後妻業の女③
一年後、オープンカフェのウッドデッキでランチを食べながらミカは呟いた。
「さてと、どうしようかしら」
今までなら疾うに次のターゲットを物色している頃だったが今回は手付かずの状態だった。
ミカは決めかねていた。
一番目の夫は五億、二番目は三億、三番目の夫も三億円遺してくれたから手元には十一億円ある。
一生働かなくても暮らせる金額だ。
だからこそ決めかねていた。
どうしよう、もう一回、後妻業する? それとも何かお店でもしようかしら、でも働かないっていう選択もありなのよね
考えあぐねていたミカの耳に隣の席の二人組の女性客の話し声が聞こえた。
「ねぇ、千春の話、聞いた?」
「ええ、加賀さんとの婚約が無しになったんでしょ」
「わからないものよね、出世頭でイケメンの加賀さんがまさか横領で懲戒解雇なんて」
「千春はある意味、ついてたよね。結婚前に分かったから。もし結婚後だったらもっと大変じゃない」
「それが千春はすぐに結婚したくて籍を入れようとしてたの。そしたら彼女の両親がまず見てもらってからだって、心酔している占い師の所に千春を無理やり連れて行ったんだって。ところがその占い師が『結婚はやめた方がいい』と言ったもんだから結婚に反対する両親と千春がもめていた所に加賀さんの不祥事が発覚したの」
「ふーん、占いで人生決めるのもどうかと思うけど、結果良かったからいいんじゃない」
「……」
「どうしたの?」
「私、占ってもらおうかと思っているの」
「そうなの?」
「会社辞めようか悩んでいて、親はせっかく入った大手企業を辞めるのはもったいないって言うし……」
「なら試しにちょっと見てもらったら」
「ちょっとなんてダメよ、しっかり見てもらわないと。五万円もするんだから」
「五万? 高すぎるでしょ。止めたら? 悩んでいる人間の足元みてぼったくりしてるのよ」
「でも当たるんだって。絶対にはずさないって」
「うーん、めちゃくちゃ怪しい感じだけど、どこにあるの?」
「駅の向こう側の商店街に古本屋があるでしょ、そのビルの二階」
そこまで聞いていたミカは席をたった。
駅の向こう側を目指してごった返している構内をミカは歩いていた。
いつもの事だが男達の視線がまとわりつく。
後妻業を十年して三十四になる彼女だが見た目には二十代に見える。そのせいか学生服姿の男子高校生までが見つめてくる。
いたずらに見つめ返すと彼は慌てて視線をそらした。
ふふ、かわいい
そう思う自分の変化、それが迷いの原因なのだ。
今まではターゲットとなり得る年配の男性の視線が気になった。若い男性の視線など煩わしいだけだったが、近頃は妙に気になる。
やっぱり後妻業は無しかしら
駅を抜けて駅前ターミナルに隣接している商店街を歩く。
お目当ての古本屋はすぐに見つかった。間口一店舗分しかない小さいテナントビルの一階にあった。
開店休業のような古本屋の横の細い階段を二階に上がる。
すると味気ないアルミドアがいきなりミカの目の前に現れた。
こんな所で五万円とるの? 本当にぼったくりなんじゃない?
驚きを隠せないままミカはドア横の呼び鈴を押した。