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他人の家①

「まあ、タンポポがあんなに咲いて、すっかり春ですね」加奈子(かなこ)は春枝にあわせてゆっくり歩きながら言った。

 日当たりのよい土手を散歩がてらに動物病院を目指していた。

 彼女は少しはしゃいでいた。この所、()せっていた義母の春枝が今日は調子が良く二人での外出は久しぶりだったからだ。


 目的の病院に着き待合室の長椅子に腰かけていると「あら、田畑さん、どうしたの?」と看護師の和美が寄って来て、加奈子の抱いている猫のミーを(のぞ)き込んだ。

「耳の後ろが(かゆ)いみたいなの」

「また? 皮膚が弱いのかしら。今日は空いているから次に診てもらえるわ」

 ミーは先月、春枝が散歩の途中に空き地でミーミー鳴いていたのを見つけ保護した。

 ()せこけて毛のツヤもなく目の周りは皮膚病なのかただれていた。

 春枝は昼時だというのに家に戻らずにこの病院に連れて来てその後、乗り掛かった舟で子猫を家に迎えたのだ。

「あら、ミー。いい鈴つけているじゃない」

 ミーは首に青いリボンで七宝焼きの鈴をつけていた、洒落(しゃれ)た絵柄でチリン、チリンと良い音がする。

「捨て猫だったくせに生意気なんじゃない」和美が冗談を言った。

 加奈子は吹きだし、春枝は顔をしかめた。


 例年にない暑さで連日の様に熱中症警戒アラートが発表されていたが田畑家のリビングはクーラーのお陰で快適そのものである。

「皆さん、お元気ですか?」

 義姉(ぎし)の加奈子に訊かれ田畑明夫は汗を拭きながら答えた。

「ええ、まあ」

「修一くん、優秀で医大を受験するのでしょう。すごいわ」

「赤ん坊の時は頭のいい子になればいいな、なんて思っていましたが……いざなるとこれが中々、大変で」

 汗が止まらない。拭いても拭いても額ににじみ出て来る。

 加奈子は不思議そうに首をかしげた。

 明夫は慌てて説明する。「予備校代が馬鹿にならないのです」

「大変だろうけど贅沢な悩みですよ。お金をつぎ込んでも成績が上がらないと頭を抱える親御さんがほとんどなのに」八畳の和室に置かれた介護ベッドに身を起こして母の春枝が言った。

「ええ、まあ」明夫はまた額の汗をぬぐいながら未だに少し首をかしげている加奈子に視線を走らせた。

 何だろう? 感づいたか?

 そんな明夫の心配をよそに加奈子は言った。

「ごめんなさい。まだ暑いですか? クーラーの温度、下げますね。それと麦茶のお代わりと……そうだわ、お中元に頂いた水ようかんが冷蔵庫に入れてあったわ」

 加奈子はパタパタ、スリッパの音を立てながら小走りでキッチンに向かった。

義姉(ねえ)さん、お構いなく」

 明夫はその背中に声をかけたが水ようかんで頭が一杯になってしまった加奈子には聞こえない。

 義姉さん、相変わらずだな。

 純心な義姉に思わず笑みがこぼれた明夫だったが突然、その表情は固まった。

 母がこちらを見ていた。

 チャンスだ、今、言わなければ。そう思うと汗が噴き出した。


「あら、お義母さん。明夫さんは?」加奈子が和室に戻ってくるとそこに明夫の姿は無かった。

「帰りましたよ」

「まあ、この水ようかん、とっても美味しいのに……最初に出していればよかったわ」 

「日持ちするからまたの機会に出せばいいわ。それは二人で頂きましょう」

「ええ」加奈子は頷くとベッドのサイドテーブルに麦茶と水ようかんを置いた。

 冷えた麦茶を入れた来客用の冷茶グラスにはうっすらと水滴がついていた。



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