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002.国家反逆罪

 ヘルベンディア王国領内であるルキア平原。


 地平線の彼方まで広がる壮大な大地と緑豊かな草原。

 その景観を崩すような建物などは一切なく、そこには自然が作り出した天然物しかない。

 王国領内で唯一、人工物が一切ない美しい場所としても知られている。


 そんな美しい平原に、大量の騎士団が一斉に押し寄せて来た。


 騎士団は、国家に仇名す反逆者【ヴォイド・エンプティア】を処刑すべく、ルキア平原へと赴いた。――いや、正式にはこのルキア平原へと逃げざるを得ない状況を作り出した。


 このルキア平原には亜人の住処として知られる通称エルフの森がある。

 古くから人間と亜人との間には溝があった。


 亜人は人間に対して干渉せず、またその逆も然り。

 亜人と人間との間には暗黙の了解としての、不可侵条約が結ばれている。


 騎士団はそのエルフの森へヴォイドを侵入させ、亜人の力を利用してヴィイドの処刑を行おうと考えていた。しかし何故こんなにも回りくどい事をしようとしているのか?


 ――理由は簡単。

 何故ならヴォイドにはどんな攻撃を持ってしても回避されてしまうからだ。


 ◇


 エルフの森。そこに足を踏み入れた者は決して生きては帰ってこれない。

 そう言い伝えられている。

 だがそんな事をヴォイドは知らない。

 というよりもエルフの森の存在自体を知っていなかった。


 ヴォイドはこの日、同じ【Rランク冒険者】のメンバーであるオスロック・ティマー、アイーシェ・スノーホワイト、そしてレオボルド・ファージ、メルサリッド・メメオンの5人で行動していた。


 Rランク冒険者というのは、国で随一の騎士団【ロイヤルガード】の一員であるメンバーが発足した冒険者パーティに与えられる肩書きのような物である。

 通常冒険者はF~Sランクにより構成されているが、騎士団はエリート集団のため、その枠組みに納めては無礼に当たるとして、ロイヤルガード騎士団員が集めた冒険者の集まりをRランクと呼ぶようになった。


 ヴォイドはその中の一員だ。

 その日ヴォイドは何の依頼を引き受けたか知らされず、ただただオスロックにルキア平原に用があるとだけ伝えられ、急遽出立の命令を受けた。


 急な呼び出しだっため、身支度などは最低限で済ます。

 装備なども整える時間もなく、ヴォイドはオスロックにろくな準備もせずに出立して大丈夫なのかと質問するが、「うるせぇ早くしろ」と一喝されて終わった。


 ヴォイドの他に、メンバーの一員であるアイーシェもこの急な呼び出しに対応できておらず、ヴォイドと同じようにあたふたしている。


「よし、じゃあ出発する。ルキア平原には俺のテイムしたモンスターに騎乗して向かう。ヴォイド、お前にはこいつだ」


 そう言って乗れと命令されたのは暴れ馬としても名高いバーサクホースだった。


「この騎獣……バーサクホースじゃないか。乗りこなせるか心配だな」


「急用なもんでな。有り合わせのモンスターしかテイム出来ていないんだ。だがお前なら乗りこなせるだろう。さあ出発するぞ」


 ヴォイドは渋々バーサクホースにまたがった。

 暴れ馬と言われているがごとく、上に乗った瞬間振り落とされそうになるがヴォイドは馬から目線を話す事無く、難なく乗りこなしていた。


 しばらくしてルキア平原へとたどり着いたヴォイド達だったが、先客として何故かロイヤルガードの騎士団員が複数の冒険者を編成した中規模パーティと共に、平原で佇んでいるのが見えた。


 ――その光景を最後に、ヴォイドは記憶が飛んだ。

 ふと気が付いたときには、周りに大量の冒険者たちが地面に伏していた。


 幸い息はあるが、重傷は免れない程の傷を負っている。


「な……なんだこれ。まさかまた俺が(・・・・)

でも何故だ! 俺は使用していないぞ!」


「ふん、オスロックの言っていた事は本当だったな。人間に擬態している魔物というのは嘘でなく真実であった。そしてその強さも折り紙付きだ」


 ヴォイドは声のした方向へ振り向いた。

 そのにはヴォイドの良く知る顔があった。


 ロイヤルガードの中でもNo.1の実力を持つ【ザルグレイド・フェイナス】

 凛々しい目つきと高潔な佇まい。そして冷たくも雄々しい言葉使い。

 見る者を圧倒するような覇気。内に秘めたる正義感が溢れ出ている男だ。


 彼の言葉を聞いてヴォイドは何を言っているんだと思った。

 魔物? この俺が? ザルグレイドは何を勘違いしているんだと。


「ザルグレイドさん、一体何を? それにこの状況は?」


「とぼけるな魔物が。まさか我々の中に貴様のような亜人が居たとはな。まさか人間と触れ合いにきましたという訳でもあるまい。何が目的だ、言ってみろ。内容によっては貴様を殺す。……いや、そもそも貴様は国家反逆罪として今この場で処刑するのが私の務めだろうな」


「お、俺が魔物だって!? 笑えない冗談だなザルグレイドさん。

どこをどうみたら俺が魔物に見えるんだよ」


 ザルグレイドは剣をヴォイドへ向けた。


「擬態を解いた状態でそのような事を口にするとはな」


「だから擬態って何の事ですか! 

