第23話 リンゴとイノシシと親睦会
迷宮攻略三日目の朝。
リオティスとティアナは、相変らず緑一色の大自然の中を歩いていた。
だが、前日と比べて明らかに進む速度は順調で、二人の空気も和んでいる。
魔獣との戦闘も多いが、リオティスが気兼ねなく能力を使用出来るようになったため、苦戦を強いられることもなかった。
まさしく順風満帆。
ただひとつを除いてはーー。
「お腹空いたわね」
「お腹空いたな」
〝ロスト〟を歩くリオティスとティアナは互いに顔を見合わせた。
「食料、もうないのよね」
「何度も聞くな。あの貧乏ギルドだ。元々食料の貯えだって少なかったんだ。そのくせ食料を多めに持たされていたフィトとも分かれ、〝ロスト〟に呑まれた時にこっちの食料も落としてんだ。無い物は無い」
「じ、実は貴方が隠し持ってるとかは⋯⋯」
「俺を何だと思ってるんだよ。食うならお前の前で見せつけるように食ってるよ」
「いやそれはそれで最低じゃない!?」
「冗談だよ。冗談」
「リオティスのは冗談に聞こえないのよ⋯⋯あっ」
ティアナの動きが止まる。
何かを見つけたかのように、一本の樹木を見つめていた。
リオティスも気になり視線を移動させる。
木の枝先。
そこには墨汁で塗りつぶされたかのように真っ黒なリンゴがいくつも実っていた。
「リンゴ⋯⋯」
ティアナは魅了されたようにリンゴを見つめると、お腹を大きく鳴らした。
それに対し、今度はリオティスが呆れたように溜息を吐く。
「まさか、と思うがアレを食うつもりか?」
「リオティス。実は私はリンゴが大好物なの。凄く好きなの」
「待て、よく見ろ。真っ黒だぞあのリンゴ。〝ロスト〟の中だぞここ。どう考えても有毒だろ。食ったらマジの眠り姫になるぞ」
「いいことを思いついたわ。リオティス。貴方の能力で刃を飛ばして切り落としましょう。そうすればあのリンゴは私たちの物よ!」
「いや話聞いてるか? そもそも別に後二日ぐらい食わなくても死なない⋯⋯」
「あっ、一個落ちてる。ちょっと食べてみるわ」
「って、だから話聞けバカ!?」
躊躇いもなく黒いリンゴを口に運ぶティアナ。
シャクリ、と心地いい租借音が響くと、ティアナが大きく目を見開いた。
「美味しい⋯⋯! コレ、凄く美味しいわよリオティス!!」
余りの美味しさに飛び跳ねるティアナは、すぐ様にリオティスの元に戻ると、食べかけの黒いリンゴを押し付ける。
「ちょっと食べてみなさいよ! 凄く美味しいんだから!」
「⋯⋯マジかー。お前、後先考えないタイプだろ」
「失礼ね。私は今を楽しんでいるのよ!」
「そっか。じゃあ俺はお前の分まで未来を楽しみたいから遠慮するよ」
「ダメ! こんな美味しいのに! 食べないなんて許さないわよ」
「はぁ、これで遅効性の毒だったら笑えねェよ」
リオティスは半ばやけくそで、ティアナから受け取ったリンゴに歯を立てる。
口の中に広がる瑞々しい甘さ。
リンゴ特有の香りが鼻を抜け、全身が幸福感で満たされていく。
「⋯⋯! うまい」
「ふふん、そうでしょう。これがリンゴの美味しさよ!!」
「何でお前がドヤ顔だ。一応言っとくが、今後別の果実を見ても食べるなよ。食べていいのはこのリンゴだけ。わかったか?」
「わかってるわよ。私を馬鹿にしないでもらえるかしら。リンゴ以外の果物に興味は無いわ」
「それが致命的すぎなんだよ⋯⋯」
リオティスは仕方なく能力を発動させると、黒いリンゴを切り落としていく。
落ちたリンゴを拾うティアナは、どこか嬉しそうだった。
◇◇◇◇◇◇
「知ってるリオティス? イノシシの肉って美味しいらしいわ」
時刻は昼頃。
イノシシ型の巨大な魔獣との戦闘を終えたティアナが、リンゴをかじりながら言った。
「意外と臭いも少なくて、食べやすいんですって」
「⋯⋯まさかコイツまで食おうとはしてないよな?」
「食べないわよ。私あまり肉は好きじゃないから」
「それは賢い判断で。魔獣の主食はメモライトか、同じ魔獣だ。どっちにしろ、体内に毒素が回ってるから、こいつばかりは食ったら間違いなく死ぬぞ」
「魔獣ってメモライトを食べるの?」
「あぁ、だから体表に黒いメモライトのような鉱石が覆ってるんだよ」
「へぇ、そうなのね。残念」
「やっぱ食うつもりだったろ」
「興味よ興味! イノシシの肉は食べたことなかったから。豚肉に近いらしいのよ?」
「そりゃ豚だろイノシシも。見た目そっくりだし」
