第31話 フィト&レイクVS改造魔獣②
「グオオオォォッ!!」
魔獣の雄たけびが響く。
刹那、魔獣は駆けだすとフィトに向かって腕を振るった。
「その攻撃はもう見飽きました。生まれる風も見切りましたよ!」
フィトは足に魔力を込めると、地面を強く蹴り、余裕を持って攻撃を回避する。
普段は拳や胴体などにも纏う魔力を足の一点にだけ集中し、移動速度を底上げしたフィトの走りは、もはや魔獣の目には捉えることが出来てはいなかった。
「ホラホラ、こっちですよ」
挑発するフィトに魔獣は何度も攻撃するが当たらない。
寧ろ、地面を抉って立ち上る土煙によって、視界も段々と悪くなっていく。
(これなら避けるのは簡単ですね。逆に一度でも攻撃を食らったら、守りに魔力を使ってない分即死ですけど)
フィトが土煙に隠れて思考を整理していると、突如突風が吹き荒れた。
晴れる視界。
魔獣が自身の腕を払って煙を払ったのは言うまでも無かった。
「頭いいですね、魔獣の癖に。しかも風を起こす能力と、身を防御している岩の能力の二つを持ってるみたいですし。容姿といい、やっぱりただの魔獣じゃないみたいですね」
魔獣を分析するだけの余裕を手に入れたフィトは、もはや時間稼ぎも残り僅かと考えていたが、突如魔獣が体の向きを変え、全く別の方向に走り出した。
逃亡か。
フィトは一瞬そう考えたが、魔獣の走る先を見て目的に気が付く。
魔獣の視線の先には、槍を地面と平行に構え両手で握り、目を瞑って集中しているレイクが立っていた。
「頭、回りすぎですよ⋯⋯!!」
フィトも後を追うように走り出す。
何故魔獣が今まで無視していたレイクを狙いだしたのかは定かではないが、本能で危険を察知したのか、或いはこれも能力なのか。どちらにせよ、今のレイクは完全な無防備だ。
「君の相手はボクでしょうが」
魔力によって得た速度により、魔獣を抜かして前に立ちはだかったフィトは、小さな両手を広げた。
「グオオオォォッ!!」
魔獣は咆哮を上げると、幾度も地面を粉砕した巨大な腕を振り上げる。
まともに食らえば即死だろう。
だが、レイクに逃げる様子はなかった。
何故なら信じているから。
フィトが必ず攻撃を防ぐ。自分を守ってくれる、と。
振り下ろされる凶器。
フィトは慌てることなく見上げると、ゆったりと広げた右手に魔力を込めた。
「〝激流〟」
魔獣の攻撃が直撃する瞬間、フィトは右手で空を払うように動かす。
巨大な岩とフィトの小さな手がぶつかるが、彼女の払うような動作によって、魔獣の攻撃は軌道をズラされ、あらぬ方向に動かされる。
「ゥオ⋯⋯?」
「不思議ですか? 魔獣の君にはわからないですもんね。これが人間の技っていうやつです。力の流れを見極め受け流す。勝つための技術は何も魔力操作だけじゃないんですよ」
フィトの説明を当然理解するわけも無く、魔獣は再び腕を振り下ろした。
右手、左手、または両手。
幾度も攻撃を放つが、悉くフィトの手によって受け流されてしまう。
「だから無駄です。それにもう風の能力も使えないみたいですね。何度か攻撃を見て気が付きましたよ。あの不自然な暴風は、出ている時とそうでない時があった。つまり制限があるんでしょう。で、さっきの煙を払うときに使った風が最後。広範囲にあれだけの風を発生させればそうなりますよ。あの風、最初の跳躍の時や移動にも使ってましたもんね。だからレイクに向かって走った時に風で加速しなかったの見てガス欠を確信しましたよ。つまり、この技だけで君を完封出来るってわけです」
攻撃を受け流しながら余裕の表情を崩さないフィト。
言葉はわからずとも彼女の様子からこの攻撃が無駄であると悟った魔獣は、ピタリと動きを止めると、後方に走り出した。