それにその敵意。一体どうしたんですか! まさか操られて……」


「戯言を。無駄口は終わりだ。今から貴様を殺す」


「ザルグレイドさ……」


 ヴォイドがザルグレイドの名を口にするよりも速く、ザルグレイドは向けていた矛先をヴォイドへと突き立て斬りかかる。

 ――しかし、ザルグレイドの攻撃は無情にも空を切った。


「……なんだと?」


 続けざまにザルグレイドは目に見えない程の速さで剣撃を叩き込む。

 しかしその波状攻撃をも、ヴォイドにはかすりもしなかった。


「貴様……!」


 躱される事がないと思っていた攻撃だった。

 しかし傷一つ与えられなかった事実にザルグレイドは少し動揺した。


 その一瞬の隙を突いたかのようにヴォイドが動き出す。

 ヴォイドは目つきを変え、ザルグレイドに言葉を投げた。


「今の攻撃、殺気が込められた攻撃だった。

お遊びにしては度が過ぎてるんじゃないですか?」


 ヴォイドの問いかけが終わると同時に、ザルグレイドは強烈な力で吹き飛ばされる。


「なんでザルグレイドさんが俺を攻撃しているのかは知りませんが、攻撃してくるようなら俺だって反撃させてもらいますよ。何かの勘違いだって事を証明できるまではね」


 ヴォイドはザルグレイドの出方を伺っている。

 ザルグレイドはそんなヴォイドを見て、憐みの視線を向けた。


「貴様、確かに攻撃を避ける技術だけはあるようだな」


「幸いにもこの力に気づけたのは、オスロックのおかげなんですよ」


「奴め、厄介な力を身に着けさせたようだな。

だが所詮、その力は見えざる攻撃には対応できまい」


 ヴォイドは再び剣を構え、それを振りかざす。


「終わりだ、反逆者」


 勝ち誇ったように冷たい視線と言葉をヴォイドへ投げる。

 だがその顔がゆがんだのは一瞬の事だった。


 ザルグレイドの【秘剣・不可視ノ剣撃】

 その攻撃は遥かに人間の領域を超えたレベルの技だった。


 人の目では視認できない程の速度で無数の斬撃を飛ばす技。

 常人の目ではたった一振りしているように見えるその技は、達人の目を持ってしてもせいぜい3回の動作が見える程だ。彼曰く自分でも何回剣を振っているのかは分からない。

 気まぐれで振る回数は変わるらしいが、最低でも100回は確実に振っている。

 そう本人の口からは言われているらしい。


 更に恐ろしいのは、飛ばした斬撃は透明化しているため、どこから攻撃が飛んできているのかが予測できず、例え回避しても第二、第三の斬撃が超高速で飛んでくるためそれを避け続ける事など絶対に不可能。 


 ――だった。今この瞬間までは。


 ザルグレイドが放った不可視の剣撃は、ヴォイドの体を斬り裂くことはなかった。

 それどころか、斬撃をかいくぐるようにヴォイドがザルグレイドへと歩を進める。


 柄にもなく、ザルグレイドは冷汗をかく。

 その冷たい感触が、頬に伝っているのが良く分かる。


 こんな醜態は初めてだった。

 絶対的な自信をもって繰り出した技を何食わぬ顔をして突破してくる者の存在など、認めたくはなかったからだ。それも亜人である魔物風情に破られた事が腹立たしかった。


 ザルグレイドは冷静さを保ちながらも、顔には焦りが見えていた。

 後ずさりをするなど騎士の誇りに掛けて許されないザルグレイドは自分へ向かってくるヴォイドへ斬撃を飛ばし続ける。もはや剣を振る動作など一瞬すぎて見えない。


 それでもヴォイドはゆっくりと確実に歩を進めている。


 こいつ、化け物か。かすかにザルグレイドの中に生まれた感情。

 どんなに攻撃をしても当たらない攻撃。次第に迫ってくる恐怖。

 ザルグレイドには今、ヴォイドが恐怖の対象として映ってしまった。


 歯を食いしばったザルグレイドは、感情的になってしまった己を一旦落ち着かせ、冷静に今この状況を打破する方法を実行すべく、その足を後ろへと進めた。


「お前たち! 我々人間の強さを亜人であるヴォイドへ示すのだ!

