第28話 勝て
広大な草原に、生い茂る木々。
視界に映る全てが緑一色の、ある意味美しくも感じる〝ロスト〟内の大自然で大規模な爆発が起きた。
空気を震わせる爆音に、草木を揺らす暴風と焦げ付くような匂いが広がっていく。
地面は抉られ、砂や石が混ざった煙が充満する中、ひとつの影が飛び出した。
青い髪を揺らすリオティスは、むせかえるように咳を出しながら、額に浮かぶ汗を勢いよく拭う。
「ハァ、ハァ⋯⋯。クッソ、一番苦手なタイプだ」
乱れた息を整えるリオティスの前に、立ち込めた煙を吹き飛ばす勢いでイースが一直線に突き抜ける。
「逃げるなって! 青髪!」
靴を脱ぎ棄て肌を露わにした両足から、小規模な爆発が起きた。
地面から一メートルぐらいの高さを低空に飛ぶイースは、その爆発によって加速すると、小細工なしにリオティスへと一気に距離を詰める。
「〈ダブルピース〉!!」
リオティスが地面に両手を突く。
刹那、地面がピースに分解されると、再構築され多数の杭となった。
鋭利な先端。
形を変化させた地面は殺傷能力を得て、イースを貫くためにまるで生きているかのように伸びていく。
「おっ、早いね。けど⋯⋯」
目前に迫る鋭利な杭に対して、イースは驚きつつも笑顔を崩さない。
「〈咲き散る火花〉!!」
イースが能力を叫ぶと、両足が再び爆発する。
爆発を推進力とし、空中で軌道を変化させた。
目にも止まらない速度で空を駆けたイースは、その圧倒的な機動力で杭を紙一重で交わしていくと、あっという間にリオティスの前にまでたどり着く。
「ほら、防ぎなよ!!」
右手を握りしめるイースに対し、リオティスは咄嗟に黒いピースを展開すると、厚さ三十センチ程の長方形の盾を創造した。
だが、イースはまるで気にも止めないように、強く握った拳を振るった。
黒い盾に衝突する瞬間に、拳が赤く弾ける。
大規模な爆発。
それによって盾は粉々に砕け、防ぐことの出来なかった衝撃はリオティスにぶつかった。
「ぐっ⋯⋯」
吹き飛ぶリオティスは、まるで水切りの石の如く勢いで地面を跳ねると、三回目の接触で踏み止まった。
「あれ、意外と飛ばなかったなー。魔力でもちゃんと防御したんだね。それに腐っても記憶者。タフだ!」
「フゥ、どうだか。お前の攻撃が弱いんじゃないか?」
「はは、嘘ばっかり。結構効いてるくせに! それに能力も大体理解した。面白いよね、それ」
立ち止まって身構えるリオティスに対して、イースも先ほどのような突撃は見せずに、ゆっくりと歩きながらも考えを整理していく。
「創造と分解の能力。右手の黒いピースは創造。両手で触れた物は分解。うん、やっぱり強い能力だ! でも、なーんか固いんだよね君。さっきから分解の攻撃ばっかだし、それも動きは単調でワンパターン。創造のピースは隙を突くか防御のみ。その能力ならもっと出来ると思うんだよね。物量増やしたり、動きが複雑な物を創ったり、罠を張ったりとか」
「⋯⋯ハッ、それだと勝負は一瞬だろ? もっと戦いを楽しみたいんでね」
「それも嘘でしょ。君にそういう趣味が無いのはわかるよ! 俺自身がそっちのタイプだからね! つまりしないんじゃなく、出来ない。例えば創造出来る物に制限があるとか。ピースに容量があるとか。それなら幾つも雑に創らないのもわかるし。後は数増やせば操作精度も落ちる⋯⋯ってのもありそうだよね! どう? あってる?」
「本当に嫌な奴だよお前は」
余裕も無い強がりだけのリオティスの笑みが、イースの考えが正しいことを示していた。
