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マスターの秘密

この作品は以前、投稿した作品を変更した物です。

 占い師、世良涼介はカウンターの向こうで身の上話(うえばなし)をしながらコーヒーを()れるマスターを見ていた。


 涼介は考えながら眉間にしわを寄せた。

 考え事をしながら飲んでは極上のコーヒーが台無しだ。

 考えてはダメだ、そう思いながらもマスターに目がいってしまう涼介だった。




 (みのる)と忠雄が仲が良かったのは二人が無類のコーヒー好きだったからだ。

 同じ大学に通っていた彼らはいつも大学近くにある特別な場所に入り浸っていた。


 『喫茶、道楽』


 コーヒー好きなら一度は訪れてみたい名店中の名店、地元の大地主でコーヒー好きの難波健三がまさに道楽で始めた店だった。


 使うのがはばかれるほど高価なコーヒーカップ


 金に糸目を付けずに買い集めたアンティークなイスやテーブル


 そして何よりもコーヒー


 採算を度外視してよい豆を惜しげもなく使い入れられるコーヒーは、客を虜にした。


 ただ、そんな道楽も順風満帆というわけじゃない。赤字続きで高齢だった難波健三が亡くなると危うく売却されそうになり全国のコーヒーマニアをやきもきさせたが結局、今日に至っている。


 二人は連日のように道楽に通い詰めるうちに同じ夢を持つようになった。


 『いつか自分の店を持ちたい』


 そんな時、忠雄の父が亡くなった。

 忠雄の父は小さいながらも黒字操業(そうぎょう)をしている工場の(あるじ)だった。


 父は亡くなる前に無理して工場を継がなくていい、自分の生きたいように生きろ、と言ってくれていたが、忠雄は大学を辞め工場を継いだ。


 稔は夢を諦めた友に失望したが忠雄の本意を知って驚いた。


 「俺だって工場なんか継ぎたくないよ。でもこれは夢の為なんだ。喫茶店をやりたい、しかもただの喫茶店じゃない、第二の道楽をつくるんだ。その為には金がいる。だから工場を続け金を貯めて必ず店を開いてみせる」


 気づけば忠雄の夢は夢物語ではなくなっていた。現実味を帯び道筋がその足元に浮かび上がっていた。


 稔は自分の足元を見た、何も持ってない自分の定まらない足元。大学を卒業後どこかに就職して必死に金を貯めても勤め人ではたかだかしれている・・おそらく喫茶店は開けるだろう、でもそれは普通の喫茶店だ。


