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占い師、世良涼介の短編集  作者: 佐賀かおり


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10/11

他人の家【最終話】

良ければ評価をお願い致します

 建付けの悪い古い雨戸の隙間から差し込む朝日に目を覚ました加奈子は手探りで目覚まし時計をたぐり寄せると「まあ、こんな時間。寝坊しちゃったわ」と呆れ顔で言った。パジャマを着替えテレビの情報番組を見ながらコーヒーとトーストだけの簡単な朝食をとる。


 引っ越しからひと月が経っていた。


 猫のミーが足にすり寄って鳴いた。「ごめん、ごめん、ミー。お腹すいたよね」

 食べかけのトーストを皿に置きキッチンのシンク下の戸棚から餌の缶詰を取り出しミーの食器にあける。

 ミーが餌を食べ始めると加奈子はまたダイニングテーブルに戻りトーストを頬張るとコーヒーで流し込むようにして食事を終えた。

 

 昨日、家の近くの介護施設が募集していた調理員の求人の面接に行き来月から働く事が決まった。結婚以来ずっと家にいた彼女にとって三十年ぶりの就活でわずか十五分の面接だったが気疲れだろう、今朝は寝坊をしてしまったのである。

 慌てて洗濯を済まし掃除機をかけながら猫の額ほどの庭を見つめた。 

 庭を見るといつも加奈子は思うのだ。


 よその人の家みたい


 生まれ育った家なのにしっくりしないのは何故なのか、首をかしげていると玄関の呼び鈴が鳴った。


「あっ、ごめん。掃除中だった?」

「あっ」顔を真っ赤にしながら掃除機をしまう加奈子に「ケーキ、買って来たから一緒に食べよう」と動物病院の和美は食器戸棚を勝手に開け皿を三枚取り出しながら言った。


 和美の横には世良という若い男が立っていた。


「和美さん、世良さん、飲み物は何にします?」

「加奈子さんと私はコーヒーにしよう。世良さんは日本茶にする?」

「はい」

「日本茶でいいのですか?」加奈子は涼介に尋ねた。

「ええ」

「加奈子さん。世良さんはねインスタントコーヒーなんか飲まないの。めんどくさいヤツなのよ」

 和美が笑いながら言った。


「このケーキ美味しい」

「本当に美味しい」ダイニングテーブルでケーキを頬張る三人の足元にミーがすり寄って来た。

「久しぶりね、ミー。元気で良かったわ。あら、鈴を変えたのね。確かにあれだとばれる可能性があったからね」

「ばれる?」

「だって青いリボンだったでしょ、オスだってばれるわ」

「え?」

 驚く加奈子の顔から視線をそらした和美は今度は意味ありげに世良を見た。

 世良は頷き言った。

「加奈子さん、手を出してくれますか?」

「え? 手を?」

「世良さんはね、占い師なの。加奈子さん、手相を見てもらって」

 加奈子が戸惑いながら差し出した手を彼は注視する。


 部屋は一瞬、時間が止まったかの様に静まり返った。


 やがて彼は頷くと言った。

「運命線も途切れたりしていない……大丈夫でしょう」

「そう、良かったわ」

 和美はミーを抱きかかえ膝の上に座らせるとトートバッグをまさぐり、取り出した物をテーブルに置いた。

「はい、加奈子さん。これ」

「何です」

「小切手よ、ミーを譲ってもらう代金。一千万円よ」

「えっ」

「これは亡くなった春枝さんからの依頼なの。ウチの病院の院長に一千万円でミーを譲り渡すって」

「でも一千万円なんて高すぎるわ」

「いいのよ、ミーはオスだから」

「はぁ」

 ぷっ、と和美は吹きだした。「ごめん、笑って。初めてミーを病院に連れて来た時の春枝さんと同じリアクションだったから」


 散歩の途中でミーを拾った春枝はその足で病院に連れて行った。もう昼時で院内には院長と和美しかいなかった。

「随分、()せてるなあ」

「かわいそうに、空き地でミーミー鳴いていたんですよ」

「そう、目の周りはかぶれているから薬を処方す……ん? ん? あーこの子、オスだ」

「えっ、まさか」和美は院長を押しのけ診察台を(のぞ)き込んだ。「あー本当、オスだ」

「奇跡だ」

 腰を抜かさんばかりの二人の横で春枝は今の加奈子のように目を丸くしていたのである。

 

