第1話~決断~
僕の名前は岡部拓也、中学三年生だ。表情は暗く、髪の毛も寝癖が付いたまま。比較的ぱっちりとした目をしているが、普段の生活ではほとんど空いていないようなものだ。身長も165センチとごく普通。体重も身長から考えると標準くらいである。小学校の時は野球をやっていたためある程度の運動はできるが、今は漫画とアニメが趣味で友達もそれ関連しかいない。俗にいう「陰キャ」と呼ばれる類の代表格のようなもので、見た目だけでなく中身も冴えないのである。
けれどそんな僕にも転機が来たのだ。それはそう。「高校受験」である。
高校受験。それは陰キャの僕にも次のステージに進めるように、変われるようにと訪れる人生に一度きりの転機なのである。そんな受験を機に僕は決意したのであった。
「中学では女子と喋るなんてなかったけど、高校では絶対に可愛い彼女作ってやる。僕は変わるんだ。」
でもこれには大きな障壁があることを僕は知っていた。
近くの高校に進学すれば、中学の同級生がいて高校デビューは難しい。そして少し遠くても偏差値の低い学校に行けばレベルを合わせるのが逆に難しくて嫌われてしまうだろう。ならば答えは一つだ。
「県外でもいい。一人暮らしになったっていい。遠くて偏差値の高い学校に行って人生変える。散々バカにしてきた奴らを絶対見返してやる。」
僕は一人、自分の部屋で声高らかに決意した。
僕は陰キャだ。だからというわけではないが、低俗な陽キャたちに馬鹿にされないように勉強だけは頑張ってきた。成績も平均以上はあったから学力的な問題はない。次の壁はそう。親の許可だ。
こうしてどこか自身に満ち溢れた表情をして、なぜか堂々としながら一階のリビングにいる両親のところへ向かった。
「父さん、母さん。ちょっと話があるんだ...。」
今思えば両親と会話するなんて超久しぶりのことである。基本的に部屋に引きこもっていた僕はご飯の時以外両親と顔を合わせることもなかった。部屋で何をしていたかというと、漫画を読んでアニメを見て、ネットサーフィンしてオナニーをする。ただそれだけの日々を送っている。
珍しく会話をしに来た僕を見て両親は驚きを隠せなかった。父は口を開いたまま固まっていて、母は不審者が来たみたいな顔をしていた。そして母さんはキッチンに行って隠れて話を聞いていた。
そして固まった空気の中、父が咳払いをしてから言葉を発した。
「は、話ってなんだ。お前にやる金なんて俺はもう持っとらんぞ。」
「別にお金が欲しいなんてことじゃない。受験のことなんだ。」
「受験か。確かにもう10月。そんな時期だな。お前、高校に行くのか?」
「う、うん。そのつもり。一応勉強はある程度やってきたし、高校は行きたいなって...。」
「分かった。高校には行かせてやる。俺はそこまで腐った親じゃないからな。」
「は、ははは...。それでその高校なんだけど、名古屋の高校に行きたいんだ。ここって岐阜のド田舎じゃん?だからもっといい環境で勉強したいって感じで...。」
「確かにここは超が付くほどのド田舎だ。でもよ勉強ならできる環境は揃ってる。そんな長時間かけて通う方が大変だろ。」
「それでさ。一人暮らしでもいいから行きたいんだ。あの名門、「美郷学園高校」に。」
「お前が美郷学園か...。俺はいいと思うぜ。もちろん一人暮らしも美郷学園なら許可を出すし金だって出してやる。」
「ほんとに?!ありがとう...。じゃあ頑張る。」
僕はまさか許可が出るなんて思ってもいなかったし、お金まで出してくれるなんて思いもしなかったから涙が出るほど嬉しかった。それと同時に、次は自分の番だと覚悟を決めた。
なんと言ったって美郷学園はスポーツ、勉学、ブランドとすべてに優れている超名門校。ほとんどの部活が全国レベル。且つ進学先の多くは有名な国公立大学である。そして品があり、伝統を重んじる気高い学校である。比較的自由な校風であり出身の有名人、著名人も多く生徒の顔面偏差値が非常に高いことでも有名な学校である。