「違うわよ!! 豚さんの方が可愛いわ!!」
「豚さんて。後、豚は可愛くない」
「可愛い!!」
「お前見る目無いなー」
「あるわよ! だって可愛いもの。じゃあリオティスは動物の中で何が好きなのよ」
「俺か? 俺は、そうだな⋯⋯兎かな」
「変態!? タロットに何をしてきたのよ!!」
「いやタロットには何もしてねェよ!? 動物の話だろーが!」
「でもタロットも兎だから選んだんでしょ? バニーガールとか好きでしょ貴方。変態ぽいもの」
「服の趣味を勝手に決めつけるな!! 変態でもねェ!!」
「じゃあどんな服が趣味なの?」
「強いて言うなら⋯⋯メイド服、とか?」
「えー⋯⋯大差ないわよそれ」
リオティスの突然の告白に引き気味なティアナ。
少しの間静かな時間が流れるが、次の瞬間には二人同時に笑っていた。
「ははは、あーくだらねェ。ほら、さっさと行くぞ」
「ふふ、そうね。行きましょうリオティス」
「あぁ、ティアナ」
頷くと、再び二人は〝ロスト〟の奥へと移動を開始した。
◇◇◇◇◇◇
気が付くと、あっという間に夜になった。
もうすぐ三日目が終わる。
迷宮攻略の日数は残り二日になるが、リオティスとティアナに不安はなかった。
核の場所を知らせる記憶装置によれば、現在の位置はかなり核に近いようで、明日には到達する可能性が高い。
問題があるとすれば今晩の寝床。
前日のような魔獣が全く寄ってこないポイントは僅かで、そう都合よく存在するわけではない。
だが、リオティスにとっては何ら問題の無い話だった。
「〈ダブルピース〉」
黒いピースを生み出すと、リオティスは巨大な正方形の箱を創り出した。
「この中に入って寝れば問題ない」
「便利な能力ね。これだけ大きければ二人で寝る分には困らないし。耐久は?」
「鉄と同等⋯⋯ってとこか。そこらの魔獣の攻撃には耐えられる。そもそもこんな得体のしれない物体に近寄ろうなんて思わねェだろ」
「それもそうね」
リオティスとティアナは黒い箱の中に入る。
中は真っ暗で、何も見えない。
風通しも当然悪く、熱も逃げない。
「⋯⋯寝苦しそう」
「文句言うなよ。さっさと寝るぞ」
リオティスは薄い布だけ広げると、寝転がった。
ティアナも同じように転がる。
だが、やはり一向に眠れる気がしなかった。
「眠れないわリオティス。ねぇ、何か面白い話をしてよ」
「はぁ!? 無茶言うなよ」
「だって眠れないもの」
「俺はそういうのとは無縁なんだよ。お前こそないのかよ」
「私も無いわ。ほら、その、私の家族あんなだから」
「悪い、そうだよな。お前の兄貴暴力と奴隷が好きなクソ野郎だもんな」
「奴隷は貴方もでしょ?」
「俺はいいんだよ。暴力好きじゃないしな。人を思いやれる優しさもある」
「⋯⋯それ、自分で言ってて悲しくならない?」
「うるさいなー。つーか、お前ももっと自信持てよ。あんな兄貴にビクビクしないでさ。このクソ兄貴が! って一発ぶん殴ってやれ」
「ク、クっ!? そ、そんなこと言えるわけないでしょう!! もうやめよこの話は! それよりも、そうね。お互いに質問しあいましょう。親睦を深めるの」
「質問、ね。じゃあスリーサイズは⋯⋯」
「殺すわよ」
「⋯⋯冗談」
「リオティス。貴方困ったらそういうわざと相手に嫌われるような事言うの癖になってるんじゃない?」
「別にいいだろ。じゃあ、えーと、好きな食べ物は⋯⋯リンゴか。別に聞きたい事ねェな」
「興味なさすぎない? じゃあ貴方の好きな食べ物は?」
「俺は焼き魚かな」
「ふーん」
「お前も興味ないだろ」
「そ、そんなことないわよ!! じゃあ、あの、その⋯⋯す、好きな女性のタイプ、とか」
「エロい女」
「だからリオティス!!」
「だって真面目に答えたくねェし。流石に踏み込みすぎだろ」
「確かにそうかもしれないけど⋯⋯」
「何でちょっと残念そうなんだよ」
「別に残念じゃないわよ!! ならーー」
などと、リオティスとティアナの二人は、〝ロスト〟の中にいることも忘れ話し合った。
くだらないこと、過去の事、これからの事。
全てを話した二人は、迷宮を必ず攻略するという決意を新たに、明日に備えて眠りについた。
リオティスがメイド服好きなのは、昔のギルド内にあった酒場で同じく雑用をしていたリラが着用していたから。好きな食べ物が焼き魚なのは、骨を綺麗に残して食べたらリラが凄いと褒めてくれたから。