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後妻業の女④

 世良涼介という若い男はミニキッチンでコーヒーを()れていた。

 ミカはひじ付きソファーに座りながらビルの外観からは想像できない洒落(しゃれ)た室内を見回した。

 十二畳ほどの室内の壁紙はモスグリーンで床は山吹色のカーペットが敷き詰められている。そこにチョコレートブラウンの一人掛けのひじ付きソファーが四脚置かれ、それぞれのソファーの横には小さいカフェテーブルが置かれていた。

 男はコーヒーを運んで来るとミカのソファー横のテーブルに置いた。

「……いい香りね」

 コーヒーの香りを楽しみながらカップを口元に運ぶと柄にもなく緊張してこわばっていた肩から力が抜けた。

 そんなミカを見ながら涼介は尋ねた。

「次の予約が入っているので時間をあまりとれませんが手相と人相、どちらを見ますか?」

「……」

「どうかしましたか?」

「占いっていうからタロットか何かだと……」

「……止めにしましょうか?」彼は彼女を見つめた。

「み、見てちょうだい。手相でいいわ」ミカは顔を赤らめながら言った。

 彼は頷くとミカの座っているソファーの前にスツールを置き腰かけると彼女の右手をとった。

 ミカは頬が熱くなって自分の顔が赤くなっているであろう事が分かったが、どうする事も出来ない。

 彼女はもう長い間、忘れていた感情に戸惑っていた。


 一目見た時から彼に心奪われていたのだ。


 もはや後妻業やその他もろもろの事などどうでもよかった。

 望みは彼の心を射止めたい、ただそれだけだ。


 落ち着くのよ、私には後妻業で(つちか)ったノウハウがあるわ。男を思いのままに(あやつ)れるわ


 そう自分を鼓舞(こぶ)している彼女に涼介は言った。

「結婚線が複数ありますね、しかもどれもはっきりしている」

「えっ、何?」

「……」

「何て言ったの?」

 彼はミカの手を放しスツールから立ち上がった。

「やはり止めておきましょう」

「何故? お金ならちゃんと払うわ」

「お金の問題ではありません、先程から上の空ですよね。気乗りしないのに無理に見る事もないでしょう」

「お願い見てちょうだい」

 涼介は頭を振ると背を向けた。

 焦り余裕が無くなったミカは本音をぶちまけてしまった。


「私と結婚して」


「えっ、結婚? え?」

「もちろん交際からでいいの、出来れば結婚を前提にして。私と結婚すればこんな生活にサヨナラ出来るわよ」

「何を言っているのか分かりませんが僕は今の生活に不満を感じていません」

「私、後妻業をずっとやってきて今、十一億円持っているの。占いを続けたければ続けてもいいわ、でも私と結婚すれば生活の為に客から五万もとる様なあこぎな真似はもうしなくてもいいのよ」

「五万円という金額はそれに見合ったものを提供出来ているという自負があるからです」

「でも占いよ、当たるか分からない不確かなものに五万は高すぎよ」

 不快感を(あら)わにしてミカを見ていた彼は言った。

「お引き取り下さい」

「貴方にとっても悪い話じゃないと思うの、冷静にもう一度考えてみて」

 彼はカフェテーブルのコーヒーカップをミニキッチンに運ぶと洗い始めた。彼女の事は完全に無視である。

 取り付く島もない涼介の態度にミカは肩を落とすと自分の電話番号を書いたメモと五万円をカフェテーブルに置いて退室した。


 ビルの階段を下りながら思わずぼやいた。

「ああ、失敗しちゃった。どうも調子が狂って……」

 男を手玉に取るはずの後妻業の女が形無しだった。

「あんな事、言わなければよかった」

 後ろ髪を引かれる思いでトボトボと商店街のアーケードを歩いていた。


 翌日、オープンカフェのウッドデッキには完全復活したミカがいた。


 彼女はコーヒーを飲みながら彼を待っていた。

 帰り際に電話番号を置いたとはいえ最悪な出会いに半ば諦めていただけに昨晩、連絡があった時は嬉しかった。

 時間通りに姿を現した彼にミカはまるで少女の様にはにかんで話し掛けようとしたが涼介はそれを制した。

 そして五万円を彼女に差し出し「これを返しに来ただけです」と言うと足早に立ち去ろうとした。

「待って、昨日は悪かったわ。お願い、話を聞いて」

 彼は背を向けた。

「待って、美味しいコーヒーでも飲みながら話を聞いて」

「美味しいコーヒー」

 涼介はオウム返しに言うと振り返ってミカが飲んでいるコーヒーカップに視線を落とした。

 昨日、彼が淹れたコーヒーを飲んでコーヒーにこだわりがある事は分かっていた。だから待ち合わせをこのカフェにしたのだ。


 ミカの読みは当たった。そしてここからが腕の見せ所なのだ。


「私、後妻業を続けるか悩んでいるの。昨日はあんな事を言ったけど手相を見てほしいの」

 (たた)みかける様に言うと座って右手を差し出した。

「ここで?」

「だって貴方、評判いいんでしょ。相談に乗ってほしいのよ、悩んでいるの」

 後妻業はもう廃業するつもりなのだが彼を引き止める為のウソだった。


 驚いて彼女を見つめていた彼だったが、やがて大人しく席についた。


「確かに悪くない」味わいながらコーヒーを飲み干し涼介は言った。

「じゃあ、見て頂戴」

「分かりました」

 差し出された彼女の右手を注視する。

「結婚線は四本です」

「四本……あと一回、結婚するのね」

「財運線もはっきりと表れてお金の苦労も無いようですね。ただ……運命線の一部に横線が多く入っている箇所があります、以前に何かトラブルがありましたか?」

「ええ……でも少しだけよ」

 彼は眉間にしわを寄せて考え始めた。

「大丈夫、大丈夫よ。それより私、やっぱり貴方と結婚するわ」

「昨日もそうでしたが何故そういう話になるのです? 僕達は出会って間もないし互いの事も知らないのに」

「でもあと一回しか結婚出来ないなら相手は貴方しか考えられない」

「僕は金持ちじゃないですよ」

「お金なんか関係ないわ。貴方がいればいいの」ミカは殺し文句を言った。



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