フィトの正面三十メートル程の距離。
離れた魔獣は姿勢を低く落とすと、足だけではなく両腕までもを地面につけて真っすぐにフィトを睨む。
はち切れんばかりの足の筋肉とその隠そうともしない姿勢から、フィトも魔獣の考えを即座に理解した。
「いいですねぇ、そういうの。受けて立ってやろうじゃないですか。相手の全身全霊の一撃には、こちらも全身全霊で真正面から応える。それがルドベキア流です!!」
フィトは足を広げると、頭を後ろに大きく倒し、額に魔力を集中させていく。
魔獣も全身の筋肉を稼働し、体内で圧縮させたエネルギーを一気に爆発させて解き放った。
真っすぐに突進する魔獣。
その巨体からは考えられない速度で走る姿は、まるで隕石のようで、先ほどのフィトが見せた受け流す技をもってしても、到底防ぐことなど出来るわけもなかった。
だが、フィトには避けたり受け流すつもりなど毛頭ない。
彼女は使える全ての魔力を額に込めると、勢いよく突進する魔獣に対し頭突きをぶつけた。
「出力九十パーセント⋯⋯〝激突〟!!!」
フィトの額と魔獣の岩のような額が激しくぶつかる。
あまりの衝撃に鍾乳洞は揺れ、メモライトも砕け落ち、地底湖に残った水が揺れた。
圧倒的な体格さ。力。筋肉。
それをものともしないフィトの根性と魔力は彼女に強靭な肉体を与え、ヒビ割れてクレーターのように沈む地面に足を離すことなく、魔獣の攻撃を真正面から全て受け止めた。
さらには今までどのような攻撃を受けても全くの無傷だった魔獣の鎧にヒビを入れたのだ。
だがフィト自身も魔獣の攻撃を耐えることなど出来るはずも無く、額から流れ出る大量の血と、意識が吹き飛ぶ衝撃と痛みにより気絶し倒れていく。
前のめりに倒れる体。
その小さな体の後方から、槍を構えたレイクの姿が魔獣の目に飛び込んできた。
「流石ッス。フィトっち!!」
レイクは槍を持つ手により一層の力を込める。
一見、どこにでもありそうなただの長槍。
それはレイクの家系に代々と受け継がれてきた天然のメモリーだった。
ティアナやリオティスのように天然のメモリーは扱える者が少ない代わりに、持ち主に強大な力を与える。
レイクの持つ槍も身体能力の上昇とは別に、あるひとつの能力が付与されていた。
それは〝魔力の吸収〟。
槍に流し込まれた魔力は溜め込まれ、その魔力量に比例して槍の威力、貫通力、強度が上がっていく。
レイクは魔力操作が苦手なため、フィトのような繊細な魔力コントロールや防御は出来ないが、魔力とは全ての人間に流れているエネルギーだ。操作は出来なくとも、垂れ流しにすることは誰にでも出来る。
さらにはレイクの魔力量は、魔法師に匹敵している。
だからこそ、フィトが命がけで稼いだこの五分間で、槍に蓄積された魔力量は十分に魔獣を貫けるだけの力を宿していた。
魔力を吸収し、魔力量によって如何様にも力や形を変化させる。そのメモリーの名前はーー、
「魔槍〝グングニル〟!!」
レイクの叫びに呼応するように、槍が光り出す。
蓄積された魔力が熱となって変換され、紅く燃え盛る炎の槍となった。
レイクは槍を渾身の一撃で魔獣に向かって突き出す。
魔獣が誇る絶対防御の鎧。
その鎧の唯一のヒビにレイクの炎の槍先が触れた。
刹那、槍が鎧を突き破り、マグマのような炎が火柱となって魔獣の体を駆け巡る。
全身を巡る炎は魔獣の断末魔すらも燃やし尽くすと、全てを焦がし、溶かし、蒸発させて鎮火した。
魔獣が消滅した鍾乳洞の中で、レイクは倒れるフィトを抱きかかえると胸に耳を近づける。
ドクン、ドクン、と脈打つ心臓の音を聞き、レイクは安堵するように座り込んだ。
「お疲れ様ッス、フィトっち」
気を失い眠るフィトへと、レイクはひとり微笑みかけた。