妖裏通り
青年が、走る。走る。
どこへ続くのかも知れないコンクリートの道筋を、右に、左にと進んでゆく。足がもつれる。転ぶよりも早く足を前へ運んでゆく。
何度目かの信号機、これまでは運よく「進め」だっただけで、帰る場所を喪った青年に下された警告。とうとう「停まれ」だ。それでも足は止まらず、当然の結果が訪れる。
鋭いブレーキ音。鈍い音。悲鳴。幾ばくかすると、青年は立ち上がった
「あれ…ここ、どこだ…」
わからない。自分はどうしてここにいるのか。何がしたかったのか。自分のことさえわからない。
「どうしよう…」
その場で動けずにいると、路地裏に妖しい光が向かうのが見えた。
「なんだろう、あれ…」
怖い。けれどなんだか、あったかい。そんな気がした。誘われるように足を運び、路地裏へと進んでゆく。
「ねえ、あなた。どうしたの?ぽやっとしちゃって」
自分と同年代くらいだろうか、和服を着た少女が言う。
「まあ、来たばかりなら驚くのもわかるけどね。かなり深刻そうな表情だし、さぞ恐ろしい状況で死んだんでしょ?違う?」
話かけられているが、答えられない。言葉が出なかった。
「それともやっぱり殺された?未練があるからここにいるのよね。学生服…若いのに死んでしまって残念ね。それは私もだけど。」
火の玉が顔のすぐ横を通り過ぎてゆく。向こうの砂利道を歩いているのは鬼…だろうか、少なくとも人には見えない。夜でもないのにやけに暗く、夕日が微かにビルの隙間から覗いている。かと思えば、反対には満月と三日月が泰然とあった。
「なんだここ…早く…帰らないと」
明らかに異常な場所に迷い込んでしまったと気づき、来た道を戻ろうとする。
「帰れないわよ。あなた、もう死んでるもの。ここは…あっ、ちょっと!」
恐ろしい。こんなところにいたくない。返事もせずにもと来た道へと走る。
「あれ、なんでまたここに…」
同じ景色。息を切らせて走ったのが徒労に終わる。石畳に手をついて腰を下ろす。
「はあ、言ったじゃない。あなたは死んでるから帰れないって、話も聞かずに走り出すし…私は親切に説明してあげてるっていうのにね。」
口をとんがらせて言う。
「どうしたら…帰れるのか教えてくれない?人じゃないのが…沢山いた。ここ、おかしいよ。」
「だから帰れないって言ってるじゃない。いい?ここは妖裏通りよ。他にも逢魔道とかって呼ぶ妖もいるわね。」
「君は大丈夫なの?」
「私についてはご心配なく、こう見えてもあなたより、ずーっと大人よ。」
「帰れない…僕、死んだの…?」
「そうね。生きてて迷い込むのもいるけど、あなたは血だらけだし、腕も変な方に曲がってるから。」
「え?……うわあああああっ」
僕の体は血塗れだった。頭が割れて、左腕は折れていた。それでも確かに左腕は痛みもなく動いた。
「うふふっ。おもしろーい。おもちゃみたいよ、あなたの腕。」
彼女は小気味よく笑う。対して僕は顔をこわばらせる。体をいくら動かしても痛くなかった。折れた腕がもとの自分の腕だったような気すらした。
「妖裏通りは妖たちの居場所よ。たまーに人が迷い込んだりするけど、帰る場所のある生者はすぐに現世に戻れるわ。」
「僕はその…死んじゃってたらどうすればいいの?」
「現世に未練の強い人が妖裏通りの入り口の近くで死ぬと、あなたみたいに迷い込んでしまって戻れなくなってしまうのよ。」
「それじゃ、僕はどうすれば…いいの?」
自分でも情けないなと感じる声だった。
「いいも悪いもないと思うけど、未練を解消できれば戻れるのよ。勿論あなたは死んでるから、元居た場所に帰れはしないと思うけど、ここで永遠を過ごすことなく、あの世へ行くことはできるわね。やり残したことでもあるでしょ?」
「やり残したこと…なんだろう。実は、自分の名前も思い出せないんだ。」
「そう。それじゃ珍しいわね、私と同じで。私も未練が何なのかわからないのよ。せっかくだし…私の未練が何なのか探すのを手伝ってくれない?私もあなたの未練が何なのか、一緒に探してあげるから。」
彼女はそう言って笑顔で手を差し出した。その手を握る。
「君も記憶がないの?」
「それじゃ交渉成立ね。行きましょ。」
手を引いて歩きだす。
「行くって、どこに?」
「海よ。拾うのは貝殻じゃないけどね。」