 第二の道楽は無理だ。


 ずっと忠雄を自分と同じだと思っていたおめでたい(おのれ)(あき)れた、と同時に恵まれた環境の忠雄に嫉妬した。


 なんとか彼を出し抜けないものか、考えるようになった。


 そして、愛子を思い出した。


 難波健三の孫娘、道楽を健三から譲り受けた女性。


 彼女はカウンターからいつも稔を見つめていた。


 だが活発な女性がタイプの稔は見つめるだけで何も出来ない内気な愛子になんの感情も抱かなかった。


 今までは・・・・でもこれからは違う。 


 彼女は稔が持っている唯一の持ち(こま)、それも非常に有効な駒になろうとしていた。


 稔はその駒を使うことにした。



 彼は愛子と結婚し道楽のマスターになった。


 そしてそれを境に忠雄は店に来なくなった。


 稔には忠雄の気持ちが分かった、道楽のマスターになった俺を見たくないのだろう、水をあけられた自分を認めたくないのだろう


 勝った、そう思うと幸せだった。夢をつかんだ、そう思うと幸せだった。


 ただ予想外だったのは好きでもない女性との暮らしがこんなにも味気ないものだとは・・


 彼は妻を避けるようになった。


 店の二階が二人の住居だったが、妻が寝静まり二階で物音がしなくなるまで彼は店で時間をつぶした。


 そんな日が続いたある朝、食卓で妻は言った。


「あなた、私と夫婦になりたかったんじゃないのね、マスターになりたかったのね」

「・・・・そんなわけ、ないだろ」

「・・・・」


 おとなしい愛子はそれ以上、何も言わなかった。


 そして一年前のあの日がやって来た。


 昼過ぎに突然、店にやって来た忠雄はコーヒーを飲むと深く息を吐いた。


「ああ、うまい」

「久しぶりだな」

「ああ、本当に・・・・何度も来ようと思っていたんだが正直、夢をかなえて道楽のマスターになったお前がうらやましくてな、素直になれなかった。すまん」


 横で別の客のコーヒーを入れていた妻の手元が震えるのが分かった。


 愛子は客にコーヒーを出すとカウンターを出て二階に上がっていった。


 どう弁解しよう、稔は妻の足音を聞きながら懸命に考えていた。


 すると忠雄が言った。


「実は病院の帰りなんだ。・・・・さっき宣告された。俺の命はもって一年だそうだ」

「・・・・」

「おいおい、気にしないでくれ。もう、覚悟は出来ているし考えてこれからの事も決めてある。俺は家にはもう戻らない。ここに来る前に銀行に寄って金をおろして来た。この金でどこかに店を出す。とうとう夢をかなえるんだ」

「いいのか、家族に会わないで行くなんて」

「いいのさ、母は自分の裕福な暮らしが一番大切な人だからね、金を持ち出す事を許さないだろう、だから戻らない」

「そうか・・・・とうとうだな」

「ああ、やっとだ。それをお前に言っておきたくて」


 そう言うと忠雄はまた一口コーヒーを飲んだ。


「ああ、うまい」


 それが稔が最後に見た忠雄だった。


 忠雄が店を後にすると稔はカウンターを抜け出して慌てて二階に足を運んだ。


 妻はスーツケースと一緒に消えていた。


「実家に戻ってしまった妻に()びを入れようと会いに行きましたが妻は会ってはくれませんでした」マスターは言った。


「結局、妻とは離婚し彼女は今、実家で暮らしています。僕のしたことを考えれば店を追い出されても仕方がないのに・・・・優しい妻は離婚の財産分与として僕に道楽をくれたのです」


 うれしそうに身の上話をしながらコーヒーを淹れるマスターを見ながら涼介は考えている。


  これでいいのだろうか


 彼は以前見た難波愛子の顔を思い出した。


 優しい? おとなしい?


 いいや、違う。

 高い鼻と小さい耳たぶが印象的なあの女性の人相は・・完璧主義者で一度決めた事はやり抜く意志の強さと的確な判断力をあわせ持つ。


 だから忍耐強く冷静に着実に計画を実行し目的の為ならば手段を選ばない。


 コーヒーに対して思い入れの無い難波愛子にとって赤字続きの道楽はお荷物だった。


 彼女は店を手放そうとした。


 有名な道楽だ、いくら金を積んでもいいから欲しいという人間はいただろう。

 でも売却、出来なかった。

 おそらく『金に目がくらんで名店を売るなんて』と全国のコーヒーマニアからの猛反対にあったのだ。


 仕方なく断念したが赤字は毎月続く。


 彼女はコーヒーマニアが納得する方法で道楽を手放す計画を考え出した。

 難波愛子は稔が自分の事を好きではないことを百も承知だった。

 だから彼と結婚したのだ。

 やがて頃合いを見計らって、さも初めてその事に気づきショックを受けた様に見せかけ、離婚を切り出す。


 そして別れる夫に道楽を譲れば美談となり非難を受けることなく・・・・道楽を手放す事に成功する。


 彼女はお荷物だった道楽と好きでもなかった夫にサヨナラして今、清々(せいせい)しているだろう。


 真実をマスターに伝えるべきか・・世良涼介はマスターの狭い額を凝視した。


 狭い額は職人気質な者が多いといわれる、彼はマスターにうってつけな人物なのだ。


 知る必要のない真実だ。


 涼介は(かぶり)を振ると美味そうにコーヒーを飲み干した。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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