第24話 嫌な予感
迷宮攻略も四日目。
迷宮が消滅するとされるタイムリミットまで、ついに残り二日を切った。
順調に進むリオティスとティアナに比べ、離れた地点から核を目指すことになったバルカン達も、大きな怪我も無く、最短で〝ロスト〟の奥地を目指していた。
相次ぐ魔獣との戦闘を潜り抜け、休憩も最小限に抑え、汗を流し、息を常に切らしながらも全速力で走る。
そのお陰で、明日には余裕を持って核に辿り着ける、という地点までバルカン達は来ることが出来ていた。
「おーし、そんじゃ小休憩な。体休ませろー」
バルカンの声とほぼ同時に、後ろを付いていたレイクが勢いよく座り込んだ。
「はぁー、めっちゃ疲れたッス!!」
「お疲れさん。ちゃんと水分もとれよ」
全身から汗を流すレイクに、バルカンは水の入った容器を取り出して手渡す。
「ありがとうッス、バルカンさん!! もう俺喉カラカラで」
「ククっ、だろーな。見りゃわかるよ」
「レイクはまだまだですね! ボクみたいに鍛えればこのぐらい余裕ですよ! じゃあボクはちょっと近くを走ってくるので!!」
疲れたように座り、一心不乱に水をゴクゴクと喉に流し込むレイクとは対照的に、フィトは元気よく走り出していった。
「⋯⋯凄いッスね。フィトっち」
「⋯⋯バカなだけだろアイツ。スタミナお化けだ。俺だって流石に走り回る余力はねェよ」
呆れたようにフィトの背中を見つめるバルカンは、続いて少し距離を取って座るヘデラの方を見る。
監視役のヘデラは戦闘には一切参加していないが、彼女も疲労は溜まっているようで、黄色く透き通る飴のようなものを食べながら、汗を拭っていた。
「全員、限界も近そうだな」
「ごめんなさいッス。何か俺、足引っ張てるみたいで」
「何だよ急に」
「いや、俺だけ走るの遅いじゃないッスか。余裕も体力も全然無いッス」
水を飲む手を止めて、レイクは頭を下げた。
だが、バルカンはまるで気にしていないとばかりに笑う。
「そう思ってんのはお前だけだ。寧ろ、よくやってるよお前もフィトも。初めての迷宮攻略で時間も無く、人数も準備も万全じゃない中で、よくここまでついてきてくれた。ありがとな」
「へへ、そう言ってもらうと嬉しいッス。よし、俺頑張るッスよ!!」
疲れを感じさせない屈託のない笑顔でレイクは立ち上がる。
そんな彼を見て元気を貰ったバルカンも、そろそろ休憩を終えよう、と考えた時、
「大変ですバルカンさん!! あっち、凄いもの見つけました!!」
慌てた様子でフィトが戻ってきた。
彼女は自身の背後を指さしており、只事ではない事態が起きているのは火を見るよりも明らかだった。
「ったく、こりゃ面倒くさそうだな」
疲れたように呻くバルカンは、レイクと共にフィトの後を追いかけた。
◇◇◇◇◇◇
「何だよコレ⋯⋯」
フィトに連れられて辿り着いたのは巨大な岩の前。
当然、ただの岩でフィトが騒ぐはずもなく、裏側に回ると自然に似つかわしくない鋼鉄の扉が閉じられていた。
興味本位で岩を回っていると気が付いたらしい。
フィトは不自然に岩を覆う蔦に違和感を持ったらしく、その蔦を引きちぎることで扉を見つけたようだ。
だが、バルカンが驚いたのは扉の中。
明らかに岩よりも広い空間の中に、何よりも異様な光景が広がっていた。
金属。機械。魔獣の死体。
部屋に敷き詰められた人為的な景色は、〝ロスト〟の自然とはかけ離れすぎていた。
「マジ、スか。見たことも無い機械だらけ。これって⋯⋯」
「まず間違いなくオヴィリオンだ。ここは実験室ってとこか。にしても、ディザイアの技術を超えてないかコレ」
辺りに広がる機械の数々は、使い方も用途もまるでわからないが、少なくともバルカンには、それらが途轍もない技術力の結晶であることは感じ取れた。
「うわっ!? キモイです!!」
フィトの叫びが木霊する。
彼女の視線の先には巨大なカプセルが並び、中には謎の黄緑色の液体に漬けられた魔獣が入っていた。
「死んでますよね!? 今にも動き出しそうで怖いです!!」
「確かに不気味ッスね。でもフィトっちならこういうの好きそうッスけど。魔獣格好いい! とか、戦いたい! とか」
「ボクはこういうホラー系は苦手なんです! お化けは怖いです!!」
「お化け⋯⋯意外と可愛いとこあるんスねフィトっち」
研究のために保管された魔獣を見ながら騒ぐフィトとレイク。
一方のバルカンは、とある機械の前で足を止め、警戒するように観察していた。
(一際でかい機械。まぁ、俺はこういうの知識ねェしな。でも似たようなのどっかで見たことあるんだよな。確かあれはディザイアの本部にある転送装置⋯⋯)
と、そこでバルカンは気が付く。
他の機械は動いてはいるものの、埃を被っていたり動かした形跡がまるで見られないにも関わらず、目の前の巨大な装置には違和感があった。
機械に接続されているパネルには部分的に埃が取られ、地面には乾いたばかりの泥がいくつも付着している。
バルカンは機械に手を伸ばすと、適当に操作を試みる。
(動かない。この機械だけ電源が切れている。いや、壊れているのか? よく見たら後ろの方だけ焦げてへこんでいる。まるで小型の爆弾を爆発させたみたいに。若干熱もあるな。つまり少し前までここには誰かいた。いや、俺の記憶と勘が正しけりゃ、これは転送装置。誰かがこっちに来たのか? 逆の可能性もあるし、考えすぎか? だがこの嫌な予感は⋯⋯)
胸を襲うざわつき。
全ては自身の憶測の域を出ないが、バルカンにはどうしてもとある可能性が捨てきれなかった。
「オイ、お前ら。もうここは出て先に進むぞ!」
「いいんスか? 時間にも多少は余裕も出来たはずッスよね。ならまずはここを詳しく調査した方が⋯⋯」
「攻略すれば情報は残る。俺たち素人が見ても何もわからねェだろ。それよりも今は一刻も早く迷宮を攻略するべきだ。さっさと行くぞ」
有無を言わせないバルカン。
そこには焦りのようなものも見て取れた。
レイクとフィトは頷くと、部屋の中から出る。
だが、ヘデラだけはまるで聞こえていないように静止し、魔獣が入ったひとつのカプセルをただ見つめる。
「オイ、お前はいいのか? こっちとしてはやりやすくて助かるが」
「⋯⋯わかってますよ。今、行くんで」
バルカンに対して返事をしたヘデラは、全員が部屋から出たのを確認すると、機械に向かって手を伸ばす。
薄暗闇で不気味に光る黄緑色の液体に照らされたヘデラの顔は不敵に笑っていた。