第29話 バルカンVSヘデラ
リオティスとの通話を終えたバルカンは、耳に着けていた記憶装置を外すと、背負っていたリュックに無造作に押し入れ、そのまま遠くへと乱暴に投げ捨てた。
「もうお話いいんですかー? つか、あの人たち生きてたんですね。マジ意外」
「必要ねェからな。それに、もう大丈夫だ」
「はぁ? どこが? 何が? 全部お終いでしょ。迷宮攻略は失敗。部下も死んで君も死ぬ。大丈夫なことなんて何一つない⋯⋯」
と、呆れるヘデラの全身を黄色い電光が包み込んだ。
ゴロゴロと雷鳴が轟く。
ヘデラは眩しそうに目を細めると、深いため息をついた。
「だーから、効かねェって言ってんでしょ」
「なら、こっちはどうだ?」
背後から聞こえた声に、ヘデラは反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、髪を逆立て雷を身に纏うバルカンの姿だった。
先ほどの電光は攻撃ではなく、目くらましであることに気が付いたヘデラだったが既に遅く、彼女の背中に手を触れたバルカンは魔法を放つ。
「〈インディ・ゴーラ〉」
掌から放出された激しい電撃はヘデラの全身に間違いなく直撃し、絶え間なく流れ続けていく。
だが、ヘデラの表情に苦しみや痛みは見られず、寧ろ激しい憎悪と怒りが込み上げていた。
「ふざけんなよ! 私に触れていいのはデルラーク様だけだァ!!」
怒りに任せヘデラが中指を立てると、バルカンの真下の地面が盛り上がり、鋭い岩石が天高く突き抜けた。
腹部を貫く勢いの岩石の山。
バルカンは瞬時に足に力を込めると、雷の如く速度で回避し、再びヘデラの正面にへと降り立った。
「危ねェな。殺す気かよ」
「そっちも黒焦げにする気満々だったでしょーが。後私に触んなよオッサン」
「胸や尻を触ったわけでもねェんだ。そこは勘弁してくれ。⋯⋯にしても本当に効かないみてェだな」
間違いなく浴びせた電撃。
手で触れたことからも、ヘデラが高速で魔法を回避していたわけではなく、やはり電撃そのものを無効化していることは確かだ。
(魔法を無効化する能力か? だがその場合、地面を操作してんのが説明出来ねェ。記憶者の能力はひとつまで。つまり、何かカラクリがある)
バルカンは今まで培ってきた経験と、磨き上げた直感から、ひとつひとつ違和感を見つけ出していく。
魔法の無効化と、地面を操る力。
迷宮内でのヘデラの行動、性格。
熟考する中、バルカンが思い出したのはヘデラが迷宮内で幾度も口にしていた黄色い食べ物だった。
黄色く透き通る飴か氷砂糖のような何か。
小袋から取り出し食べるヘデラの姿が、何故かバルカンの頭にこびりついて離れなかった。
(⋯⋯可能性はある。もし俺の考えが正しけりゃ、何かしら体に異変があるはずだ。試してみっか)
ひとつの可能性に辿り着いたバルカンは、身体能力強化の魔法と同時に、攻撃をするための魔法も使用する。
「〈アク・ローアイト〉」
バルカンが得意とする中距離魔法。
彼の開かれた右手から電気の塊が解き放たれた。
回避どころか目で捉えることすらも容易ではないバルカンの魔法に対し、ヘデラはやはり動かない。まるで気にも止めない。
右腕に直撃する電撃。
だが、ヘデラには痛みも痺れも無く、煽るような面持ちで右手をプラプラと動かした。
「何かしました?」
「⋯⋯⋯⋯」
無傷で余裕を見せつけるヘデラを、バルカンはただ見つめる。観察する。
間髪入れずにバルカンは再び魔法を放った。
左腕に、右足に、左足に、顔に、的確に魔法を直撃させていく。
「うざったいんですけど。どうしたんです急に。今まで全身ぶっぱの魔法だったのに、部分的に狙いだして。弱点でも探してんですか? それとも⋯⋯」
ヘデラが指を鳴らすと、彼女の背後に岩石が出現した。
地面を突き破った岩石の鋭利な先端は、ヘデラの背後に移動していたバルカンに向けられる。
体を捻り回避するバルカンと、ヘデラの視線がぶつかった。
「また意識反らせての奇襲ですか? さっきと同じパターンでしょ。同じ手が通じるわけねェでしょーが」
「よく気が付いたな。そんな触られたくねェかよ」
