第25話 火薬の匂い
時刻は昼頃。
早朝に目を覚まし、準備を整え、〝ロスト〟の奥を目指して移動していたリオティスとティアナだったが、未だに魔獣とは遭遇していない。
その結果、リオティスとティアナは今まで以上に順調に迷宮を進むことが出来ていた。もはや核との距離は目と鼻の先だろう。
そう感じていた二人の前に、ついに魔獣が現れた。
木の枝に優雅に立つ小さな鳥。
大きな目を開き、ホーホーと鳴くばかりで、一向に攻撃や反応は示さない。
「フクロウね」
「フクロウだな」
リオティスとティアナは互いに見つめ合う。
「今日はサッパリ合わないと思ったら、これか。しかも小さい魔獣が一匹だけって。あれじゃあ普通のフクロウと変わらないな」
「⋯⋯ちょっと可愛いわね」
「出た、バカ発言。あれ一応魔獣だからな」
「バカじゃないわよ! 私だってわかっているんだから!」
「どうだか。でも小さいからって油断はすんなよ。大きい魔獣と違って、魔獣自体に戦闘能力は無いだろうが、蛇とか花の魔獣みたく、厄介な能力を持ってるはずだ」
「ふーん」
短剣を構え戦闘準備をするリオティスに対し、ティアナはただ魔獣を眺めるだけだった。
「聞いてたか?」
「聞いてはいるわよ。でも今の私は武器がないのよ。と、いうことで行きなさいリオティス! 貴方の力を見せつけるのよ!」
「俺任せかよ」
「だって戦えないもの。けど安心して! 応援しているわ、ファイトよリオティス!!」
両手をグッ、と握りしめてポーズを取るティアナ。
可愛いな、と思ってしまいリオティスは謎の敗北を感じた。
「ハァ⋯⋯」
「え、どうしたの?」
「別に、案外俺ってチョロいんだなって。あっ、そうだ」
リオティスの頭に浮かぶくだらない仕返し。
すぐ様にリオティスは行動に移った。
「なぁ、ティアナ。あの魔獣さっきから動かないよな」
「えぇ、確かにそうね。それが?」
「ちょっとお前話しかけてみろよ。何か意味があるのかも」
「待って、どうして私が魔獣と話せる前提なのよ!」
「だってお姫様は動物と話せて、歌って、踊るもんだろ?」
「何の知識よそれ! 出来るわけないでしょう!?」
「そっか。いやな、昔リラと読んだ絵本がそうだったから、さ」
リオティスは声色を変えると、努めて悲し気な表情を作って俯く。
そんな彼の姿にティアナはどうしてよいのか分からず戸惑うが、仕方がないと一歩前に出て、魔獣に向かって演劇を行うように手を伸ばした。
「あっ、えぇと、その、どうして貴方は動かないの~?」
「⋯⋯⋯⋯」
「な、名前は何て言うのかしら~?」
「⋯⋯⋯⋯」
言葉が通じるわけもなく、魔獣は首を傾げるような動作をするだけ。
辺りに広がる静寂により我に返ったティアナは、顔を真っ赤にしてリオティスの方を振り向いた。
「うーわ、何やってんだよ恥ずかしい。疲れてるのか? リンゴ食うか?」
「ッ⋯⋯!!! あぁ、もう!! 気を遣ったのに!!」
「ふっ、あははは」
「はははじゃない!! 笑わないでよ!! 後絶対に誰にも言わないでよ!?」
「えーどうしようかな」
意地の悪い笑みを浮かべるリオティスと、ポカポカと頭を叩くティアナ。
明るく楽し気な雰囲気が漂う中、今まで動きを見せなかった魔獣が大きく翼を広げた。
「え、何?」
突然、動きを見せた魔獣にティアナが反応すると同時に地面が小さく揺れた。
地面を突き破って伸びる太く強靭な木の根。
その鋭く針のように尖った先端が、ティアナへと襲い掛かった。
「ちょ、ちょっと!? リオティス助けて!!」
「俺はお前のナイトかよ」
面倒くさそうに言いつつも、既にリオティスは能力を発動していた。
右手から放出される黒いピースは集まりあい、三日月型の黒い刃を形成する。
刃はクルクルと高速で回転し、ティアナに向かって伸びる太い根を次々に切り裂いていった。
「そいつが攻撃を全て防ぐ。お前の周りを飛び回るから、下手に動くなよ」
「え、えぇ。貴方は?」
「俺はあのフクロウを片付ける。大丈夫、すぐに終わる」
短剣を左手に握りしめたリオティスは、閃光の如く動きで走り出す。
魔獣を見上げる。
位置は十メートル程の高さか。
リオティスは一度、普段から使用している刀剣を創造して攻撃しようと考えたが、威力や速度はあるものの、操作性がこの距離では落ちてしまうため却下する。
(別に考えるほどの相手じゃないけどな。でも、小型の魔獣ならやっぱ近づく方が手っ取り早い⋯⋯!)
