87 桜の美しさも醜さもすべて
◇
「先生、藍那がどこにいるか知りません?」
海斗くんの告白から三日目の昼、私は藍那を探していた。四限目が終わって声を掛ける間もなく藍那が出て行ってしまったため、どこにいるかが分からない。今回は体育祭の時よりも酷く、徹底的に避けられていたせいで三日間挨拶すらできなかった。会話なんて以ての外。また拗れてしまう前に決着を付けないと。たとえそれがどんな結末になったとしても。
「悪いが見てなかったな」
「そうですか」
すでに何人かには聞いているけどみんな分からないみたいだね。それなら自分で手当たり次第探すしかないけれど……
一箇所だけ可能性が高い場所が思い浮かび、お昼ご飯を持って教室を出る。屋上に繋がる階段を上って扉を開ければ、予想通り藍那は奥のベンチに座ってこちらを見ていた。
「────咲良、私は別に怒ってるわけじゃないんだよ。それを理解してもらった上で話したい」
「了解。もしかして、意外と元気?」
「まあね。咲良に何を言っちゃうか分からないから距離を取ってただけだし、今言ったけど怒ってはいないんだよ。それに脈がないのを何となく分かっていたからか、思ったよりショックを受けてなくて自分でもびっくりしてる」
数ヶ月前のあの日のように、藍那の隣に並んで座る。藍那が最初に言う言葉も前回とそっくり。だけど前と一つ決定的に違うのは、私も藍那もお互いに向き合うのが早かったこと。こうしてすれ違うというか、喧嘩のような状態になるのも二度目だから最初よりは話し合い方が分かるようになった。
「もちろん悲しくないわけがないから、泣きはしたんだけどね」
「藍那を裏切るようなことをしちゃってごめんね」
「告白されただけなんだから咲良は悪くないでしょ。もちろん海斗も悪いとは思わないけど。……私はね、咲良のことが大好きだから、もし咲良も海斗と同じ気持ちなら私のことは気にせずその気持ちに従ってほしいと思ってるよ。それで縁を切ったりはしない」
「うん」
「私は海斗を好きな気持ちと同じくらい、咲良のことも大切なの。この先何度喧嘩することになってもそれは変わらないと断言できる」
……驚いた。藍那に対してもだけど、この言葉を素直に信じて受け入れることができている自分に。私は藍那の言葉なら無条件に信用できるのかもしれないということに、たった今気が付いた。
「それを踏まえた上で、咲良は海斗のことをどう思ってる?」
「私は……やっぱり、友人以上には思えないかな。実は今日返事をすることになってて、これでもしっかり悩んだし考えたのだけど、やっぱり恋愛感情というものがよく分からなくて」
そもそも、私の場合は好きな人ができたとして、奇跡的に両想いになれても相手の気持ちを百パーセントで信じることは難しいと思う。この考えが大前提として頭の中にあるから、余計に恋愛が分からないという可能性まである。私はある日を境に、『誰かのことを心から信用する』ということができなくなってしまったから。
「だから断るつもりだよ。藍那はどうするの?」
「私は咲良が断るのなら、諦めるなんて選択肢はないよ。一度フラれたくらいで手を引けるほど軽い気持ちではないから」
「そっか。私はまだ手伝ってもいいの?」
「もちろんそうしてくれると助かるよ。海斗はショックを受けながらも咲良らしいって笑いそうだね!」
「蓮くんはシンプルに爆笑?」
「海斗を狙ってて、陰で咲良にあれこれ言ってた女子は悔しがるだろうな~!」
「……!」
最後の言葉にびっくりして思わず隣に座っていた藍那の方へ顔を向けると、驚くほど優しい笑みを浮かべた藍那がいた。どうして藍那は……私に好きな人の心を奪われたのにそんな顔ができるんだろう。私は怒りでも嫉妬でも、何だって受け止める覚悟くらいとっくにできているのに。いや、その感情を向けられることで私は罪悪感を消そうとしていたのかな。我ながらズルい性格をしている。こんなでは藍那に合わせる顔がない。
「驚いた? 知ってるよ、咲良。どれだけ私が咲良を見てきたと思ってるの、って前にも言ったでしょ。苦しんでるのは二人とも同じなんだから、これ以上気にしなくていい。そう何度も謝られると私の方も惨めな気持ちになっちゃうし」
「……うん、ありがとう」
その後聞いた話によると、私がプレゼントしたヘアピンを付けていなかったのは『あの日、泣きながら帰ったらなくしちゃってて……だから余計に涙が出た』とのこと。恐らくどこかで落としたのだろうと謝罪されたけれど、そういうことなら構わない。嫌われたわけじゃなくて安心したよ、とだけ言っておいた。
私と藍那がこういう話をしたのは二年以上一緒にいてまだ二度目だけど、長い間一緒にいたからこそ感情的にならずに話し合えたのだと思う。お互いの性格もあるだろうけどね。
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