19 蓮の桜は水に揺れる
────第一走者の子が走り出した。たしか私以外全員運動部か元運動部の子だったはずだからすごく足が速い。フォームが綺麗なんだよね。そんな運動部の子達の中で私が一緒に走れるのは、高校生になってからは『何でもできる瑠衣咲良』でいたくて努力したからに過ぎない。ハイスペックと言われるくらいになるまでの努力はただ醜く足掻いただけだから、とても人に見せられるものではないのだけど。
こうしてリレーの練習をしている間、周囲では他の推薦型競技の種目である大玉転がしやダンス、私達を抜いた学年別競技の練習をしている人が多い。一部、応援団の演舞練習をしている人なんかもいるけれど。
グラウンド中、どこを見ても大盛り上がりだね。練習ではあるけどみんな楽しそう。
「瑠衣ちゃん、聞いたよ。助走なしの藍那にバトンパスしてみるんだってね? さすがの瑠衣ちゃんでもこれは一発ではできないんじゃない?」
「恐らくね。体力的にも四百メートル全力で走った後だから限界だろうし、そこからさらに加速しないといけないから相当きついだろうなぁ……」
「うんうん、そうだよね。私も向こうの方で見てるから頑張って! ……あっ、それと熱中症にならないようにしっかり水分補給するんだよー!」
「はーい!」
相変わらず嵐のような子だね。元気でかわいい。いきなり現れたかと思えば一瞬で走り去っていき、途中で一度振り向いて熱中症の心配をしてから帰っていった。
あの子は学園見学の時に藍那と一緒に助けてくれた友人の一人。私のことを『瑠衣ちゃん』と呼ぶ人は少なくないんだけど、最初に呼び始めたのはあの子なんだよね。曰く、『瑠衣という名字は響きがかわいい』らしい。たしかに名字っぽさはあまりなくて、どちらかというと女の子の名前で多そう。
今走ってる子がもう一周したら私の番。きっと三十秒もかからない。……ほら、もう来た。
「瑠衣先輩、お願いします!」
「うん!」
私は藍那と違って助走なしのいきなり全力疾走はできないから、第四走者の子との距離が残り二十メートルくらいになったところで走り出した。
今日は少し暑いから、全力で走ると風が気持ちいい。背筋を伸ばし、全力で走っていると誰かの人影が視界に入った。
「……蓮くん」
「よっ! お前も一周目だろ。勝負しようぜ」
「もう抜かされてるけど!?」
「そりゃ、こっちも全力で走ってんだから当たり前だろ」
お前より俺の方が足が速いしな、と数歩前でからかうように笑われる。苦し紛れの言い訳をするなら、足の長さの違いでもあると思う。蓮くんの身長はたしか百八十センチくらい。私と二十二センチも差があるんだよ? ……絶対それだけが理由ではないけれど。
「もう一歩前を踏み込んでみろ。そして思いっきり地面を蹴る」
「ありがたいけど! 振り向いてアドバイスしながら走ってる相手にも勝てないのは煽られているようにしか思えない……!」
「おー、負けず嫌いだこと。でもさっきより速えじゃん。さすがの学習能力」
「ありがとね!?」
「キレんなって」
キレてないから余裕そうに笑わないでほしい。振り向いてアドバイスしながら走ってる相手に勝てないどころか、褒めるまでされると自分でもどういう感情なのか分からなくなってきた。ただそれだけだから……
「複雑で仕方ありません、って顔してんな」
「大当たり」
「お前もアンカー?」
「違うよ」
「そ。俺はアンカーだ」
だろうね。海斗くんは第一走者みたいだし、それなら必然的に最終走者は蓮くんになる。この二人に敵う男子生徒は恐らくいないからね。
これだけ全力疾走しても息一つ乱さない蓮くんと、少しずつ話すのが辛くなってきた私。体力の違いを見せつけられているようで悔しい。最後の百メートルくらいになると、蓮くんは『じゃあな』とだけ言ってあっという間にゴールしてしまった。あれが全力じゃなかったとは、理不尽だけどすごく裏切られた気がするよ。次は絶対に負けないから……!
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