薬の掟
殺虫剤の話。
私は趣味で盆栽を育てている。
狭いベランダに小さなモミジや梅、長寿梅などを置き、日々の癒やしとしているのだ。
先日、その長寿梅の葉に掠れたような模様と、蜘蛛の巣のような糸、そして蠢く小さな赤い粒々がついているのを発見した。
ハダニである。
人に直接害をなすわけではないが、思い出すだけでもムズ痒くなる。
ハダニは高温で乾燥した環境や、風通しの悪さが原因で大量発生する。
葉の裏から養分を吸い上げ、最終的には植物を枯らしてしまう厄介者だ。ここ最近の過酷な気候のせいだろうか。実に厄介なことになった。
実は数年前にも別の観葉植物で被害に遭ったことがあり、そのおかげで今回は一目で特定できた。
あの時は物理的に拭き取ったり、頻繁に葉水をしたりしつつ、念のために殺虫剤を使った覚えがある。
その殺虫剤の名は『ダニ太郎』。
味方なのか敵なのか絶妙に分かりづらい、味わい深いネーミングセンスの薬品である。
今回もそのダニ太郎にお力添えいただこうと、改めて取扱説明書を確認してみた。
希釈倍率は1000倍。
使用前によく振り、晴れた日の午前中に、掛け残しのないよう葉の両面へ丁寧にスプレーすること。
そして何より重要な注意点として「ローテーション散布」が挙げられていた。
同じ薬剤を何度も連続して使うと、ダニが耐性を持って効かなくなってしまう。そのため使用は年1回程度に抑え、成分の異なる他の殺ダニ剤と交互に使う必要があるというのだ。
同じ薬を続けて使ってはならない――これぞまさに、害虫と人類の知恵比べが生んだ『薬の掟』である。
なるほど。もし一度の散布で仕留めきれなかった場合、次は別系統の薬剤を投入しなければならないらしい。
さもなくば、私はまんまとハダニたちのスパルタ師匠となり、最強の「薬剤耐性ダニ」をこの手で育成してしまうことになる。
「ダニ仙人」などという不名誉な異名はいらないので、素直に別の殺ダニ剤も買い足すことにした。
この「薬剤耐性」といえば、ワイドショーなどで「薬剤耐性菌」という言葉をよく耳にする。
人が感染症に罹った際、お医者様の言いつけを守らず「楽になったから」と自己判断で抗生物質の服用をやめてしまい、仕留め損ねた菌が耐性を得てしまう現象だ。
この場合の人間は、さしずめ「細菌仙人」とでも呼ばれるのだろうか。
こうした耐性を持った脅威は、今や深刻な社会問題となっているらしい。
過ぎたるは猶及ばざるが如しと言うが、中途半端というのも実にタチが悪い。
中途半端に手を出して敵を強化するくらいなら、最初から何もしない方がマシなのではないか――などと一瞬考えてしまう。
何事も、ちょうどいい塩梅を見極めるのが一番難しいということだろう。




