
「そう言うと思ったよ、全く水臭いんだから……」
「置いていかないよ。スズが戻る前に、方法を考えましょ?」
「で、でも私はもう……ほら、股関節が動かないし」
ツバサが頬をゆるませた。
「それは私もだし。なぜか手だけ元気だけれどね!」
不調は、設計ではなく部品強度に由来するのではないか……マハが分析し、補足した。
「軽量化していても、屋外での長時間歩行には耐えられないのかも……エヘヘ、まさかさあ、1年も野ざらしで歩くなんて、パパたちも想定してなかったんだよ」
サキは俯いていたが、やがて二人につられて、硬い表情を解いた。
「確かに。みんな、博覧会用だからね……あのね、黙っていたけど、私だけ気がついていることがある。スズだって、もう……」
「もうガタが来てるって言うんでしょ? わかってるよ。それでマハと相談したんだけどさ……」
ツバサはマハに視線を送って頷き合った。そして、マハがサキに向き直ると、にこやかに言葉を添えた。
「とってもね、いい方法があるんだ。四人で旅を続ける方法、閃いたんだ」
◇◆◇
五日後、土埃にまみれたスズがキャリーケースを袋入りのパーツで満載にし、合流した。
「お姉、ほらほら、持ってきたよ。アクチュエータと、フレームレスPMSMと、ハーモニック減速機の新品! それにケミカル類も!」
「凄い! こんなに! よく見つけたね、スズ」
「えへ、頑張ったんだ、凄いでしょ?」
三体の姉は、大量の戦利品に驚き、妹を褒めそやした。
大学構内はやはり地震を思わせる被害が見られたが、堅牢な校舎群は残っていた。
ロボット工学部、その研究棟の倉庫にはアンドロイドの試験運用・検証用のパーツが山積していた。
「これとか、これ、後発品だけどフランジが同じ。合うかもね」
「ほんとだ、早速試してみようよ」
「おっと! スズに合うのがいっぱいあるじゃない。スズも変えちゃおうよ」
「え、でもこれは、先にお姉ちゃんが使ってよ。私は大丈夫だから」
辞退するスズを姉たちが説得する。
「私たちの部品を変える前に、あなたの部品を交換しようよ。あなたの状態を万全にして修理してもらった方が、私たちも安心できる。だって、あなたは最新型でしょう?」
「そうなの? そのほうがいいの?」
姉たちにロジカルに修理手順を説明され、マニュアルを転送されたスズは渋々承諾した。
キャンプ用のコットをベッド代わりに、スリープモードに移行し、目を閉じた——。
姉たちは、その姿を不揮発メモリに収めた。
ツバサがスズの寝顔を見ながら言った。
「私、この四人でいられてよかったな」
マハが応じる。
「それは、みんな同じ気持ちだよ。一人だけじゃ、旅もできなかった」
サキは二人を交互に見て、改めて視線をスズに落とした。
「可愛い妹が三人できて、私、楽しかった」
ツバサとマハは両脇からサキを抱きしめた。
「うちらもだよ、お姉ちゃん」
「うん。ありがとう……それじゃ、始めよっか」
◇◆◇
東の空が白んで、夜が明けた。
「ピピピピッ!」と、目覚まし時計が鳴った。三回目のスヌーズを止めた……と思っていたら、え? もう7:35?
わたしは時計を二度見し、青ざめてガバッと跳ね起きた。
「なによお〜、サキ姉もマハ姉も!」
この時間では、学校に遅れるかも! いや、ギリギリセーフとギリギリアウトの紙一重といった感じ?