「たりめェでしょ。こっちはもう怒り心頭なんですよ」
睨むヘデラの眼光から逃れるように距離を取ったバルカンは肩を竦める。
「どうやらかなり嫌われたみたいだな」
「逆に好かれてるとでも? 私は強い男にしか興味はないんで。まさかここまで弱いとは思いませんでしたよ」
「言うなお前。けどま、お陰でわかったよ。お前の能力は要はルフスみたいなもんだろ? 食った物が体に影響する、みてェな。今の観察でお前の肌に黄色い粒が浮き出てんのが見えた。しかも魔法を当てた部位には瞬間的に量も大きさも増えていた。それ、イエローメモライトだな」
バルカンの指摘に、ヘデラが驚く。
「⋯⋯よく気が付きましたね。普通こんなに早く見つけられませんよ。さっきの無駄な攻撃と移動はそういうわけですか。まぁ、バレたんなら仕方ないですね」
ヘデラが不敵に笑うと、彼女の身体が黄色い鉱石に包まれた。
石の装甲。鎧。
肌を覆う硬質な黄色いメモライトは絶対的な防御力を誇り、人間離れしたその姿は魔獣の体を彷彿とさせた。
「これが私の能力〈宝石の装い〉です。口にした鉱石を取り込み、自在に身に纏い、操ることが出来る! その特性すらも! そうです。君が考える通り、私が迷宮で摂取していたのはイエローメモライト。メモライトには様々な色があり、色によって特性も違う。赤色ならば高いエネルギーを宿らせ、緑色は衝撃によって発光する。そして黄色は電気の吸収と保存。私の身を守るこのイエローメモライトは、君の魔法全てを吸収する! つまり私には君の魔法は絶対に効かない!!」
ヘデラは高らかに笑う。
絶望を突きつけ、希望を閉ざす。
その瞬間こそが、ヘデラにとってメモライトにも勝る御馳走なのだ。
「まさに相性最悪! さらに迷宮内ならば至る所にメモライトが眠っている!! この大地にも目にも見えないようなメモライトの結晶が含まれているんです。私の能力は付近のメモライトを操作することだって出来る。だから、こういう風に私の能力で迷宮そのものを動かすことも可能なんですよ!!」
ヘデラが指を鳴らすと、大地が大きく揺れる。
まるで水面のように不安定に波打つ大地に、バルカンは立っているだけで精一杯だった。
「君が相手しているのは迷宮そのもの!! 地面に挟まれて圧迫死するか? 鋭利な岩に全身を突きさされて死ぬか? 殺さない程度に殺してやるから好きなのを選んでくださいよ!!」
「⋯⋯お前が監視役に選ばれた理由がわかった気がするよ。迷宮内じゃマジで最強の能力だな。流石に操作できる規模に制限はあるんだろうが、これだけ出来れば大したもんだ。しかもこっちの攻撃は効かねェし。避けてるだけじゃタイムオーバー。まさに打つ手なしってやつだ」
「分かってるじゃないですか! 今なら無様に土下座でもすれば、両腕両足の骨を粉々に折るだけで許してやりますよ?」
「別に俺からすりゃ、のらりくらり避け続けるだけでもいいんだけどな。どうせもうすぐアイツらが迷宮は攻略するしな。倒す必要も無い相手と戦うなんて面倒くせェだけだろ?」
「まだそんな有り得ない夢物語を⋯⋯!!」
「けどな、アイツらが必死に戦ってんのに、団長の俺がそんなだと格好つかねェだろ? だから⋯⋯面倒くせェなんて言ってらんねェんだよ」
バルカンが右手を広げると、彼の周りに無数の球体が出現した。
黄色くバチバチ弾ける電気の塊。
それをヘデラに向かって一斉に放出する。
ヘデラの体を貫く電撃。
何度目かも分からない無意味な攻撃に、ヘデラからはもはや怒りすらも消え失せてしまっていた。
「⋯⋯バカすぎでしょマジで。無駄だって何回言えばいいんですか。まさか吸収できる限界があるとでも思ってるんですか? あるわけねェでしょ、そんなの。まっ、精々頭の悪い魔法を使ってればいいですよ。私は魔力が切れた君を嬲り殺すだけ⋯⋯」
と、そこでヘデラは気が付く。
何故バルカンは未だに魔法が使えているのか、と。
(迷宮に入ってからもう何度も魔法は使ってるでしょ。じゃあ何で魔力が切れない? 仮に膨大な魔力量があろうとも、迷宮内じゃいくら何でもとっくにガス欠してるはず。何かを見落としている⋯⋯?)
