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始まりのメモライズ  作者: 蓮見たくま
第3章 ティアナ〜居場所〜

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第22話 リオティスとティアナ


 夢を見た。

 現実に起きた物語を追う夢をーー。


 ティアナの頭に押し込まれた記憶は、彼女がよく知る男の過去だった。


 メモリーを手にした影響だろう。

 彼と共に生きてきた短剣に眠った記憶。以前の持ち主であったとある少女の想い。それらがティアナの中に流れて溶けていく。


 少女にも見えるその男は、彼女が好きだった。

 彼女もまた、彼が好きだった。


 だが、世界はそれを許さない。


 愛する彼を助けるために少女は死んだ。

 愛する彼女を助けることが出来ずに少年は世界を恨んだ。


 絶望が、恐怖が、悲しみが、歪んだ呪いがティアナにも伝わる。


 それでも彼は生きた。

 能力を得て、悩んで、間違えても、彼はそれでも前に進んだ。


 奴隷の獣人を助け、貧民街の少女を助け、ギルドに入り、そしてまた大切な人を失った。


 きっと自分なら、ここでもう心が折れていただろう。

 ティアナは締め付けられていく胸を押さえながら、涙を浮かべる。


 何故あの男が今まで人を突き放すような態度を取っていたのか。繋がりを持たないようにしていたのか。本心を言おうとはしなかったのか。


 今までの全ての答えが、この記憶にはあった。


「⋯⋯最低よ。私は」


 涙で溺れた声が辺りに木霊した時、ティアナの意識は再び現実世界へと浮上した。


◇◇◇◇◇◇


「⋯⋯ぅ」


 目を覚ましたティアナは起き上がると辺りを見渡す。


 草。花。湖。頭上から降り注ぐ光。

 やはりここは〝ロスト〟の中で、場所は蛇型の魔獣に眠らされた後、リオティスが見つけたあの安全地帯にまで戻ってきたようだ。


「ったく、マジで眠り姫だな。何回気を失うつもりだよ」


 すぐ隣でリオティスがうんざりするように声をかけた。


「⋯⋯ごめんなさい」

「別に謝ることじゃねェよ。その、なんだ。俺もこういう言い方しか出来ないからさ。まっ、無事で何よりだ。いつ目を覚ますかわからなかったから、一応ここまで戻ることにした。運ぶのは能力でどうにでもなったから心配しなくていいぞ」

「⋯⋯⋯⋯」

「ちなみに明るいから勘違いするかもしれないけど、もう夜だからな。今日は休憩にしよう。あんま進んでないが、記憶装置(メモリア)を見た感じ、多分核には近いんだよな。流された地点が良かったみたいだ」

「⋯⋯⋯⋯」

「あっ、そうだ。ここで俺もずっと見張ってたんだけどな、マジで魔獣が一体も出ないんだよ。そういう場所なのかもな。お陰でぐっすり眠れそうだ」

「⋯⋯⋯⋯」


 能力で創り上げた椅子に座りながら、リオティスはひとり会話を続けるが、肝心のティアナは反応を示さない。


 下を向き、黙ったまま。

 顔色も見えず、リオティスには彼女がどのような感情を抱いているのかがわからなかった。


(⋯⋯まだ怒っているよな。こういう時、タロットがいれば馬鹿みたいにはしゃいで空気を和ませてくれるんだろうが、俺には無理だ。あぁーマジで空気悪い。何か。何かきっかけを⋯⋯いや、まずはちゃんと謝るべきか)


