26 桜が枯れることのないように
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────駄目だった……
今、私の纏う空気はどんより淀んでいると思う。それはもう、大雨の直前のように。てるてる坊主が必要かもしれない。そんなおかしなことを考えてしまうくらい、私は現実逃避をしたい気分だった。
と言うのも、現在授業が終わって東京の実家に向かう新幹線の中なのだけど、結局あれから藍那と話せなかったんだよね。一度だけ話しかけるチャンスもあったけれど、その時は私の勇気が出なくて……そのまま東京行きの新幹線に乗ってしまったというわけ。
これで私達は月曜日まで話ができない。電話をすることもできるけれど、こういうのは直接会って話した方がいいと思う。正直、後悔と自己嫌悪で押し潰されそうだよ……
「お嬢さん、何かお悩みで?」
外の景色を見ながら頭を捻っていると、話しかけてきたのは私のお隣に座っていたおじいさん。いかにも好々爺然とした風貌で、優しく微笑みかけてくれている。
「実は数日前から親友とすれ違っておりまして……喧嘩と言うほどではないと思うのですが、少し避けられているのです」
「おやおや、それは辛いね……原因は分かっているのかな?」
「ええ、大体は」
この新幹線が東京に着くまで、まだ少し時間がある。だからこの際、誰か分からないけれど人の良さそうなこのおじいさんに相談してみようと思う。知らない人相手だからこそ何も気にせず話せるでしょうしね。
「すれ違うようになってから、一度でも会話はしたかな? 挨拶は?」
「それらしい会話はしていません。挨拶くらいはしますが、それも一言二言がほとんどです」
今日もそうでした、と言うと目の前のおじいさんは悲し気な顔になった。この方も昔親友と喧嘩したことがあるらしく、そのまま疎遠になってしまったのだと。その時のことを思い出したみたい。
それから、おじいさんは『仲直りのおまじない』だと言って『友情』『優しさ』などの意味がある黄緑一色で編まれたミサンガをくれた。おじいさんは神社で働いている方らしく、これはその神社で販売しているものなのだとか。手首足首だけでなくヘアアクセサリーとして使用する人も多いとのこと。私は普段、長い黒髪を寒緋桜の色のリボンでハーフアップにしている。色合い的に似合うのではないかと思い、普段のリボンと一緒に結んでみると、予想通りぴったりの組み合わせだった。
「こんなに素敵なもの、本当にいただいてもよろしいのですか?」
「もちろん。それは私の手作りでね。それが嫌でなければぜひ使ってくれると嬉しいよ」
「嫌だなんてそんな……では、遠慮なく使わせていただきますね。ありがとうございます!」
「いえいえ。……お嬢さん、私はかつての親友と和解することができないまま疎遠になってしまった。あの時一歩踏み出していればと今でも後悔しているよ。君にはこんな想いをしてほしくない」
「…………」
「老いぼれの長話に付き合ってくれてありがとうね。お嬢さんはとても温かい心の持ち主だ。少し話しただけでも分かったよ。だからきっと、ご友人との仲違いの原因もお互いを想ったものなのだろう。どうか後悔のないように、ゆっくりでいいから向き合ってみることをおすすめしよう。私は応援しているよ」
ねえ、おじいさん。私は本当に温かい心を持っているように見えますか? たった一人の親友にすら自分の過去を隠し、自分勝手な悩みがきっかけで仲違いしてしまうような人間なのに? 自分のことしか考えていないような人間なのに? 私はとてもじゃないけどそんな風には思えない。今回のすれ違いはお互いを想ったものなんかではなく、私が今まで何も話さなかったツケが回ってきただけ。おじいさんが言うような素敵なものではない。
でも自分より長く生きている人の経験談はためになるものが多い。私が思うに、このおじいさんは人を見る目もある。
それなら彼の言葉を信じてみようか。少しでもおじいさんが言ってくださったような『温かい心の持ち主』であれるよう。せめて、大切な親友をこれ以上悲しませることがないように。次に藍那と会った時は、しっかり腹を割って話してみましょうか。それがこうして相談に乗ってくれたおじいさんや海斗くん、心配してくれているみんなに私からお返しできる唯一のものだと思うから。
「……はい!」
◇
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