104 桜の悲願
「式の流れは練習した通りなので、自信を持って堂々と挑みましょう。大丈夫、たとえ失敗しても思い出として笑い合える日が来るはずですからね!」
俺も緊張で声が裏返って恥ずかしかった記憶があるし、とボソッと付け足す先生の言葉に教室内が笑いで包まれる。でも、あの静まり返った式の雰囲気の中でそんな状況になったら本当に恥ずかしいだろうね。私も気を付けよう。
「それでは今から式まであと三十分くらいあるので、各自トイレ休憩や身だしなみのチェックなど好きに過ごしてもらって大丈夫です。他のクラスの迷惑にならない程度であれば、立ち歩いて友達と話したり卒業アルバムにサインし合ったりするのも構いません。俺にもぜひ書かせてください。それでは各自解散!」
再び笑いに包まれる中、先生は満足そうな笑みを浮かべて自分の席に座った。今のも十中八九生徒の緊張を解すためのもので、やっぱり生徒からの圧倒的な人気を誇る先生なだけあるなと思う。
今思ったんだけど、そういえばこの学園で嫌われている先生はいない気がする。教師というのは基本的に生徒に嫌われる職業だろうと思って生きてきたけれど、この学園の先生はいい人ばっかりなんだよね。生徒のことを一番に考えているのが伝わってくる。あらゆる意味で成績優秀と言われる学園になったのは、そのおかげもあるのかもしれないな。
「れーんー! 俺は寂しいよ、お前が東都大学なんてすげえところに行くからもう一緒にいられねえじゃん!」
「おー、だったら浪人でもするか? 共通テスト九割近くがボーダーだが」
「うっわ、無理むり! お前そんなにすげえのか。そこまで勉強してたか?」
「悪いな、天才肌で」
ふっ、と不敵に笑う蓮くんは楽しそうに笑ってる。入試の結果、蓮くんは無事に合格だったらしい。しかも共通テスト全教科満点で新入生総代としての入学になるとのこと。私は全体で一点だけ失点して次席。『天才肌』なんて自分で言っちゃってるし、実際そうなんだけど、蓮くんはちゃんと努力もできる人なんだよね。特に勉強に関してはすごく頑張っていたのを私は知ってる。勉強時間が長いんじゃなくて、短時間でも成績が上がるような効率のいい勉強法を身に着けてる。悔しいけど、彼と一緒に勉強会をしていればそのことがよく分かるよ。
気付けば蓮くんだけでなく藍那や海斗くん、真紀ちゃんもクラスの子に囲まれて楽しそうにしていた。私のところに来てくれる子もたくさんいる。どうやら……私がこの身を削ってでも手に入れたかったものは、失いたくなかった日常は、三年間見続けていた夢は、しっかり叶ってくれたらしい。もう二度と、絶対に────私の大切な日常を誰にも奪わせはしないよ。
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