 リオティスが意を決して謝罪の言葉を口にしようとした時、ポツリ、とティアナが声を零した。


「⋯⋯さい。ごめんな、さい」


 普段の強気な彼女からは想像もつかない震えた声。

 リオティスが見ると、ティアナは大粒の涙を流していた。


「ど、どうしたんだよ急に。マジでさっきのは何とも思ってないからな?」

「ちが、ううん。それもだけど⋯⋯。私、最低だった。何も知らないのは、私の方だった⋯⋯! リラさんのことも、リコルのことも⋯⋯!! 私、本当に、ごめんなさい!」

「リラ⋯⋯って、お前どうしてそれを」


 突然ティアナの口から出たリラの名前に、リオティスは驚く。


 だが、彼女が気を失う直前の出来事を思い出し、ひとつの可能性に至った。


「⋯⋯もしかして、お前メモリーに触れた時に見たのか? 宿った記憶を」

「⋯⋯⋯⋯」


 コクリ、とティアナは頷く。


 確かにリオティスの持つ短剣は天然のメモリーのため、持ち主の記憶がある程度宿っていても違和感はない。

 さらにはメモリーの能力は〈記憶の操作〉。その影響でティアナが記憶を読み取ってしまったのかもしれない。


 どちらにせよ、ティアナが自分の過去を記憶として見たのは間違いない。

 リオティスは少しだけ動揺するが、泣いて震えるティアナの背中を優しく撫でた。


「そっか。とにかく落ち着けよ。ゆっくりでいい。ちゃんと聞くから」

「⋯⋯っ」


 背中を撫でる手の優しい感触と、温かい声。

 もはやティアナに我慢することなど出来ず、今まで心の奥底に沈めていた想いが留めることが出来ずに溢れだす。


「私は、自分だけが世界に呪われていると思っていた。私だけが不幸なんだって。だから誰も信じられなかった。心を許せなかった! でも、貴方も同じだった。私と一緒で⋯⋯いいえ、それ以上に苦しんでた。それなのに私は自分のことばかりで、貴方の事を知ろうともしないで、酷い言葉をいっぱい言ってしまった! 酒場の時も、リコルと貴方のことを何も考えないで、死んだ方が良かったって! ずっと謝りたかった! 酒場でのことも、リコルが死んだあの日のことも!! 兄のように女の子を傷つけるのが許せなくって、自分を制御出来なくなったの。本当は迷宮に行くのが間違いだってわかっていたのに。リコルを止めることが出来なかった! でもそれも建前で、私は本当は認めてもらいたかったの。迷宮に入った死神を捕まえれば、誘拐された男の子を救えれば、きっとお父様も認めてくれるって! 私を見てくれるって!! そんな、そんなこと考えて、私は自分のことしか考えられなくって、そのせいでリコルは死んだ! 私のせいなのよ! 酒場で、いるわけもない裏切り者を探したのだって、そんな私のせいじゃないって思いたかったから! ⋯⋯ごめんなさい。最低で、私、だから本当に、ごめんなさい!!」


 涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔で、ティアナは頭を下げた。何度も何度も頭を下げた。


 苦しかったのだろう。

 ずっとずっと自分の内に秘めた気持ちを押し殺して、気丈に振舞ってーー。


 全てがティアナのせいではない。

 リオティスにもわかっている。それでも彼女自身は許せなかったのだ。


 酒場での一件も、リオティスの嘘が齎した結果であるというのにも関わらず、ティアナはずっと謝ろうとしていた。


 だからリオティスが一週間ぶりに〈月華の兎(ルナミラージ)〉に戻ってきた時も、彼女だけは謝ろうと歩み寄ってきたのだ。


 普通なら、他の団員達が取った対応が正しい。

 謝るべきはリオティスの方だ。


(それをコイツはずっと悪いと思ってたのか。リコルが迷宮に行ったのもオヴィリオンの作戦だ。誰も悪くはない。そんなことで自分を責めてたのか、ずっと⋯⋯)