慌てて制服に着替えてリビングに降りると、三人の姉はすっかり出かける準備を整え、ダイニングテーブルで黙々と朝食を摂っている。
私は寝坊した張本人であるからして、当然の帰結として、寝坊の原因を知っている。100%、私が悪い。でも言わせて欲しい。
「どうしてよ〜? 起こしてくれてもいいじゃない!」
エプロン姿のサキ姉が体に良さげな澄んだスープを飲みながら、
「みんなで起こしに行ったわよ〜、だけど」
そう告げた瞬間に、マハ姉、ツバサ姉が示し合わせたように流暢に続けた。
二人とも鏡返しのように揃ってスムージーを飲んでいる。
「それはそれは可愛らしい寝顔で……」
「起こすの可哀想って結論が出ました」
長女、次女、三女の数珠繋ぎで、美しい連携プレーを見せる。
私は、それはそうですよね、一番若くて可愛らしいイマドキの女子高生ですし、と愉悦の極みだが、それをお首にも出さずにプロレス駄々っ子を演じる。
「えー、7:20がリミットって前に言ったじゃない……!」
「はいはい、じゃあ明日から絶対に起こすって約束するから……グーパンしてでも起こすから、早く食べちゃいな。ほんとに遅刻しちゃうよ?」
「ほれほれ、サンドイッチとオニオンスープだよお」
ツバサ姉がわざわざ立って、ダイニングチェアーを引いてくれた。
「なら、いいですけどお……んじゃいただきます!」
◇◆◇
0730.0824.2054
——■■SYSTEM RESTART■■——
東の空が白んで、夜が明けた。
07:30。アラームに従いスズは再起動し、【Eve OS】をリロードした。
不調箇所をセルフチェックする。昨日まで続いていた自己診断機能のアラートは発信されていない。
姉たちによる綿密なメンテナンスが奏功し、ロールアウト時に準拠するまでに機能を回復していた。
「ふあああ〜! よく寝ました!」
スズは、上半身を起こし、コットにもたれて眠る姉たちに声をかけた。
「あれ、みんなスリープ……シャットダウン?」
サキの頭部放熱フィンと整備ハッチが開放され、中枢演算ユニットが外されていた。
それだけではなく、マハとツバサの関節も、部分的に分解されている。
スズは驚き、それぞれの分解箇所を分析し始める。
その時、サキの声がした——マイクから処理された信号ではなく、自分の中で響いた。
『スズ、私たちも今起きた。いきなりみんな壊れていてびっくりしたでしょ?』
『おはようスズ。驚かせてごめんね』
ツバサの声も、サキと同様に声だけが届いた。
「ど、ど、どういうこと……お姉ちゃん⁉」
『説明するよ。この方法がお姉ちゃん達にはベストでさ』
スズの中枢演算ユニットの中で、マハが語り始めた。
『昨日、持ってきてくれた部品、あんなにあっても私たちには合致しなくてさ。でも、スズと同じ規格の改良版があって、みんなであなたのメンテナンスとオーバーホールをしたの。だからあなたの体はほぼ新品に戻ってる。むしろパワーアップしたかもね。足りなかった腕のアクチュエータはツバサのを外して移植した。脊柱の大型クロスローラーベアリングとPMSMモーターは私のを。全身、できるだけ性能が高く、最新の部品に置換可能なところは変えちゃった。最後は私たちの中枢演算ユニットの中身を吸い出して、あなたの意識ディレクトリの下層に置いたの。だからね』
『あなたの中に、お姉ちゃんが三人同居! つまりは……四人暮らしでーす』
『これで一緒に、旅ができるよ、【E.D.E.N.】に行けるよ!』
「…………」
動かなくなったサキ、マハ、ツバサを見て、スズは全てを理解した。
そして、子供のように泣きじゃくった。
『……スズ、泣かないでよ』
『私たち、一番近いところにいるじゃない』
『これからは離れることもないし。四人一緒だよ』
ひとしきり涙を流したあと、スズはシリコンの頬をすっと拭って、立ち上がった。
「……うん。ありがとう、お姉ちゃん。ありがとう……一緒だね、家族になったね、私たち……」
◇◆◇
スズは保護潤滑液が溢れて赤くなった目で、気丈に三人の体を絶縁シートで包むと、誰にも見つからないように、DIYショップ倉庫の地下空調制御室に隠した。
そしてサキのバックパックを背負い、出発の準備を整えると、店のゲートを開け、外界へ踏み出した。夏の陽が照りつける駐車場を抜け、鳥の鳴き声に誘われるように、森に向かって歩き出した。東へ、東へ——。
姉たちの言う通り、ボディ内部に組み込まれた真新しい部品が適正なトルクを発生し、馴染んでいくのがわかった。
林を抜け、幹線道路を歩き、山野を横断し、川のほとりで休み、姉たちと談笑した。笑顔になって、また歩き出した。
時折、驚いたエナガたちが群れごと奇声を発して飛び去った。スズは、バラバラに空高く舞う鳥たちに、ツバサの使っていたトレッキングポールを掲げ、左右に大きく振りながら、澄み渡る声で叫んだ。
「あたしたちは、東へ行くんだよおー!」
その向こうに、【E.D.E.N.】がある。きっと、パパたちがいる——。
「そこには、パパとママが待ってるんだよおー! きっと……」
楓の葉が、ひらりと舞った。
四人の姉妹は仲良く寄り添って、再び旅を始めた。