一方的な空気を変えるためか、せめてもの抵抗か、リオティスもイースの能力を分析する。
「でも、お前の能力も大体わかった。爆発だな。全身の好きな部位から爆発を引き起こせる。爆発の自傷が無いってことは、身体が爆弾になってると思えばいいか?」
「正解! 俺の〈咲き散る火花〉は爆弾人間だと思えばいいよ! 殴った瞬間に爆発させれば威力も出るし、足の裏を爆発させれば速度と空中移動が出来る。あっ、後触れたものを爆弾にすることも出来るよ! 俺のもいい能力だろ?」
「さっきから何でも言うなお前は」
「問題ないさ! 俺の能力はシンプルだし、どーせもうバレてるんだ! それにわかっていても何も変わらないだろ? 君には俺は倒せない。薄々気づいているんじゃないかな」
「⋯⋯⋯⋯」
イースの言葉に、リオティスは何も言い返すことが出来ない。
何故なら、事実だったから。
リオティスも目の前の敵が相当な実力者であることなど、とっくに気が付いていた。
分解し再構築した攻撃を危なげなく躱すことの出来る速度、機動力。さらには創造のピースを壊すことの出来る攻撃力。
全てはリオティスの能力を上回っているのだ。
さらには創造の黒いピースは破壊されれば、暫くの間は使用することも出来ないため、ダメージや疲労の蓄積同様、長引けばジリ貧で負けるのはリオティスの方だろう。
だが、短期決戦に持ち込もうにも、メモリーをティアナに手渡した今のリオティスには近距離は分が悪く、何よりもイースの機動力を前に攻撃を当てるのは至難の業だった。
(頭も良い。センスもある。能力だってシンプルだからこそ厄介で⋯⋯強い。創造のピースを壊せるだけの火力があるのも難点だ。そのせいで下手に武器を創れねェ。かといって分解の能力じゃやれることも限られる。⋯⋯もう渋ってる場合じゃねェな)
リオティスは相手の力量を把握したところで、勝負に出るための一手を繰り出した。
「〈ダブルピース〉」
再び能力を発動したリオティスは右手から大量の黒いピースを放出する。
黒いピースが集まりあって構築したのは、ティアナを魔獣の攻撃から守る際に使用した、あの三日月型の刃だった。
数にして三つの刃。
クルクルと踊り回る刃の全てが、イースに向かって放たれる。
「刃⋯⋯動きも不規則だしいいね!」
「だけじゃねェよ」
刃を飛ばした後に、リオティスはすぐ様に地面に両手を突いた。
またしても分解し再構築された地面は、刺々しい程の杭となってイースを襲う。
創造による三日月の刃と分解による杭。
両方を同時に見つめるイースは楽しくなってきたとばかりに笑うと、両手を地面に向けて爆発させた。
視界を奪う砂埃。
リオティスは見えないながらに操作を試みるが、こうなっては多少の時間稼ぎにしかならないだろう。
(どうする。考えろ! この僅かな時間、アイツがまだ本気を出さずに遊んでいるこの隙に考えろ!! どうすれば勝てる。いや、そもそも勝てるのか? 俺はスネイルにも勝てなかった。守れなかった。そんな俺が、本当にアイツに勝てるのか⋯⋯?」
リオティスを襲う不安。
今までの能力に対する絶対的な自信が、段々と崩れていく。
そんな時、左耳に装着していた通信用の記憶装置からコール音が鳴り響いた。
まず間違いなくバルカンだろう。
だが、今の唯一生まれた時間の中で、戦闘から意識を逸らすことは果たして得策なのだろうか。
一瞬にして様々な考えがリオティスの脳内を巡るが、気が付くと指は勝手に記憶装置へと伸ばされていた。
『オイ、リオティス! 状況は!?』
第一声。
焦りを含んだバルカンの余裕の無い声が耳を貫く。