 隣で泣き崩れるティアナの背中を撫でていたリオティスは、少しだけ間を置いた後で、彼女の額を指で思いっきり小突いた。


「イタっ!? え、なっ?」

「本当に馬鹿だよなお前。何を話すかと思ったらどうでもいいこと言いやがって。俺の過去も、リコルが死んだのも、酒場のことも、全部お前のせいじゃねェだろ」

「でも⋯⋯!」

「でもじゃない。それをお前はずっと後悔してさ。泣くほど溜め込んで。苦しんで。マジでバカだよお前。けど⋯⋯」


 そこでティアナは顔を上げた。


 彼女の目に映ったのは、一度だって見たことが無かったリオティスの笑顔だった。


「それ以上に、お前はいい奴だよ」

「え⋯⋯」

「人のために苦しんで、人のために泣けるんだからな。でもあんまりひとりで抱え込むなよ。マジで碌なことにならねェって、俺も最近知ったばっかだ」

「どうして、私、いい人じゃ⋯⋯全部、私のせいなのに」

「だからお前のせいじゃねェって。⋯⋯いや、俺もそう思ってたから人の事言えねェけどさ。でも、落ち込んでた俺を同じように慰めてくれた人がいた。リラとリコルも、幸せだったって知った。だからお前も気に病む必要はねェよ」

「でも、私は貴方に酷いことを⋯⋯」

「それもさ、お互い様だろ。こんな世界だ。誰だって大切な人を失ってる。心に余裕がない時ばかりだ。あっ、もしも記憶を勝手に見たことも謝ってんなら、お前の記憶勝手に見たこと許してくれよ。それでチャラにしよーぜ」


 いい考えだ、と笑うリオティス。


 今まで冷たかった表情に温かみを感じ、ティアナは彼がどうしてここまで変わったのかがわからなかった。


 同じように傷つき、同じように世界を恨んだはずなのに。

 自分と彼で何が違うのか。


 ティアナの疑問は自然と口から綻んだ。


「どうして、そんなに優しく出来るの? あんなことがあったのに笑えるの?」

「俺以上に俺を信じてくれている人がいる。その人の信じる俺でありたいんだ。その人に顔向けできるように、俺が俺であるために生きていたいんだ。そんだけだよ」

「信じる人⋯⋯」


 リオティスの言葉に、ティアナは胸が締め付けられた。


「⋯⋯私には信じられる人がいない。信じてくれる人も。なれるのかしら。この先、私も貴方みたいに」

「なれるさ。なろうと思ってんならな」

「そう、かしら。私は家族にすら捨てられたのよ?」

「家族、か。⋯⋯なぁ、お前の兄貴がギルドに来た時、何で俺が助けに入ったと思う? 似てたからさ。リラとその兄のライラックに」


 家族という言葉に反応したリオティスは、何を考えているのか、面持ちを少しだけ神妙にし話を続けた。


「リラは兄と仲良くしたいだけだった。けど、そうはならなかった。別にお前がデルラークの奴と仲良くしたいんだろうとかは思ってないぞ? ただ、兄妹なのにその関係を共に壊そうとしているのが気になった。俺には家族がいないからかな。兄も妹もいないからわからねェけど、それでもせっかくの家族がバラバラになるのは違うだろ。家族に捨てられたなんて、悲しいだろ」

「だからって、どうすればいいのよ。私が無能なことに変わりはない。どんなに家族を求めても、私は皆の期待に応えられない」

「お前は周りの期待に応えるために生きているのか?」

「そうよ、それ以外に私の価値は無い!!」

「自分の価値を勝手に決めるなよ!」

「⋯⋯っ」


 リオティスの声が深くティアナの心に突き刺さる。


「で、でも、私はお母様を殺して⋯⋯」

「関係ない。じゃあなんだ? お前は母親の代わりになるために生まれてきたって言うのか? じゃあ何でお前の母親は命を捨ててまでお前を産んだんだ。それでもお前に生きてほしかったからだろ!? それ以外にあるのかよ。母親の愛に理由なんてないだろ! 父親がなんだ。兄貴がなんだ。嫌なら逆らえばいいだろ!! 好きなことを、好きなようにすればいい。本当にお前は家族に認められるのが生きる目的なのか? お前は何がしたい? どんな風に生きたい? 自分の心に正直になってみろよ! 周りなんて考えるな! お前はお前だろ、()()()()!!」