ヘデラを襲う不安。
それを見抜いたかのように、バルカンは言う。
「不思議か? 何で俺の魔力が切れないのか。その表情で確信したよ。お前、俺の能力をデルラークから聞いてないな。じゃなきゃ、とっくにお前は気付いてるはずだからな。自分が負けていることに」
「なっ、何ですその脳が溶けた大嘘は!! 私が負けている? んな嘘で騙せるとでも思ってんですか!!」
苦痛も痒みすらも感じない電撃を浴びながら、ヘデラが激高する。
そんな彼女に放っていた魔法を止めると、バルカンは自身の能力を説明し始めた。
「俺の能力はいろんなエネルギーを蓄積出来るんだよ。例えば寝溜めとか、食い溜めって言葉があるだろ? イメージとしてはまさにそれだ。食えば食った分だけエネルギーを溜めておけるし、好きな時にそれを解放できる。眠った分だけ起きてられる。正確には違うが、ざっとそんな感じだ。そんで魔力も同様に溜めることが出来る。こっちは見た方が早いか」
刹那、バルカンの全身から溢れんばかりの魔力が溢れだした。
魔力は練られ魔法となり、魔法は雷となって空間を駆け巡る。
世界を滅ぼしかねない程のエネルギー。
仮にこの場に立つ人間が自分でなければ、とっくに消し炭になっていることだろう。
その事実に気づかされたヘデラは、魔法を全て吸収しているのにも関わらず、背筋の凍る思いだった。
「⋯⋯バケモノが。それが迷宮内でも魔法を絶えず使えた理由ってわけですか。でも、その全てをぶつけたって私は倒せねェですがね!!」
「やるわけねェだろバカ。これは手っ取り早く能力を理解してもらうための演出だ」
バルカンは溢れだす魔力を抑え込むと、今まで使用していた身体能力を強化する魔法すらも解いて、普段のボサボサな髪を掻いた。
「何してるんですか? 負けを認めたってことですか?」
「まだわからねェのかよ。リオティスならこの時点で全部理解してくれるんだけどな。言ったろ? 俺の能力は蓄積の力だって。じゃあここで問題だ。蓄積できる対象が俺以外にも当てはまる場合、どんなことが起きると思う?」
「まさか⋯⋯!?」
ヘデラの顔が一瞬で青ざめる。
「そのまさか。俺自身だけじゃなく、他の対象にも蓄積させることが出来るんだよ。攻撃を、ダメージを、そして魔法を。与えた対象に蓄積させ続け、蓄積したエネルギーは体内の奥底でさらに増大していく。お前にさんざぶつけた魔法もメモライトに吸収されたその奥底で、全て消えずに蓄積されてんだよ。お前の能力はあくまで体表にメモライトを出現させるだけだろ? お前自身がメモライトになったわけじゃねェ。つまり、中は無防備ってことだ」
バルカンは右手の人差し指を、まるで銃口を突きつけるようにしてヘデラへとやる気なく向ける。
一方のヘデラは聞いているのか聞いていないのか、ただただ体を震わせるばかりだった。
「俺もこっからは初めてなんだよな。普通あんだけ俺の魔法を浴びる奴はいないからな。あれだけの魔法を食らって、蓄積させるとどうなるのか。きっと骨まで残らないだろうな」
「い、嫌!! お願いやめてください!! あ、謝るから! 私謝るから!!?」
「止めねェよ。言ったろ? 俺たちを、〈月華の兎〉を舐めるなって」
バルカンの圧力に本気を感じたヘデラは、涙を浮かべる目を見開き能力を発動させる。
「殺せ!! 〈宝石の装い〉!!」
再び大地が動き出し、津波のようにバルカンを飲み込もうとする。
だが、バルカンは怯まない。怯えない。
ただ真っすぐにヘデラだけを見つめながら、呟く。
「〈鎖無き奴隷〉」
刹那、ヘデラの内側から身を焼き尽くす程の電撃が解放された。
「ギャアアアアァァッ!!?」
全身を強く打つ痺れに、体内で火山が噴火し一気にマグマが流れ出したかのような熱さと圧倒的な痛み。
ヘデラは白目を向き断末魔を上げ黒い息を吐きだすと、気を失って倒れた。
「手加減はしといてやった。流石に殺すつもりはねェしな。⋯⋯お前の言う通り、確かに相性最悪だったな」
落ち着きを取り戻した大自然の中で、バルカンはヘデラを冷たく見下ろした。
バルカンの能力をヘデラが知らなかったのは、デルラークが敢えて教えていなかったからです。有利なゲームは好きでも、絶対に勝てるゲームを嫌うデルラークの面倒なプライドからですね。それと元〈六昇星〉であるバルカンですが、基本魔法しか使用しないため能力は案外知られていません、