一斉に己の最大限の攻撃を仕掛けろ! そのための時間は十分に作った!」


 ザルグレイドは大きく後退し、他の騎士団が待機する後方へ着地する。


 ヴォイドは下がるザルグレイドから目を離さず、周りの状況を確認した。

 そんな中、ヴォイドは奇妙な違和感に気が付いた。


 どうしてオスロック達は誰も弁明をしてくれないのか? と。

 仮にも仲間である俺がこんな状況になっているのに、止めに入ろうとしない。

 一体なぜだ。そう疑問に思っていると、オスロックの姿を発見した。


 だがオスロックも何故かヴォイドへ攻撃を行おうとしているのが確認できた。

 他のメンバーも同じように、ヴォイドに矛先を向けている。


 何故だ。俺たちは仲間だろ! 例えああいう扱いをされていた身でも、同じ場所で同じ飯を食べ、寝食を共にしたはずだ。それなのにどうしてだ。


 ヴォイドは信じられない光景に必死に仲間の元へ駆け寄る。

 だがそれは決してオスロックへ向けていた感情ではなかった。


 メンバーの一人であるアイーシェ。

 彼女はイカれメンバーの集いであったパーティの中で唯一の常識人だ。

 彼女もまた、自分へ攻撃をしようとしているのか?


 まだ彼女の姿は見えていないが、もしそうだったらと思うと……。


 ヴォイドは必死にアイーシェの姿を探す。

 そして辺りをぐるっと見渡した。

 そして気づいた。自分は完全に包囲されている事に。


 そして見つけてしまった。

 攻撃の矛先を向けているアイーシェの姿を。

 だがその瞳には涙が溜まっていた。

 そして申し訳なさそうにしているのが見て取れたのだ。

 攻撃の威力も、彼女の力量から見てもだいぶ抑えられている。


 そしてヴォイドはアイーシェが「ごめんなさい、ヴォイド君」と口を動かしたのを見た。

 確かにそんな口の動きだった。


 ヴォイドはそんなアイーシェの行動を見て、何か裏がありそうだと再びオスロックへ顔を向ける。

 ――結果、予想は的中した。


 その顔は見事に薄ら笑いを浮かべていた。

 勝ちほかったような笑顔だった。そして口を動かす。


 実際に耳には届いてはいないが、はっきりとオスロックが「じゃあな」と声に出したのが口の動きからハッキリと分かった。


 ヴォイドは確信した。

 これはオスロックが俺を罠にハメたんだと。


 だがどうしてそんな事をする必要がある。

 あいつの遊びには十分付き合ってあげている。

 気を損ねないように立ち回ってきたはずだ。


 ――いや、今はそんな事はどうでもいい。

 

 あいつの事だ。例え俺が無実を主張したとしても、その証拠となる物は全て片付けているに決まっている。それにこの状況を作り出したのがあいつだとしたら、俺が騎士団のメンバーに傷を負わせたという事実も本当なのかもしれない。


 完全にハメられた。

 記憶がない状態から気が付くべきだった。

 あの症状はかつて経験してたはずなのに。


 ヴォイドは裏切られた悲しみと、自分の惨めさに腹が立った。

 そしてもうこの場に居場所はないと悟ってしまった。


 どう弁明しても、自分を魔物だと断定している連中に言葉を投げても理解してもらえない。


 だったらやるべき行動は――。


 ヴォイドはザルグレイドやオスロックへ背中を向けその場から立ち去った。

 だが国家の反逆者を許すわけもなく、ザルグレイドが「放て」と号令した後、包囲していた複数の冒険者と騎士団がヴォイドへ攻撃を叩き込む。


「すまない、取り乱して少し予定とはズレたがお前の情報通り、確かにあいつには攻撃が当たらなかった。だが所詮、それは我々人間の攻撃の話だ。癪に障るが亜人には亜人の手によって殺してもらうのが理にかなっている。本当に気に食わんがな」


 ザルグレイドはオスロックへ語り掛けた。


「ま、あいつもこれまでだよ。なんせあいつが逃げている先はエルフの森だ。あの種族は人間を最も忌み嫌っている種族だ。例えあいつが攻撃を回避するのが得意だといっても、あの森の番人にはかなわないさ」


「根拠は?」


「ザルグレイド、あの森に付けられている異名を知ってるか?」


「ああ。業務上は把握している。確か絶対不可侵の森だったな。

だがそれは亜人が人間との接触を拒んでるが故の名前ではないのか?」


「まあ、そうなんだが、あの森にはその異名を付けられた程に腕の立つ門番がいるんだよ。かつて俺が興味本位で森に入った瞬間、とんでもない殺気を向けられた。ほんの一瞬足を踏み入れただけでだった」


「だが殺気だけでは実力は分からないだろう。何かあったのか?」


「まあ、その後色々あったんだがあの森にはもう絶対に近づかないと決めたんだ」


「オスロック。お前ほどの実力者がそこまで言う程か。

なら期待しようじゃないか。あの森のエルフとやらに」

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