リオティスは黒色のピースを複数浮かべると、小さな板を創造し、魔獣に向かって等間隔で空中に設置していく。
「小型の魔獣は、そいつ自身の戦闘能力は低い⋯⋯!」
空中に浮かべた黒い板を足場に、リオティスは一気に駆け上がる。
メモリーと記憶者の力を利用し、一瞬にして魔獣の目の前にまで移動した。
だが魔獣は動かない。攻撃の体勢も取らない。
反応出来ていないのか。
魔獣の様子を見て、リオティスは能力を使用する必要は無いと考え、そのまま短剣を振り下ろした。
魔獣を切り裂く感触。
血しぶきに目を細めるリオティスだったが、とある物が同時に目に映る。
魔獣の足元。
枝に止まる魔獣の両足には、太い釘のような物が刺されていた。
(なんだ、コレ。足の甲から枝まで貫通している。だから動けなかったのか?)
他の魔獣による仕業かと一瞬考えるリオティスだったが、それは余りにも人為的であり、何か別の意図が感じられた。
カチリ。
スイッチが押されるような音。
そんな機械的な音が聞こえたかと思うと、魔獣の身体が爆発した。
「リオティス!!」
戦闘を見ていたティアナが走り出す。
上空から黒い煙に覆われながらも落ちるリオティスは、地面に激突する瞬間に能力を発動させた。
黒いピースによって衝撃を吸収するためのネットを創り出し、無事に着地を成功させる。
「大丈夫なの!? リオティス!!」
「あぁ、問題ない。爆発の方もほぼ無傷だ」
「本当に? でもどうやって⋯⋯」
「魔獣を攻撃する前に予めピースを内側に展開してたんだよ。放出、展開、組み換えだとどうしても数秒掛かるからな。先に展開しておけば咄嗟の防御も可能だろ?」
「数秒でも凄いと思うけど⋯⋯それにしても貴方戦い慣れているわよね」
「まぁな。天才だって讃えてもいいんだぜ」
「遠慮するわ。それに小型の魔獣は近距離が弱い! っていうのは油断だったようね。一杯食わされたんじゃない?」
「別に油断はしてないんだが⋯⋯」
リオティスは体に付着した砂や埃を払いながらも、先ほどの爆発について考える。
(魔獣の能力は一体につきひとつだけ。けど、さっきのフクロウは根を操作する能力と、爆発の能力を持っていた。違うな、爆発の能力は別の奴の能力だ。あの魔獣は罠。しかも、俺たちに仕掛けた物だ。デルラークの妨害か? 考えにくいな。かといって魔獣が魔獣に対してあんなことはしない。⋯⋯俺たち以外に誰かいる)
瞬時にリオティスは辺りを見渡す。
何の変哲もない自然豊かな空間。
だが、目を凝らしてみれば、生える草木の一部が黒く焦げ付いていた。
顔を近づける。
鼻に抜けるのは火薬の匂いだった。
「ほら、早く行くわよリオティス! 遅いと置いていくわよ」
リオティスの心情も知らず、ティアナは笑顔で手を振ると、上機嫌に〝ロスト〟の奥へと歩いていく。
リオティスも歩き出すと、一気にティアナを抜いて彼女の前に出た。
「何よ。急に前になんか出て」
「俺の前でデカイケツを揺らされると邪魔だからな」
「なっ、大きくないわよ! というか、セクハラよそれ!」
「とにかく、前は俺が歩く。いいな?」
「もぉ、別にいいけど」
少しだけ不服そうなティアナを無視してリオティスは歩く。
(⋯⋯誰がいようが関係ない。ティアナは絶対に俺が守る)
強い決意を抱きながらもリオティスは記憶装置を取り出した。
核の位置を示す針先は、今までに見たことがない程に激しく揺れていた。