15 桜の秘め事
「……急に改まってどうしたの?」
「大したことじゃないよ。でも咲良、さっき私と話してた時は徒競走が良いって言ってなかった?」
「うん、言ったよ。でもみんなにも言ったように、やっぱり綱引きも楽しそうだなと思っていたから」
「こう見えてかなりの面倒くさがり屋の咲良が?」
それに関しては反論したいね。藍那の目にわたしはどう映っているのかな……? 反論はしたくても否定はできないけれど……
「私だって気が変わることはあるよ」
「ふぅん……」
「瑠衣! 話してるところ悪いが、手が空いてるならちょっと手伝ってくれないか?」
「藍那、行ってきても良い?」
「うん。今日は先に帰るね。じゃあまた明日!」
これを職員室に運びたいのだと言う橋本先生の目の前には大量のプリントが山積みにされていた。体育祭の資料に加え、私達が学園見学をしている間はここで仕事をしていたらしく、そのプリントもあるらしい。
これはたしかに一人で運べる量ではないね。
「……ところで橋本先生、私に何か話があるのでは? 教室にはまだ多く生徒が残っていましたし、わざわざ私に頼んだのは理由があるのではないかと思ったのですが……違いますか?」
問いかける形ではあるものの、実際にはほぼ確信しているよ。にっこり微笑んで先生を見上げると、案の定苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「相変わらず勘が鋭いなぁ……伊島にも聞かれていたが、本当に綱引きで良かったのか? 明らかに話し合いになる前に決め切ろうとしていただろ」
周囲に誰もいなくなったタイミングで話を始める。まっすぐにこちらを見る目が『違うか?』と先ほどの私のように確信を含んで問いかけていた。
橋本先生だけは私の過去を知っている。その上、生徒のことをしっかり見てくれる先生。だから隠し通すのは無理かな。
「……ええ、おっしゃる通り。今回徒競走を希望していた女子生徒は運動が苦手で、クラスの中でも特に体育祭を嫌がっているようでした。そしてとても仲の良いグループです。そんな彼女達が私を混じえて話し合いをしたらどうなると思います? ……きっと、どう転んでも良くない結果になったでしょうね」
「良くない結果とは、具体的になんだ?」
「私が徒競走に出場することになった場合、彼女達は仲違いしていたと思います。すぐにではなくとも、こういう小さな綻びの積み重ねがその結果を生み出すこともあります。逆に私が話し合いで綱引きに出場することになっていた場合、教室内の雰囲気は悪くなっていたでしょうね。これでもかなり生徒から慕われている自負があるので。……自分でしたことですが、こういう時は少し面倒なくらいに。そのため、私が自ら『綱引きも楽しそうだと思っていたから変更する』と発言するのが最良だと考えました」
あくまでも私が望んでこの選択をした、と思わせることが大事だった。実際、私が譲ると言った理由を説明するまでの一瞬、嫌な空気が流れたからね。
「……いくら何でも、先読みが得意すぎないか?」
「私はみんなのことを良く見ているつもりなので。好きなもの、嫌いなもの、性格など……愛されるためにはまず相手を知ることが大事なんですよ?」
「それはそうだろうな。ところで瑠衣、そろそろいつもの笑顔に戻った方が良いと思うぞ。このあたりから人が多くなってくる」
「はい、そうしますね」
私は過去と目的を知っている人の前で自分を取り繕うことはない。
本来の私は温かさよりも冷たさの方が目立つと、前に両親が言っていた。詳しく言うなら、話し方と態度が淡々としている、と。そしていつもみんなに見せている笑顔は完璧すぎて恐ろしいのだとか。
私も自覚はあるよ。それでもこうして明るく優しい『瑠衣咲良』を演じるのは、そこまでしてでも叶えたいことがあるから。いかにも『未熟な学生』って感じの目的だけど、それだけ私の心に残る出来事があったのだから仕方ない。みんなに見せているすべてが演技、というわけでもないのだから、これくらい構わないでしょう。
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