112 桜の素性
「そっちに帰る準備はもう進めてるよ。三月中にはここを出るかな」
『分かった。じゃあそのつもりでこちらも準備しておくよ』
「他に用事は?」
『ない』
それじゃあまた今度、と電話を切ろうとするとお父さんがそれを止めた。そして私の後ろにいた彼らに視線を向け、『いつも咲良と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね』と伝えていた。その言葉に反応した蓮くんが私の隣まで来てお父さんに話しかける。
「瑠衣凛久さん、ですよね?」
『おっしゃる通り。君は結城家のご令息かな?』
「ええ、申し遅れました。結城蓮です。いつも両親がお世話になっております」
『こちらこそ。初対面がこんな形で申し訳ないね。またいつか、直接会って話をしよう』
少しだけ言葉を交わし、お父さんは電話を切った。あの感じだと休日ってわけではなさそうだから、この後仕事があるんだろうね。大変だな……
「瑠衣……咲良お前、あの瑠衣家の人間だったのか。それで脳神経医学専攻。なるほどな……」
「黙っててごめんね。そういうことです。でも今のところ何の肩書もないから気にしなくていいよ。ただのお金持ちの娘」
「たしかにそうだが言い方……」
「なんで今まで黙ってたの?」
「下手に騒がれたくなかったのと、色眼鏡で見られるのはもううんざりだったから。それに瑠衣家を上回る結城家のご令息が傍にいるなら話すほどのことでもないなと思うようになってね。うちは結城家ほどすごい家庭でもないし……」
怒ってるわけじゃないよ、と付け加えて聞いてくれる海斗くんにそう返すと、納得したようなしていないような顔で頷かれた。そして明らかに納得していない顔の人も一名いる。
「いや、生々しい話で失礼だが脳神経外科、それも瑠衣家ならとんでもない収入だろ。ご夫人は元ベテラン翻訳者で知られているだけでも五ヶ国語以上話せると有名だしな」
「そう? でもお父さんもお母さんもあんな感じだし、蓮くんのご両親には遠く及ばないでしょう。お母さんに関しては今はただのカフェ店員だし。両親共に医者のご家庭には敵いません」
「その話は私も知ってる! 瑠衣家は本当にいろんな意味で有名だよね!」
藍那の言う『いろんな意味』がいい意味であることを祈るよ。うちは本当に自由すぎるから……特にお母さん。
「それと咲良、もしかして東京に帰るの?」
「そうだよ。大学も東京にあるからね」
実家が東京にあるのにわざわざ何時間もかけて神奈川から通うはずがない。そんなことを話しつつ、その後も私達は打ち上げ兼お疲れ様会を楽しんだ。
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