第21話 片鱗②
魔獣との戦闘を終えたリオティスは、勝利の愉悦に浸ることも無く、何かを考えるように右手のひらを見つめる。
(今まではピースで作れる刀剣の数は五本だった。それ以上は容量オーバーだし、操作性も落ちる。けれど、今は十本創造出来た。操作にも問題はなかった。能力が成長しているのか⋯⋯?)
疑問に思うリオティスは、ふいに記憶者の証である紋章を見た。
(何だコレ。紋章の形が変わっている!?)
右手の甲に刻まれた紋章が、少しだけ変化していた。
普段は記憶者であることを隠すために紋章を能力で見えないようにしているリオティスだが、だからといって紋章そのものの形を変えることは出来ない。
何より、紋章とは能力を表すための物で、その紋章から過去の能力者の情報を探し、どのような能力であるかを調べることも可能なのだ。だからこそ紋章の形が急に変わるなどということは、絶対にあり得ないことだった。
(俺の身体に異変が起きているのか? って、今は考えてもどうしようもないか。別に異常があるわけでもないし)
右手を開いて閉じてと動かしてみるが、やはり違和感はない。
体は軽く、寧ろ体調は良いように思えた。
一先ずは問題はないだろう。
リオティスはそう考え、ティアナの方を振り向いた。
「怪我はなさそうだな」
「え、えぇ。ってそんなことよりも! 貴方能力を隠していたなんて、大問題よ!? もしもディザイアに気づかれたらタダじゃ済まないわよ!!」
「わかってるよ」
「いいえ、わかっていないわ! そもそも⋯⋯」
と、ティアナが立ち上がってさらなる追及を始めようとした時、背筋が凍るような悪寒が走った。
まるで誰かに見られているような気味の悪い感覚。
ティアナが警戒するように辺りを見回すと同時に、足元に咲き乱れていた何の変哲もない桃色の小さな花が急速に茎を伸ばした。
「なっ⋯⋯!?」
自身を包囲する謎の花に、ティアナは目を見開く。
数にして六つの花が、まるで意志を持つ生物のように動き出し、可憐な花を押し付けるようにして接近させた。
目前に迫る花。
花は一斉に大きく開くと、中からは鋭利な牙を覗かせ、毒々しい汁を垂らしていた。
動く花。牙。殺意。
目に入る情報から、ティアナはようやく気が付く。
これは花に擬態した魔獣なのだとーー。
「逃げろッ!!」
異様な事態にリオティスも瞬時に魔獣だと理解し、能力を発動させようとする。
だが、リオティスの能力〈ダブルピース〉にも弱点はある。
無数にも思える創造のピースには生み出すことのできる容量があり、それ以上のピースは右手から放出することが出来ないのだ。
先ほどの烏型の魔獣との戦闘により、リオティスはピースの大半を刀剣に使用し、未だ手元まで回収はしていない。仮に刀剣のまま操作したところで、ティアナの元に辿り着くまでに数秒は掛かる。
その数秒で、間違いなくティアナは死ぬだろう。
(マズイ⋯⋯! 念のために残してあるピースじゃ碌な物が創れない! あの花みてェな魔獣を一掃するには火力不足だ!!)
全てのピースを出し切りながらも、リオティスはティアナを救うために脳を回す。足を動かす。
だが、どれも間に合わない。
せめてティアナ自身で身を守る術があれば時間を稼ぐことも可能だったが、今の彼女には攻撃手段がない。何故なら普段から使用している人工のメモリーは粉々に砕けてしまっているのだから。
ティアナも絶望的な状況を理解する。
(メモリーが無い! 回避。反撃⋯⋯ダメ! 完全に包囲されている! 距離。近い。⋯⋯死)
脳裏に過る絶対的な死。
どれだけ考えても生存するための答えが見つからない。
全てが一瞬の出来事。
考える時間も、行動する時間も、何もかもが足りなかった。
迫りくる牙。
もはや後は死を待つのみのティアナの頭に、突然謎の声が響いた。
『⋯⋯足元のメモリーを拾いなさい。ティアナ』
刹那、ティアナは自分の意志とは関係なく体を動かし、美しく、早く、滑らかな動作で足元に転がる一本の短剣に手を伸ばす。
それはリオティスが魔獣の攻撃によって手放したメモリー。
偶然にもティアナの倒れていた場所に弾き飛ばされていたのだ。
リオティスにしか扱うことの出来ない天然のメモリーに、ティアナは躊躇いもなく右手で触れた。
本来であれば電流にも似た激しい痛みが流れるはずが、ティアナがメモリーを掴んでも痛みは襲ってこなかった。
寧ろ、共にこの世界に生まれ落ちたかのように。長くを共に生きてきたかのように。ティアナにあるべき違和感はまるでなく、全身に今までに感じたことの無い力が一気に流れ込む。
「キシャアアッ!!」
「⋯⋯うるさいわね。花は嫌いなのよ」
襲い掛かる魔獣。
ティアナは半眼で見つめると、ふぅっと小さく息を吐いた。
「消えなさい。私の前から」
「ギギ!?」
ティアナから放たれた殺気に、魔獣は硬直するが、次の瞬間には切り刻まれていた。
細切れになった肉や花が宙を舞い、血しぶきが降り注ぐ。
六体もいた魔獣は、断末魔を上げることも無く、同時にこの世から姿を消した。
「花はやっぱり散らなきゃね」
どこか不敵に笑うティアナに、リオティスは今までに感じたことの無い恐怖を全身に受けていた。
まるで別人かのような雰囲気。
何よりも何故メモリーを使うことが出来たのか。何故右手で振るうことが出来ているのか。
ティアナが無事だったことよりも、そんな疑問がリオティスの体を動けなくさせていた。
「オイ、大丈夫なのかよ」
「え⋯⋯?」
リオティスが口から絞り出した言葉に、ティアナは我に返ったように停止する。
「あれ、私は何をーー」
と、ティアナが今までの出来事を思い出そうとした時、彼女の頭の中に見たことも無い記憶が廻った。
青い髪をした少女。ギルド。パズルのピース。迷宮。裏切り。ネスト。魔獣。痛い。冷たい。恐怖。絶望ーー。
様々な見知らぬ映像や感情が一気に脳を埋め尽くし、処理が仕切れなくなったティアナは鼻血を流して気絶した。
「オイ⋯⋯オイ!!」
記憶に紛れて耳に聞こえるリオティスの声。
それを最後にティアナは完全に意識を闇の中に沈めた。