通信障害や迷宮攻略の時間を危惧してのことだろう。
バルカンの意図を瞬時に理解したリオティスは、最低限の情報だけを選んで伝える。
「俺とティアナは共に無事。核にも到着。だが、オヴィリオンの構成員に襲われて、俺は今そいつと戦闘中。ティアナは⋯⋯ひとりで核を破壊するために異空間に入っていった」
『バカが!? どうしてティアナだけに行かせた!!』
「時間が無いと判断した。それにオヴィリオンがいるんだぞ。最悪を避けたかったんだ」
『だからってティアナが死んだら元も子もねェだろ!! ティアナだけでこの難易度不明な迷宮の番人を倒せると思ってるのかよ!?』
「思ってるよ。少なくとも、ティアナは死なない。俺はそう信じている」
『⋯⋯⋯⋯』
押し黙るバルカン。
彼が何を思っているのかリオティスには分からなかったが、僅かな間を置いて、再び口を開いた。
『そうか、なら俺も信じよう。あのお前が信じたってことは、そういうことなんだろ』
「バルカン⋯⋯」
『なら次はこっちの状況な。ヘデラの妨害でフィトとレイクは魔獣と共に消えて恐らくは戦闘中。俺は俺でヘデラに足止めを食らってる。場所的にも核には間に合わない。で、お前の予想通り、もう迷宮が消滅するまでの時間がねェ。まさに絶望的だ』
「そう、か。間に合わないのか。⋯⋯絶望的。助けはこない」
理解するために繰り返すリオティスだったが、それは分かっているはずだった。
全てが上手くいくとは限らない。
都合よくバルカンの助けがくることなどあるはずがない。
分かっていた。分かっていたが、突きつけられた現実は余りにも残酷だった。
絶望を理解したリオティスの体は震えだし、我慢することが出来ずに恐怖が口から零れてしまう。
「バルカン、俺は、俺はどうすれば⋯⋯」
『どうもこうもねェよ。絶望的っていうのは、ついさっきまでの話だ! お前がティアナを信じたなら、もうとっくに未来は変わってるんだよ、リオティス!! いいか? 俺は絶対にヘデラに負けねェ。フィトとレイクも無事だ! ティアナも絶対に迷宮を攻略する!! だから、俺が団長としてお前に指示することはひとつ。たったのひとつだけだ! 目の前のそいつに勝て!! お前の全力をぶつけろ!! お前なら絶対に勝てると、俺は信じている!!』
「っ⋯⋯!」
普段はやる気の無いバルカンから放たれた熱い想い。絶対的な信頼。
それを聞いたリオティスの鼓動は段々と早くなり、体温が一気に上昇していく。
信じている。
バカみたいな真っすぐな言葉が、リオティスの不安を掻き消した。
『全員、生きて〈月華の兎〉に帰るぞ!!』
「⋯⋯あぁ!!」
前を向いて大きく頷いたリオティスは、記憶装置の電源を切った。
「最後のお別れは済んだみたいだね! 良かった良かった!」
晴れた煙の中から笑顔で拍手を送るイースは、やはりというべきか、あの程度の攻撃では全くの無傷のようだった。
「何を話してたのかはわからないけど、熱い気持ちは感じたよ! 友情だね!」
「そんなんじゃねェよ。俺もアイツも、ただの団長とその部下だからな」
「ドライだね。でもこれで心置きなく殺せるよ! 君も死ねるだろ?」
「だれが死ぬかよ爽やかサイコパス。死ぬならお前の方だろ」
「まだそんなこと言えるか。わかってるはずだろ? 俺と君の圧倒的な実力差」
「確かにな。正直、さっきまでは気分最悪だったよ。絶望だってした。でも今は⋯⋯まるで負ける気がしねェ!!」
リオティスは黒いピースを浮かべると、自信に満ち溢れた表情でイースを見据えた。