69 桜の魅力は
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指示した通り目の前に座り、ジッとこちらを見つめる咲良に同じ視線を返す。種明かしをすると、これは偽の縁談だ。もちろん本人達が心から望むのであれば本当に縁談を進めても何ら問題はないが、恐らくそのような結果にはならない。
実は僕と麗奈、結城夫妻は家柄と職種ゆえに昔から交流がある。子供達は何も知らないが、一緒に仕事をすることも多い。少し前に行われた桜華学園の体育祭後も、結城夫妻と食事に行ったくらいだ。この偽の縁談についてはその場で話し合って決めたことである。
「……では私もはっきり言いましょう。お断りします」
「理由は?」
「結城のご令息は私が瑠衣の跡取りだと知りません。それに、家の仕事を継ぐのは私の義務ですがその縁談を強制する権利など、お父さんにはないはずです。結婚相手については私が高校と大学を卒業し、家の仕事を継いだ後で考えます」
「うん、そうだね。じゃあこれを見てごらん」
咲良のこの顔は久しぶりに見た。普段は隠したいらしい、冷え切った目。本当に不満なことがあった時、咲良は感情ではなく正論をぶつけてくる。これ以上怒らせると僕の身が危険だから、麗奈はそんな顔で睨まないでほしい。僕だってもう少し話を長引かせるつもりだったんだよ。
それと、たしかに結城家のご令息は咲良がうちの跡取りだとは知らない。でも僕達と親しくしているのだから、当然彼の両親は知っている。咲良が周囲に素性を隠したがっていることを話しているから気付かないふりをしてくれるし、息子達にも黙っておくと言ってくれていたけれど。
咲良に渡したのは結城家から預かったという手紙。書いてある内容は、『結城蓮と瑠衣咲良の縁談話です。お互いの家のためになり、家柄的にも問題ないでしょう。……という偽の縁談話、そちらでも実行してください。同じくらいのタイミングを予想してこちらでも蓮に話しますので。詳しいことは前に話した通りに。健闘を祈ります』という感じだね。
「……ねえ、怒っていい?」
「もう怒っているじゃないの。いくらなんでも、意味もなくこんなことをしたわけではないわよ」
「じゃあさっさと説明してくれる? 私はこんな茶番に付き合ってるほど暇じゃないんだよ。理由によっては今すぐ神奈川に帰るからそのつもりでね」
思わず麗奈と顔を見合わせる。何かしらマイナスな方向で嫌味なり皮肉なり言ってくるとは思っていたけど、意外にもストレートに怒りをぶつけてきた。あまり咲良らしくない。これは理由が気になるな……
「以前彼のご両親とお話する機会があってね。その時、『瑠衣家のご令嬢も蓮も同じように将来を決められているよね』っていう話を持ち掛けられた。もちろんじっくり話してたけれど、今は簡潔に言わせてもらってるよ」
「うん」
「だからそんな二人でも、将来に関する話になった時に自分の意見をはっきり言える人間であるか試してみよう、となった。将来について考える時期だからこそのタイミングだし、そうでなくとも判断力や決断力、立場関係なく言わなければならないことをはっきり言う力は医者に必要なスキルだよ」
「……そう。それで、いい結果は出たの?」
「もちろんだよ。僕は社長として咲良にこの話をした。だから完全にプライベートな空間であるにも関わらず、咲良は僕に対して敬語を使ったんだよね? 『断る』と結論を先に言い、その上で事実を並べて意見した。感情論も一言目だけに留めている。言い出したらキリがないけど、確認したかったことはすべて確認できたよ」
ついでに、ここまで咲良が怒っているのは結城家のご子息と関わっている話だからだというのも、何となくだけど分かった。
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