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第1章その1 ゴブリンピンチ

これは、剣がすべてを決めていた頃の話である。


数十年前ーーこの世界には多くの異種族が跋扈していた。

人間たちは、「大王国」の旗のもとに集まり、どうにか暮らしを立てていた。


異種族は元々獰猛かつ卑劣だったが、魔王に統率されてからは自らを「魔族」と称し、人間をたびたび襲った。


しかし人間も、やられてばかりの生き物ではなかった。

勇敢な者たちは聖剣を鍛え、盾を磨き上げ、魔族に立ち向かった。

そう、いわゆる”勇者”の誕生である。


北へ南へ、東へ西へ。

勇者たちは各地へと駆けーーそして十余年前の英雄の勝利


魔王は英雄に倒され、人類は永遠の平和を手に入れた…かのうように思われた。


しかし、十年もあれば人間同士が争い始めるには十分だった。

職業を失った勇者たちは無秩序を作り出してゆく。

彼らのうち、盗賊に身を落とすものもいた。各地に勝手に居座り自分の領地だと主張する者まで出現。


乱世である。

皮肉なことに、魔王の死は人間たちに新たな争いを呼び寄せた。しかし、思わぬところでその余波に悩まされている者もいたのであった。


旧魔王領。

低い岩山の上に、小さな石造りの砦がぽつんと立っている。


窓から差し込む光の先、静謐の空間の中で一匹の小鬼(ゴブリン)が机に向かい食事をとっている。


ゴブリンの名は、ゴルゴリと言う。

その容姿はまさしく人間そのもので、頭に小さく生える一本の角を隠せば、誰も違和感を感じることすら叶わないだろう。

この世界の小鬼(ゴブリン)は、極めて人間に似た姿をした生き物なのだ。

ゴブリンは色素の薄い緑目を静かに閉じ、ナイフで切り分けた蒸かし芋をフォークで優雅に口へ運ぶ。

運びながらーー


「どうすっかなあ…」


全脳細胞を働かせ、めっっっちゃ悩んでいた。


ゴルゴリは、ゴブリン一族の末裔である。

ゴブリン、非力でその上数も少ない地味な種族であるが、立派な魔族の一員だ。

非力なだけならまだ良い、良くないが。困ったのは彼らの扱い。

無能なゴブリンを全線に置くこともできないが、魔族のルール上特定の種族を露骨に軽んじるわけにもいかない。 多種族でまとめ上げられた魔王軍は意外と民主的なのだ。

そして、あーでもないこーでもないと悩みに悩んだ魔王の出した結論が、辺鄙な岩地の砦をゴブリン達に任せることだった。

ゴブリンたちは守ること数十年、しかし辺鄙な岩地など誰が通るだろうか?一体誰がこの砦を攻略しようと思いつだろうか?

勇者たちはその存在を気付くことなく、しかしお給料だけは支給され続け、いつの間にかゴブリンは窓際社員も同然となってしまっていた。

そして、「どうせ給料もらえるなら無理に種族増やさなくても良くね?子孫だって産まなくていいんじゃね?」と言い続けてきた結果、ゴブリンの末裔は今やゴルゴリ一人となってしまっていた。


ゴルゴリも危機感というものを全く持ち合わせていないものの中の一人だった。


色々問題あるけど、なんだかんだ一生ぬくぬく暮らしていける!


そう考えていた。


しかし、十年前の魔王の死。

窓際社員最大のピンチである。

給料は止まり、残党から送られる食料も途絶え、蓄えも尽き、今ついに最後のジャガイモを召し上がっているというのだ、こうやって!


「でもマジで、こっからどうやってメシを食ってくかなぁ」

代々受け継いできたゴブリンの浅知恵を使い、起死回生の策を考える。

①俺も盗賊になる

うーん、確かに俺の肉体だって普通の人間以上のはずだが、返り討ちに合うリスクは否めない。その上どれくらいメシが手に入るかも、その日通りかかった人間の数に左右されてしまう。

②反乱軍に加わる

とんでもない!確かに定期的なお給料は見込めるが、元々俺らを殺そうとしていた奴らだぞ。

③人間に溶け込み、そこで仕事を見つける

今のところこれが一番手堅い。見た目はほとんど人間なのだから、容姿の心配もなさそうだ。仕事につけさえすれば、給料ももらえる。だが、人間社会の仕組み、どんな仕事があって、どうやったら仕事がもらえるのか、これが正直よく分からない。そして何よりも、人間社会に溶け込むためのツテ、手がかりが全くと言っていいほどないのだ。このままではどこに行こうか、何をしようかすらも分かりようがない。


「何か、チャンスがありさえしたらなあ。」

深々とため息をつき、ナイフとフォークを置いたその時である。

ドサリ、という音が耳に届いた。


窓の外からだ。

何が起こったのだろうと思わず窓に駆け寄る。

人間が遊び半分で魔王の党狩りにきたのか?あるいは拠点を探している盗賊?どうする絶対に勝てる自信なんてカケラもないぞ。

恐る恐る窓枠から頭を出して索敵、砦の近くをくまなく見回し…

「居た!」

その目に飛び込んで来たのはーー


盗賊でもない、反乱軍でもない、大きな鞄を背よった人間の倒れた姿だった。

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