「わ、私は⋯⋯私は⋯⋯!!」


 心を揺さぶる熱い想い。


 好きに生きるなんて許されないと思っていた。

 自分は生きていてはいけないのだと。自由はないのだと。


 母親を殺し、父親を失望させ、兄には暴力を振るわれ。

 そんな積み重ねがティアナの心を折っていった。


 だが、目の前のリオティスの想いが、熱意が、ティアナの心を再び動かしたのだ。


 同じように絶望し、好きに生きれず、人生を別の人間のために生きていた。いや、生きるように動かされていた。


 同じだ。

 だからこそ、その同じはずのリオティスがこうして前を向いて、夢を見つけて歩いている姿を見て、叫びを聞いて、ティアナも憧れを抱いてしまった。


 自分も好きなように生きたいとーー。


「私は誰かと笑って生きていたい。重荷を捨てて、ただ大切な人のために戦いたい! 私も、〈月華の兎(ルナミラージ)〉に居たい!!」


 溢れだして止まらない想い。


 ティアナはずっと我慢し続けてきた。

 自分は母親を殺した罪人。生きる価値は無い。生きていたいのならば剣を抜き、価値を証明しろ。ずっとそんなことばかり考え、いつだって周りの目を気にし、本当に自分が望むものが見えなくなっていった。


 だが、同じように何をすればよいのかわからず、リラの想いにだけ囚われ生きていたリオティスが、今はこうして好きな人生を見つけ歩んでいる。笑うことが出来ている。


 そんな彼の優しさに、ティアナの心は解放された。


「私、もっと皆と居たい。〈月華の兎(ルナミラージ)〉が無くなるのは嫌! だから⋯⋯」

「うん。わかったよお前の本当の気持ち」


 涙に濡れたティアナの頬に、リオティスはそっと手を伸ばす。涙を拭う。


「それじゃあ絶対に迷宮を攻略しないとだな。頑張ろうぜ」


 優しく微笑むリオティス。

 彼の笑顔を見た瞬間、ティアナの鼓動が跳ね上がった。


 ドクン、ドクン、と波打つ心臓の音が大きくなる。


 緊張か、興奮か。

 ティアナにはわからないが、ただリオティスの顔を見ると、体の内側から熱が込み上げてくるのだ。


 今までに感じたことの無い感情と、くすぐったいような甘い痛みにティアナが困惑していると、リオティスが大きく伸びをした。


「はぁー、安心した!! お互いに腹を割って話すのもいいな。最初からそうすべきだった。お前も言いたい事言えてスッキリしただろ?」

「⋯⋯えぇ」

「よし! じゃあさっさと寝るか。安心したら眠くなってきた」


 寝床の準備を始めるリオティスに、ティアナはあることを思い出して詰め寄った。


「そうよ! 貴方、今言ったわよね!?」

「ん? 何のことだ」

「私の名前!! そう、私はティアナなのよ! もう一回言ってみなさいよ、ティアナって!!」

「えー、どうでもいいだろ今」

「よくない!! いつも私の事をお前だの眠り姫だの言っていたでしょう!?」

「なら、お前もだろ? 俺の事青髪としか呼ばねェだろ。もう一回言ってほしけりゃ、まずは俺の名前からな」

「ぐっ、うぅ、リ! リオ⋯⋯ティ、ㇲ」

「ん~? 何て言ったか聞こえないんだけど」

「⋯⋯っ! リオティス!! これでいいでしょう!?」

「さっ、寝るか。そんじゃおやすみ」

「ちょっと!?」


 ティアナを無視してリオティスは寝転がる。


 真横でギャーギャー騒ぐティアナの声を心地よく感じながら、今までにない満足感に溺れて、リオティスは目を閉じた。


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