きらいな顔
読んで面白ければ評価をお願い致します。
冷たい雨の降る日の告別式で梓は叔母の遺影に涙ぐみながら手をあわせた。
すると静かだった会場がザワザワしだした。
「数年ぶりに見たけど、何、あれ、そっくりじゃない」
「ホント、二度と拝みたくない顔なのに」
「それどころじゃない、あの顔でこの町を歩かれたら昔の不祥事をわざわざ蒸し返す様なものだ」
「そうよね、冗談じゃないわ」
心ない言葉が梓の背中に突き刺さる。
彼女は焼香を済ますと逃げる様に葬儀場を後にした。
連れだって歩く父が案じて声をかける。
「大丈夫? ごめんよ、親戚の人達の言葉」
「大丈夫、それに全部本当の事だから仕方がないわ」
梓は悲しそうに笑った。
地元に戻れば嫌な思いをする事は分かっていた、それを承知で告別式に来たのは一族の中で唯一、梓に優しい言葉をいつもかけてくれた叔母の葬儀だったからだ。
古い素朴な田舎町の駅舎に着いた。
「じゃあ、また来るね」
改札で見送る父に手を振りながら、多分もう来ないであろう、と梓は思っていた。
梓の母、貴子がこの田舎町の名家である名倉家に嫁いだのは二十六年前の事だった。
新しい名倉家の若奥様に町の人々は目を皿の様にした。
まるで女優の様な美しい顔とそして、大きなお腹をしていた。
できちゃった婚。
都会ではすんなりと受け入れられる事が閉鎖的な田舎では好奇の眼差しにさらされる。
梓を出産した後も母の素行の悪さは噂の種となった。
連日の様に飲み屋に入りびたり浮き名を流し、あげくの果てに若い観光客の男と行方をくらました。
こうして梓は生後まもなくにして『一族の面汚しの女の娘』として生きる定めを背負わされたのである。
幸か不幸か、彼女は母親似で幼少期からその愛らしさは人目を引いた。
歳を重ねるごとに母親に似てくる自分の顔を梓は嫌いだった。
人の噂も七十五日、などと言うが梓の美しい顔のせいで母の不始末はいつまでも人々の口の端に上った。
友達さえも出来ず彼女は一人で過ごした。
梓の味方は父と叔母だけだった。
彼女は高校を卒業し進学を機に地元を離れ東京の大学に入学した。
そして三年が経っていた。
世良涼介の占いの店で涼介の淹れたコーヒーを飲んだ梓は思わず表情をゆるめた。
その顔を見て涼介は頷くと彼女に話しかけた。
「プロポーズの返事を迷っているのですね?」
「ええ、城田さんとは私が大学に入った時からのお付き合いなので三年になります。先月、彼から大学を卒業したら結婚しよう、と言われたのですが迷っていて」
「何か不安があるのですか?」
「ええ、自分が信じられないのです」
「自分を?」
「はい……私の顔は母にそっくりなのです。浮気相手と姿をくらました母の顔と」
「それで自分もいつか浮気するのではないか、と不安なのですね」
梓は頷いた。
世良は梓の顔を見つめた。
そして首をひねった。
「愛情は人相学では唇に出るといいます。唇が厚いと愛情深く、薄いとその逆になります。梓さんの唇は薄いですよね、お母さまも同じだとすると、たとえ浮気しても……蒸発までするとは意外ですね」
「そうですか」
「予約の時にお願いしていたお母さまの写真はお持ちですか?」
「これです」
梓は写真を手渡した。
古い写真を手にとり注視した彼は頷き言った。
「なるほどホクロですね」
「ホクロ?」
「お母さまの左目の下にホクロがありますね、しかもこれは多分、死にホクロですね」
「死にホクロ?」
「色が薄く輪郭がはっきりしていないホクロの事です。女性の場合、左目の下の死にホクロは浮気に走ると言われています」
「じゃあ・・」
「貴方にホクロは無い、心配無用というわけです」
梓は目を潤ませ言った。
「やっと、幸せになれる」
二日後、レストランに恋人の城田を待つ梓の姿があった。
今宵、プロポーズの返事をするつもりの彼女の胸は高鳴り美しい顔は上気していた。
「ごめん、遅れて。アルバイトが中々,終わらなくて」
真向かいのイスに座った城田を見た梓の顔から血の気が引いた。
赤くほてった頬が一瞬にして青くなった。
彼の目の下に死にホクロを見つけたからだ。
自分の顔を凝視する梓に城田は戸惑う。
「遅れた事、怒ってる? ごめん」
「……」
「ごめんなさい」
「……あっ」
梓は気づいたのだ。
右目の下だ、左目じゃない。右目の下のホクロだから大丈夫だわ
「あの……梓?」
「ふふ、怒ってないわ」
彼女は愛おしそうに彼を見つめた。
涼介が仕事を終え帰宅すると夜のテレビのニュースでビックカップル誕生とキャスターが声高に言っている。
画面には若い男女の写真が映し出されていた。
男性が高杉というIT企業の社長である事は知っていたが、女性の方は涼介の知らない人物だった。
「おかえり、兄さん。もうすぐロールキャベツが出来るからね」
弟の彰吾が涼介の脱いだ上着をハンガーにかけながら言う。
きれい好きな彰吾は涼介が服を所かまわず脱ぎ散らかすのがイヤなのだ。
「あ~あ、永瀬マナミ、ファンだったのにな」テレビ画面を見ながら彰吾は嘆いた。
「誰? 有名なのかい?」
「女優だよ、今一番人気があるんじゃないかな」
「ふ~ん、まあ、大丈夫だ」
「何が?」
「その内に男が浮気するだろうから」
「えっ、そうなの」
「目の下に死にホクロがあるだろう、女性は左目の下にあるといけないんだが、男性は右目の下にあると浮気性なんだ」
最後まで読んでくださりありがとうございました。