 和美は膝の上のミーの頭を撫でると言った。

「加奈子さん、三毛猫は普通メスなの。三千匹の三毛猫がいたらその内オスは一匹って程、珍しくて過去には二千万円で取引された事もあるらしいの」

「まあ」

「それでウチの院長ったら春枝さんに一千万円で猫を譲ってくれって言いだしたの。でも春枝さんは命をそんな風に扱うのはいけないって、首を縦に振らなかった。その春枝さんが急にミーを一千万円で譲りたいとホスピスから連絡してきたの」

「そうだったの」と言いながら加奈子は首をかしげた。

「どうしたの?」

「なんかお義母(かあ)さんらしくない気がして」

「そうね、曲がった事が嫌いな春枝さんらしくないわね。でも春枝さんが自分を曲げてミーを売る事にしたのは加奈子さんの生活を守る為なの」

「私の為?」


 当初、春枝は自分の死後、財産は明夫と加奈子の二人で公平に分配すればいいと考えていた。だが学費の援助を頼みにマンションを訪れた明夫の姿を見て不安を抱いたのだ。明夫は悪い人間ではないが意志が弱い、金が足りなければ加奈子を頼るのではないか。そうなれば人の好い加奈子の事だ、自分の生活が苦しくなるのを分かっていながら金を譲ってしまうだろう。


「春枝さんは明夫さんに財産の全てを相続させ、加奈子さんはお金を持っていないと思い込ませた。そして彼に(さと)られぬ様にミーを売って、こっそり加奈子さんにお金を(のこ)す計画を立てたの」


 彼女は加奈子の瞳を見つめ言った。


「だから加奈子さん、この事は誰にも言っちゃダメよ。でないと火の粉を(かぶ)る覚悟でこの計画を立てた春枝さんの思いが無駄になってしまう」

「火の粉って、どういう事ですか?」

「……まぁ、その内に分かるわ」


 和美はミーを引き取り世良と帰って行った。




「ごめんなさい、叔母さん。遅くなってしまって」

 勤めから戻って来た加奈子は高齢の叔母を自宅前で待たせていた事が申し訳なく、急いで玄関の鍵を開けた。

「気にしなくても大丈夫よ。そんなに待っていないから。それより大福を買って来たの、ちょっと早いけどおやつにしましょう」時計をみると二時を少し過ぎていた。

 濃いめに日本茶を入れダイニングテーブルにつくと叔母が茶をすすりながら訊いた。

「今日はもう仕事は終わりなの?」

「ううん、また三時半から今度は晩御飯の支度があるの」

「そうなの、大変ね」

「でも時給が他より百円高いし、ご飯が余れば分けてくれるから助かってるわ」

「何か私に出来る事があれば遠慮しないで言ってね」

「ありがとう、叔母さん。でも家賃もいらないからなんとか暮らせるわ」


 昼夜、忙しそうに働く加奈子が健気でそして不憫(ふびん)に思え、叔母は言葉につまった。


「どうしたの? 叔母さん」

「まったく、田畑の家は何を考えているのかしら。加奈子ちゃんをこんな目にあわせて。あの(しゅうとめ)、ずっと介護してもらっていたのに財産は全部息子に譲って加奈子ちゃんを家から追い出すなんて。なんて恩知らずな。あれで高校の教師だったって言うからあきれ……」


 叔母の言葉は途切れた。加奈子が肩を震わせ泣いていたからだ。


「加奈子ちゃん。かわいそうに」叔母はむせび泣く加奈子の背中を撫でながら言った。


「もう忘れなさい、あの家の事は。やっぱり所詮(しょせん)は他人なのよ」



 日の当たる窓辺に置かれたセントポーリアには数えきれないほどの花がついて、すきま風にかすかに揺れている。



                                   

結末まで読んで頂きありがとうございました。

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