一方リビングでは両親がこんな会話をしていた。
「あなた、そんな約束までしちゃって本当によかったの?」
「あぁ。もし仮にあいつが美郷に進学したならば親としては鼻が高い。そして何よりも、この家のお荷物ちゃんがいなくなる。そうするとこの家に残るのは可愛い千紘(年子の妹)だけ。それは俺たちにもプラスじゃないか、母さんよ。」
「そうね。あのお荷物がいなくなるって考えると少し気が楽ね。最初話をしに来た時は何事かと思ったけど、ちょっと安心したわ...。」
楽しそうな笑い声が僕の部屋まで聞こえてきたため、単純に喜んでくれていると勘違いしていた。
それからの日々は勉強に全集中。そんな姿を両親は献身的に応援をしてくれていた。裏の思惑があることも知らない僕は両親の温かさというものが素直に嬉しかった。
そんな日々が続き、ついに受験を迎えた僕だった。
受験前日はホテルで下宿。オタク友達からの応援メッセージを読んでしみじみとしていた。
そして受験当日。早めに到着し、心を落ち着かせる僕。気合を入れて軽く髪を整え、表情も明るく振舞っていたため、少し前向きな気分になれていた。
そしてチャイムの合図で終わった筆記試験。正直、コミュニケーションがあまり得意ではない僕にとっては一番の鬼門である「面接試験」が待ち望んでいた。それでも心に自信を持つことを言い聞かせていた。高鳴る鼓動に高まる気分。徐々に順番が近くに連れて脈は速くなっていった。
そしてついに自分の番がやってきた。小鹿のように震える脚を懸命に踏み出し、重い足取りではあるが一歩一歩としっかり歩いていく。先生の言葉を思い出しながら歩いていた。
「美郷学園の面接は個別面接よ。焦らなくてもいい。あとね、取り繕った嘘の自分を見せないこと。素の自分で挑めばいいのよ。私はあなたのこと三年間ちゃんと見てきたつもり。偽りの君よりもそのままの君の方がいいって私は知ってるもの。自信を持っていきなさい。」
記憶の中の先生の言葉に思わずニヤついてしまったが、おかげで最後の最後で自信が持てた気がしていた。
そして気付いたら面接も終わっていた。僕は合格を確信したかのように右手で小さくガッツポーズを決めて歩いていた。そして先生へ感謝の言葉を小さく口にした。
「先生ありがとう。僕は根暗ってイメージだけで色んな先生からもあんまりよく見られてなかったけど、先生だけは違った。三年間ずっと傍で見てくれてた。アドバイスくれた時には上手く口にできなかったけど今なら言えるかな。『ありがとう』ってさ...。」
晴れた空を見上げなら歩く僕。校門を出るくらいの時、その横を一人の受験生が駆けて行った。僕はすぐにわかった。その人は同じ中学の一軍女子、白河里穂だった。成績優秀、スポーツ万能。そして学校のマドンナ的存在だった彼女のことを僕は正直羨ましく思っていた。幸い彼女は僕の存在には気付かずにどこかに行った。
彼女の姿はあったものの、今日の僕はそんなこと関係ない。上手くいったことに気分が上がっており、普段では考えられないようなテンションでホテルまでの道のりをステップを踏みながら歩いた。
そして迎えた合格発表の日。僕は一人で美郷学園の合格発表会場へと足を運んだ。春からの青春をかけた僕の戦いは一時休戦となった。そして番号を探す人々、喜ぶ人々、落ち込む人々。全ての人を掻き分けて番号を探す。
「1467番。1467、1467...。あ、あった...。良かった。頑張ってよかった...。」
嬉しさと受験という縛りから解放された安心感からか、自然と涙が溢れていた。
とうとう高校生になるということに期待で胸を膨らませながら笑顔で帰路についた。
「僕の人生はここから変わる、いや変えるんだ。自分で選んだ道、手にしたチャンス。絶対に無駄にはしない。待ってろ高校一年生...。」
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